表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
街を巡る手紙  作者:
18/29

17.転機を迎えた恋:往

 拝啓。

 不思議なものです。このように長期間お手紙をやり取りしているのだから、あなたとのやり取りにすっかり慣れてしまっていてもおかしくないはずなのでしょうけれど、むしろ今の方があなたの言葉にいちいち反応してしまって、馬鹿みたいに照れてしまいます。

 あなたとお手紙をやり取りするたびに、そういった免疫が取れていくような気がして……ホント、おかしいですよね。普通は逆なはずなのに。

 あなたは平気なんですか。免疫というものが、私とは逆にどんどん取れてきているのですか。それで、シラフでも恥ずかしいことをおっしゃるようになったのでしょうか。


 堕落した人間に、人の背中なんて押せるはずがありません。だからきっと、あなたは堕落なんてしていないんですよ。あなた自身にそのつもりなんてなくても、私の目には、あなたは自分の足でしっかり立っていらっしゃる人のように思えます。自分の意思を、しっかり持っていらっしゃる人のように感じています。

 女性の勘の正確さには、同じ女であるはずの私も驚いてしまうことが多々あります。特に人生経験を重ねたような、俗に熟女と呼ばれているような方のご意見は、そこらでやっている講義を聞くよりもためになることが多いです。

 ……なんだか少し、教授の方々全てを敵に回したような言い方になってしまいましたが。

 私もいつかは、何かと頼られるような……意見を求められるような、素敵なおばさまになりたいものです。

 多数の種族――男性も女性も、老いも若きも、それこそ特殊な性癖を持つ人も、全て共存しているのがこの地球なのだなぁと思います。そりゃあ、受け入れがたいこともありますよ。私にだって、生理的に受け付けないような性癖がありますもの。

 違う種族や、自分とは真反対の考え方を持った人とも互いにうまく干渉していきつつ、共存していかなければならないのだなぁ……と、あなたの意見を聞いてしみじみ思いました。

 私の性癖やあなたの考えなど、突っ込み出したら本当にキリがなくなってしまいますね。堂々めぐり、とはこのことでしょうか。そろそろ本当に、妥協点を見つけないとです。

 ……とは言いつつ、簡単に引き下がれない私がいたりするのも事実なんですよね。私も、あなたも、互いに気にしないように……笑って受け流せるようにしないといけないと思っているのに。あなたがそうしようと、決めてくださったのに。それでもまだどこか思いきれない部分がある私は、やはりまだ子供なのでしょうか。

 あなたは決して子供嫌いなんかじゃない……そのことは、今までのやり取りで私にしっかりと伝わってきています。あなたは誰に対しても、分け隔てなく優しく接してくださる人なのでしょう?

 いつかあなたにも、幸せにしたい相手というものが見つかるでしょう。神様だって、もう一度ぐらいチャンスをくださるに決まっています。私がもし神様だったとしたら……あなたのような人になら、何度だってチャンスを差し上げることでしょう。

 今度は失敗しないように。失敗は成功のもとというじゃないですか。失敗を重ねて、人は成長していくんです。

 ……と、あなたより年下の私が言っても、あまり説得力があるようには思えませんけれど。


 夢を見るためのいい材料……すみません、少し笑ってしまいました。夢見る乙女たちの、次々と目を覚ましていく姿が目に浮かぶようです。

 確かにその占いによれば、ソウルメイトが地球上にいる確率は九分の一であり、さらに相性がいいとされる人がいる確率は……三分の一ぐらいでしょうか。運命の相手を見つけるのが、一気に容易になっていくように思います。

 だけど……いつ見つかるか分からないような本当の『運命の相手』を見つけるよりは、適度に運命だと思える相手を捕まえた方が手っ取り早いような気もしますね。

 それがはたして、本当の愛と呼べるのかどうかは疑問ですけど。

 本人たちすらわからない真実って、いったい何なんですか? すごく気になってしまいます。二人の――柊教授とあなたのつながりは、一体どこにあるのでしょう。

 これだけ似ていると私が思ってしまうぐらいです。きっと……いいえ、確実に、どこかでつながっているに違いありません。

 ご兄弟? ご親戚? それとも……本当に、ソウルメイト?

 あぁ、気になって仕方ありません。早く確かめたい。早くあなたたちと、顔を合わせたくてたまりません。あなたたちとお話ができるその日が、楽しみで仕方ないのです。

 あなたも、そう思っておいでですか?

