05.私の恋を知ってください:往
拝啓。
初めに、一つ言っておきます。私が嘘をつけないのは、いい子だからじゃないです。ただ単に、生意気だからだと思います。あなただって、今までの私の手紙を見れば、十分お分かりのことでしょう。
だけど私なんかよりも、あなたの方がよほどいい人だと思いますよ。……いや、ただいい人というよりは、本当に素直で可愛い人、というべきでしょうか。
確かに、男の人はいつまでたっても子どもです。子どものように無邪気で、可愛らしい一面を持つ人が多いように思えます。
自分だけではなくてそういった男の人全般を可愛らしいと言うべきだ、などとあなたはおっしゃいますが、私の目にはあなたのそういうようなところが可愛らしく映っているんですよ。私のような年の離れた若人の冗談を、必死になって否定しようとする。それでいて、大人の余裕を見せたいのか、わざわざ意地を張っているわけではないなどとおっしゃる。それでは、私は意地を張っているのですと遠まわしに認めているようなものじゃないですか。
まぁ、もしかしたら私のこんな気持ちは、あなたにはわからないのかもしれないけれど。
別にわからなくても構いません。私がただ、楽しいだけですから。
柊教授は今日もゼミの最中、ゾウリムシの生態だったか何だったかについて延々語っていました。ゼミの内容には全く関係ないので、もちろん誰もまともに聞いてはいませんでしたが。本当に突拍子もない人です。そういうところが、あなたに似ているのかもしれません。
柊教授も誰かと一緒にいるようなところはあまり見かけません。多分、あなたと同じような生活をなさっているのだと思います。
ですが、毎日お独りということは……イオリさんは、ご結婚なされていないのですか? それはちょっと意外です。あなたのことですから、同じくらい変わり者の奥様がいらっしゃるのだと思っていました。
私などの手紙であなたのそういった気が少しでもまぎれるならば、嬉しく思います。
恋というものを何度も経験していくことで、人は大人になる。ただ、その始まりに立っただけにすぎない……。
そんなあなたの言葉に、少しだけ救われた気がしました。
これはただの通過点に過ぎない。確かに、くよくよ悩むことはないのかもしれないですね。
だけど私にとっては初めての本気の恋だったから、どうしてもダメージが大きかったんです。
私が好きになった人は大学の先輩で、誰に対しても優しく紳士的なふるまいをする人でした。王子様のようにキラキラとした笑顔が印象的で、数々の女の子がとりこになったみたいです。私ももちろん、その例外ではありませんでした。
けれど彼の隣には、いつも一人の女の子がいました。
その子は柊教授のゼミで私と同じ班の子なんですけど、話しやすくてとてもいい子で、みんなからもいろいろと頼りにされるような子でした。人見知りの私にも分け隔てなく接してくれて、私もその子に対してだけは飾らない、素の自分でいられたんです。
そして同時に、恋のキューピッドとして有名な子で……その子に頼めばどんな片思いも叶えてくれると、その成功確率はおよそ七十パーセントだと、大学内ではもっぱらのうわさでした。
私はそれを聞き、私自身のこの恋を応援してくれるように頼んでみることにしました。
その子は快諾してくれました。自分と彼は単なる幼なじみだから気にしなくていい、と。ちゃんとサポートしてあげる、と。
けれど私は、心のどこかで分かっていたんです。
二人はただの幼馴染だと、そう言っていたけれど。だけど……多分、彼はその子のことが好きだと。ずいぶん前から、彼はその子のことしか見ていないんだ、と。
そしてその子自身も、彼を……。
わかっていたのに、私は気付かないふりをしました。彼と仲良くなることだけを、ただ考えていました。
恋は盲目と言いますが、私の場合はわざと盲目にしていたのかもしれません。わざと、周りを見えないようにしていたのかもしれません。
私は本当に、ひきょうで、汚い人間でした。
これ以上語ったら区切りがつかず、延々書いてしまうような気がするので、今回はこの辺で締めさせていただこうと思います。
心の慰みになどに値するものではないかもしれませんが、長い夜の、せめてものお相手として、この手紙を読んでいただければ幸いです。それでは。
かしこ。
五月二十日 悩める女子・ミユキ
人生の先駆者・イオリ様
徐々に…というか、急速に距離が縮まっている気がするのは私だけですか←
ミユキさんの詳しい恋の様子が知りたい方は、前作『街中キャンパス』をご覧ください。
今回の題名は、リナリアの花言葉。
リナリアはゴマノハグサ科(分類体系によってはオオバコ科)ウンラン属で、地中海沿岸地方の原産。日本には明治時代の末期に渡来したそうです。
和名は『紫海蘭』で、別名『姫金魚草』。その名の通り、金魚みたいな可愛い形のお花…でした(←見てきた)