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第四話『開戦』

 トナスの元に行った翌日、俺は修理を終えた強化外骨格を整備会社から受け取り、事務所まで戻って来ていた。強化外骨格を持ったまま事務所に来るなんて、珍しいこともあったものだが、家より近いので一旦休憩がてら寄ったのだ。

 現在、我が愛機は事務所の駐車スペースの車の中である。いつでも稼動できるようにレヴォルによって、受け取ってからずっと調整しているのだ。

 俺はしばらく窓からその様子を眺めたていたが、当然車の中なので見えるわけもなく、飽きて事務所内での定位置になりつつあるソファに腰掛けた。

 事務所の方はと言うと、追って軍から連絡が来るということだったので、臨時休業は継続中である。ほとんど来ないとはいえ、お客さんがいたなら非常に申し訳ない。

 これが原因で評判が落ち、他の同業者に仕事を取られていったら、生活出来なくなるな。どうしよう、困ったものだ。

 さて、そんなことを考えていても仕方が無い。もう少し自分の直面している事態のことを、現状からわかる情報を整理しつつ、真面目に考えてみようと思う。幸いにもレヴォルは調整しつつも会話が出来るような状態だ。

 デスクの上から漂う淹れたてのコーヒー香りを嗅ぎながら、ポケットより端末を取り出し、慣れた手つきでレヴォルを呼び出す、と同時に可愛らしい合成音声の声が、俺の耳に届く。

「お呼びでしょうか、マスター?」

「ああ。今回の件の情報整理がしたい。これからの会話を端末画面内に簡潔にまとめられるか?」

 自分で打ち込んでもよかったのだが、対話の方が整理しやすい上、やはりレヴォルに任せた方が楽なのだ。

「可能です。準備をするので少々お待ちください」

 レヴォルがそう言うと同時に、端末の画面に白紙が広がり、レヴォルは画面上部の、対話中という注意書きだけになってしまう。

「じゃあまずは、俺たちの敵とされているインベーダーに関してだ。ガス圧で動き、珪素で出来ている。音波で会話し、動力源はテルスに良く似た鉱石、だったな」

「はい。そうです」

 レヴォルが肯定する。そして白紙だった端末の画面に文字が浮かび上がり、まるで学校の授業ノートのように、さっき言った情報を書きこむ。

「そして現在のところ、奴らには知能はあるが、知性は確認されていない。また奴らはこの星の生物と違いすぎていることから、この星の生物が進化もしくは突然変異によって生まれた可能性は無い」

「肯定です」

「やっぱり、軍の言うように生体ユニットなのか……」

 この星に俺たち以外の知的生命体がいて、送り込んだのだろうか。それとも、この星以外、宇宙のどこかに異星人さんなんてものがいて、送ってきているのだろうか。

 人類がこの星に降り立ってから、この星に関する調査は徹底的に行われてきた。それこそ基礎的なことから、知的生命体がいるかどうかまで。

 しかし、見つかったのは蟲だけで、それらしき生き物は見つけられなかった。だから、この星に人類以外の文明があるとは考えにくいのだ。

 さて、思考が煮詰まってしまった。やはり宇宙の知的生命体なのか? いや、バカな。そんなものがいるという方が考えにくい。

 それに、仮に宇宙人だとして、そんなものどうやって相手にすればいいのだろう。今のところ奴らは増えていないらしいから、現在いる固体を始末してしまえば、当面は安全、だそうだ。

 だがこれは根本的な解決ではない。どこから送り込まれたか知らないが、送り込まれている以上、増援が来ないとは限らないだろう。

「はぁ……」

 飲み終わったコーヒーをテーブルにおいて、深いため息をつく。やはり先行きが見えない。どうしたものかと考えているとき、ビー! ビー! と聞きなれない電子音が端末から響いた。

