第一話『接触』
その後の旅は実に平和なものだった。ギリギリ大型蟲だったらしい変異サンドスコーピオンを退けた俺は、レヴォルに呼び戻してもらった車両に乗り、無事に目的地にたどり着くことが出来た。
問題があったとすれば、強化外骨格表面に付着した酸を洗浄するのに時間がかかり、洗浄が終わるまで安全を考慮して脱げなかったため、俺が汗まみれになってしまったことぐらいだろう。戦闘中は気にならないのだが、あのスーツは通気性が悪いため異常に暑い。内側が、半固体半液体の衝撃吸収素材で出来ている関係上仕方の無いことだが、ずっと着ていたい類の物ではない。
髪までぐっしょり濡れてしまっていて、脱いだ後あまりの汗の量に仏頂面のナムにさえ苦笑いされたほどだ。
さて、予定より少し遅れて到着した目的地だが、小さな駐屯地のような場所だった。聳え立つ岸壁の合間に作られた自然の要塞といった様相。土地は余っているらしく、異常に広い駐車スペースと二階建ての簡素な寄宿舎がいくつか見え、奥にはそれらより少し背の高い、同じく二階建ての整備舎や倉庫などもあるようだ。
着いて直ぐに俺は自由時間を与えられ、今まさに自由にしているところだ。時間は午後五時を過ぎた頃、夕飯は食堂でミーティングも兼ねて行うそうなで出席しろとのことだ。
先ほどまでは割り振られた小さい部屋の、少しカビた温度調節の難易度が高いシャワールームで全身をもれなく濡らしていた汗を洗い流していたのだが、直ぐに暇になり、ふらふらと駐屯地内を歩いているというわけだ。
そんな風に駐屯地を見て回っていると、ふと、懐かしい顔を見かけた。さらさらした綺麗なショートの赤毛に、小柄な体格とあどけない少女のような顔立ち。そしてそれに全く似合っていない、やたらと豪華な階級章が襟元で輝く深い緑の軍服。向こうもこちらに気付いた様で、大口を開けてブンブンと手を振りながら近づいてきた。
「あれー? なんか見たことある奴がいると思ったら、エヌじゃん。何してんのさ、こんなとこで」
やや高い明るいトーンの声は、まるで少女のようだが、こいつは俺と同い年なので今年で25歳になるはずである。
「依頼を受けて、仕事で来た。誰もこんなところで観光しようなんて思わないだろ? レウは何してるんだ?」
レウとは彼女の愛称。本名はレウォート=リヴド、統合政府軍対蟲強化外骨格部隊の頃の同僚だ。同期の同い年で仲が良かったのだが、軍を辞めて以来すっかり疎遠になってしまっていた。
「あたしも仕事だよー。家でまったりしてたら緊急招集くらったー」
あはは、と笑いながら告げる彼女。久しぶりなのに、あの頃と変わらず、昨日も会ったという感じで話してくれる彼女に安心感を覚える。
「仕事って鉱山の護衛か?」
俺だけじゃ不安だから増援を寄越したのだろうか、と考え聞いてみる。あんな蟲も出たし、増援はありえる話だ。だが、だとすれば根回しが早すぎるな。
「いやー? こっちは害虫駆除だけど?」
彼女は首を傾げて、自分の仕事内容を告げるが、どうも俺とは違うらしい。害虫駆除と言うのは蟲討伐任務のことで、俺のいた部隊の誰かが言い出して、みんな使うようになった言い回しだ。
それにしても、害虫駆除か…… 先日のナムの話にあった、主力部隊総出の任務で間違いないだろうな。同期の連中の中でも一番腕が立った彼女は、恐らく今は主力部隊だろうから。
「害虫駆除って、何かヤバイ奴が出たとか?」
「さー? まだ詳しく聞いてないから知らないなぁ。そんなことより、来る途中燃えてたデカイ奴倒したのって、エヌ?」
何か情報が聞きだせないかと思ったが、あっさりかわされてしまった上、割と気になったのにそんなこと扱いされてしまった。抜け目が無いのか、本当にまだ聞いてないだけなのか。前者は、かつての彼女の性格からは考えられないが、どうだろう?
来る途中の燃えてた奴ってのは、間違いなくあのサソリだろう。彼女の到着時間にもよるが、随分長く燃えていたらしい。
「まだ燃えてたのか、アレ。徹甲焼夷弾三発撃ち込んだだけなのに、なかなか長時間楽しめるキャンプファイアーになったみたいだな」
香ばしい蟹味噌が焦げる臭いのおまけ付とは、なかなか素敵なキャンプファイアーになっているんじゃないか。
「あんなん倒しちまうなんて、すげーな! 何で辞めちゃったんだよ、もったいない」
感心と尊敬の視線の後、本当にもったいないと言わんばかりの表情で見つめられた。こういった視線というのは、意外と困るものだな……
「運が良かっただけだ。もしくは強化外骨格とAIが優秀だったからだな。それに、今は今でこの戦闘能力を有効活用してるからもったいなくは無い」
「そういや久しぶりだな! こうやって会って話するの」
「今更だな…… そしてそのマイペース、変わらないな」
そう言うと、「だろ?」と言わんばかりのいい笑顔を見せられ、思わずこちらも呆れて表情が緩む。でも褒めてないってことには気付いて欲しい。
「そうそう、久しぶりすぎて、最近流行のテルス泥棒の正体ってエヌじゃね? って思っちゃったよー」
どういった理論なんだろうか、誰か解説してくれ。……うん?
