08.悲哀を慰める:復
拝啓。
ふむ。君は身近な人というか、心を開いた人に結構本心を見せることができるみたいだね。もしこれが正解だとしたら、私にも少しは心を開いてくれているということになるのだろうか? それならば嬉しいのだが。
君の友人とやらも、なかなかコアなことを言うじゃないか。四十代のオジサンなど、可愛いどころかむしろむさ苦しいだけだというのに。私のことが可愛いなどと血迷ったことを君が言うようになったのは、その子の影響だろうか。だとしたら、私は少し心配だよ。
いやいや、君はなかなかに可愛いよ。そういうのが普段出さないような一面だからこそ、価値があっていいのではないか。少なくとも、周りのみんなが知らないような君の一面を、私は知っているということだからね。
じゃじゃ馬な困った猫……いいじゃないか。そういう子ほど世話を焼きたくなるし、可愛がりたくなるというものだよ。できの悪い子ほどかわいい、とも言うことだしね。もちろん私は、君をできの悪い人間だなんてみじんも思ってはいないけれど。
……ふむ。しかしこのあたりのことを夢中で書いていると、確かに私と君はよく似ているね。意地っ張りなところも、互いに互いを同じように(可愛いと)見ているというところも。
私たちはいったい何をしているのだ、と、たまに我に返ることがあるよ。楽しいからいいのだけれど。
私と柊教授は思考回路が似ているのかね。
そういえば私も、最近掃除機を買い替えたんだよ。最近流行りの、勝手に動いてくれる丸いやつだ。値切りに値切った挙句、当初提示された値段の半額近くで買えたんだよ。どうだ、すごいとは思わないか。
……こう言ってもし君がわかってくれなくても、柊教授ならきっとわかってくれるに違いないな。
ますます彼に会ってみたくなったよ。彼への思いは募るばかりだ。別に恋をしているわけではないのだろうけれど。
君の言うとおりだ。私は昔からずっと仕事一筋で、恋愛なんて必要ないとずっと思っていた。多分、今まで見向きもしていなかったのだろうね。手紙で君に諭されて、考えてみて……ようやく、気が付いた。
だからなのだろうか。私が、一度目の結婚に失敗したのは。
妻だった女に――これから私の生涯のパートナーになるはずだった、ただ一人の女性に、愛想をつかされて逃げられてしまったのは。
恋愛感情はあったはずなんだ。だが……その感情は、仕事に対する熱意に勝てなかったのかもしれない。
つまり最初から私は、彼女を心から愛してなどいなかったのだろうか?
……恋愛とは、いったい何なんだろう。
君の話を聞いていたはずの私があれこれ思い悩んでいるなど、君にとっては失笑ものかもしれないな。
まぁ、私の話は別にいい。
しかし、君がもし聞きたいと言うなら、いずれ私も語ることとしようじゃないか。
みじめな私の、昔話を。
――君はさぞかし、思い悩んだことだろうね。
もしその子がとんでもない策略家で、人の気持ちなど全く考えていないような私利私欲にまみれた人間ならば、君もその子のことを思いっきり嫌えただろうに。
意地でも奪ってやろうと、躍起になれただろうに。
私自身にそういった恋愛の経験があるわけではないが、周りがたいがいそうだったんだ。恋をすることで、それまで知っていたはずの性格が、ガラリと変わってしまった……そんな人間を、何度もこの目で見てきた。
だからたぶん、そうなんだよ。
君も、その子も、互いに悩んだ。互いに、彼のことがどうしようもなく好きだったから。それでも、互いに友達のことを思いあっていたから。
願わくは、この件で君たちが仲違いなどしていませんように。
以前のような、親しい友人関係のままでいますように。
彼も、優しい人だったんだね。そしてそれ以上に、彼は残酷だ。
君の気持ちに気付いていたかはわからないが、それでも彼は、いい友人としてしか君を見ていなかったんだろう。
『自然体でいられる』なんて言われたら、舞い上がってしまうのは仕方ないことだよ。どうしても、期待せざるを得ない。無意識でも、好きでもない人にそんな振舞をするのは、いかがなものかと思うがね。
……まぁ、あまり彼の批判をして君に怒られては敵わないので、この辺で切り上げておくこととするが。
それでも彼には、『特別』があった。
その子だけにしか見せない、特別な感情が。
それをその子は知らなくて……君だけが、知っていたわけだ。
それを知って、自ら身を引く。こんなこと、なかなかできることじゃない。つらかっただろうけど、それをすることができた君は本当に偉いと思うよ。私は心から、君を尊敬する。
二人の幸せを、君はまだ素直には祝福できないだろう。いまだに二人を見ているのは、胸が引き裂かれるほどにつらいだろう。
それでもきっと、風化できる日が来るから。
痛く、苦しく、それでいて幸せだったその日々を、いつか思い出として、笑って誰かに話すことができる日が来るはずだから。
だから……無理に忘れようとは、しなくていいと思う。
ゆっくりでいい。ゆっくり、傷を癒していくといいよ。
そのためなら、この手紙も好きなだけ活用していいだろう。私も、できうる限りのことはしていこうと思うから。
私はいつも、カップ酒を口にしながらこの手紙を書いている。
君が書いてくれた出来事や経験や、どうでもいい話などを読みながら。同時に、私自身の苦い経験をも思い出しながら。
酒の肴にするには、少々苦いかな。甘苦い……そんな表現がぴったりかもしれない。
私を心配してくれる人など、君ぐらいのものだよ。そんな労りの言葉を、いちいち新鮮に感じてしまう程度には。
……何と言うか、改めて見るとやけにちぐはぐな手紙だね。恋とは何だと言いながらも、君にそれっぽいアドバイスをしていたりするのだから。
まぁ、酔った勢いだとでも思って、軽く流してくれたまえ。
それでは。君も学生らしく、たまには勉学に熱を入れたまえよ。
敬具。
六月四日 矛盾の権化・イオリ
心優しき少女・ミユキ様
突然ですが、実際に書き進めていくうちに当初予定していた(事前に練っていた)プロットと展開がかけ離れてくることってありませんか?
今現在、私はその状態です…orz
あー…私はいったいこの二人をどうしたいんだろう。何かもう訳が分からんくなってきました(泣)
わりとリアルに着地点が見つからなくなってきた今日この頃であります←
というわけで、どこで終わるか作者すらも皆目見当がつかない『街を巡る手紙』ではありますが…どうかもうしばらく(どれくらいの間かはわかりませんが)お付き合いいただけると幸いでございます。