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街を巡る手紙  作者:
20/29

19.私の運命はあなたの手に:往

 拝啓。

 付き合いたての恋人同士のような、というあなたの秀逸ともいうべきたとえに、また顔が熱くなっている今日この頃です。

 あなたは本当に、日を追うごとに大胆なことを言うように……いえ、書くようになりましたね。意図してならまだしも無意識だなんて、なんと恐ろしいことでしょう。無自覚天然タラシとはあなたのことを言うんじゃないですか。


 大人の方というのは、ご自分を卑下なさるのがお得意といいますか。本当に廃人だったら、自分が廃人だなんて言いませんよ。自覚しているだけ、まだいいじゃありませんか。

 熟女の……というより、その辺で井戸端会議などをしているおばさまの講義なら、一大学生としてはぜひとも聞いてみたいところですね。たくさん、役に立つことを教えてくれそうです。

 人にモノを教える立場だというあなたにも、ぜひ私の大学で教鞭をとっていただきたいものです。まぁ、これまでのお手紙の内容から察するに、ほぼ柊教授の講義と変わらないような気もしますが。

 気が弱いとか、そういうことはよく言われますが、優しいと言われたのは初めてかもしれません。ですが多分、私自身もそのようなおばさんになるのは少し無理があるような気がします。第一、そこまでの神経の図太さがありませんし……。

 自分の意見を持ちながらも、相手の意見を尊重しながら生きていくのは難しいものがありますね。ただ……自分の考えを尊重してもらいたいという気持ちがあるなら、相手のことを尊重しなければいけないのも当たり前でしょうけれど。ギブアンドテイクの世の中ですからね。なかなかに厳しいところがあるのかもしれません。

 あなたがそうおっしゃるのなら、私もこれからはっきりと意見を述べさせていただきたいと思います。だからあなたも、遠慮などいらないので、どんどん私に思うことをぶつけてください。本音で語り合うことが、分かり合うための一番の近道だと――あなたも、そう思っておいでのはずですから。

 自分がどう思っているかということと、相手からどう思われているかというのは、違うんですよね。私も常日頃、そういうギャップの中にさらされながら生きているのでよくわかります。

 だけど私にとっては本当に、あなたはそういう人なんです。認められなくても、それだけは分かってくださいね。

 私だけでなく、あなたと深くかかわった人は誰しももう一度チャンスを与えてあげたいと思うはずです。無論、あなたの行いを見てきた神様だって。

 この世には何度も失敗を重ねた人だっています。それに比べても、あなたにはまだ何度でもチャンスがあるはずです。一度の失敗で、くじけてはいけません。大丈夫です。

 お望みなら私からアドバイスだってなんだってしますし、あなたのことをどこからでも支えられるように頑張りますから。いくら若造の戯言だと周りに笑われるかもしれなくても、あなたにそれが必要だというなら、どれだけだって与えます。

 だから、どうかあきらめることだけはなさらないでください。約束です。


 ありがたみのない確率で運命が見つかるなら、それほど楽なことはないです。けれどそんな薄いものを運命と呼ぶこと自体が、もはやその人にとっては定められた運命なのかもしれません。

 考え出したらきりがない。運命とは、難しいものです。

 あなたと柊教授のことで思い悩むことも、私にとっては運命なのでしょうか? あなた方にも分からないことだというなら、あなたの言うとおり私自身の目で確認してみるしかないようです。

 覚悟なんてとっくに決まっていますから。だから、早く私に答えをください。私に、確かめるすべをください。

 柊教授が真夏に雪を降らせようとしている目的も、私が知りたい答えの中にあるということなのでしょうか。

 キーワードは雪。

 あなたにそう教えてもらってから、私は寝ても覚めてもずっとそのことばかりを考えています。

 私が彼のお力添えをすることで、その答えが見つかるというのならば、私は何を投げ打ってでも柊教授のお手伝いをするつもりです。課題なんて二の次です。そんなもの、あとでどうにでも処理すればいいんですから。

 間違っていようが、周りに何と言われようが、関係ありません。今はただ、目の前のことだけに集中していたいと思います。


 奥様を一人の人間として見ることができたのは、あなたにとっても進歩でしょう。それによって、今まで見ることができなかった部分をたくさん見ることができるようになるはずです。

 そうすることで初めて、あなたは彼女の幸せを願うことができる。

 奥様からのお手紙は、結婚式の招待状だったのですね。それは、あなたが何より願っていたこと――奥様が、新たな幸せを手に入れたという証。本当に、喜ばしいことです。

 それを確かめるのが怖かったという気持ちは、私にもよくわかります。だからこそ、結果的に私が急かしたような形になってしまったことに、罪悪感を持たずにはいられません。

 だけど、確かめられてよかった。彼女の幸せを、目の当たりにすることができてよかった。

 奥様とお話ができたことも、彼女の本心を確かめることができたことも、本当に良かったと思います。私はただ外野でしかありませんが、今、心から嬉しいという気持ちでいっぱいです。あなたのつづってくださった文章に、思わず感情移入をしてしまったからでしょうか。

