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序章

 鉛色の空からは降り止む気配のない雨。雨の向こうでは天を突くビル群が、その先端を鉛色と溶け合わせている。

 外出する気を削ぐ、ばらばらという窓を叩く音にも飽きた俺は、窓際を離れソファに腰掛けた。視線をソファに隣接した机の上に向ければ、今朝方郵便受けに突っ込まれていたチラシや郵便物の類が無造作に置かれている。

 ふと、一番上に目を落とすと、『第四要塞都市、200周年祭に関して』そう書かれていた。これは住民にも何かしろ、ということだろうか。非常に面倒だ……

 “第四要塞都市”というのは、この街の名前だ。半径20km、人口500万人ほどの都市で、都市周囲には巨大な外壁がめぐらされている。壁の外には延々と荒野が広がっており、外壁は荒野から来る“蟲”を都市に入れないためのものだ。

 どの要塞都市でもそうだが、食糧などの生活に必要な物資は都市内で生産されている。大昔は牧場や畑といった施設で作られた食糧を食べていたらしいが、今は化学的に合成して作られたものが主流だ。先ほど眺めていたビルの一つにはそういった役目を持った施設もあるのだろう。

 俺はそんな街の中で、傭兵事務所なんてものを開いている。事務所と言っても従業員は俺だけで、仕事は法に触れない範囲での用心棒みたいなものだ。護衛や護送、たまに害虫駆除などもしている。

 手持ち無沙汰になったので、ソファに座った状態から手を伸ばして傍にあるポットを取り、そのまま後ろの棚からインスタントのコーヒーも取り出す。ポットに残っていたちょっとぬるくなった熱湯でいい加減にコーヒーを淹れると、カップから仄かに湯気が立ちコーヒー独特の香りが部屋に漂う。

 お世辞にも美味いとは言いにくいそれを飲みながら今日の予定について考える。現在時刻は午前十一時、昼飯にはまだ早い時間だ。今日の午後の予定は、特に無し。

 というのも、朝この事務所に来て開けたはいいが、あまりの土砂降りに面倒くさくなり臨時休業にしてしまったのだ。なんという自由業だろうか。我ながらもう少し真面目に働いた方がいい気になってくるが、片付けた看板をもう一度出す気も起きず、こうしてだらだらとすごしているというわけだ。

 一回の料金が割りと大きいので、あまり働かなくても生活するだけなら困らない、というのが怠惰に拍車を掛けている原因なのは間違いない。そこそこ名前が売れて、ある程度安定して仕事がくるようになってからは、ずっとこの調子だ。

 ああ、コーヒーを飲み終ってしまった。このままソファで寝てしまおうか。などと考えていたら、


 ピンポーン!


 嫌悪感を催す電子音――インターホンが室内に鳴り響く。誰だ? まあこんな雨の中、看板の出ていない傭兵事務所に用がある奴など、ロクな奴ではないだろう。無視してしまおうか。

 そんな考えが伝わったのか、再度インターホンが鳴る。良く考えれば明かりがついているので、人がいることは向こうにも伝わっているのだろう。これ以上ピンポンピンポン鳴らされてもうるさいので、出てやることにするか。

 後頭部を掻きながらソファから立ち上がり、黒いスチール製の玄関ドアを開ける。少し開いたドアの先には、白いスーツの襟を黒く縁取った政府の制服姿の男が立っていた。少し日焼けした肌に、スーツの上からもわかる筋骨隆々とした肉体、髪型はスキンヘッド、年齢は三十代後半から四十代前半と言ったところか。

