02.運命を開く:復
拝啓。
初めまして。まずは、お手紙ありがとう。
まさかあんな悪ふざけ紛いのことを実行して……それが相手に届いていたなんて。しかも住所を書いたとはいえ、こちらは本名すら明かしていないというのに、私のところにまでちゃんと手紙が届くなんて、夢にも思わなかった。驚きよりも先に、思わず笑いがこみ上げてきてしまったよ。
てっきり『とんだ悪ふざけだ』などと言われてゴミ箱行きになるか……いや、それならばまだいい。最悪、書いた私の住所を悪用されてしまうなどということもあり得る。
もしもそんなことになったらどう対処しようかと、正直これまで気が気じゃなかったんだよ。
文面から察するに、君はとても良い子だ。どんな形であれ、感情を素直に表に出せる。そんな正直な人間には悪いことなんて出来るはずがない。だってそもそも、嘘をつくことが出来ないからね。そうだろう?
単細胞だと鼻で笑われるかもしれないが、少なくとも私はそんな風に結論付けさせてもらったよ。君は私の信頼に、十分値する人間だろう、とね。
しかしそれにしても、私の悪ふざけ……もとい、ふとした思い付きは、随分君を驚かせてしまったようだね。
驚天動地? 空前絶後? 前代未聞?
……失礼。言い回しなど、特にこだわる必要はなかったね。
これを運命の出逢いだと認識するかどうかは、君の自由だ。まぁ既に信じないと、君は先の手紙で明言していたけれどね……別にいいさ。君が持っている意見に対して、私がとやかく言う権利などない。
では……かくいう私は、果たして運命という言葉を信じているのか?
答えはNoだ。
住所を書いた紙を小瓶に入れて海に流すだなんて、ドラマでもあり得ないような珍行動をやってのけた手前、その言い草は何だと君は文句を言いたくなるだろう。
運命を信じている訳でもないくせに、ならば何故こんなことをしたのか。
答えは簡単。
君が見ず知らずの人間――つまり私の住所宛に、手紙を書いてみようと思い立ったきっかけと同じ。つまりは、子供じみた好奇心さ。
過去に何があったのかは知らないが……とにかく今の君と同じく、私も運命なんて信じちゃいない。そんなもの、虚構にすぎない。一応君より人生経験は長いはずだから、私はそれを良く知っているつもりだ。
けれどその不確かでくだらない運命という存在を信じ、そのたった一本の細く頼りない糸に縋るような人間も確かにいるんだ。信じられないことだろうけれど、ね。
では、彼らは一体何をもって運命というものを判断するのか。運命の定義とは、一体何なのか。
非日常? 偶然? それとも必然?
私はまず、『運命の出会い』とやらを実際に経験したことがあるという人間に尋ねてみた。いわゆる聞き込みというやつだね。
いやはや、実に様々な答えが返ってきた。三者三様というか、十人十色というか。困ったことに全くまとまらない。まぁ、他人の恋愛話というのは思ったより面白いものだったし、いい暇つぶしにはなったけれどね。
それから、数々の純愛と呼ばれる作品に触れた。これはかなりベタなものが多かったから、まとめるのは実に簡単だったよ。あまりにもクサ過ぎて、途中で寝てしまったりしたこともあったが……。
そんな調査じみたことを繰り返した挙句、辿り着いた結論は、とにかくまずきっかけを作ってみる、ということだった。
そういうわけで……最近文通から始まる恋愛映画を鑑賞したことも影響して、私は今回こういったことをやってみようと思い立ったわけだ。
さて。
上記のことからも分かるように、私はかなり常人とは感性がずれまくっている。そのせいなのか、周りからは『変わり者』とか『変人』とか、好き勝手言われてね。困ったものだよ。
だけど私からしてみれば、こんな不審極まりない人間に手紙を寄越した君もなかなかの変わり者だと思うよ。まぁ、そんなところも興味深い対象ではあるのだけれど。
私は君らのような若人たちに、モノを教える仕事をしている。手紙の内容が妙に理屈っぽく、堅苦しいような印象を与えてしまうのは、一種の職業病のようなものだと思って、どうか目を瞑って頂きたい。
性別は男。年齢は……まぁ、言わずともこれまでの流れで大体分かるだろう。察してくれ。
それから、えぇと……何だったっけ。あぁ、名前か。
大事なことなのに、すっかり忘れてしまっていたよ。全く、年をとるとこれだからいけない。
君がそうしたように、私も敢えてフルネームを名乗ることはしないでおこう。互いに正体を知らないままで手紙を交わす、というのもなかなか乙なものじゃないか。
下の名前はイオリという。そのままイオリと呼んでくれても構わないし、おっさんとでも変人とでも、何とでも君の好きなように呼んでくれたまえ。気分によって呼称を変えてみるというのでもいい。たとえクソ虫と呼ばれたとしても、気にしないさ。所詮呼び名になど、執着する意味はないのだから。
あまり長々と書いて君が読み疲れては悪いので(私もそろそろ疲れた。手がだるいんだ)、この辺で締めさせて頂くこととしよう。
この手紙が無事に君のもとへ届くよう、君が手紙の相手に――私に失望してこの手紙を焼き捨てたりすることのないよう、祈っている。
敬具。
五月七日 偏屈男・イオリ
花の女子大生・ミユキ様
やっと、ちょっと文通っぽくなってきましたね(←何)
ところで、ものすごく今更なことを言うのですが…タイトルに『往』とついているときはミユキ→イオリへの手紙、『復』とついているときはイオリ→ミユキへの手紙、という設定で本編はやっていきます。基本(っていうかそれが普通なんですけど)、交互です。
では、今後ともよろしくお願いいたします。