「……テルス泥棒ってなんだ? 初耳なんだが」
「やべ! 部外秘だった! 忘れてくれ!」
忘れろって、無理だろう。人間の脳はそんな便利な構造じゃない上、そんな重要そうなことを簡単に忘れる俺じゃない。
抜け目ない説は、これでほぼ立ち消えたな、こいつがこんなに話していて疲れるアホだったとは……
レヴォル、さっさと強化外骨格の整備終わらせて話相手になってくれないだろうか。だが、このアホとの会話は何か重要な情報が引き出せそうな気がするのも事実だ、もう少し頑張るか。
「で、テルス泥棒ってなんなんだ?」
俺は、交渉や会話誘導の類は得意ではないので、直球勝負だ。
「えーっとねー……ってだから部外秘だって!」
さすがにそこまでアホではないらしい。こうやって話していると忘れそうになるが、これでいて彼女は優秀な軍人だ。アホ扱いし続けるのも失礼だろう。
「じゃあ全部話してくれたら忘れる」
「え? マジ? じゃあ話すわ!」
前言撤回、アホだった。
「……自分から言っておいてなんだが、いいのか?」
「うん、まー、対した話じゃないし、エヌなら悪用しなさそうだから話してもいいんじゃない?」
レウは、話すわ! と反射的に言ってから、それでも少し悩み、そう結論を出してくれた。……恐らくは二年以上会っていなかった俺を、まだ信用に足る人物だと、結論付けてくれたのだろう。
なんにせよ、情報が得られるようでよかった。何も知らずに軍にとって便利な犬にされるのは真っ平だからな。だが“対した話”かどうかはお前が判断することじゃないだろう、部外秘なら。
「えーっと、この基地に置いといたテルス原石が無くなったんだってさ」
「それで?」
「それだけ」
またもや前言撤回。真顔の彼女がけろっともらした内容は、確かに対した話ではなかった。これは泥棒に対する軍のメンツ的に部外秘なのだろう。
「犯人の目星は?」
だがこれは今回の仕事に関係の無い話ではないから、一応聞いておかねば。
「わかんないらしいよ。なんか監視カメラも故障しちゃって当てにならないって話だし」
軍の駐屯地に泥棒が入りました、誰も気付きませんでした、重要な鉱石が盗まれました、セキュリティは故障していました。つまりはこういうことだろう、これでは部外秘にしたくもなる。
さて、俺の仕事は統合政府に反逆を企てる不届き者退治になってしまうのだろうか。害虫駆除より圧倒的に気が重い。
「他、知ってることは?」
「もうないかなー」
情報に漏れが多いレウと、このやり取りをするのは何回目だろう。大体の場合はまだ情報はあるのだが、今回もまあ、思い出せないなら仕方が無いということにしておくか。
そう考え、呆れ半分懐かしさ半分でレウのことを見ていると、今まで以上に大きく口を開けたレウが、突如叫んだ。
「あっ!」
「どうした? 何か思い出したか?」
「もう晩御飯の時間だ! 遅刻したら怒られる! 給料が減る!」
こんなアホでも減俸は怖いらしく、わかりやすく表情を青くして頭を抑えている。
「じゃ、もう行くから! またなー!」
それだけ言うと、走り去ってしまったレウに、こちらも「またなー」と返しておく。さてこちらも同じように夕飯兼ミーティング始まるから、そろそろ行かないとな。
指定された食堂に着くとすでに何人かの人間が集まっており、三列に置かれた二十人掛けのテーブルは前からまばらに埋まっていた。
食堂の出入り口にいる男に聞くと、俺の席は他の軍人たちと一緒らしく、どうやら戦闘係は戦闘係でまとめる方針らしい。
指示された席についた俺は、ポケットから黒い板状の機器――携行端末を取り出す。これは持ち運びできるコンピュータみたいなもので、俺のメインマシンと情報の送受信を行なえる。
取り出した端末の電源を入れ、ショートカットアイコンを押すと、画面が切り替わり『AI:【レヴォル】準備中』と表示される。
レヴォルにミーティング内容を後で送ってもいいのだが、リアルタイムで聞いた方が速いだろうと思い、邪魔にならないようにサイレントモードで呼び出したのだ。
このモードではレヴォルの発言は俺の端末に文章という形で表示される。世の中にはAIが嫌いな人もいるから、いくら録音可のミーティングとはいえ不用意に参加させるわけにはいかないのだ。
俺が端末をテーブルの上において待つこと数分、発掘の実働部隊と思われる作業着姿の奴らが15人ほどやってきて離れた席に座った。それにより全員がそろったらしく、食堂正面の中央付近にいたナムが全体に声をかける。流石なんたら課の課長だけあって、あいつがこの場の最高責任者なようだ。
「さて、明日の発掘工程についてのミーティングを始める」
相変わらず厳つい面のオッサンは、しゃべり出すのと同時に食堂正面のモニターに工程表と鉱山内の地図を表示させる。
「作業員は自分がどこの班に属するのか良く確認するように」
この辺は俺には関係ない話のようだ。戦闘の疲れもあってか、この授業のようなミーティングのスタイルに集中力が持たず、出そうになるあくびをかみ殺すのに精一杯だった。
こうしてしばらく関係無い話が続き、そろそろ飯にありつきたいと思ったころ、警護の方の話が始まった。
「今回の警護は二人一組で行ってもらう」
軍人さんたちの警護位置についての説明がはじまる。これもまだ、俺の直接関係する話じゃないようだ。一応聞いて把握はしておくが。
そうして数分で説明が終わったあと、それは来た。
「で、エヌ氏に関してだが、」
一瞬ざわついた食堂中、その視線がジロリと俺に集まる。こういった目立ち方は好きではないのでやめて頂きたい。
「発掘部隊に同行してもらう」
それと同時に全警護人員のタイムテーブルがモニターに表示される。それは、
「え?」
思わずつぶやいてしまうくらい、酷いものだった。
『これはさすがに厳しいのでは?』
いままで沈黙を貫いていたレヴォルもそう告げる。この工程表から読み取れるのは、あの暑いスーツを着込んで一日中熱の篭った穴の中で突っ立って居ろということ。
発掘部隊ですら交代制なのに、俺一人だけ出ずっぱりというのは、人使いが荒いというレベルではない。
……本体冷却用の装備を積んでこなかったことが、非常に悔やまれる。
しかし、先ほど嫌な目立ち方をしてしまった俺は、抗議する気も起きず、何も言わなかった。レヴォルが心配そうに言葉をかけてくるが、仕方ない、なんとかなるだろう。
明日の予定に憂鬱になってボーっとしていると、そのままミーティングは終わってまい、その場はなだらかに晩飯に移行した。
軍から提供された食事は、合成食材をふんだんに使った質素なものだった。駐屯地の飯は美味いところはすごく美味いのだがここははずれのようで、献立は砂みたいな味のするパン、茹でてあえただけ感がにじみ出るペペロンチーノ、それに味の薄いトマトスープだった。
料理の味がわかるほうではないが、さすがにこれは好きになれない。特に口の中の水分を持っていくだけの味の無いパンなんて、グルメリポーターですら思わず苦い表情を浮かべてしまうだろう。
……明日の朝飯は美味いことを願うが、期待していいのだろうか?