 柊教授は毎日頑張っていらっしゃいます。先日研究室を訪ねたところ、私は思いがけない寒さに身震いしてしまいました。

 案の定、柊教授はコートを身にまとっていました。震える私に上着を渡してくれながら、あっけらかんとおっしゃいました。

「エアコンは十八度までしか下がらないんだ。仕方ないから、扇風機を二台持ってくることにした」

 それでもまだ十度以下にはならないんだよ……と悔しがる柊教授に、そこまでやるか、と正直心の中で突っ込みを入れてしまいました。

 彼がそこまでして雪を降らせたい理由は、一体どこにあるのか……。単なる好奇心にしては、あまりにも強すぎます。

「真夏に雪を降らせるという一見不可能なことを、もしもやり遂げることができたなら……私には、なんだってできるような気がするんだ」

 柊教授はやけに真剣な顔で言いました。私にはまだ、その言葉の意味するところが分からないのですけれど。

 彼が真剣に成功させようとしているならば、私もできる限りのお手伝いと応援をさせていただきたいと思っています。

 いつかあなたにも、よいご報告ができますよう。


 自分を責めることを止めろと言われてそう簡単に止められるほど、私たち人間は強くはできていません。私も初めのころは、何度止めようとしても止められなかったものです。気持ちの整理がつくまでは、きっと仕方がないのだと思います。

 あなたが彼女に対して抱いている感情が、どのようなものであったとしても――それこそ、恋愛感情などとっくに消え去っていたとしても――あなたの彼女に対する思いは、決して浅くなどないのでしょう? 大切に想っているからこそ、その人の幸せを真に願うことができるのですから。

 たとえ、自分の手でなくても……せめて誰かの手ででも、幸せになってほしいと思っているのではないですか。

 私があなたの気持ちを代弁するなど、おそらく言語道断なことでしょうけれど……私は、そんな風に思っています。

 彼女からお手紙が届いていたとのことですが、もうお開けになりましたか? 彼女からのお手紙を読んで、少しは気持ちの整理をつけることができましたか? よろしければ、その後の顛末をお聞かせください。

 あなたが許してくださるのならば、私も陰ながらあなたの行く末を見守っていたいと思います。あなたがちゃんと、彼女への贖罪の思いを断ち切れるよう……あなたが純粋に、彼女の幸せを願うことができますよう。

 彼女からのお手紙にはきっと、あなたが思っているようなことではなく、もっといいことが書いてあるでしょう。

 彼女は、あなたのことを許してくださっていることでしょう。あなたと同じくらい、あなたのことを大切に想っていることでしょう。あなたの幸せを、心から願っていることでしょう。

 誰が何と言おうと、私はそう信じていますよ。


 あなたが私の文章に感情移入してくださっていると知って、私は今、どうともいえないような思いでいっぱいです。穴があったら入りたいほどに恥ずかしいような、あなたが私と同じ思いを共有してくださっていることに、嬉しさを感じているような……とにかく、複雑です。

 私が彼への思いを昇華できている……あなたには今の私が、そういう風に映っていますか? 私は正直、自分ではよくわかっていないのですが。

 だけど考えてみれば、なんとなく前よりずっと楽な気持ちでいられているような気がします。これも、吹っ切れられているというしるしなのでしょうか。

 あなたが前の手紙でくださった言葉は、私の胸に自然と染み込んでくるようでした。彼と出会わなければよかったなんて、一瞬でも考えた自分を殴ってやりたいぐらいです。

 彼に恋をしなければ、今の自分はなかった。あの恋がなければ、私は今でも幼稚な考えを持つ子供のままだった。彼への恋は、私を確実に成長させてくれた……あなたが、そう気づかせてくれました。

 今の私は、あの時よりも成長できているでしょうか。一回り、大きくなることができているでしょうか。

 きっとそうであるといいと、願っています。


 普通、お酒を片手に仕事をするような社会人はいませんよ。それでは単に、肩書きだけ立派な廃人です。あなたはまだまだ、廃人などではないはずでしょう? 夏バテにも負けず、気合を入れてください。

 あなたがようやくご自分を理解してくださったようで、私も嬉しく思います。これからも可愛らしいおじさまでいてくださいね。ぜひぜひ、私の楽しみに貢献してください。


 この夏休み、柊教授からの課題は出ませんでしたが、その代わりに何故か柊教授の実験のお手伝いをすることになってしまいました。最近よく話すようになったから、どうも頼みやすくなったのでしょうか?

 他のレポートもあるというのに……もっと優秀な人に頼んでほしいとは思いますが、今更愚痴を言ったって仕方ありませんね。

 代わりに、他に出されている私の課題を手伝っていただこうと思います。

 かしこ。


 八月五日 夏より冬が好きなミユキ

 まだまだお若いイオリ様

夏休みですって、奥さん…。

私がこれを書いているのは思いっきり真冬ですのに(2013年2月現在)


ってなわけで今回の題名は、アメリカセンノウの花言葉。

アメリカセンノウはナデシコ科センノウ属の宿根草。この宿根草というのは結構丈夫で、大切に育てれば毎年花が楽しめるのだとか。

伸びた長い茎の先で、2.5センチほどの小さな花がボール状にいっぱい咲くのが特徴。暑さにも寒さにも強い丈夫な花です。


ちなみに『アメリカ』と名はついていますが、原産地は中央アジア。何故アメリカセンノウと呼ばれているかは…不明(苦笑)

別名にリクニスというのがありますが、そちらの方はギリシア語で『灯火』という言葉を意味する『リクニス』から来ているそうです。

いやはや、綺麗な名前ですね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