「警報です! 都市が蟲に襲撃された模様!」

「蟲? 何が出てどうなってる?」

「わかりません。今、詳細を確認します」

 襲撃か。俺の物心がついてからは、都市が警報を出すほどの蟲の襲撃など無かったのにな。……嫌な予感がする。

「都市の東門付近で中型蟲が多数出現したようです。すでに数体の都市内への進入も確認されています」

「なんてこった。すぐ出るぞ、ここなら東門に比較的近い」

 今は平日の昼間。街中をふらついてる奴は少ないだろうが、危険に変わりはない。俺は事務所の鍵も閉めずに、駐車場へと向かった。


 見慣れた我が愛車に飛び乗ると、有無を言わさぬ速度で強化外骨格を装着し、そのままの勢いで車後方のハッチを飛び出す。

 着地した事務所前の大通りは、警報の効果か、静まり返っている。さすが要塞都市の住民だ、対応が早い。道行く商店のシャッターは下ろされ、人は誰もいない。

 強化外骨格のカメラ越しで、普段から親しんでいる大通り、果ては東門の方を見据える。カメラを限界まで先をズームすると、見えた。

 つぶれた饅頭のような形で灰色の胴体に、同じく灰色のツルハシのような四本の脚。全体通して、灰色のガラス製品のような色合いのその生物は、見間違いようの無いインベーダーだ。

 俺の嫌な予感は当たったらしく、一体のインベーダーが都市の大通りを中心街に向かって歩いていた。

 何故、という疑問が一瞬沸き起こるが、すぐに一つの要因を思いつき、吹き飛ぶ。この都市には、例の第七鉱山などなどから加工前のテルス原石が大量に運び込まれて、その加工を待っている。地底のテルス取ったあとは、地上のテルスってわけなのだろう。

 それにしたって、人の物を取るのは感心しないな。この街の平和のためにも、泥棒にはガラス片になってもらうとしよう。

 そう意気込んで、脚部から圧搾空気を噴射させ、大通りの車道をダッシュで敵の下まで駆ける。整備中だったこちらの武器は、左手の甲に積まれたガス圧式20mm徹甲弾と対蟲刀のみ。弾は、前回の撃ち残しが150発あるだけ。まあアンカーは自分で壊したし、街中で榴弾や焼夷弾は使えないので仕方が無い。

 駆け出すと、彼我の距離はどんどん縮まっていき、敵も気付いたようでこちらに向かってアスファルトの地面を駆けてくる。すぐさま左腕を上げて走りながらもトリガーと引く。タタタタッ……ガス圧の静かな音が響くが、当然弾かれる。

 しかし、敵は俺の発砲で動きを止めた。立ち止まって、発砲を耐えているようにも見える。……何故だ? 以前は徹甲弾の嵐の中進んできたというのに。

 理由はわからないが、これは好機だ。以前のレウを真似て、間接を狙うべく敵側面へ圧搾空気の噴射で飛ぶ。

「くっ……」

 だが、そう上手くもいかないようで、発砲しながら敵の周囲を動いた俺に対して、敵は間接を隠すように立ち回る。あのときは、脚が一本減っていたからこそ、成功したのか。これでは、現在の装備では倒しようが無い。

 どうする、考えろ、どうすれば勝てる? 以前違い、広さがあるため逃げ回るスペースには困らない。

 突進を繰り返す敵に対して、バシュッ! という音を響かせる脚部噴射で、距離を取り、横に避け、車道の真ん中で大立ち回りを演じる。まるで闘牛のようだ。

 逃げる中で、無駄弾を撃ちたくなかった俺は、銃撃は止め白兵スイッチを入れると、右手に対蟲刀を握った。

 逃げ続けて、敵を観察するうちに、ある異変に気が付く。それは、敵の動きが以前よりやや遅いということ。同時に先ほどの徹甲弾で動きが止まった理由も理解する。

 ここは、土ではなくアスファルトなのだ。奴はあのツルハシのような脚を地面に突き刺せてないので、踏ん張りが効かず、速度も以前ほど出せないでいるのだろう。

 勝機が見えてきたな。

 俺は対蟲刀と槍のように構えて、敵に突進をかける。すると当然、敵は自身の攻撃射程に俺が入ると、するどいツルハシの一撃を頭めがけて振り下す。予想通りの敵の攻撃を、圧搾空気の噴射によるサイドステップでかわし、そのまま俺は、構えた刀を敵の腹の下に滑り込ませた。

