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第三話『休息』

 窓の外からは、笛の音や歓声などの不快ではない喧騒が聞こえていた。今日は第四要塞都市200周年祭、その祭りの音をBGMに、俺は事務所のソファでくつろいでいた。

 あの後レウに連絡を取ったところ、非常に好都合なことに今日は暇だったらしい。祭りなので軍からも警備を出すのかとも思ったが、レウによると、祭りで強化外骨格出すような警備なんてないでしょ? とのこと。確かにその通りで、俺たちは蟲が出なければ暇なのだ。

 さて、レウとの待ち合わせだが、何故かこの事務所になった。どこかで待ち合わせするか、もしくはレウの家に迎えに行こうか、と提案したのだが、絶対寝坊するから! とのことで、俺がこの事務所で待つことになったのだ。絶対寝坊するなら、早く寝ればいいのにな。

 そして、案の定レウは寝坊していた。待ち合わせが午前十時半で、現在時刻は午前十一時。待ち合わせ時刻の十分前にレウからきた連絡は、寝坊した! のみ。さて何時まで待たせてくれるんだろうか。

 もし早く来たレウを待たせても悪いので、早すぎる気はするのだが、俺は九時半からここにいる。だから、待ち始めてそろそろ一時間半になり、さすがに飽きてくる時間でもあるのだ。

 慣れた手つきで本日三杯目のコーヒーを淹れる。ギプスも取れて、健康のありがたみを再認識しながらコーヒーを飲んでいると、

 ピンポーン!

 ここ最近やたらと聞いている気がする電子音――事務所のインターホンが鳴った。コーヒーをデスクに置き、玄関まで早足で向かい、扉を開くと、

「や、やっほー。ごめん、待ったぁ?」

 なにやらぎこちない感じの漂うレウがそこにはいた。

「ああ。少しな」

「そこは、ううん、今来たとこ、って返すとこじゃん!」

 何かよくわからないことで怒られた。いや、その定型文的返しは知っているが、ここは俺の家みたいなものだぞ?

「寝坊しておいて何言ってんだ。……まあいい、とりあえず上がれ」

 見ると、レウは若干息が上がっていており、頑張ってごまかそうとはしているが、呼吸が浅かった。精一杯急いで来てくれたのだろうな、中で少し休ませてやった方が良さそうだ。俺は扉を大きく開いて、レウを事務所の中に案内する。

「おじゃましまーす。へー、こんな事務所で仕事してんだー」

 物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回しながら部屋の中央へと進むレウ。そういえば、レウが事務所に来るのは初めてだな。

「その辺のソファに適当に座っといてくれ。今飲み物出すけど、紅茶とコーヒーどっちがいい?」

 疲れてるのなら、何か飲んで落ち着いた方がいいだろうと思い、聞いてみる。というか、客人にお茶も出さないのは社会人としてどうかとも思うので。

「紅茶!」

 レウはソファに腰を下ろしつつ、即答した。そういやこいつ、コーヒー嫌いだったな。まあ、わからなくはない。

 棚から客人用のカップと皿、それにティースプーンを取り出し、インスタントで申し訳ないが、下の棚から紅茶も取り出す。

 さて取り出しながら、チラッとレウの方を見る。白い花柄のワンピースに、何かおしゃれなバッグ、靴もおしゃれなヒールだった。こいつ、こんな服も持ってたんだな。

 そして、レウを見ていて、寝坊の意味がわかった。今日のレウは普段と違ってバッチリとメイクをしてきているのだ。きっと慣れないメイクに時間が掛かるだろうから、そしてその時間の予想が付かなかったため、絶対寝坊するから! なんて言ったのだろう。

 だがまあ、このことに突っ込むのは無粋って奴だ。素直に褒めてやろうと思う。実際、驚くほど綺麗になっているのだから。

 そう、普段のレウが“可愛い”だとすれば、今のレウは“綺麗”と表現した方が合っているような感じだった。普段よりグッと実年齢に近づいている。それでもまだ、実年齢よりは若く見えるのだが。

 さて、紅茶が入ったのでレウの前に置きつつ、俺もレウの正面に腰掛けることにした。さっき淹れたコーヒーが残ってたので口にしたが、すっかり冷めてしまっていて、冷めた安物のコーヒー独特の生臭さがまずかった。

