第七判『威信典真』
きらいきらいきらい全部きらい。全部がきらいで全部が無駄
篠儀家のご令嬢がいる場所には徒歩で約3時間だった。
なぜ、徒歩かといえば俺は車や自転車といった『自分の命を預けるもの』が嫌いだからだ。
自分の命が車や自転車によって勝手に奪われる。そのようなことが起きると考えると正気は保てなかった。
篠儀家は異常な大きさだった。
お屋敷というのがふさわしいであろう大きさで、まさしく『金持ち』がいるという印象を強く与えた。
周りは塀で囲まれており、塀の上には刃がずらりと突き刺さっている。
見えるのは屋根だけだった。
そしてただ一つしかないであろう出入り口は鉄壁の門であった。
その冷たそうな大きい鉄壁の門の近くに門にまったく似合わないひとりの女性が立っていた。
「お待ちしていました。神楽坂 聿様」
そう言うと、女性は丁寧にお辞儀してくる。
スレンダーな体格で緑っぽい色の髪の毛をしている。八方美人とはこういう人を言うのかと思うほど美しかった。
「すいません・・・どなたですか?」
普通に名前が気になった。
そう言うと、女性は申し訳なさそうに微笑む。
「申しおくれました。神流 翠蓮と言います。以後お見知りおきを」
「よろしくお願いします」
「それでは、お嬢様の所へご案内いたします」
そういうと、冷たそうな鉄の門の隣にある。カードスキャンにポケットから取り出したカードをスキャンする。
ピーという音がなった後、ゴゴゴゴゴという音とともに鉄の門が開いていく。
その門が開いていくところはまさしく『地獄門』が開くように見えた。
がちゃりという音とともに門が開ききると、翠蓮さんは歩き出す。
屋敷の中は無機質というより質素な面持ちであった。
「神楽坂様は、行使者の中でもかなりの強者であるとお聞きしましたが?」
と翠蓮さんは口を開く。
「いや、それほどでは・・・・ただ単にあの『抗争』の主力メンバーだったというだけです」
「抗争・・・千枚時見と十色零の裏世界主権争いですよね?」
「そうです。その中で私は『遊撃』というコードネームでした。名の通り遊撃してましたが」
「ですが、神楽坂様の遊撃があったから千枚時見が主権争いで勝利したのではありませんか」
「そうなんですかねー」
俺は適当に相槌をうつ。
「・・・・今回の鬼流風鈴は、どんな人物なんですか?」
「・・・・・なぜそんなことを質問するのですか?」
敵は敵。正直言って表世界の人間にあまり裏世界のことを話しすぎるのはよくない。
俺自身の身も危うくなってしまうし。
「なんとなく・・・・お嬢様を敵にするのは相当世間知らずなのだなと思いまして」
ということは俺も世間知らずだな。
俺は質問に答える。
「まあかなりのやり手ではありますね。裏世界でも賞金稼ぎと言われていますし、何よりも恐怖をしらないとか」
鬼流の情報は正直言って錯綜している。これも奴の作戦なのかもしれない。
「今回、あなたと相対して恐怖を感じるかもしれませんね」
「ハハハ。私が逆に恐怖するかもしれません」
「鬼流とは本名なのですか?」
「どうでしょうね。分かりません。ですが裏世界の人間は偽名のほうが多いですね。私の名前だって本名じゃありませんし」
「なるほど」
そんなことを話していると翠蓮さんは一つの扉で止まる。
そして扉をこんこんと叩く。
「はいっていいよ~」
と、扉の向こうから無邪気な声が聞こえる。
その声を聴いたと同時に翠蓮さんは扉を開く。
そこは大広間だった。
さまざまな色を使った窓は光が射してより一層色を強くしている。
真ん中には長いテーブルがあり、何人もの人が座っている。
そして、その人の中でも、異彩を放つ少女が一人。
夜よりも暗い髪の毛に、闇よりも深い瞳。
それに相対するように身に着けている白いワンピース。
その少女は声を張り上げてこちらに声をかける。
「初めまして!!聿さん!!」
少女は続ける。
「私が篠儀 菜季です!!」
俺はため息をついた。