 しかし、何故お役人さんがこんな場所に……? 脳内では俺の経験が、面倒事の気配を察知し警報を鳴らしている。

「……あー、間に合ってます」

 危険の察知が最高潮に達した俺は、そう言ってドアを閉めようとしたが、

「何がだね? ふむ、君がエヌ=トルーフだな。君に仕事を頼みに来たのだが……」

 男は閉まりつつあるドアに手をかけてそう返してきた。それにしてもなんというしかめっ面だろうか。俺がいたいけな少年だったら、萎縮しているだろう。

「仕事? 今日は休みですよ」

「なら何故事務所にいる? ……まあいい。どちらにしろ君にしか頼めない仕事だ。明日出直してもいいのだが、三日後の話を今日聞くのと明日聞くのは、どちらがいいかね?」

「こちらが断るという仮定はないんですね……」

 さて、どうしたものだろうか。なんだってこのオッサンは人の事務所の扉に手をかけて凄みながらこっちの拒否権を無視しているのだろう。

「誰のおかげで働けていると思っているんだ?」

 少なくともこの見ず知らずのオッサンのおかげではないと思われ、激しく呆れてしまう。政府の人間は何故こうも高圧的なんだろうか。それとも俺だからだろうか。まあ、逆らっても面倒なので、適当に理由をつけて受けられないことにするしかないな。

「……わかりました。話くらいは聞きましょう。どうぞ」

 不本意ながらオッサンを事務所の中へ通す。スチール製の扉を開けると、すぐ左に簡単な台所があり、少し奥にガラステーブルとそれを左右に挟む形でソファが二つ。そのさらに奥には事務机と書類の詰まった棚があり、向かって右のソファの裏には食器や紅茶類が入った棚が置かれている。全体的にあまり綺麗とは言えないが、物は少ないので汚くも見えないといった印象だろうか。

「適当に座っといてください。紅茶とコーヒーは、どちらがいいですか?」

 オッサンを左のソファに座らせ自分は棚の方に向かい、一応客のオッサンに礼儀として聞いてみる。

「結構だ。そんなことより自己紹介がまだだったな、私は統合政府都市計画部資源開発課課長のナム=デグネスだ」

 厳つい顔のオッサンがソファに深く腰掛けながら腹の上で手を組み、こちらを向いて答える。俺は出しかけたカップをしまい、テーブルの上を片付けつつ、話をするためにナムの向かい側に座った。

「こっちのことは知ってるかと思いますが、改めましてエヌと申します」

「ああ、よろしく頼む。早速だが本題に入らせてもらう」

「わかりました。ではお聞かせください、統合政府の方が、一介の民間傭兵事務所にしか頼めないという仕事について」

 統合政府というのは、第一から第十までの全ての要塞都市を統治している政府組織だ。都市内部の出来事に対して圧倒的な権力を持ち、役所はもちろん、警察・裁判所・刑務所なども全て統合政府が運営してる。完全循環型都市を作るためだと歴史で勉強したような気もするが、細かくは忘れた。

 当然の如く政府は軍隊も持っている。俺一人なんて及びもしないほど強力な力を持った軍隊を。だから、俺にしか頼めない仕事というのは妙な話なのだ。



 ナムは一瞬怪訝な表情を浮かべた後、一拍間を置いて依頼の内容を切り出した。

「今回依頼する仕事は、鉱石採掘の護衛だ。この第四要塞都市から西へ300kmほど行ったところにある、政府管理の第七鉱山の採掘に同行してもらう。君には行き帰りの道中の護衛を頼みたい。日時は三日後から。行き帰り含めて合計二泊三日の予定だ」

 まあ、ここまでは良くある話で、こういった護衛の仕事はよくある。政府から受けたことはないが。

「何からの護衛ですか? まさか、統合政府に反逆を企てる不届き者がいるとでも?」

「無論、蟲からに決まっているだろう」

 さも当然の如く返されたが、これは予想の範囲内ではある。確かに蟲からの護衛の仕事も以前受けたことがある。だから、

「蟲が怖いのなら、航空機を使えばいいじゃないですか」

 こちらもさも当然の如く返す。

 全ての要塞都市の中央には異常に高い政府庁舎があり、その上層部には航空機のポートがある。航空機には都市間を結ぶ定期便や、軍などが使う輸送機・攻撃機などがあり、今のところ蟲どもはどの航空機に手を出すことが出来ない。奴らの限界高度より上を、航空機は飛べるからだ。