 同時に、脚部から再度圧搾空気を噴射しながらのジャンプを行い、その結果敵の身体が浮き上がり、こちらに腹を向けるように打ち上げられる。予想通り、ガス圧で動くこいつらの身体は強化外骨格同様、非常に軽い。だからこそ、地面にしがみついていない今なら、簡単にひっくり返すことが出来る。

 空中で無防備に腹を見せながら打ち上げられるインベーダーがスローモーションで見えるようだった。

 この状態ならば間接を隠す余裕はない。即座にスイッチを切り替え、左腕を構えトリガーを引くと、タタタタタッ……ガス圧の静かな音が響き、続いてパキーン! という小気味のいい音が連続で響く。

 四箇所全ての間接を打ち抜かれて破壊されたインベーダーは、内部で圧縮されていたガスを吐ききった後、完全に沈黙したようだった。


 一体のインベーダーを撃破して一息ついたのもつかの間、通りの先から二体のインベーダーが向かってくるのが見えた。……この都市は、いったい何体の侵入を許したっていうんだ。

 それにしても、二対一か。厳しいがやるしかないだろう、街を守るためにも。大通りの真ん中でインベーダーの進路に立ち塞がり、そのままインベーダーと対峙する。

「レヴォル、高音波は観測されているか?」

「はい。テルスエンジンの機動音で正確にはわかりませんが、あの二体間で高音波のやり取りが行われているようです」

 予想通りだった。これはつまり、敵は連携を取ってくるということ。この二体一はやはり厳しい戦いになるだろう。

 そんなことを考えていると、敵が前後に並んでいた。何をする気だ? と疑問に思う暇も無く、縦一列で高速で突っ込んでくる。

 反射的に、圧搾空気によるサイドステップで突進をかわす。すると、敵の後ろにいたもう一体が俺と同じ方向に飛びながら、ツルハシを振り上げているのが見える。

 こちらは空中、これでは避けられない。

 が、なんとかギリギリのタイミングで、刀を使ってツルハシを弾き、直撃は回避できた。しかし、空中にいるこちらは踏ん張りようがなく、俺は後方へ弾き飛ばされてしまう。

 脚部噴射で勢いを殺しつつ着地しようとすると、最初の一体がすでに俺の着地地点まで来ているのが後方確認用カメラで見えた。なんという連携だ、これは部隊が壊滅するのもうなずける。

 しかし、この危機的状況でも焦りはなかった。俺には見えていたのだ。俺の着地地点にいるインベーダーのさらに後ろ、見慣れない武器を持った、見慣れた赤い強化外骨格が立っているのが。

「エーヌー、貸し一つだからなー!」

 無線でそう叫んだレウは、右手に持ったオレンジ色のパイプのような武器をインベーダーに叩きつけた。

 音も無く叩きつけられたパイプが、しばらくの間押し付けられていると思ったら、次の瞬間にはインベーダーの胴体が粉々に砕け散った。

 がしゃん、とガラス片となった胴体の残骸に、四本のガラスのツルハシが倒れこむ。その光景を目にしつつ、俺はそのガラス片の中に着地すると、レウに語りかけた。

「以前鉱山内では俺が倒したんだ。貸し借りなしだろう?」

「いやあの時は、その後のエヌの世話したから、鉱山内のことはそっちでチャラでしょ?」

「いやいや、俺の世話に関してはデートでいろいろ出費したんだから、それでチャラだろう?」

「むー! デートはエヌだって楽しんでたんだから無し! それに、そんな言い方ないじゃん! 誘ったのそっちだし!」

「じゃあデートの寝坊の分で貸し借り無しだな」

「ぐっ……、でも前日までに寝坊の連絡したし!」

「時間に間に合うように起きる方向で努力しろよ」

「なんだとぅ。あの日あたしが本当は……」

 そんな言い合いを、残り一体のインベーダーは待ってくれないようで、高速で近づいてくる。

「「邪魔!」」

 二人の声が綺麗に重なり、インベーダーが脚を振り上げたとき、すでに俺の対蟲刀とレウのパイプがインベーダーに叩きつけられていた。先ほど同様、インベーダーは一拍置いたあとガラス片に変わる。