晩飯が終わり、部屋に帰ってきた俺は、どさっと、一日の疲労からベッドに倒れこむ。
「硬いな……」
ごわごわしたシーツに、綿の固まった掛け布団とスプリングのやる気が全く感じられないマットが俺を包み込む。飯といいシャワーといいこのベッドといい、全く良いとこ無しだが、ホテルじゃない駐屯地に高望みするのは馬鹿げているな。
まあ、相部屋ではなく個室、それもシャワー付きの部屋を与えられたのが唯一の救いか。もしかすると、連中に出来る限りの高待遇なのかもしれない。
そんなことを考えつつポケットから端末を出し、充電器に繋ぎつつ枕もとに置く。レヴォルが何か言っているようだが、この体勢で文字を読むのも面倒なので、サイレントモードを解除することにした。
「強化外骨格の整備、完了しました」
普段よりもノイズの混ざった声で、映像も無いのは、端末の容量の問題だ。イメージ映像パッチが発売されたときは邪魔だろうと思ったものだが、使ってみると意外なもので、あった方が話やすい。パッチをあてたり外したり、思えばレヴォルとも長い付き合いだな。
「ああ、ありがとう。残弾なんかはどんな感じだ?」
牽制や何かで、今日のサソリ戦はいつもより結構消費した気もするが、弾が自費じゃないというのも理由の一つだろうな。
「ガス圧式徹甲弾が150発全弾残っています。火薬式の方が残り93発ですね。徹甲榴弾が残り4発、徹甲焼夷弾が残り2発です」
「この基地で出来る補充は?」
「火薬式弾頭は置いてないらしく、使用した分の補充は不可能です」
「じゃあガス圧式でいいから、徹甲弾を57発装填しといてくれ」
運用時に大きな衝撃を受ける可能性がある強化外骨格の装備は、ガス圧式が主流になりつつある。実際ガス圧式弾頭は、暴発の危険はゼロに近いし、威力もそこまで変わらないので問題はないのだ。まあ、今日みたいに吸気出来ないという特殊な状況では使えないという欠点もあるが。
「了解しました」
レヴォルはそう告げ、整備兵に連絡を送ってくれた。AIだから当たり前なのだが、素直でいい奴だ。
さて、寝るまえに一つだけ確認しておくか。やはりレウが来ていたこともあり、胸に引っ掛かっている疑問があるからな。
「……この付近の蟲の出現予想ってわかるか?」
「それなのですが、軍が秘密にしている情報が多すぎて正確な予想は出来ません」
ふむ、テルスの鉱山がある関係上、周囲のことを極秘にしたいのだろうか。
「じゃあわかってる部分でいいから教えてくれ」
「サンドスコーピオンが出現するようです。月に10匹も出ないようですね」
それは明らかに偽情報だった。全てが嘘と断定できるわけではないが、それだけでは無いだろう。この程度ならば、わざわざ俺を呼ぶ必要なんてないのだから。
その後、他愛もない会話をレヴォルとしていると、順調に夜は更けていった。人間、疲れていると硬いベッドでも眠れるらしく、普段あまり早寝な方ではないが、眠気が襲ってくる。
毎日、寝る前に流行の探偵小説、どことなく今に似た近世の薄汚れた街で渋くて無口な探偵が活躍する、そんな話を読んでいたのだが、今は気が乗らない。
思えば、今日は長い一日だった。久方ぶりに大型の蟲に出会い、こちらも久方ぶりに懐かしいアホにも出会った。良い一日だったかと問われれば、差し引きマイナスな気もするが、良かったということにしておこう、レウのためにも。
……良いことなのか悪いことなのか俺にはわからないが、レウはあの頃と変わっていなかった。
……俺は変わったのだろうか、いや、変われているのだろうか。
戦うだけが嫌で、変わろうと思って、軍を辞めたはずなのに、まだこんな仕事をしている。硬いベッドの中でまどろみながら考えたことに、結論は出なかった。
翌朝、セットしておいたレヴォルの声が枕元で響き渡り、俺は目を覚ました。
「マスター、朝です。八時です。起きてください」
ややノイズが混じっているものの、可愛らしい合成音声に優しい口調。さすがレヴォルだ、時間もきっちり八時なのだろう。
「……あと五分、いや十分だけ、待ってくれ……」
しかし誰にどう起こされようが眠気にはなかなか勝てないのが現状。自分が別段朝に弱いとは思っていないが、今日に限っては夢の中に逃避していたい部分があるのかもしれない。
「ダメです。朝起こすときに時間を延ばすように言っても無視しろと言ったのはマスターですよ?」
そういえば、そんなことを言った覚えもある。全く、寝る前の俺は何を考えているんだ。レヴォルに再度上書き命令をして時間を延ばそうか迷ったが、ここは寝る前の俺を信じて起きることにした。
「……ふぁ、おはよう」
レヴォルに対してそう言い、ぼりぼりと頭を掻きながら硬い布団の上で上半身を起こす。
「おはようございます。髪型が凄いことになっているので、シャワーを浴びることをお勧めします」
癖毛の俺は、だいたい朝起きると髪型が爆発する。レヴォルの判断は的確だ、シャワーを浴びれば眠気も取れるだろうから一石二鳥だ。
例によって温度調整の難易度が高いシャワーを浴び、髪を乾かすと、指定されている朝食の時間にちょうどだった。寝る前の俺の予想は当たっていたらしい。