「いただきまーす!」

 元気よく叫んだレウは、何事もなく淹れたての紅茶を飲み始める。熱いのに良く飲めるな、と関心していて思い出す、こいつは何でも食えるし何でも飲める奴だった。それこそ熱かろうが、不味かろうが関係無く。きっとあの砂パンだって普通に食べていたのだろう。


「なあ。……今日の服、似合ってる、な」

 それとなく言ってみた。チラッとレウの方をみる、とレウは聞いたとたんに、

「ゲホッ!」

 紅茶で咽た。紅茶を机の上に置きつつ、さらに数秒ゲホゲホと咳き込むレウに、少し心配になり、声をかける。

「だ、大丈夫か?」

「……ふぅ。もう大丈夫。急に変なこというなよ! むせるだろ!」

「変なことって。思ったまま言っただけだぞ?」

「エヌにそんなこと言われると思ってなかったんだよ! ……でも、まあ、その、嬉しい、けど」

 最後の方はどんどん小声になっていったせいで、いまいち聞こえなかった。レウはまた、耳まで真っ赤にして俯いて、黙ってしまう。なんだろうこれ、言わない方がよかったのか?

 ……ええい、物事はなるようになるしかならんのだ。続けて褒めてしまおう。

「その化粧もいつもと違って見えて新鮮だ。その、凄く綺麗に見える」

 言ってしまった。赤くなっていたレウは、急に元の冷静さを取り戻したようで、じっとこちらを見ている。いや見ているというよりは、睨んでいるようだ。

「……ホントにぃ?」

「本当だとも」

「なんか嘘くさいなぁ、そこまで褒められると。エヌって飄々としてるから、本心で言ってるのかどうかわかりづらいんだよ」

 すごく疑われていた。まあ、俺らしくない発言ではあったな。たまにはいいだろうと思ったのだが、失敗だったようだ。

「てゆーか、今日のエヌ、なんか変だよ。不自然で、裏がありそうな感じ?」

 バッチリおめかしして、妙にぎこちなかった奴には言われたくないが、そうだな。俺も無理しているのかもしれない。でも、

「たまには、素直になってもいいだろう」

「あはは、確かに。いっつも素直じゃないもんねー」

 ふむ、普段の俺は、そんなに素直じゃないのだろうか。ひねくれているとは思っていたが、改めて言われるとなんとも言いがたいものがあるな。

「でもさ、急に変わらないでよ。不安になるじゃん」

 レウは優しい視線を俺に向けて、微笑みかける。……言われてみれば、確かにその通りだ。俺だって、レウが急に変わってしまったら不安になるだろう。そうだな、普段通りじゃないことを、無理して言うのはやめよう。

「わかった。じゃあ、なるべく普段通りにするさ。でも、さっきから嘘は言ってないからな」

「えっ!? そんなこと言われても、照れるんですけど!?」

 困るわけではないようだ。じゃあ別にいいような気がしてきた。

「テレテルレウ、カワイー」

「照れるからやめ、って凄い棒読みだっ!」

「さて、昼飯はどうしようかな」

「スルーすんなよっ!」

「そうだ、事務所の向かいに新しく出来たハンバーガー屋があったな。そこに……」

「またもスルー!? 泣くぞっ!?」

「泣くな。レウのテンションがやたら高かったから、少しからかいたくなっただけだ。すまない」

 本当にそれだけだ。決して俺の方まで恥ずかしくなったから、からかったなどと言う理由はない。断じてない。しかし、レウの方は、むっとしていた。

「むー。それは、小学生男子とかによくある、好きな子をからかいたくなっちゃうって奴かな?」

 レウがやってやったぜ! みたいなどや顔で言ってきた。なんか悔しいので、真顔で、

「ああそうだ」

 とか言ってみたところ、案の定、レウは耳まで赤くなり、何故か俺の方も顔が赤くなっていく――そこには今年で25歳になる大きな子供が二人いるだけだった。


 さて、その後冷静に戻った俺たちは街に繰り出していた。街の中は、流石祭りとも言うべきか、大通りは出店や屋台でひしめきあっており、休日ということもあってか普段より人も多いように感じる。

 レウはというと、子供のようにはしゃぎまくっており、これではデートというより、引率だ。さっきから面白そうな食べ物の屋台を見つけては、俺にねだるということを繰り返している。