 なのに何故航空機を使わないのだろう。政府なら、自由に使える自前の航空機を持っているのに。

「あいにくだが、第七鉱山付近にはポートが無い。ポートなしでも離着陸出来る軍の垂直離着陸機は当日全て出払っている」

 垂直離着陸機は、元から数が多いものでは無かった気はする。しかし妙だな……

「……日はずらせないんですか?」

「無理だ。この日程は私よりさらに上の方での決定だ。私がどうこう出来る問題じゃない」

「何故、うちの事務所に声をかけたんですか? 軍の部隊借りればいいでしょうに」

「当日、主力部隊は出払っている。他は都市防衛戦力だ。残った戦力を少し回してもらえたが、対蟲装備が圧倒的に足りない」

「……主力部隊は何を?」

「君の知るべきことではない」

 ……そうですか。しかし主力部隊ほとんどと垂直離着陸機を全機使うなんて、蟲狩でもはじめる気なのか? まあ俺にとしては、どうでもいいことだが。

「ふーむ。それで、対蟲装備不足でしたっけ。対蟲強化外骨格が欲しいってとこですか?まあアレがある傭兵事務所なんてうちくらいのものでしょうし」

 ある意味、ナムが来た時点でこういう話になる予感はしていた。対蟲強化外骨格とは、いわゆるパワードスーツで、蟲と戦う為に作られた歩兵用の装備だ。

 俺は昔、政府軍の対蟲強化外骨格部隊にいたことがある。まあ、いろいろあってそこを辞めて今に至るのだが、辞める際に退職金代わりに貰ってきたのだ。実はというか、当然というか、一個人が買える代物ではない上、そもそも軍は民間に技術を流していない。そういう意味でもちょっと無茶な退職金だったため、俺は政府に強く逆らえないような状態にあるのだ。

「そうだ。護衛に一機でいいから対蟲強化外骨格を付けたい」

 確かにあれは一機あるだけでも、かなりの差が出る。それほどまでに蟲を圧倒出来る兵器なのだ。

「話はわかりました。で、そこまでする鉱石とは一体なんなのですか?」

 宝石や金属に興味は無いが、自分が守るものくらいは把握したい。今までの応酬から一転、しばしの沈黙があり、その後ナムはゆっくりと口を開いた。

「まあ、これくらいは言ってしまってもいいだろう。テルス鉱石だ」

「……テルス鉱石ですか。それはまた、大層なものが出てきましたね」

 テルス鉱石は、テルスエンジンと呼ばれる動力機の使用に必要な物質の原石だ。人類の新たなるエネルギー資源、テルス。詳しくは知らないが、その重量によっては、人の寿命から見れば永遠に近い期間エネルギーを生み出せるらしい。現に、要塞都市のエネルギーはテルスエンジンによる発電で供給されている。

 現在まで、全てのテルス鉱石は政府が管理している状態にあり、それも政府の権力を強めている一因だ。

「……民間人を、同行させるほどに必死というわけですか」

「君は元こちら側の人間だ、ギリギリ問題無いだろう。だがくれぐれも内密にしてもらいたい。口外した場合は、安全は保障しかねる」

 何が面倒かと言えば、ここまでの話を聞いて、特に断れる様な理由が無いということだ。

 自分の立場上、この仕事は受けざるを得ないだろう。何か裏があるのは間違いないが、この際仕方ない。

「……わかりました。今、正式な書類を用意します」

 そう告げて席を立ち、頭を掻きながら書類棚に近づき、一枚の契約書とペンを取り出し、ガラステーブルに乗せる。

「これに記入頂ければ、晴れて正式な依頼として受理しますので」

 ナムは、渡した書類に目を通しつつ記入を開始した。それにしても三日後か、意外と準備期間が短いが、対蟲強化外骨格の整備は間に合うだろうか。まあ、なんとかするしかないのだが。

 書類に詳細を記入したナムは「では」とだけ言い残して帰って行った。ふと壁にかけた時計を見上げると、ちょうど昼飯時になっていた。

 これからの仕事を思うとうんざりするので、昼は外食することとする。土砂降りだったとしても外を歩きたい気分というのはあるのだ。

 午後二時過ぎ、降り止まない雨の中俺は、事務所に臨時休業の看板をかける。期間は本日から六日後まで。事務所を空ける期間は五日間だが、仕事終わった次の日くらい休みたい、それが泊りがけならなおさら。