 あなたがこの数年で気持ちを入れ替えていた同時期に、奥様もまた、新たな出会いによってお気持ちを変えることができたのですね。数年で、お互いに成長することができたんだなぁ……なんて、ちょっと偉そうなことを思ってしまいました。

 奥様の晴れ姿、ぜひ拝みに行ってあげてください。そして、彼女の新たな幸せを祝福してあげてください。彼女も、変わったという自分をあなたに見てほしくて招待状を送ったのだと思いますから。

 今度はあなたが幸せを手にする番だと、実際に幸せを手にした彼女なら言ってくださることでしょう。実際に会ってみたこともないのに、何故だか彼女の幸せな表情が目に浮かぶようです。

 今更私が言ったところで、わかっていると言われてしまいそうですが……ぜひともあなたの口から直接、お幸せに、と伝えてあげてください。

 きっと、あなた方二人にとって最高のスタートの場になるはずですから。


 うれしはずかし、とは、また久しぶりに聞くようなことをおっしゃるんですね。そういう幼稚な表現が、また私の恥ずかしさをあおります。きっとこれを書いている私は、すごく顔が赤いんじゃないかと思いますよ。これも全部あなたのせいです。どうしてくれるんですか。もう……。

 まぁ、あなたを責めたって仕方ないような気もするんですが。

 だけど……本当に可愛い人。あなたは忘れてくれと言いますが、私は絶対に忘れてなんかあげませんからね。

 私も今では、彼とあの子が一緒にいる姿を見ても、素直にうらやましいと思えるようになりました。それは、あの子が当たり前に彼の傍にいられることに、ではありません(もちろん、昔はそういう気持ちが大半を占めていたわけなのですが)。私も誰か別の人と、二人のような恋人同士になりたい――そういう純粋なあこがれから、うらやましいと思うのです。

 あんなに焦がれていたはずの気持ちが、今ではまるで嘘みたい。彼のことは、今ではもう大切な友人の一人として思っています。

 日を追うごとにいつの間にか、彼への気持ちをうまく昇華することができていたみたいです。

 前にもこんなことを書いた気がしますが、こんなに清々しい気持ちになれる日が来るなんて、あの頃の私なら想像もしなかったでしょうね……心から、そう思っています。

 彼に出会えてよかった。恋をしてよかった。あの子とも……お友達になれて、本当によかった。

 あなたも感じてくれている通り、私も自分自身で、あの頃からずいぶん成長したなぁと思います。自分自身を見つめる機会というのを、持つことができたおかげでしょうか。

 あなたとこうして手紙を交わすようになってから、まだあまり時間がたっていないのに……もう何年も、こうしてお手紙を交わしているような気さえする。それほどあなたとの時間を濃く、長く感じています。

 たくましいと言われるのは、あまり本意ではないですが……あなたも保証してくれるというのですから、自信を持っていきたいです。


 夏はまだまだ真っ盛り。私も夏を撃退するぐらいの気持ちでいかなければと思っています。あなたももうお年だなんて言わないで、夏を張り倒すぐらいの勢いでいてください。

 お互いに、この夏を乗り切れるように頑張りましょうね。

 かしこ。


 八月十二日 日焼けに悩むミユキ

 夏と戦うイオリ様


 追伸。

 来週の日曜日、柊教授が用事があるとおっしゃるので、あの子と久しぶりにお出かけをする約束をしました。

 といっても、二人きりじゃありません。私とあの子と、そしてもう一人、あの子の友人だという、同じ大学の女の子と一緒に。

 いくらあの子の友人だといっても、知らない人と会ってお話をするということで、今からとても不安な気持ちでいっぱいなのですが……あわよくば、これを機にお友達を増やすことができればと、少し期待もしています。

 どうか、陰ながらでも応援をくださると嬉しいです。

ラストが…見えた(カッ←)


そんなわけで19話目です。最終話っぽい題名ですが、まだ終わりません。もう少しだけ続きます。

ここまで来るとアレですね。だんだん同じことを何度も書いているような錯覚を起こします。っていうか同じこと何度も書いてるんですよね。反省。

もう少しボキャブラリーが欲しいと思う今日この頃でございます。


さて、今回の題名は椿の花言葉。

椿は日本原産の常緑樹。雪の中だと非常に映える、あの花ですよ。花がそのままポロって取れることが縁起悪いとも、清々しいとも言われています。まぁ、有名なお話ですね。

人魚の肉によって八百年生きた、八百比丘尼という女性が死に際に椿の木を植えて、「この花が散ったら、私は死んだと思ってください」的なことを言ったことでも有名です。…え、知らない?←


最近(2013年2月末現在)だと奈良県で咲いたそうですね。3月に行われるお水取りの『花ごしらえ』だとか。

お水取りと言えば…そうか。じゃあ、もうすぐお水送りがあるんですね。

3月2日は今年も、きっと雪が降ることでしょう。


【2016/3/8追記】

ごめんなさい!ラストの『追伸』部分を掲載してないことに、3年経って今更気づきました!!

20話を読んでおかしいと思われた方、いらっしゃったら申し訳ないです…。

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