 ……引率というよりも、お守りなんじゃないかという気がしてきた。そんなことを思いつつ、さらさら赤毛の後頭部を眺めていると、目を輝かせたレウが振り向く。

「ねー、エヌ! あっちに面白そうな屋台あるよ!」

 ほらまた見つけた。どうやらこいつの興味は尽きることが無いらしい。ついでに胃袋も底なしらしかった。

「わかった、わかったから袖を引っ張るな」

 そんな文句を漏らしながら、レウについていくと、人だかりはあるが行列の無い屋台の前に出た。なんだこれ、串焼きか何かに見えるが、何かよくわからない。

「お。お兄さん方兄妹かい? 仲が良さそうだねぇ。何かサービスしようかぃ?」

 禿げ上がったオッサンの店主が話しかけてくる。まあ確かに、この童顔のレウと俺じゃ同い年には見えないだろう。

「ねえエヌ! サービスしてくれるって!」

 横ではレウがはしゃいでいる。まあ、買ってもいいか、お祭りなら楽しまなければ損だしな。

「えーっと、おじさん。ところでこれは何の串焼きなんですか?」

 だが、何だかわからないものをホイホイ食べる俺ではない。砂パンで学習済みだ。

「んー? こりゃあ、サンドワームだよ。ビールに合うぞぉー」

 ……うん? 今、自分の耳を疑う言葉が飛んできたが…… よく見ると、串に刺されて焼かれているのは、よく強化外骨格で踏み潰してきた馴染みある、巨大な芋蟲だった。焼くとこんな風になるのか、だが食欲は全くと言っていいほどそそられないな。

「ほら! 面白そうでしょ!」

 レウは相変わらずはしゃいでいる。いや、確かに面白そうだが、それは食わずに傍から見ている場合のみだろう。

「ねえ、買おうよー」

 うーむ、ここまで店主に話を聞いて、買わないで立ち去るというのは中々難しい。意を決して買ってみることにするか……

「毎度ありー」

 店主が俺の背中にそう言うのを聞きながら、サンドワームの串焼きを持って歩く。なかなか噛り付く気にはなれない。

「なあレウ、食ってみるか?」

「いいの!?」

 キラキラした視線が俺に刺さる。なんでこいつはゲテモノが平気なんだろう。

「ああ」

 そう、簡単に答えて串を向けると、レウは躊躇いなく噛り付き、何の問題も無かったかのように、美味しそうにもぐもぐしている。

「美味いのか?」

「ふぉっふぉかふぁいけふぉ、おいふぃーふぉ」

「いや、食ってるときに聞いた俺が悪かった。聞き取れないから、飲み込んでからしゃべってくれ」

「ちょっと硬いけど、おいしーよ、って言ったの。わかってよー」

 しかし、こいつの美味いは当てにならないからな。どうしようか迷っていると、レウが、

「ほら、次はエヌの番~」

 と言って串をこちらに向けてきた。これは避けられない。勇気を振り絞って食べてみた。

 かじりつく前に、これって食べさせっこだな、とか思ったが、目の前に迫る串に刺されてコンガリ焼かれたサンドワームのせいでどうでもよくなってしまった。

 肝心の味だが、貝とか、そういったものに似ていた。不味くはないが、美味いかと聞かれれば、困る。俺なら、これを食うくらいなら貝を食べたい。理由はなんと言っても、ちょっとどころの騒ぎではなく、硬いから。

「どう?」

 レウがキラキラした瞳で聞いてくる。

「まふふわ、まい」

「え?」

 あーこれ、予想以上にしゃべれないな。硬すぎだろ、この串焼き。

「不味くは、ない。って言ったんだ。というか食ってるときに聞かないでくれ」

 飲み込んでから、はっきり言った。そういえばサンドワームって別に芋虫じゃなくて分類的には棘皮動物だったな。たしか、イソギンチャクに近いとか、そうじゃないとか。そんな割とどうでもいいことを思い出していると、レウはまた何かを見つけたようだった。

「エヌー! あっちにサンドスコーピオンのから揚げがあったー!」

 どうやらまたもゲテモノのようだ。なんだってこの街の屋台はこんなにゲテモノが多いのだろう。蟲に恨みでもあるのだろうか? いやまあ、大有りだとは思うが。

 それにしたって多過ぎるな、と文句を垂れつつ、またレウに引っ張られて人ごみの中へと向かっていった。


 昼飯を、大通りの屋台めぐりという食べ歩きで済ませた俺たちは、街の中央近くにあるイベント用の大展示場、そこの企業展示のコーナーに来ていた。これは、第四要塞都市にある企業が合同で行っているもので、内容は都市関連の技術の歴史展みたいなものだ。ちなみに政府や軍も展示に協力しているらしく、兵器のレプリカの展示もあった。