 どうせしばらく来ないことを見越して厳重に戸締りをしてから、と言っても盗むものなんてないが、事務所を出て自宅に向かった。


 二十分ほど歩くと、家に着く。なんてことはないマンションだが、仕事柄やや良いセキュリティの物件ではある。

 マンション正面の入り口から中に入り、エントランスにある認証機に手をかざす。指紋ではなく、静脈認証というものだった気がするが、なんにせよ鍵を無くす心配が無いのはいい。自分の家の前に立つと、再度静脈認証を行いさらに今度はパスワードも入力する。

 家に入ると、扉が自動的に施錠され、自動的に部屋の明かりが点く。傘を傘立てに突っ込み、着ていたジャケットを適当なところに引っ掛け部屋に上がる。

 部屋はこんなにも便利なのに、何故傘は進歩しないのだろうか。微妙に濡れてしまって気持ちが悪い。

 俺の部屋はマンションの一階にある、狭いワンルームだ。セキュリティに金を使っている所を選んだせいで、狭い部屋にしか住めなかったのだ。出入り口付近に台所と風呂と便所、部屋には適当な小物と本が置いてあるラックと、そこそこ服の詰まったクローゼット、あとはベッドとやや場所を取るコンピュータくらいしか物は無い。

 良い点と言えば、ベランダと直結している駐車スペースを確保出来たというくらいだ。駐車スペースにはやや大きめのトラックのような黒い車があり、これには俺の命とも言うべき強化外骨格が乗せてある。こいつは目的地までの強化外骨格の運搬や、現地での整備などハンガーのような役目を果たしている。

 俺が家に帰って来たことで、設定されていたコンピュータが自動的に起動し、それに伴い、これも設定したことだが、搭載されているAIが起動する。そして壁に掛けてあるモニターに、長い銀髪でスーツ姿の若い女性、AIのイメージ映像が映し出される。

「お帰りなさい、マスター」

 モニターの女性が微笑みかけながら俺に声をかける。声は合成音声だが、毎日聞いているからだろうか、あまり違和感は無い。

「ああ。そうだレヴォル、仕事が入ったから詳細を渡したい。スキャナを開いてくれ」

 レヴォルというのは彼女の名前。ちなみにこのレヴォルはうちの秘書みたいなもので、俺は事務所の運営、特に諸々の申請などの面倒なことを大体押し付けている。ちなみに今回みたいな直接訪問ではなく、電話やネットワーク経由での依頼の対応も彼女にやってもらっている。