「……ふう。ところで、その武器はなんなんだ?」

「ああ、これ?」

 レウはまだ何か言いたいようだったが、そんな場合じゃないと思い出して俺の質問に答えてくれた。

「これ、白熱刀っていうんだ。インベーダー倒すために急遽に作られた武器」

 ひょいっと、レウが見せてくれたパイプは、オレンジ色に光る高熱の金属のようだった。持ち手の部分は円柱状の機械で、何かしらの動力が内蔵されていても不思議ではない形状だ。

 刃の部分で熱を発して、攻撃する武器か。確かに強化ガラスは高温に弱い。あれだけ徹甲弾を弾きまくった装甲でも、超高温の前では飴硝子も同然というわけか。

「そうか、わかった。二週間で用意したにしては、なかなかの驚きの効き目だな」

「でしょ?」

 いや、レウを褒めているわけではないのだが、機嫌も直ったみたいだしまあいいか。

「エヌの分もあるよ。てか、渡しに来たんだった」

「そんな大事な用事で来たのなら、もっと早く言ってくれ」

 レウは腰の裏の辺りから、二本目の白熱刀を取り出し、俺に渡す。受け取る。受け取った刀身は、起動していないためか、冷たく光る黒い金属色だった。

 さて、勢いで飛び出した俺は、全くと言って良いほど状況が理解出来ていない。今までは戦闘のせいで通信どころではなかったというのもあるが、ここらでレウにしっかりと聞いておかないとな。

「で、状況はどうなっている?」

「侵入を許したのは五体。それ以外は壁の外で、現在強化外骨格部隊が応戦中。あたしは内部侵入したインベーダーを排除するように、ってのとエヌに白熱刀を渡して合流して来いって任務を受けてる感じ」

「なるほど。じゃあ残り二体を倒して壁の外へ増援に向かえばいいんだな」

「そゆこと」

 情報を得て、ふと東門の方を向くと、都市内侵入の最後の二体がやってくるのが見えた。

 レウも同時に気付いたらしく、無言で頷き合った俺とレウは、白熱刀を起動し駆け出した。


 驚くほどあっさりと最後の二対を撃破した俺とレウは、第四要塞都市東門の前まできていた。第四要塞都市における外への門は、東西南北と、その間一つずつ、計八つ設置されている。現在荒野に続く巨大な門は閉ざされており、非常に高い壁が俺たちの前に威圧的に立ちはだかっている。

「閉まってるけど、どうするんだ?」

「こっちに閉鎖時の通用口があるから、こっちきて!」

 そう言われ、門の横にある小さな出入り口の前に行くと、すぐにレウは扉を開け進んでいった。俺も急いでその後を追う。

 扉の先の、外壁の中の門制御用の部屋から、さらにもう一つ扉を抜けると、俺たちは荒野に出た。

 そこに広がっていたのは、凄まじい光景。あちらこちらにガラス片が飛び散り、都市から一定以上離れた場所は、都市外壁からの砲撃で焦げた穴だらけになっていた。

 強化外骨格部隊はというと、武器の性能もあってか善戦しているようで、砲撃出来ない外壁付近をカバーするべく、外壁付近まできてしまった奴や外壁付近の地下から出てくる奴を攻撃している。

 ちなみに、要塞都市は地下にも強固な壁を作っているので、連中お得意の地下からの侵入は出来ないようだ。

 俺とレウもさっそく地下から無限の如くポップしてきているインベーダー狩に参加する。

 それは、出てきたインベーダーに駆け寄っては、白熱刀を突き立て、そして砕け散らす。というもぐら叩きのような戦いだった。

 他から出てくれば、再度駆け寄り、突き立て、砕け散らす。これをひたすらに繰り返す。

 敵の量も凄かったが、こちらの武器がさらにその先を行った、そんな戦いだった。だが、それにしたって楽すぎる。

 ……これは嵐の前の静けさにも似た何かを感じる。

 荒野で戦い始めて二十分くらい経ったとき、俺の嫌な予感が的中したようで、非常に大きな揺れが俺を、他の強化外骨格部隊を、そしてインベーダーを襲った。全く、たまには外れてほしいものだ、俺の嫌な予感。

 揺れ始めて数秒、東門から30mほど先の荒野の地面をひっぺがすように、震源――巨大なインベーダーを思わせる何かが這い出した。つぶれた饅頭ではなく、円盤のような形の胴体。そこから伸びる四本の脚には、分厚い装甲が隙間無く敷き詰められており、中間にも関節を持ち、その部分はさらに厚い装甲で覆われている。全体的に黒いガラスのような色合いで、大きさは20mはくだらないだろう。