 当然俺とレウがインフラや何かの歴史や細かい仕組みなんかに興味があるわけもなく、今は対蟲兵器の辺りを見ている。

 ガラスケースに並べられているのは、普段見慣れた銃火器、銃弾、刀剣などなど。デートで来るようなところではなかったような気もするが、

「見てみて! これ、あたしの使ってる機関銃と同じタイプの奴!やっぱカッコいいよな~」

 別にそんなこともなかったらしい。ふと、レウがおとなしくなっていることに気づき、視線を向けると、ボーっと何かを見つめている。視線の先に目をやると、そこには対蟲強化外骨格があった。

「……それって、第一世代機か」

 俺も思わずつぶやいてしまう。今のものより脚部や肩周りがスリムなシルエットを持った黒い強化外骨格が展示されていた。

 この第一世代機は、強化外骨格の第一号実用機だ。この頃の駆動は、完全に電力のみというものだった。瞬発力はそこそこあったのだが、パワーが低く、蟲との取っ組み合いなどすればモーターが焼ききれてしまうという欠点があり、装着者の死者が多数出て次世代機開発のきっかけになったらしい。

「これ、あたしの父さんが乗ってた奴と同じタイプだ…… 懐かしいな……」

 レウが遠い目をしながらつぶやく。レウの父親も軍人だったらしく、俺は直接は知らないが、第一世代機の装着者で蟲との戦闘の中で亡くなったという話は以前聞いていた。

 さっきは欠点のことばかり言ったが、それでも第一世代機が残した功績は大きい。人類が蟲に対して本格的に攻勢に出れるようになったのは、第一世代機の登場以降だからだ。時代にして約30年~20年くらい前の話だろうか。人類の攻勢は今始まったばかりだ。

「親父さん、どんな人だったんだ?」

 俺も第一世代機を眺めながら、思わず聞いてしまった。俺たちと同じ、強化外骨格の装着者、それも第一号機、ということが少し気になったのだ。

「凄い人だったよ。凄い恐くて、凄い優しくて、凄い強い、そんな人。ごめんね、何言ってるかわかんないよね」

 レウはそう言って、切なそうに目を細めながら弱く微笑む。

「そんなことはない。偉大な人だ、ってことが伝わったよ。それに、レウの親父さんみたいな人たちがいたから、今の俺たちがいるんだと思ってるから」

「そっか。ありがとう。きっと父さんも喜んでると思う」

 少ししんみりしてしまった。そんな空気を壊したいのか、レウがさらに横を見て言った。

「で、こっちにあるのが第二世代機だよね?」

 そう言ってレウが指した先には、俺たちの強化外骨格よりも圧倒的に大きい、太い関節を持った重そうな漆黒の機体が立っていた。

「そうだ。それが第二世代機だな」

「あたし、これ見たのは初めてだよー」

「それはそうだろう。こいつは実戦投入されなかったんだから」

「どゆこと?」

「第二世代機は、第一世代のパワーの弱さを補うために、駆動部分を油圧に変更したんだ。そしたら、油と油圧制御の機構が重すぎてまともに戦えないってことがわかり、そのままお蔵入りしたってわけ。ちなみパワーだけなら俺らの機体より出るらしいぞ」

 聞かれたので、ついうっかり声に出して解説してしまった。解説も読まずに。

「へー。エヌ意外と詳しいね、実は好きだったりするの? こういう兵器とか」

「……まあ、少し」

 強化外骨格部隊に入った理由は、憧れだったから、詳しくもなるさ。ちなみに軍から払い下げられた後、土木分野に転用された関係上、お蔵入りにもかかわらず“第二世代”と銘打たれていたりするのだ。