 スキャナにナムの書いた書類を置き、それとは別で貰ったデータチップをコンピュータにセットする、とすぐに高速でスキャンが開始された。

「全てのデータに目を通しました」

 スキャン終了と同時に、こちらに向き直ったレヴォルが告げた。さて、彼女にも意見を求めるか。

「さすが、速いな。で、この仕事どう思う?」

「第四要塞都市から目的地までの道のりでは、いままで大型蟲の大量発生などのデータは見つかりませんでした。特別に難易度の高い依頼では無いと思われます」

 ……なるほど、そうなるとやはり妙だな。何故強化外骨格にこだわるのか。まあ受けてしまったものは仕方が無い。

「わかった、ありがとう。政府がこの依頼を俺に頼んだ理由は、どうだ?」

「ここに書いてあること以上のことは、残念ながらわかりません」

 モニターの中のレヴォルが微妙に残念そうな表情を浮かべる。こいつは擬似感情プログラムでよく表情が変わるから、なかなか愛嬌があっていい。

「そうか、まあいいさ。考えたってどうしようもなさそうだしな。それより装備の方はどうなってる?」

「現在の装備ですと、途中の区域で砂や土煙の影響で吸気が出来なくなりますね」

 そうだ、今回は街の外だったか。外用の装備に変更しなくてはな。

「じゃあ砂漠用のフィルターがあっただろ。それに交換しといてくれ。あと、以前似た様な場所に行ったときの俺の装備はわかるか?」

 久しぶりの仕事でやや勘が鈍っているから、昔の俺を当てにしてみる。

「了解しました。では交換しておきます。以前の装備は、街の外での護衛の依頼のときのものが一番状況的に近いですね。今表示します」

 外でモーターの駆動音が聞こえ始める。今自動でフィルターを交換しているのだろう。そしてレヴォルの顔がモニター隅に出来た小さい窓の中に入り、装備リストが表示される。

 【火薬式20mm徹甲弾×150、ガス圧式20mm徹甲弾×200、ガス圧式アンカー、対蟲刀】

 表示された装備は意外と少なかった。大型の出ない区域ならばこの程度でなんとかなる、ということだろうが、嫌な予感がするのも事実だ。今回は少し念を入れておくか。

「事前に申請して、余りのある分なら向こう持ちで弾薬はくれる、だったか?」

 確かそんな契約だった気がする。弾代こっち持ちは地味に辛いから、軍の備品を分けてもらえるのは非常にありがたい。

「そうなっていますね。少しデータ量は多くなりますが、現時点における軍の余剰武装一覧をお見せしましょうか?」

 聞かれてすぐにデータを落としてきたレヴォルが聞いてくる。相変わらず優秀な奴だ。

「いや、それはいい」

 だが、俺は彼女ほどデータに目を通すのが速くないので断っておく。それに欲しい装備はもう決まっている。レヴォルにそれを伝えて捜してもらう方が速いだろう。

「火薬式とガス圧式の20mm徹甲弾がそれぞれ150発と、火薬・ガス圧どちらでもいいから徹甲榴弾と焼夷徹甲弾も5発ずつ欲しい。あるか?」

「それならあるようです。申請を出しておきましょうか?」

「頼む。あと、銃はうちにあるのを使う。さっき言った弾を撃てる銃と対蟲刀とガス圧式アンカーを、貸し倉庫から明後日までにうち当てに送ってくれるよう、頼んどいてくれ」

 そんなやりとりをしつつ、その日できる準備は終わった。

 それからは届いた武装を機体に積み込んだり、装着して動きの誤差を修正したり、当日に出現が予想される蟲の情報を集めたりと、忙しく時間は過ぎていった。


 そして当日、嫌がらせの如く晴れ渡る空の下、俺は車を使って街外れの外に出るゲートに向かっていた。午前十時という時間の関係上、十分に明るいはずだが、太陽光は高い外壁に阻まれて、俺に降り注いではくれない。

 どんな車で来ても大丈夫、ということだったので強化外骨格を運ぶために例の車で来ているわけだが、この車は荒野の300kmドライブが可能な作りはしていない。どんな車でも大丈夫、とはどういうことなのだろう。

 頭に疑問を浮かべながら運転すると、すぐに目的地の都市外への門付近に着き、バカみたいにデカイ車両が五台停まっているのが目に入る。傍には三日ぶりに見るしかめっ面も立っている。

「よく来てくれた。さあ、その車を五番とかかれた車両に乗せてしまってくれ」

 ナムは、挨拶にと傍に寄ったところ、指示をくれた。なるほど、どんな車でも大丈夫ってのはこういうことだったのか。言われたとおり五番と書かれた車両の後ろのハッチから、車を入れる。

 簡易的なハンガーの機能を持った比較的大きい車だったのだが、一台すっぽり入ってしまった。しかもまだ幾分かの余裕すらあるところを見ると、外見からの予想以上に大きい車らしい。

 中に車を停めて降りると、似合わない笑顔のせいか首に筋を浮き出させたにナムに挨拶された。

「さあ、今日から二泊三日よろしく頼む」

「ああ、はい。こちらこそよろしくお願いします」

 もうここまで来てしまったら引き返すわけにもいかないな。こんなむさ苦しい男と二泊三日も行動を共にしなければならないのは苦痛だが、それも仕方ない。

 説明を受けると、一番と五番の車両が護衛用の車両で、一番には武装した軍人達が十人ほど乗っている、とのことだ。こちらの五番には俺とナムとレヴォル―家のコンピュータから強化外骨格の内蔵コンピュータに移動させた―に加えて運転手とその助手が乗っている。