食堂に移動すると、朝食前はミーティングが無いからだろうか、何人かの奴らがすでに飯を食べていた。食事光景を見てたら少し腹も減ってきたので、俺も食事を取ってきて食べ始めることにした。
朝の献立は、晩飯からパスタを抜いたメニューだった。要は、例の砂パンと薄スープだ。囚人だって、もっとまともなものを食っているのではないかという気になる。
救いがあるとすれば、朝はコーヒーが飲めるということだろう。インスタントとはいえ、そこそこ美味く、もしかしたらこのメニューの中で一番値が張るかもしれない。嗜好品に金を掛けるのは正しいことだし、大いに賛成だ。
さて、この分では昼飯に期待は出来そうもないな。食い物も持ってくればよかった、とそんなことを考えていると、昨日も見たアホが大手を振って叫びながら近づいてきた。
「おーい! エーヌー!」
俺の知り合いでこんなことをする奴は一人しかいないので、言うまでもなくレウだ。見るからにアホっぽい笑顔を浮かべながら、肘が頭より高く上るような位置でブンブンと手を振って近づいてくる。食堂に残っている人間はそこまで多くないが、それでもそれら全ての視線が突き刺さり、非常に居たたまれないのでやめてもらいたい。
「……おはよう、何か用か?」
冷たいようだが、基本的にこちらにレウに対する用はない。まあ嫌いではないのだが。
「別に!」
どや顔だった。それはもう見事なまでのどや顔だった。……まあ嫌いではない。
「……そうか。そういえば、レウの方の任務は結局なんだったんだ?」
昔のこととか、近況とか、聞きたいようでいて聞くのが怖いので、つい関係の無いことを聞いてしまう。
「言わなかったっけ? 害虫駆除だよー」
「それは昨日聞いた。その詳細が聞きたいんだが」
みなまで言わないと理解しないのがレウだ。ちょっと面倒くさい。……嫌いじゃないのか不安になってきた。
「あー……えーっと、部外秘だね」
返答したレウは珍しく浮かない表情で、歯切れも悪かった。このアホがそんなに重圧を感じるほどの任務なのだろうか。
「そうか。……まあ無理はするなよ」
俺の柄じゃないが、微笑みながらそう返しておく。何故だか、表情の曇ったこいつを見るのは耐えがたかったのだ。
「……うん! まあ大丈夫っしょ! 余裕っしょ!」
先ほどとは一転して明るい表情に戻るレウ。こいつはこういうときに限って、俺の気持ちを察するからたちが悪い。
「だってさ、そもそもあたしにかかれば、蟲の十や二十は余裕だし! この前も中型の蟲を……」
それからレウさんの武勇伝講義、こいつの昔からの癖のようなものが、唐突に始まった。聞いたことのない武勇伝も追加されていたので、久しぶりなので突っ込まずに聞いてやることにした。
「あ、そろそろ行かないと」
一通り武勇伝を語り終わったあと、レウがそう言った。気付けば、結構時間が経っており、食堂に残っているのは俺たちだけになっていた。
「じゃあ、またね」
「ああ、またな」
それだけの言葉を交わしてレウと別れた。去り際に一瞬、レウの瞳が悲しい色をしたように感じたが、俺の気のせいだろう。
さて、俺も自分の仕事に向かわねばな。
鉱山へは車で三十分ほどだった。車の中で強化外骨格を装着した俺は、現在坑道内部で突っ立っている。
感想としては、思ったよりは暑くなかった、というのがある。これは、強化外骨格自体がそれほど熱を発するわけではない、というのがその理由だろう。また、「蒸れる」とレヴォルに伝えたところ、呼吸用の外気を多めに取りいれ内部のガス循環速度を上げ、装着部やや緩め、内部に風を送るということをしてくれたのだ。これらが一番大きな要因な気がする。さすがレヴォル、出来た奴だ。
坑道は、最初に大きな縦穴を掘り、そこからさらに横に掘り進めて行きました、というような構造をしていた。縦穴の半径は目算で10mくらいで、横穴は合計5つ、縦穴に対して放射状に掘られている。
最初の縦穴が目算できないほど深いおかげで、どの横穴もそこそこ大きく、天井まで大体3~4mくらいはありそうだった。
また、電灯が比較的多く吊るしてあるおかげで内部は非常に明るく、“坑道”という暗く閉塞感のあるイメージは感じられなかった。また、多数の運搬機器が往復する為か、うち3つの横穴には二本づつレールが敷いてあった。
さて、現在時刻は午前十一時、かれこれ一時間以上このデカイ縦穴の隅に突っ立っているわけだが、当然飽きてくる。最初の頃は初めて見る鉱石の発掘というのが珍しく、見入っていたのだが、そんなもの三十分も持たない。
これではテーマパークのきぐるみの方がやることがある分有意義なように思えてくるが、実際は子供にボカボカ殴られるきぐるみなんてまっぴらだな。
レヴォルに頼んで立ったまま寝れるように設定してもらおうかとも思ったのだが、
「……ザザザ、ピー、ザザ、こちら坑道入り口。異常ありません。どうぞ」
「……こちら縦穴、異常は無い。どうぞ」
こうして定時報告が回ってくるのでそうもいかない。
まあ金をもらっている以上、サボる訳にはいかない。それに、この業界は信用でなりたっているからな。