「ふーん。やっぱ意外だー。あ、であっちにあるのが我らの第三世代機だね」

 レウが指した先、第二世代機の隣には、見慣れた形の機体が展示されていた。

「そうみたいだな。こっちはもう解説しなくてもいいだろ」

「当然じゃん!」

 二人でまじまじと展示用に調整されているらしい、メタリックシルバーの強化外骨格を見つめる。

「この兵装だと、市街戦メインな感じかな?」

「いや、市街戦でこんな量の榴弾パックは持たないだろ。荒野じゃないのか?」

「えー、だったら機関銃の口径上げるよー、多分」

 二人して展示用の強化外骨格の装備にケチを付ける、というかなり奇妙なデート光景だった。いや、これが俺たちらしさなのかもしれない。


 そんなことをしていると、レウがそのさらに横に展示してあるものに目を向ける。

「こっちは何かな。見たこと無い強化外骨格みたいな見た目だけど」

 そこには俺も知らない機体の模型が展示してあった。フォルムはかなりスマートで、中に入る人間の姿を想像させないが、大きく作られた腕や肩は武装が豊富に積めそうにも見える。

「いや、俺も知らないな。……脳波制御型機動鎧? なんだこれは」

 さらに説明を読むと、どうやら人間の脳波を受け取り動く自動人形みたいなものらしい。なるほど、装着者やパイロットが不要というわけか。

「ねえ、これ実物は凄い大きいみたいだね」

 よく見ると、十分の一スケールと書いてある。この模型が2m程だから、実物は20m程になるのか。それは、凄いな。

「何時の間にこんなものを開発していたんだ。全く、何を考えているのだか……」

「でもこれすごいじゃん! 巨大ロボだよ! 巨大ロボ!」

 軍や政府の突拍子も無い発想に頭痛がする俺とは対照的に、レウはテンションが上がっていた。

「こんなのが実装されて、量産なんてされたら、俺らは仕事が無くなるかもしれないってのに元気だな」

「あ、そうか。確かに仕事取られそうだね。むぅ……」

 案の定気付いてなかったようで、レウはさっきまでの態度とは一転して、脳波制御型自動鎧の模型を睨んでいた。

 その後しばらくの間、眉間にしわを寄せていたレウだったが、考えがまとまったようで、俺に向かってやわらかい表情を向ける。

「まあでも、人のくらしが安全になればそれでいいんじゃない?」

「そうだな。俺らがお役御免となるときは、平和な世の中なわけだし、そうなるのは理想なのかもな」

 レウの出した結論は、兵士の仕事なんて無い方がいい、ということ。実際、そういうわけにはいかなさそうだが、それでも俺たちは暇なほうが良い業種なのだろう。

「うんうん。もしそうなったら、何しようかなー。なるなら何か職人がいいなー」

 今後のあれこれで思い悩む俺を他所に、レウは非常に能天気なことを言っていた。何か職人って、抽象的すぎるだろう。

「……職人って、例えばどんなだよ」

「畳職人とかあこがれるねー」

「あの針一本で黙々と縫い続ける姿は確かに渋くてカッコいいが……」

「やっぱそう思うよね!」

「いや、積極的になりたいとは思わないな。イグサの香りは割りと好きだが」

「じゃあ、傘職人!」

「あれは工業製品だろう」

「わかってないなー。カッコいいじゃん、番傘」

「わかるような、そうでもないような。まあ、骨の多い傘は丈夫そうでいいとは思うな」

「むー。いまいち理解しないなー。じゃあ竹細工は?」

「竹製品は丈夫で長持ちするし、あれはもはや芸術の域に近いものだと思うが、ピンとはこないな」

「うーん……」

 レウはそこで詰まってしまった。しかし何故こいつはなんとも言いがたい絶妙なチョイスを繰り返すのだろう。


「じゃあさ、エヌは何になりたいの? 平和になったとしてさ」


 ……今度は俺が答える番、か。しかし、考えたことがなかったな、平和になったらなんてさ。俺のやりたいこと、得意なこと、うーむ、なんだろう。

 今の仕事は、結構自分に合ってる気がするし……

「そうだな、そんなことになったら、傭兵から探偵か何でも屋にでも転職するさ」

 結局は今と大差の無い仕事だろう。毎朝スーツで会社に勤めて、月毎に給料を貰う自分も想像できないしな。

「そっか。なんか面白くない答えー」

「そう言うな。俺がやりたいのはこれぐらいってことだ」

「まあ、エヌがやりたいことなら、いいんじゃない。応援するよ」

「そのためにはまず平和な世の中になってもらわないとな」

「あー、そうだったね。頑張らなきゃ、だね」

 そう、頑張らねばならない。平和のためか、自由のためかはわからないが、少なくともこの日常を維持するためにも。

 人類の積み重ねてきた戦いの歴史の前で、そう決意し、俺とレウは企業展示会場を後にした。


 さて、その後のデートについてだが、普通に映画をみたり、夕食を食べたりした。何もなかったと言えば嘘になるが、そこまで面白いこと、もしくは酷いことがあったわけではない。