 俺は、いざと言うときの動きやすさを考えて、出発前に助手さんに頼みレヴォルを車両の索敵機器に接続させておいた。

 そしていよいよ、車は走り出し都市を後にする。ナムの話だと、何もなければ四時間ほどで着くそうだ。強化外骨格は、念のため都市を出る前にいつでも装着出来る状態にスタンバイさせておいたが、無駄な準備となることを祈る。


 走ること二時間。この車内は窓が無い為直接外は見えないが、レヴォルが外の光景を映したものを車内のモニターに表示してくれている。まあ、ひたすら延々と赤茶色の土の続く荒野が地平線まで見えているだけだが。

 代わり映えしない景色に飽きても特にやることはなく、二時間以上も緊張の糸を張っていることは無理なので、俺は答えの出ない考え事をしていた。

 もちろんこの二時間で蟲が全く出なかった訳ではない。ただどれもが小型の蟲で一番車両の人たちで追い払って、あとは振り切って逃げてしまえる程度のものだったのだ。この車両、大きさに似合わず意外と速度が出るようだ。

 それにしても蟲、か。厳密には昆虫ではないものも多く、節足動物ですらないものもいる、巨大生物の総称。何が原因でそうなったかは知らないが、節足動物が圧倒的に多いから、この呼び名が広まったのだろう。

 先ほど現れていた小型は20cm〜1mまでの固体。飛んでる奴が多いので厄介なだけでなく、戦車や車両にとっては、駆動系の部分に詰まって身動きが取れなくなったりすることがあるため、小さくても侮れない。群れていることが多いのも厄介なところだ。

 この旅では、1m〜5mの中型や、5〜20mの大型なんていう人を造作も無く殺せる連中には遭遇したくないものだ。

 こいつらを駆逐するために対蟲強化外骨格は造られたようなものだとはいえ、一般的にこちらが一機ならば勝算は五分くらいだろう。

 ちなみに、20mを超えるものは超大型といい、これまで人類が遭遇したこと自体数える程しかない。だが、俺は一度出会ってしまったことがある。それは、今生きているのが不思議なくらい、悪夢としか言いようがない状況だった。

 そんな昔の悪夢に浸っていると、レヴォルが俺に向かって叫んだ。

「車両前方地下に巨大熱源を探知! 5秒後地上に出ます!」

 それを聞いた運転手が急ブレーキをかけ、ハンドルを大きく右に切る。激しい振動と慣性が車内に働くが、その振動の中でも俺は吊るしてある強化外骨格に飛びつく。レヴォルは何も言わずに装置を作動させ、車両が完全停止する前に俺は着込むことができた。

 突然の出来事に運転手は相当焦っているようだったが、助手は対照的に冷静なようだった。その証拠に車両後方のハッチを即座に開き、そのおかげで俺は完全に開ききるのを待たずに外に飛び出せた。

 鈍い衝撃音を響かせ荒野に着地すると、真上に上った太陽がこれまできた赤い荒野とここから先の砂漠を照らしていた。

 赤土の荒野に降り立った漆黒の強化外骨格は、つるりとしたフェイスマスクとヘルメットの頭部、頭部側面には左右それぞれにメインカメラがあり、頭部後方には通信機器用のアンテナが伸びている。巨大な肩とそれと対照的に細めの腕部、再度太くなる肘から先、背中や腰周りにはガスタンクや吸気口のバックパックを背負い、腿や膝から下は圧搾空気の噴射口があるため末広がりの形状、という外観。

 そして全てを包む強化カーボンの装甲はフルプレートメイルを思わせ、荒野という状況には割りとミスマッチに感じる。

 背中には野太刀の如く対蟲刀が掛けられ、右腕側面部にはアンカーとガス圧の徹甲弾の発射口が、左腕には火薬式のそれがついている。そして両肩には、どちらも火薬式の焼夷徹甲弾と徹甲榴弾がそれぞれ詰まれ、巨大な砲塔がその姿を覗かせている。いかに強化外骨格と言えど、これはかなりの重装備だ。