 とにかく大きい。このサイズは人間がどうこう出来るとは思えない。

 外壁から、すぐさま砲撃が飛ぶも、巨大なインベーダーはそれを全て弾いた。強化外骨格部隊の誰かが撃ったであろう、榴弾や焼夷弾が着弾するが、表面で爆発が起こるだけで効果は無い。焼夷弾の炎でなんともないと言うことは、

「耐熱のようです。彼らも自分の弱点は把握しているようですね。これでは不純物の吸気を狙う作戦もおそらく無駄でしょう」

 今、考えていた内容を、丸ごと先にレヴォルにしゃべられてしまった。しかし、弱点を克服したやたら大きいインベーダーはなんなのだろう。今まで俺たちが必死に相手をしてきた奴らが採取用のユニットで、こっちが戦闘用とでも言うつもりだろうか。冗談にしても最悪すぎる。あのインベーダーでさえ、人類には強敵だというのに。

 さて、どうしたものか、一か八かで白熱刀を突き立ててみるか? いやダメだ。炎の中を悠然と歩ける奴相手に白熱刀程度でなんとかなるとも思えない。それに、あの巨体に近づくなんて、わざわざ踏み潰されに行くようなものだ。どうする? 俺の手元には状況を打開できる武器は無いのか?

 そうしている間にも巨大インベーダーは都市の方へゆっくりと歩を進めている。まずいな、あの巨体でインベーダーの怪力を持っているのだとすれば、都市の外壁くらい簡単に壊せてしまうだろう。周囲を見回すと、他の隊員たちもどうすべきか困っているようだった。


「総員、敵の足止めに全力を尽くせ! 現在都市からの支援が準備中だ!」

 トナスの怒鳴り声が、俺の機体内スピーカーから鳴り響く。

 やはり隊長はこういったとき頼りになる。

「オラ! 追加の火器だ! 受け取れ!」

 その声と同時に、上空から大きいコンテナが落下してくる。上を見上げれば空には輸送機が飛んでおり、おそらくトナスはあそこから指令を出しているのだろう。

 パラシュートで落下したコンテナは、着地と同時に側面が外れると、中にはギッシリと詰まった徹甲榴弾やロケットランチャーなんかの兵器を。俺たちの前に展開した。確かにこれだけあれば、あのデカブツを足止め出来るかもしれない。

 俺や部隊の連中は、東門から少しズレた位置にあるコンテナに、急いで集まった。その位置は、あの巨大インベーダーがまっすぐ東門を目指しているのであれば、その進行方向の左斜め前方あたる。

 俺たちは言葉も交わさずに、視線だけ合わせて頷き合うと、全員が武器を取り、攻撃を開始した。

 次々と撃ち出されるロケットランチャーによる攻撃は、巨大インベーダーの胴体、脚、関節などで、真っ赤な爆炎を吹き上げる。

 打ち合わせたわけでもないのに、一斉ではなくタイミングをずらして行われる砲撃。それは、攻撃を途切れなくするため。倒すつもりなら、一斉爆撃のが有効だろうが、足止めなら断続的に攻撃した方が効果的だ。

 撃ち終わった奴から、武器を投げ捨て、次の武器を手にする。そしてまた撃ち、投げ捨て、また次の武器を取る、という行動を繰り返す。俺たち10機の強化外骨格は綺麗な連携で、次々とロケットランチャーによる攻撃を浴びせた。

 絶え間ない爆発が巨大インベーダーを包み、その歩みは止まりかけてさせる。よし、効果あり、さらに攻撃を継続する。

 しかし、巨大インベーダーはこれだけの爆撃の中で傷一つついているように見えない。軍は俺たちに時間を稼がせて何をしようというのだろうか。この化け物を確実に葬れる方法があるとでもいうのだろうか。