 見た映画はアクション映画で、強化外骨格が蟲と戦う、いわゆる記念映画みたいなやつだった。俺からすれば、突っ込みどころ満載の映画だったのだが、レウは目を輝かせて見ていた。見終わった後に、あのアクション実際に出来るかな? などとアホなことを聞いてきてはいたが、楽しめたのならなによりだ。

 だがやはり、何度考えても、映画内で見た脚部噴射を利用したサマーソルトキックは現実的では無いように思える。影響されやすいレウは挑戦しかねないが。

 夕食の方は、中央ビル街の高層に位置する、少し値の張るレストランに行った。まあ、俺もレウの慣れない環境でわたわたしていて、周りからは浮いていたが、楽しい食事だった。まともに美味いものというのは非常に素晴らしい。

 そして今現在だが、俺たちは俺の事務所、厳密な現在地は事務所のあるビルの屋上にいる。俺の事務所はいわゆるテナントビルの最上階。言っても七階だが、そんな場所にある。ちなみに、下の階に入っているものはコロコロと変わり、一時期本屋が入っていたときは便利だったが、すぐに移転してしまって残念でならない。

 ビルの位置は街の中心からは少し離れており、少し遠目だが、祭でライトアップされた都市中央ビル群の夜景が綺麗に見えていた。

 しばらく夜景を眺めていた俺たちだったが、急にレウは俺のほうに向き直った。暗くてよく見えないが、その瞳には複雑な感情が渦巻いているようにも見える。

「……ねえ、エヌ。あたしこの前トナス隊長に聞いたんだ。エヌが全部知ったってこと」

 伏目がちにそう告げたレウは、普段からは考えられないくらいに、酷く弱々しい声だった。

「そうか。なら、俺がどういうつもりなのかも、知ったってことなんだな」

 俺は恐らく、戦場に復帰するだろう。人類の敵と対峙する為に。

「うん。最初にエヌが戻って来るかもしれないって聞いたときは嬉しかったよ。でも、あたしの仲間もいっぱい死んじゃって、エヌも一回死にかけて、もしエヌまで死んじゃったらどうしようって思って、不安になった」

 レウの顔は泣き出しそうにも見える。何か言わなければいけない、そう思ったが、

「……自分が死ぬかもしれないのは、不安じゃないのか?」

 俺の口から出たのは的外れな言葉だった。

「それはもちろん不安だけど、今はそれ以上に、周りのみんなが死んじゃうことのが、怖いよ」

 レウの声は震えている。いつも人の心配ばっかりして、軍人のクセに優しくて、なのに恐怖やプレッシャーと戦うときは一人で……

「……じゃあ、約束しよう。俺は戦うが、絶対に死なない。これが終わったら、またレウと遊びに行きたいからな」

「映画だと、それ、死んじゃう人のセリフだよ? ……でも、ありがとう。ちょっと元気出た」

 視線を上げて俺を見たレウは、弱く微笑みかけてくれた。そう、それは弱いが、意思を感じる笑みだった。


「戦争、かぁ……」

 はぁ、とため息をついてレウがそう漏らす。

「全く、嫌なものだな」

「……そういえば、エヌが軍を辞めたのも……」

 そう、戦争が原因だ。しかも人と人との戦争が。

「そういや、戦争が嫌で、だったな」

 俺の軍にいた当時、統合政府に反発している人たちがいた。彼らは要塞都市外で、細々と生活をしていたのだが、統合政府はそれをよく思わず、再三に渡って都市に統合するよう求めたのだ。だが、彼らが勧告を受け入れることは、最後まで無く……

「あたし、そのとき別の任務で出遅れててさ。それで、着いたらあまりの惨状で驚いたのをよく覚えてるよ」

 彼らの反抗は激化し、統合政府は軍を投入しての武力制裁を決行した。俺は、その先行部隊に参加させられ……

「……酷い雨の日だったな、俺も良く覚えてる。出遅れて正解だ、あんなこと、レウには関わって欲しくない」

 とうとう、統合政府が出来て以来初めての人同士の戦争は起きた。しかし、その戦闘は本隊の到着前、つまりは本格化する前に、戦闘余波で覚醒した超大型蟲によって押し流されたのだ。