昨日の晩のミーティングでも言っていたことだが、今日の発掘はレール付の横穴のうちの一本だけが行っている。大量の岩石を積んだトロッコがやってきては、上へ向かうトロッコに積荷をバトンしていく、という流れだ。
やることが無いのでボーっとトロッコの往復回数を数えてみることにした。一回、二回と数え始めたその数が、三十に達しようとしたとき、緊急通信が俺の元に入る。
「……ザザザ、こ、こちら発掘部隊ッ、現在未確認の敵と応戦中! 至急応援を……ザザ、ザー……」
俺が何か言い出す前に、レヴォルが強化外骨格を戦闘の出来る状態に戻す。その間に、機体が呼吸用に取り込んだ外気に、鼻を差す独特の嫌なにおいが混じっていることに気がついた。
「……血の臭いがするな」
思わず口に出し、強化カーボン性のマスクの下で眉をひそめる。錆びた鉄にも似た血液特有の匂いは、もう坑道内に充満していた。即座に脚部からの圧搾空気の噴射を全開にして、横穴へと飛び込んだ。
そこに広がっていたのは、惨状としか言いようの無い光景だった。血だまりの中に、おそらく四人の人間。腕や足が引き裂かれ、頭部は潰され、全ての部位は鮮血で染まっているので、正確な人数はパッと見ただけではわからない。
……今まで何度も蟲に殺された人を見てきたが、慣れる気が全くしないな……
「レヴォル! 生きている奴はいるか!?」
「いえ、残念ながら。全員絶命しています」
思わず奥歯を噛む。なんということだろう、俺は自分の仕事が果たせなかった。後悔が胸を埋め尽くし、息が苦しくなる。
が、ふと冷静に返る。肝心の敵の姿が見当たらないのは、どうゆうことだ? 現在地は横穴の最奥で、ここまでは一本道。これでは敵に遭遇しないはずがない。
だが、この疑問は、坑道の奥に空いていた大きな穴の発見で解決した。最初は発掘用の穴かと思ったのだが、それにしては大きく、機械で開けたにしては無骨なのだ。
土中移動能力のある蟲が、恐らくここから出てきたのだろう。
それに気付いたのほぼ同時に、ボコンと音を立てて、俺の背後の土を押し分けて何かが這い出す。昨日に続き戦いは避けられないだろう、完全に出口を塞がれてしまったのだから。
這い出したそいつは、奇妙な見た目をしていた。透明感のある灰色の潰れた饅頭のようなフォルムをした胴体と頭部。目は見受けられないが、横長の楕円形に大きく開いた器官はおそらく口だろう。その胴体から伸びる透明感のある灰色の四本の脚は、鋭く尖っていてツルハシを思わせる形状だった。大きさは3mほどで、ほとんど天井に着くほどの大きさだった。
全体的には蜘蛛に似てなくもないが、脚の数が半分しかない。そもそも四本足の蟲とは一体……、そんな思いを感じ取ったのかレヴォルがつぶやく。
「奇妙です。私の知るいかなる蟲にも該当しない形状です」
「レヴォルが知らないなら、俺はお手上げだ。……新種か何かか?」
「わかりません。新種だとしても、何かには似るはずです。何にも似てないこの生物は非常に奇妙です」
まあ、難しいことは学者の人に考えてもらうことにして、俺は退治することに専念するか。ほとんど言葉も交わしてないし、知り合いってほどでもなかったが、この人たちの仇を取らなければな。
左手を構え銃口を突きつけるが、蟲はこちらに近づいてこようとはしなかった。何かを嫌がっているようにも見える。だが、それがなんだというのだ、と俺は容赦なくトリガーを引いた。
パパパパパッ! ガス圧式徹甲弾がばら撒かれ蟲を襲うが、全て弾かれて坑道内に刺さった。昨日に続き、いいとこ無しだな徹甲弾。改善の余地有りなんじゃないか。
攻撃されたことによって、蟲がそのツルハシのような四肢を地面に突き刺しながら、ゆっくりと近づいてくる。……なんという怪力な奴だ、20mmの徹甲弾を受けながら前進出来るとは。
射撃を続けながら蟲の行動に驚いていると、目の前まで接近されてしまう。マズイな、狭い坑道内では、敵の攻撃を左右にかわすことは不可能だ。このままだと……
しかし、焦燥も空しく、俺は最悪の状況である壁を背負う、というところまで後退させられてしまった。俺の頭上に、目と鼻の先まで迫ったツルハシのような脚が振り下ろされる。
「くっ……!」
即座に白兵用のスイッチに切り替え、右手で敵の脚を掴む。取っ組み合いの格闘戦は苦手だが、かわせないのなら受けるしかない。
先ほどの行動から予想はしていたが、やはり凄まじい怪力だ。こちらは既に駆動系にガスを限界近くまで突っ込んでおり、これ以上は破裂する危険があるレベルの圧力に達しているにもかかわらず、若干こちらが押されている。
脚部からの噴射で押し返そうとするが、敵の押す力がさらに強くなり、失敗。力が強くなる瞬間、蟲が空気を吸い込んだような気がしたが、……まさかな。
蟲の方も、さっきの力が限界だったらしく、攻撃方法を変えてきた。一本の脚は俺に掴ませたまま、もう一本の脚で俺を貫こうとし、振り上げたのだ。
今俺は両手で蟲の脚を掴んでいる状態、いや、蟲の脚で押さえつけられている状態か。
マズイと思ったときにはもう避けられなかった。