 先ほどレヴォルが言った方角に目をやると、30m程先から砂漠になっている。そして、そのさらに20mほど先から砂を盛り上げて山を作るように、何かが這い出して来た。


 遠くからでもわかる毛羽立った灰色の甲殻、前方についた二つの大きな鋏と、その合間から見える巨大な漆黒の双眸。ニッパーを二重にしたような口はせわしなく開閉を繰り返し、側面から4本づつ生えた脚は軟性のある間接部を奇妙に伸縮させている。長く伸びる尻尾、その先の膨らみと刺は砂から出ると悠々とその頭上からこちらを向き、臨戦態勢をとった。

 そこにいたのは、頭から尻尾の先まで入れたら20mはありそうな巨大なサソリだった。

 デカイ、これはひょっとしたら超大型に分類されるんじゃないのか、と内心動揺しながらも戦う覚悟を決める。

「ここは俺が引き受けますので、車両は安全だと思われるところまで逃げてください。戦闘時に巻き込むかもしれないので」

 無線で全車両に告げるとすぐさま車両が走り去ろうとするが、サソリはそれを良しとしないようだ。鋏を振り上げながら、車両に近づこうとしている。

 即座に左手を構え、トリガーを引く。同時に手の甲からマズルフラッシュが瞬き、タタタタタッ! 数発の弾がサソリの左の鋏に命中するのが見える。距離があるせいか、サソリの甲殻は貫けてないようだが、注意をそらすことには成功した。サソリは今、こちらに向かってきている。

 車両が無事走り去ったのを確認すると、脚部から圧搾空気を噴射し、バックステップで距離を取る。こんな化け物に不用意に近づきたくはない。

 効果が無いのを見越しつつ、牽制の射撃を続けながら、空気を噴射してさらに後退する。

 鋏で弾かれるだけの牽制と後退を続けながら、敵を観察するが、馬鹿の一つ覚えのような突進しかしないので何もわからず、

「レヴォル! あのサソリの弱点はわかるか!?」

 結局は困ったときのレヴォル頼みである。

「あのサソリはこの付近に生息するサンドスコーピオンに特徴が酷似しています。サンドスコーピオンは通常、大きくても3mほどにしかならないはずですが……」

「じゃあ、あいつはサンドスコーピオンが突然変異か、何か美味いものでも食ってあんなに元気に育ったって言いたいのか?」

「はい、その通りです。そしてサンドスコーピオンだとするなら、身体の裏側に甲殻の隙間があります。そこに焼夷徹甲弾を打ち込めば、あのサイズでも殺せるかと」

 うちの相棒はなかなか無茶言いやがる。だがそれしかないのなら、やるしかないだろう。しかしどうする? 牽制を続けつつサソリの動きを観察して機会をうかがうが、サソリは追いかけっこに飽きたようで、行動を変えてきた。

 俺がバックステップから着地する瞬間を狙って、尻尾を突き出してきたのだ。突き出された尻尾は間接部をゴムのように伸ばし、猛スピードで迫ると、突き出された大きな針で俺の胴体を貫かんとする。

 針が腹部装甲に触れるか否かというギリギリのタイミングで、俺は右腕の駆動に使うガス圧を無理やり噴射させ、身体をひねってなんとかこれを避けることに成功した。

 だが、サソリの狙いは俺を突き刺すことではなかったらしく、直後に針の先端からすさまじい勢いで霧が噴射される。辺りはあっという間に尻尾の針から噴射された霧で包まれてしまった。


 フェイスマスク内、俺の目に映るディスプレイ端の計器には大気の異常を示すアイコンが、チカチカと点滅している。

「レヴォル! この霧の成分は!?」

 もう既に機体表面にある観測機で成分は分析済みだろう。

「酸ですね。そこまで強力なものではないので、強化外骨格の表面や間接部などが溶ける心配はありません。ただこのままですと、吸気口のフィルターが溶けます」

「それはまずいな。この霧の中では新たに吸気出来ないって訳か……」

 さっきまでのように圧搾空気による移動やガス圧の兵器を使うためには、吸気する必要がある。それらを使うときは当然、機体内のガスタンクから空気を出しているのだが、それと同時に吸気も行っているのだ。満足に吸気が行える環境であれば、常に空気を噴射しているということでもない限り、空気切れになることはまずない。