 人によっては、天罰だとする人もいたが、あんな天罰あってたまるものか。味方も、敵だった人たちも、混乱の中、死んでいった。

「そっか。……地獄のようだったもんね」

 そう、まさに地獄。

 ……俺は、逃げ出したから、助かったんだ。

 今でも思い出す。土砂降りの中、恐怖に引きつった顔で俺に銃を向ける男を、別の奴が撃った弾が貫き、肉塊に変え、雨が赤を広げていく光景。吐き気がこみ上げ、フェイスマスクを投げ捨てて、雨の中走った。

 俺は、人を前にトリガーを引けなかったのだ。そのまま蟲相手にも戦意を失い、逃亡した。

「……人が人を殺す、そんな地獄だったな」

 なんとか帰った俺は、心的外傷を偽り軍を辞めた。俺に、人相手のトリガーを引かせる組織には居たくなかったから。憧れていた強化外骨格を人殺しの道具にしたくなかったから。

「……ずっと聞きたかったんだけど、なんで軍を辞めたのに傭兵なんていう戦う仕事始めたの?」

 それは、

「……昔からさ、強化外骨格に憧れてたんだ。強くて、蟲にも勝てて、人の暮らしを守るために戦う、最高の憧れだった。だからそれを、人殺しのためじゃなく、人のために使ってやりたかったんだ。軍は結局のところ、政府のためにしか動けないって感じたから」

 だから、無理言って、退職金代わりに愛用機を貰っていった。そう、人のために使うべく。

「そうだったんだ。でも、それじゃあやっぱり今回の戦争も……」

 そうだ、乗り気なわけがない。軍や政府の言いなりで戦うのは、嫌なのだ。でも、

「……なあレウ。今日楽しかったか?」

「……うん。楽しかったよ」

「俺も楽しかった。だから、守りたいと思った」

「この街を?」

「いや、今日みたいな平和な一日を。また、こんな日を迎えられるように、戦おうと思った」

「そっか。そうだね。あたし達がやらないと、だもんね」

「ああ。俺たちがしっかりやらないとな」

 そう、侵略者に屈したくはない。俺たちには守りたい日常があるのだ。それをみすみす手放す気は毛頭無い。

 人類がこの惑星に降り立って、500年以上。やっと、やっと蟲という脅威から脱し始めたのだ。これから、500年以上願い続けていた平和が、やっと見えてきたというときに、侵略者に負けるわけにはいかない。

 自由と平和のために、俺は、戦う意志を再び宿した。



 幕間


 あのデートから大体一週間くらいが経ち、とうとう俺の怪我が完治した。それはつまり、トナスに言っていた期限が来たということでもある。

 俺は、病院帰りの足で、二週間前にも訪れた軍の本部まで来ていた。事前にアポは取ってあるので、名前を告げるとすぐにトナス中佐の執務室まで案内された。

「失礼します」

 扉をノックしたあとそう言って、やたらと豪華な扉を開く、と、そこには豪華な椅子に掛けたトナスが、微笑みながら俺を迎えてくれた。

「よくきたね。怪我の方も無事に完治したみたいでなによりだよ」

「ええ、おかげさまで。今日、俺が来た理由は、話さなくてもわかりますよね?」

「もちろん。じゃあ結論だけ聞こうか。そういえば昔から、君はあれこれ聞かれるのが嫌いだったねぇ」

 トナスは、デスクの上で腕を組むと、懐かしそうに苦笑いを浮かべる。

「軍には戻りませんが、この戦争が終わるまで、戦力として協力します」

「なるほどね。それが君の出した答えって訳だ。いいんじゃない。軍に取ってはありがたい話しだし」

「そちらに問題が無いのでしたら、よろしくお願いします」

「ああ。こちらこそよろしく。でもよかったのかい? また戦場に戻ってきて、それも今度は戦争だよ」

「はい。もう決めたので」

 そう告げると、トナスは驚いたように目を見開くと、あのニヤニヤ顔にも通ずる不敵な笑みを浮かべる。

「そうか。いつの間にかいい顔つきをするようになったじゃないか。じゃあ、そうだな、一応私の部下ってことになるだろうから、後日の作戦会議なんかは連絡するよ」

「了解しました。では、失礼します」

 たったそれだけの、短いやり取りを終えると、俺はトナスに一礼し部屋を出た。そう、これで本当に戦場に戻ることが確定した。

 怖くはない、そこまで嫌でもない。ただ、気分だけは、あの日の雨のままのような気がした。


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