「お前らよくやった! もう大丈夫だ! 主砲の準備は整った! 巻き込まれたくなかったら急いで退避しろ!」

 再度トナスの怒鳴り声がフェイスマスク内に響く。主砲? と、頭に疑問が浮かんでいるうちに、周りに連中は急いで都市の壁際まで走っている。

 主砲って、そうか、わかった、アレか。完全に思い出した俺も慌てて壁際まで走る。確かにこんなところにいては巻き込まれてしまう。

「ひぃー!」

 横を走るレウの声が、近づいたことで勝手にオンになった近距離無線通信から聞こえてきた。ご丁寧に頭を抱えて走っている。

「主砲って、アレだよな」

 そう言って、俺は都市の方、その中心街の高層ビル群、その中でも一際大きいビルを指す。20km近い距離があるのでぼやけてしか見えないが、それでも一応は見える。

「そうそう! 早く逃げないと巻き込まれる~!」

 走りながら言葉を交わしていたとき、ビルの先がオレンジ色に見えた、気がした。次の瞬間には俺たちのはるか頭上をオレンジ色の光の奔流と、ものすごい突風、いや熱風が駆け抜けた。

 振り向くと、巨大インベーダーはその身体に大穴を空けていて、その背後の地面がごっそり巨大なクレーターになっていた。巨大インベーダーの傷口からは、灼熱の色をしたガラスが血の様に滴っており、ほぼ胴体を真っ二つにされた巨大インベーダーは、左右から倒れこむようにその場に崩れ落ちる。

 主砲、それはこの都市が“要塞”都市と呼ばれる所以たる、都市主砲のこと。都市中央のビル最上階に位置し、その高さから360度を見渡し、都市周辺のいかなる敵も焼き払うことが出来る最強の兵器――都市外壁の地下深くに建造された超大型円形粒子加速器にて加速した粒子を、収束し撃ち出す荷電粒子砲――それが主砲だ。

 巨大インベーダーの陥落を確認してから、通常のインベーダーも撤退を始めていた。即座に地下にもぐって逃げるインベーダーに対処する方法は、現状だと無い。

 これで、人類とインベーダーの、開戦後初の戦闘は終わった。この戦闘だけみれば、俺たちの勝利だ。

 だが、俺は薄ら寒いものを感じていた。

 強化外骨格、インベーダー、白熱刀、巨大インベーダー。敵が強くなっているのは、人類が強くなっているからなのではないか?

 蟲に勝つために強化外骨格を作ると、それより強いインベーダーが現れた。インベーダーに勝つため白熱刀を作れば、それすら効かない巨大なインベーダーが現れた。そしてそれも荷電粒子砲の前に倒れた。

 次辺り、荷電粒子砲をも防ぐインベーダーが現れるかもしれない。このことを軍や政府に言えば、ならばさらに強い兵器を作るだけ、と言うだろう。

 恐らくそれは間違ってはおらずで、俺たちが生きていくには必要なことなのだろう。

 しかし、このレースに勝った先に、本当に平和があるのだろうか? 規模の大きくなり続ける戦争は星すらも壊しまうのではないだろうか?

 かつてこの星を荒野に変えたように。

 戦う覚悟は決めたつもりだったが、俺はまだ迷っていた。俺の目には、荷電粒子砲によって変わってしまった地形が、焼きついて離れなかった。



 幕間


 インベーダーによる都市襲撃戦ののち、軍でのミーティングを終えた俺は、鍵をかけ忘れている状態の事務所をなんとかすべく、帰ってきていた。

 ミーティングの内容は、インベーダーが活動を開始すると発生する超音波を観測したら、すぐにそこまで輸送機で行って叩き潰す、これを繰り返して行く、というものだった。

 他の要塞都市でも同じような動きをするらしいが、今のところ合同部隊を編成するなどの連携を取るということはないそうだ。

 完全に出たとこ潰しの計画だが、本拠地がわからない以上、そういう形で戦っていくしかないのだろう。

 また、奴らが異星からの侵略者であるということも伝えられた。半年ほど前にこの星に落下した隕石、それが奴らの宇宙船である可能性が高いそうだ。その裏付として最近の調査では、落下地点にはクレーターのみで、肝心の隕石本体は無かったらしい。