 しかし、今はもう新たな吸気は出来ない。ガスタンクの現在の容量は60%。無理に駆動系のガス圧を使った為、それを補うために大分減ってしまった。一回のジャンプでの消費が10%程度なので、もうあと5回は飛べるかどうか。もし空気切れにでもなったら、完全密閉型の機体ゆえに俺自身は窒息死してしまう。それだけは何としても避けたい。

 この広い砂漠で後ろに下がることが出来なくなった。もはや60%の残空気で戦って勝つしか生き残る術は無い。

 サソリは伸ばしきった尻尾を元に戻して、再度あの一撃を放とうとしている。

 彼我の距離は20m弱、俺は右手を構え、狙うはサソリの左の鋏。

 右腕のアンカーの中に背中のタンクからきた空気が圧縮される。タンク残り50%。

 サイトで見据えた鋏に向けてトリガーを引くと、俺の右手の甲から圧縮空気の力で、鋼鉄のワイヤーがついたアンカーが発射された。タンク残り40%。

 アンカーはまっすぐ鋏めがけてとんでいく。そして着弾の直前に、弾頭に蓄積されていた圧縮空気も吐き出しさらに加速し、サソリの甲殻に穴を空ける。すかさずにワイヤーをモーターで高速に巻き取り、同時に脚部から圧搾空気を噴射し俺は身体を浮かせる。タンク残り30%。

 浮いた俺の身体は、モーターの力でサソリの鋏めがけて高速で飛んでいく。サソリの鋏の射程圏内に入ると、サソリは振り上げた右の鋏を俺めがけて振り下ろすが、俺はそれに合わせて、左手で応戦する。タタタタタッ! と、マズルフラッシュが瞬き、徹甲弾がサソリの鋏を押し返す。

 鋏に気を取られていると、尻尾がすぐそこまで迫ってきていた。だがここまでは予想通りだ。脚部からの圧搾空気の噴射で自身の軌道ずらし、対処する。タンク残り20%。

 だが、なおも尻尾で俺に止めを刺したいらしいサソリは、即座に引き戻すと再度構えなおしている。

 これは、チャンスだ。冷静に左肩を構えると、巨大な砲塔を尻尾の球体に向け、トリガーを引く。すると腕の太さほどある弾丸が肩より発射され、尻尾の先の球体に深々と突き刺さる。

 尻尾は着弾の勢いで、その伸縮性の限界まで伸びながら高く跳ね上がり――そして爆発。徹甲榴弾の爆発はサソリの尻尾の先を完全に消し飛ばした。上空から燃えた尻尾の破片が降り注ぐ。

 燃えた破片が降り注ぎ始めて、知覚方法が熱であるサソリの注意は、上にそれた。俺よりも大きな熱源が近くに現れたらそちらに一瞬注意が向くはず、というこの読みは当たったようだ。すばやくワイヤーを外し、この隙を逃さずにサソリの腹の下に潜り込む。そして、甲殻の隙間を見つけ、右肩から焼夷徹甲弾を撃ち込む。

 発射された太い弾丸は、甲殻の隙間、軟性のある部分をいとも容易くぶち抜き、内部で火の手を上げる。

 よし、いいぞ。この調子で二発目、発射。命中。三発目発射、命中。三発目を当てたあと、弾丸が抜けた穴からこちらにも炎が漏れ出し始めた。

 残りのタンクの空気を全て脚部から噴射し、全速力の移動による緊急回避を行う。サソリの腹の下から出たあとも、止まらずに噴射で走り、そして何とかギリギリ霧の外に出て、一気に吸気を再開する。

 後ろでは白いドーム状の霧を、内側からオレンジのまばゆい光で照らし出す大きなサソリが黒煙で空をも染めていた。


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