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街を巡る手紙  作者:
8/29

07.悲哀を慰める:往

 拝啓。

 減らず筆、とはなかなか面白い表現ですね。

 ちなみに私は昔から、親などの親しい人たちに『屁理屈が上手だね』とか『口が減らないね、だからモテないんだよ』とか、結構厳しいことを言われているので……お気になさらないでくださいね。その手のことには慣れていますから。

 いまどきの若い女の子にとっては、意固地なおじさんほど可愛いものはないんですよ。私の友達にも、四十代ぐらいの男の人を指しては『可愛いよね~』と、とろけそうな笑顔で言っている子がいるぐらいです。

 私も、あなたを可愛いと思います。何故かとか、どこがとか、そういうことはまぁ……前も書きましたけど、別にわからなくていいですよ。

 それに比べたら私なんて。今でこそおとなしそうな子と周りからは言われていますが、もし人見知りなんかじゃなくて、あちこちで本性を出していたとしたなら、確実に幻滅されていますよ。そんな人間に楽しみを見出すなんて、悪趣味にもほどがあります。

 仔猫なんて、そんな可愛いものに例えられるのはかなり気が引けますが……もし仔猫だとしたら、相当なじゃじゃ馬で暴れまくってあちこち引っ掻き回すようなタイプの困った子に分類されるでしょうね。

 ……そう考えれば確かに、私たちは似ているところがあるのかもしれません。意地っ張りなところとかが特に。


 すみません、前回の手紙には思わず笑ってしまいました。だってあなた、柊教授と全く同じことを言うんですもの。

 ちなみに昨日またお会いする機会があったんですが、その時は最近の掃除機の構造と店頭での値切り方について熱心に話しておられましたよ。あなたは関西人ですか! と思わず突っ込みを入れそうになりました。

 もはやあなたぐらいのレベルになると、隠しもせず堂々と『あなたは変人だ』なんて言われてしまうのですね。まったく、それじゃ陰口の意味がないじゃないですか。

 そういえば柊教授も芋焼酎が好きだとおっしゃっていたので、お会いしたければいつでもご紹介しますよ。


 ところで、ここのところ手紙であなたと交流をさせていただくことで、あなたの人物像が徐々に見えてきているのですが……確かに、あなたと女の人は波長が合ったとしても変な話で盛り上がっているだけで、それ以降の展開はありえないような気がします。まさに、イメージどおりでしたね。

 私が思うに、一番の原因はやはりあなたが恋愛よりも仕事に熱を傾けていらっしゃるからではないでしょうか。恋愛など付属品にすぎない……そう、お思いだからじゃないですか? 自覚がなくても、そういうところがあるのかもしれませんよ。偉そうなことを言うようですが、これを機にご自分を改めて見つめ直してみるというのはいかがでしょうか。

 何もなくなった……というのが少し気にかかるところではありますが、とにかく私でよければいつでもお相手いたします。こんなもので、心の支えになるとおっしゃるのならば。


 ……あなたはまるで、今までずっと私の恋を見ていたかのようですね。あなたのおっしゃることは、全て正解です。

 確かにあの子は人の気持ちばかりを優先して、自分を抑え込んでしまうところがありました。だから私に頼まれたときも、嫌だなんて口が裂けても言えなかったのでしょう。ひょっとしたら、彼に対する気持ちを認めるのが怖かったのかもしれません。

 恋は人の性格を簡単に変えてしまう……確かにそうですね。イオリさんにも、そういう経験があるのでしょうか。

 だけど、頭では分かっていても、私は自分を責めずにいられないのです。

 どうしてあんなことをしてしまったのか、という後悔だけが、今の私の頭の中を支配しているのです。

 彼女は、どうだったのでしょう。

 もう少し気持ちの整理がついたら、聞いてみようと思います。


 あなたが知りたがっていた、続きを書きます。私自身も誰かに聞いてほしくてたまらないので、ちょうどいいです。

 彼女に協力してほしいと頼んでから、私は彼女の後押しもあって、彼に近づくことに成功しました。やはり気さくで優しくて……ことあるごとに話しかけ、他愛のない話をしていくたびに、私は前よりもずっと彼のことを好きになっていきました。

 彼自身も、私のことを気に入ってくれました。『君といるときは、僕も自然体でいられるよ』と言って笑ってくれたときは、夢じゃないかと思わず疑ってしまうほどに嬉しかった。

 それでも……私は、知っていました。

 彼があの子の話題に触れるとき。彼が、あの子の名前を出す時。そのたびに彼の目が、普段では考えられないほどに甘く、優しく、深い愛情に……いいえ、それ以上に深い欲情に満ちた光を放つことを。

 そんなの私には、一度だって向けられたことがない。きっとこれからも、向けられることはないのだろう。そう思うと、どうしようもなく胸が締め付けられるような気持ちでした。

 悟りたくなくても、悟らざるを得ませんでした。彼とあの子が、切ないほどに互いを思いあっているということを。

 そんな状態で思いを告げても、報われるはずなどない。それどころか、今の関係すら失われるだろう。

 だけど、見ているのはつらかった。彼の狂おしいほどの思いも、あの子が自分の思いに苦しみ、徐々に心を病んでいく様子も。

 そして……あの子が追い詰められた結果、限界を迎えついに倒れてしまったと聞いた時、私は決心したのです。

 この無謀な片思いを、もう終わりにしようと。

 この気持ちに、ケリをつけようと。


 ……ここから先は、あなたももうお分かりでしょう。

 私は見事に振られ、彼とあの子は思いが通じ合い、ついに付き合うことになりました。

 まだ素直には祝福できないけれど、きっといつかは……いつかきっと、笑って『お幸せに』と言える日が来ることを信じています。


 不思議ですね。つらい思い出のはずなのに……心の傷を、えぐるはずの行為なのに。何故だか書いていくたびに、自分の心の汚れが全て取れていくような気がします。心が、洗われていくような。


 この私のどす黒い記録を肴にして、あなたは今日も飲むのでしょうか。

 それもいいでしょう。それであなたの寂しさが少しでもまぎれるならば、これ以上本望なことはありません。

 私も、失恋の傷の治療に付き合っていただいていることですしね。


 それでは、今回はこの辺で。

 お仕事に熱心なのはいいですが、どうか少しはご自分のこともお考えになって。お身体にはどうぞ気を付けてくださいね。

 かしこ。


 五月三十日 猫かぶりが上手な猫・ミユキ

 可愛いおじさま・イオリ様

掃除機を値切ったという柊教授の話は、私が現在習っている税理士クラスの先生が実際に話していらっしゃったことです。彼いわく、「買い物するときに値切るのは当然」だそう。完全に関西人の血が流れていらっしゃるようです(笑)

あと車を買うときなどには、簿記の知識を駆使して営業マンさんを説き伏せるらしいですよ。耐用年数がどうとか言って。

そこでせっかくの知識を使うなよ、と思うんですが(笑)


さて、今回の題名はノコギリソウの花言葉。

ノコギリソウ(鋸草)はキク科ノコギリソウ属の一種で、別名に『羽衣草はごろもそう』などがあります。

高さは五十センチから百センチにまでなり、葉っぱがノコギリみたいにギザギザした形状であることから、ノコギリソウという名がついたようです。


この葉っぱ、意外に用途が広いらしく…歯痛や偏頭痛の薬として使われたり、乾燥させて粉にすると煙草の代用にされたりもしていたのだとか。

いいですねぇ!欲しい!!(凛はひどい偏頭痛持ちなのです)

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