 隕石本体の現在位置は、鋭意捜索中らしい。おそらく、見つかれば総攻撃という流れだろう。気が重い。

 宇宙において、この星はよほど好かれているらしい。500年とちょっとで二度もお客さんが来ているのだから。

 さて、そんなことを考えていたら、出しっぱなしだった食器もすぐに洗い終わり、窓の鍵も閉め終わってしまった。考え事をしながらだと、仕事が早く終わった気になって実によい。

 窓を閉めるときに見た町並みはすっかり夜の色で、昼間に戦闘があったことを感じさせないほど、活気が戻りつつあった。

 ……それにしても、この宇宙で俺たち以外に知的生命体がいるとはな。それも侵略を行えるほどの距離に。おかしな話だ。

 俺たちの先祖は、1000年以上前に旅立った移民船団の乗組員だったそうだ。実験的な亜光速宇宙船による星間移民計画、らしい。

 乗組員であった、多様な人種から選ばれた10万人の人間と母星の動植物たちは、全てコールドスリープ状態保持され、移住に適した星を捜しながら広大な宇宙空間を航海したのだそうだ。

 しかし、航海に事故は付き物。いつからか故障したコンピュータによって進路は乱れ、それに続き、亜光速推進力までもが故障したそうだ。

 同時に奇跡もあったようで、付近にあった惑星は人間が生活可能な環境だったらしい。

 つまり、それが、この星だ。荒野しかなくて蟲だらけだったのだから、本当に奇跡と言えるかは、割りと疑問ではあるが。

 ちなみに、そのときの亜光速宇宙船が今の第一要塞都市のベースとなっている。

 しかしまあ、そういった訳でこの星を侵略出来る位置には、知的生命体の住むような星は無いと思っていたのだ。俺たちの先祖が、周囲を捜索しながら航海していたことを考えれば、当然見つけているだろうから。

 だが、現状そうでもなくて、異星人はいるらしいが……

 ピンポーン! ピンポ! ピンポーン!

 ソファで考え事をしている俺に、不意打ちで事務所のインターホンが聞こえる。もう夜だというのに、誰だ一体。しかも連打しているとは、どれ、傭兵事務所にいたずらをする度胸のある子供の顔を拝んでみるか。


「エヌ! よかった! まだいた! 聞いて! 大変なんだ!」

 開けた玄関ドアの先には、息を切らした24歳の子供がいた。こいつは何をやっているんだ? 大変、とは?

「……とりあえず、連打はしなくても聞こえる。何の用かは知らないが、一旦上がれ。ここで騒がれると近所迷惑だし、恥ずかしい」

 そう言った自分の声は、レウとは対照的なテンションのだと自覚出来るほどだった。ひとまず、息の切れているレウと事務所内に入れて、ソファに座らせる。こういった状態のレウからまともな話が聞けたことは、未だかつて無い。

「とりあえず、これを飲んで落ち着け」

 そう言って、グラスに入った水を差し出すと、レウは受け取ったまま一気に飲み干した。

「ぷはぁ。そう、大変なんだよ!」

「一体何がだ?」

 少し落ち着きを取り戻したレウから改めて事情を聞く。しかしこの分だと相変わらず容量を得ない会話が続きそうだ。

「あたし、たまたま聞いちゃったんだ」

 レウは、さっきのテンションから一転して、嫌なことを思い出してしまった、というような暗い表情になる。

「誰の、何を?」

 俺の質問でさらに、困ったような顔、言ってしまっていいものか迷っていますよ、という表情を作る。相変わらずわかりやすい奴だ。

「えーっとね、軍の偉い人と政府の偉そうな人の会話」

「それは、大丈夫なのか?」

「他の人には言っちゃダメだよ。でもあたし一人で抱えるにはちょっと荷が大きいというか、なんというか」

「そうか、なら聞こう。軍の動向は俺も気になる点ではあるしな」

「ありがとう。エヌって意外と優しいとこあるよね」

「気のせいだ」

「むぅ。褒め甲斐のない奴ぅ。ま、いいや。そう、それでね」

 まあ、捻くれているのでな。だがしかし、会話の中でレウはようやく普段通りに戻ったようだ。これでまともな話が聞ける。

「インベーダーの恒星間移動技術を奪うんだって! それで敵本星を攻めるとか、母星に帰還するとか、なんとか?」

「なっ……!」

 なんということだ。思わず絶句してしまった。

 敵本星を攻めるなんて、これでは俺たちが侵略者になるということじゃないか。今までは防衛戦だったが、この先にあるのは侵略戦なのか? 宇宙戦争や星間戦争なんて、笑えない冗談以外の何物でもない。