蟲の脚が俺の左肩を貫き、それと同時に左肩に積んであった徹甲榴弾が爆発する。榴弾四発分の爆発は、坑道内をビリビリと揺らし、俺と蟲を弾き飛ばし、双方を坑道の壁に叩きつけた。
「ぐっ……かはっ……」
叩きつけられた衝撃で肺の空気が漏れ、俺の意識は闇に染まった。
……
…………
「……マスター! しっかりしてください! マスター!」
くらくらとする頭の脇からしっかりと届くレヴォルの呼びかけで意識を現実に戻し、なんとか目を開くと、先ほどの衝撃で埋まりかけたらしい蟲が土砂から抜け出したところだった。見えるということは、なんとかこちらのメインカメラ及びはモニターは生きているようだ。
左肩から先、肘や手の甲までが焼けるように痛む。痛いということは、奇跡的にも腕は千切れてないらしい。
「……レヴォル、今どんな状態だ?」
壁に半分埋まるように倒れ掛かっていた状態から、立ち上がり、強化外骨格の現状を把握する。
「左肩が全損。肘部も壊れていますので、左腕の武装は使用出来ないでしょう」
確かに無理そうだった。左肩は俺の体を覆う内部機構が丸見えだったし、肘までにかけても配線やら送空管やらが剥き出しになっていた。
「それに加えて、頭部も一部損傷しています。メインカメラが一台破損。頭部に付いていたセンサーや通信機器なども破損しています」
そこまで壊れてる中、レヴォルが無事でよかったと心底思う。彼女がいなければ現状把握すら出来なかっただろう。
さて、左腕がダメとなると使える武器は、ガス圧式徹甲弾とアンカーと対蟲刀くらいか。焼夷徹甲弾はこんなところでぶっぱなしたら、酸欠で死んでしまうからな。
仕方無しに、背中に挿してあった対蟲刀を抜く。手に取った刃渡り1.6mほどの金属性の刀は、重量のある金属を圧縮して作られているので非常に重く、そのくせ良くしなるので折れにくい。斬ることよりも重量と強化外骨格の腕力で叩き潰すことをモットーにしている頑丈な剣だ。
右手で引き抜いた刀を構えると、蟲の方もこちらに向き直っていた。先ほどと比べてどこか不恰好だと思ってよく見れば、俺の左肩を貫いた方の脚の先端が無くなっていたのだ。
そりゃそうだろう、あれほどの爆発で無傷でいられてはたまったもんじゃない。
だが、変化はそれだけではなく、俺の肩を突き刺した脚は白く変色していた。黒く焦げるならまだしも、白くなる現象に心当たりは…………あった。
俺は自分の心当たりが正しいのかどうか確かめるべく、剣を水平に構えて駆け出す。すると蟲は白くなった方の脚をかばうように、反対の脚で俺を迎え撃つ。凄まじい速度で振り下ろされる脚を俺は刀でいなす様に受け流し、そのまま脚部から圧搾空気を噴射し、白く変色した脚へと鋭い剣閃を叩き込む。
パキーン! という小気味のいい音と共に、さきほどまで徹甲弾をいくら受けても傷一つ負わなかった蟲の脚が、簡単に砕け散った。蟲はバランスを崩したようで隙が生まれ、俺はこの隙にバックステップで距離を取る。
俺の予想通り、あの白い変色はヒビだったのだ。強化ガラスが、その耐久限界を超えた衝撃を受けたときに入る、無数の細かいヒビ。それと同じことがあの蟲の脚でも起きていたのだ。
一度限界を超えてしまった後だと、強化ガラスは非常にもろく、だからこそ、徹甲弾を弾きまくるような物質を対蟲刀で破壊できたのだ。
「あの砕け散り方からすると、あの脚は珪素を主とした物質を格子状に配列した構造なようですね。何故わかったのですか?」
「勘だ」
距離を取ったあと、冷静に分析したレヴォルが聞いてくるが、確信なんてないただの勘なのだ。
それにしてもこのサイズで、珪素で出来ている生物というのは聞いたことが無い。本当にどこまでも奇妙な蟲だ。
さて、脚を一本折ったところで形勢逆転となったわけではない。こちらも腕一本を失っているので、せいぜいあいこ、いや、むしろジリ貧だ。先ほどのようにあいつの脚に大ダメージを負わせる徹甲榴弾はもう無いのだから。
アンカーを使えば、とも考えたが、こいつの二段加速は遠距離でも威力が落ちないというだけで、この距離なら徹甲弾の方が威力は大きい。
どうしようか逡巡していると蟲の方が先に動き、あっという間に距離を詰められ、残り一本となった前足を俺に振り下ろしてきた。
先ほど同様に、俺はそれを刀で受け流し、そして切り返しで前足に剣閃を叩き込む。しかし刀は脚にぶつかっただけで弾かれる。やはり、非常に硬い。
攻撃を弾かれて隙の出来た俺に、蟲が再度脚を振り下ろすが、これもまた刀で受け流す。
何分間この一進一退の攻防を繰り返しただろうか。まるで、いつか本で読んだ中世の騎士の決闘ようだ。
しかし、この攻防こちらにとって非常に分が悪い。俺の攻撃に対して向こうはノーダメージなのに、こちらは受け損なえば致命傷を負う。現に、受け損なった敵の攻撃で、俺の右腕の装甲は所々はがされてきており、なんとか駆動できる状態を保ってはいるが、これ以上一回でも受け損なえば、右腕も動かなくなるだろう。
そんな絶望的な状況で、俺の背後で土が崩れる音がした。まさかの二匹目、ということになれば、こちらの勝機は完全に消えてしまったも同然だ。