 そしてレウの言葉の中に、もう一つ気になるものがあった。それは、“母星に帰還する”という部分。まさか、政府や軍の上層部にME信者の人間がいるとは。

 ME信者、最近なりを潜めているME教の信者は、別に過激な思想を持っているわけでも、政治的に圧力を持っているわけでもない、ただの宗教の信徒だ。

 だが、この宗教は出来方に問題がある。

 人類がこの星に降り立ったとき、基礎的な調査が行われ、自転周期や公転周期、赤道半径などがわかったのだが、

 ――自転周期:24時間・公転周期:365日・赤道半径:6300km――

 それは俺たちの祖先が出発した母星と、全く同じだったのだ。

 星が荒廃した理由は、容易に想像が出来る。核兵器による最終戦争だろう。変異した巨大な生物が闊歩しているのも、放射線の影響かもしれない。

 だが、現在のこの星の大気に核兵器に含まれるような放射性物質は存在していない。それに人類がいたであろう痕跡も全く存在しない。少なく見積もっても、そこまでの全ての風化には、一万年以上の月日が流れていなければならないのだ。

 だが、俺たちの先祖の航海帰還は数百年程度、母星がここまで風化しているはずがないのだ。これには、亜光速航海による時間の流れの遅延など、仮説は多くあるが、どれもはっきりとした証拠を出せないで現在に至っている。

 そこで、生まれたのがME教だ。彼らは、この荒廃した蟲の闊歩する星を母星とは認めず、この星の自転公転周期や大きさは偶然母星と同じだけで、母星はきっと今も遠い星空の彼方で繁栄している、と言う。また、母星に帰還することが人類の最終目標でなんだそうだ。

 詳しくは知らないが、そんな教義だったように思う。俺は全く信じていないからわからないが。


 ME、MotherEarth信者たちは、あの亜光速宇宙船を最終戦争から一部の人だけを助けたノアの箱舟にしたくない人たちなのだ。それは、この星に降り立った当時の人類からすれば、当然のことのようにも思える。

 この過酷な環境で永久に暮す、というのは信じたくないことだったのだろう。

 だが現在のME教では、母星を完全なる楽園のように扱ったりしている。これはどうかと思うし、実際のところやはり、母星はこの星なのだろうと思う。まあ、どちらの意見にせよ、今の技術では正しいと断定することは出来ないのだが。

 さて、そのME信者が政府か軍かはわからないが、その上層部にいるのだ。やたら今回の戦争に精力的なのは、母星に帰還する、という目的があるからかもしれない。

 このことが、これからの戦争にどう影響するかはわからないが、いい方向に動くはずはないだろう。

 宇宙に行くなら、勝手に行ってもらって構わないというのが本音だが、それに戦争を利用しないで欲しい。

「エヌ、大丈夫? さっきから難しい顔して黙ってるけど……」

 俺は、レウの呼びかけで意識を現実に戻す。一気に色々な思考が脳内を駆け巡り、黙り込んでいたのが、レウを心配させてしまったようだ。

「ああ。大丈夫だ。それにしても、確かに大変な情報だな」

「やっぱそうだよね……」

「でも、俺たちにどうこう出来る問題でもないな。今まで通りに過ごしていくしかないだろう」

「それもそうだね。とにかく今はインベーダーから街を守らないと、だもんね」

 そう、今まで通りに、だ。軍や政府に対する警戒は今まで以上にする必要性がありそうだが。

 さて、これ以上は考えても仕方なさそうだ。だったらさっさと話題を変えてしまおう。

「ところで、レウは晩飯もう食べたか?」

「いや、まだだけど?」

「どこか食べに行かないか?」

「いいね! どこいく?」

「じゃあ、そうだな……」

 そんな話をしながら俺たちは事務所から出て行った。街は、俺が窓を閉めたときよりも一層活気を取り戻していた。それこそ、どこにいようが、どんな過酷な状況だろうが打破して、人は生きていける、ということを示すかのように。


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