しかし、やってきたのは敵の増援ではなかったらしく、真っ先に気付いたのは誰でもない、俺と対峙していた蟲だった。蟲はその怪力からは考えられない速度で後方に飛び、俺から距離を取り、様子を伺っている。
同時に俺の機体に近距離無線通信が入り、画面内のアイコンが点滅する。どうやら無線は壊れてなかったらしい。
「エヌだよね!? 今助ける!」
それはやや高い少女のような、聞き覚えのあるアホの声だった。振り向くと、見覚えのない装備に身を包んだ、見覚えのある赤い強化外骨格が立っている。
「レウか。いいところに来た。お前、榴弾系の弾薬は持ってるか?」
聞きたいことは山ほどあるが後にし、簡潔に必要なことだけ聞く。ここで増援の登場は非常にありがたかった。
「ない! ふつーの徹甲弾しかない!」
「じゃあ、その肩についてるデカイ装備はなんなんだ」
レウの機体にある、両肩から両腕の先にかけての見慣れない三角形のドリル状の装備。それがせめてそれが使えるものであることに希望をかけて聞いてみる。
「土の中を進むための装備だ!」
だが、希望も空しくどうやら戦闘で使えるものではなさそうだった。これでは、強化外骨格が二機になったところでどうしようもない。
「あ! なんか来るっぽいよ!」
話していると、蟲の方も意を決したらしく、こちらに向かってくる。それに合わせて、レウは両腕から徹甲弾をばら撒くも、先ほどと同じように弾かれて坑道の壁に無数の穴を開けるに終わった。
だが、レウの射撃を後ろから見ていて、気付いたことがあった。あの蟲は過剰なまでに間接部を守って進んでいるのだ。
「レウ! 間接を狙えるか?」
「え!? 多分出来ると思う! やってみる!」
レウは脚部からの圧搾空気の噴射ですばやく蟲の脚のなくなった右側に飛び、後ろ右脚の関節に銃弾を浴びせる。
するとどうだろう、パキーンという小気味のいいガラスが砕ける音とともに間接部を銃弾が貫き、その傷口から、プシュー! とガスが噴出した。
「「……ガス圧」」
俺とレウの驚愕の声が重なる。この蟲の異常な怪力とそれに見合わないすばやさはガス圧駆動が成し遂げていたのだ。
「うそ、そんな生き物がいるはずが……」
とっさに後退してきたレウが弱々しくつぶやく。そうだ、少なくともこの星にはそんな生物はいない。俺も信じたくなかったが、破壊した脚の中に筋繊維や腱などがないことから、そんな予想はしていた。
「だが、現に目の前にいる」
そう言って、レウを現実に引き戻す。難しいことは学者の方に任せて、俺たちは現実と戦わねばならない。だが、これで希望が見えてきたのも事実だ。
「敵の秘密がガス圧だとわかったのなら、なんとかなるかもしれない。弱点も俺たちと同じと考えるなら倒せる。レウ、時間を稼いでくれ」
現在の敵のまともな脚は2本。これならレウ一人で持ちこたえられるだろう。
「なんかよくわかんないけど、わかった!」
わかったのか、わからないのかはっきりしない返事を残して、レウは蟲に向かっていった。
「レヴォル、左腕の強化外骨格を外してくれ」
レウが時間を稼いでいるとはいえ、あまりもたもたしていられない。
「……、了解しました」
レヴォルは一瞬迷ったようだったが、素直に聞いてくれた。よし、これで生身だが左腕が使える。
左腕は、見てみると血でべっとり濡れており、動かすと激しく痛むが気にしてはいられない。動きの鈍い左腕で、精一杯急いで右腕側面にあるアンカーを解体する。
レヴォルは俺が何をしようとしているのか理解したらしく、何も言わずに手伝ってくれた。……よし、出来た。
俺の右手の先には、アンカーのコイル部分の銅線だけが環状に束ねられた、黒く無骨な即席電磁石が出来上がっていた。さて次は、と、右手まで分解してしまったから、俺にはもう銃が一丁も無いのか。
「レウ! 俺の頭の上の天井を撃ってくれ!」
「はい? なにそれ? どゆこと?」
意味がわからないといった感じだが、今は説明している時間が惜しい。
「いいから早く!」
俺の叫びを聞いたレウは器用に、左腕は蟲と交戦したままで俺の頭上を射撃し、俺の元には大量の土の粉が降り注ぐ。
「レヴォル! 電磁石のスイッチを入れろ!」
降ってきていた大量の土の中から砂鉄だけが、電磁石に吸い寄せられるように付着する。
……よし、結構な量の砂鉄が集まった。次は……
「レウ! 射撃を止めて、白兵であの前足を掴め!」
「ええ!? さっきから意味わかんないよ!」
「いいから!」
わからないながらも、レウは言ったとおりにし、両腕でツルハシのような前足を掴む。
「重っ! なんつー力だよっ!」
「そのまま、脚部の圧搾空気を出して、押し返せ!」
そうすると、蟲の脚が一瞬浮きかけ、それに対して蟲がさらに力を込めようと、空気を吸い込もうとする、それこそがチャンス――まさに今だ。
脚部噴射で一気に近づいた俺は、砂鉄付きの電磁石を乗せた右腕を蟲の口と思われる部分に全力で突っ込む。
「レヴォル! スイッチオフだ!」
蟲は急には吸気を止められなかったようで、大量の砂鉄を吸い込んでしまう。俺は即座に脚部噴射で後退し、レウも蟲の力が弱まったのを見て同時に後退する。
蟲は痙攣するように激しくむせ返って見えるが、もう遅い。大量の砂鉄が、奴の体内、間接部入ってしまったことだろう。
程なくして、もがいていた奴の残りの間接も内側から、パキーンと小気味のいい音を響かせて割れた。
関節が割れたあと、しばらくガスのもれる音が続いていたが、それもやみ、どうやら完全に沈黙したようだ。そこで、俺の緊張の糸も切れてしまったようで、気を失ったらしい。
あとのことは覚えていないが、きっとレウとレヴォルがなんとかしてくれたのだろう。
幕間
目が覚めたとき、俺は知らないベッドの上で寝かされていた。硬さから例の駐屯地ではないと判断できたが、この異様なやわらかさは俺の自宅でもない。とりあえず状況を把握するためにも、身体を起こそうとすると、
「痛っ……」
左肩にするどい痛みが走る。痛みを堪えながらなんとか身体を起こすと、よく見れば左肩はギプスで固定されていた。それだけでなく、左腕は肩から肘の先まで包帯でグルグル巻きだった。
改めて周囲を見渡すと、白い壁、白い天井、白い床、白いベッドが視界に入る。ベッドのわきの窓についているカーテンまで白なところを見ると、ここの主はよほど白が好きらしい。
ベッドのすぐ傍にはモニターが乗った小さな机があり、俺がそれに気付き目を向けると、ほぼ同タイミングでそのモニターに明かりが点り、長い銀髪をした美しい若い女性――俺のコンピュータに搭載されているAIのレヴォルが映し出された。
画面内の彼女は、俺が起きていることに気付いたからか、ほっとしたような表情を浮かべると、嬉しそうに声をかけてくる。
「マスター! 気が付かれたのですね!」
「ああ。おはよう、レヴォル」
「おはようございます、マスター。といっても今は夕方の五時ですけどね」
レヴォルは優しく微笑みながら、そう告げる。さて、俺はどれくらい寝ていたのだろう。
「今、お医者さまを呼びますね。マスターが起きたら呼べと言われてましたので」
「いや、まだいい。先にレヴォル経由で現状把握がしたい。現在地と日時を教えてくれ」
医者が嘘を説明するとは思っていないが、他人から聞かされる自分の現状、というのはなかなか気分が良いものでないのだ。その点、身内のレヴォルから聞いたほうが、俺も楽というわけだ。
「第四要塞都市内、統合政府大学病院です。時刻は五月十日午後五時十三分ですね」
たしか、あの飯のまずい駐屯地へ向かったのが八日だったはずだから、九日の昼前に奇怪な蟲と戦ったことになる。それで、気絶したのだから、丸一日以上寝ていた、ということになるのか。
「あの後、護送任務はどうなったんだ?」
右肘をベッドの周りの柵に乗せてもたれかかる、という楽な姿勢をとりながら、他の気になることは一旦置いといて、まずは自分の仕事がどうなったのか確認する。
「はい、発掘されたテルス鉱石は、応急処置を施された状態で気絶中のマスターと共にこの都市まで無事運ばれました。今日の午前中のことです」
「帰りの護送は?」
「行きと同じく軍の方と、あと強化外骨格要員としてはレウォートさんが護送に加わってくれました」
なんとなく予想はついていたことだったが、これでまたレウに借りが出来てしまった。次会ったら飯でも奢ってやろう。
「帰りは特に強化外骨格を起動するほどの蟲には出会いませんでした。あと、レウォートさんに関してですが、マスターが駐屯地の病院に搬送されてから帰りの車両内まで、ずっとマスターのこと心配してましたよ」
確かに、敵を倒したのと同時に倒れられたら心配にもなるだろう。それが丸一日以上起きないのならばなおさらだ。本当に申し訳ないので、これはデート一回分くらいは何かしてやった方がいいかもしれない。
「わかった。レウには今度何かお礼をするよ」
意外と義理に厚いレヴォルにそう言って、レウと共に戦った気絶前のことを思い起こす。そうだ、もう一つだけ、すごく気になること、俺にとっての死活問題とも言える問題があった。
「……俺の機体って、今どうなってる?」
「現在、第四要塞都市政府軍に回収され、修繕中です。直ったら取りに来い、とのこと。あと修繕費用ですが、向こうが持ってくれるみたいです」
どうやら無事な上、ケチの権化たる政府軍とは思えない太っ腹さで修理してくれているらしい。……絶対に何かしらの裏が、恐らくはこれを賄賂にあの生物に関して俺を黙らせる気、なんかがあるだろう。まあ、どちらかと言えば、あんなものとは無関係で居たいので、そうならありがたい話ではあるが。
「何時頃に直るかってのはわかるか?」
「パーツの関係で一週間はかかるそうです。全損した左腕のパーツが第四要塞都市には無いそうなので、別の都市から取り寄せるという話になっています」
なるほど、じゃあ少なくとも今後一週間は臨時休業を続けねばらないようだな。非常に疲れたし、正当な休める理由があるのは、自由業とはいえ精神的に楽でいい。
「ふむ、だいたい把握できた。ありがとう。じゃあ、医者を呼んでくれ」
「はい。マスター」
そう言って、医者を呼ぶためにレヴォルは画面内から姿を消し、俺は再度ベッドに横になった。




