16.薄れゆく愛情:復
拝啓。
私が差し出した素直な褒め言葉に照れる君を、一度この目で見てみたいものだよ。頬を染める君は、とても可愛らしいことだろうね。
いつもの何でもない馴れ合いに慣れてしまったならば、こんな言葉にもすっかり慣れてしまって、普通に「ありがとうございます」ということができると思うのだけれど……もしかしたら、少し間が開いたから免疫が取れてしまったのかもしれないね。免疫、というのも妙な話だが。
私みたいな堕落した人間の書いた手紙にも、背中を押すほどの能力がまだ残っていたのだね。その手紙が君が積極的になる原因を作ったのだというなら、まさに『作者冥利に尽きる』というものだよ。
乙女心は複雑だとよく言われるが、それはどうやら本当のようだね。残念ながら私には理解できそうにないよ。
ところで不思議なことに、女の勘とやらはよく当たるようでな……私がこれまでに出会ってきた中にも、私の隠し事や秘密をよく暴いてくる女性がいたよ。やれやれ、厄介なものだ。
科学などの専門家が下手に語ることよりも、女性の口から意見を聞く方が当たる確率が高いかもしれない。だから君の言うことも、案外的を射ているのかもしれないね。
地球は広い。だからそういう特殊な性癖の人も、無きにしもあらずなのだと思う。受け入れられるには、まだまだ時間がかかることだろう。私たち常人にも、受け入れる体制が必要だ。だが……私もちょっと、受け入れがたいところがあるな。個人の性癖を理解し合いながら共存していくのは、なかなか大変だよ。
受け入れがたいといえば、君の性癖(と呼んでいいのだろうか)を受け入れるのも、なかなか大変だ。ことあるごとに君は私のことを可愛いというが、結局……うむ。なんだか堂々巡りな気がしてきたのは、気のせいだろうか。
ともかく、気にするなと言われても気になってしまうのが世の摂理。だが……時には気づかないふりをすることも、好きにさせておくことも、大事なのかもしれない。
君から可愛いと言われることについては、私もこれからはできる限り気にしないことにする。だから私が君を可愛いと言うことも、どうか気にしないでいただきたい。
疑問を持たない方が、ある日突然理解できてしまうような場合も、案外あるかもしれないよ。
一度抱いたイメージを払拭するのは、なかなかに大変なことだ。無理に取り払えとは言わないさ。だが、私も結構子供のことを大切にする、ということは事実なので、頭の片隅に位は置いておいていただければ嬉しく思う。
頼もしいお父さん……になれるかどうかは分からないが、いつの日か私のもとに生まれた子供には、できうる限りの愛情と手厚い保護を与えていきたいと思う。その分、反抗期になった時が大変そうだけどな。
もちろん子供だけでなく、いずれ妻となる人間にも……幸せになってもらうための、努力を惜しまずに頑張っていきたいものだ。――むろん、もう一度チャンスを与えてもらえるならば、の話だが。
夢見る乙女にとっては、ソウルナンバーの存在というものが案外必要とされているみたいだね。夢を見るためのいい材料となりそうだ。……今、全国の夢見る乙女たち全員を敵に回したような気がするが、この際気にしないことにしよう。
しかしソウルナンバーは一から九までしかない。それを信じていたら……確かに科学的に統計することはできそうだが、いったい何人が私のソウルメイトとなるのか、いったい何人の人が私と相性がいいことになるのか、わからなくなってくるね。そんなにいっぱいいたら、それこそ運命なんて信じたくなくなってしまうよ。
私と柊教授が、どこかでつながっている……そう思ってしまうぐらい、私たちは似ているというのかい。それは実に興味深いね。思考回路も、嗜好も似ているというのだから――……案外本当にどこかでつながっているのかもしれないね。
真実はきっと、本人たちすらわからないだろうけれど。
いつか私たちが集まれる時がきたら、君に芋焼酎の美味さについて存分に教えてあげよう。そして、柊教授と色んなことを話してみたいものだ。今まで君を通して知ってきた彼のことを、直接彼の口から知っていきたいし、私自身のことも彼に知ってもらいたい。
もう八月だというのに、雪を降らせようというのかい、柊教授は。彼もなかなかにエキセントリックな発想をするものだね。
しかし彼の辞書には、かのナポレオンのごとく『不可能』という文字が存在しなさそうな気がする。初夏だというのに、あんなに美しい雪の結晶を作ってみせたのだ。きっと彼ならば、やってみせてくれることだろう。期待しながら、その日を待つことにしよう。
少し触れただけで消えてしまいそうなほど儚かった彼女の心の灯を、本当に消滅寸前にまで追い込んだのはこの私だ。それは、まぎれもない事実。
私に対して、言いたいことをずっと我慢してきたのだろう……彼女は。だけどそれほどに我慢させてしまったのは、私なのか。
――あぁ。
君に「誰も悪くないのだから、自分を責めるな」と言われたばかりだというのに、また私は自分を責めている。頭では分かっていても、一度芽生えた罪悪感は、そう簡単に拭えるものではないのだろうか。
君の意見は、私が今まで見ることのできなかった部分を次々と映し出してくれる。女性としての意見が、今の私にはまさに必要なものなのだ。もう遅いとはわかっていても、私は……彼女があの時どのような気持ちでいたのか、知らずにはいられない。彼女の苦悩を知らずして、彼女の幸せを願う資格はないような気がするんだ。
彼女が私に対して、どのような感情を抱いているか……正直、今となってもまだわからないところがある。
だけど、少なくとも私は彼女を大事に思っている。彼女の幸せを、心から祈っている。それが恋愛感情とは違うものであったとしても、もう彼女に対して愛が存在しなかったとしても。
それでも私は、彼女を――……。
――ところで今日、君からの手紙と一緒に、彼女から来た郵便物もまたポストに入っていたんだ。彼女が出て行ってから十年近く連絡を取っていなかったのに、一体どういう風の吹き回しだろう。今になってまだ、私のことを責め足りないというのだろうか? 考えると、とても不安で仕方がない。
まだ中身は怖くて見ることができていないのだが……この手紙を投函したら、思い切って開けてみようと思う。どこかで君が、私を応援してくれていると。私の背中を押してくれていると、信じて。
何をもって、秀逸な文章だと判断するのか。その定義は様々だが、少なくとも私は『文章を読んだだけで、その情景がありありと浮かんでくる』というものがそうなのだと思う。だから……いくら支離滅裂だったとしても、稚拙だったとしても、読む者に伝わるならばそれは優秀な文章だ。
今まで君が書いてくれた文章は、私にいろんな感情をもたらしてくれた。おそらく、君がその場で感じたことを、そのままに表している。
君が照れても、どれだけ否定しても、私の中ではそれがただ一つの真実に他ならないのだよ。信じておくれ。
私が見る限り、君は少しずつ、彼との思い出を昇華することができているように思うよ。それは私がかつて妻だった女に、今まさに抱いている感情と大して変わらないと思う。いい傾向だよ。実に、いい傾向だ。
君が彼に出会い、恋をすることも、きっと一つの運命だったんだよ。たとえそれが、成就することなどなかったとしても。どれだけそれが、残酷な結末を迎えるものだったとしても。
君が彼に恋をしたという事実は、君にとっても――そして彼にとっても、精神的に一つ成長し大人になるための重要なエッセンスだったんだ。そう考えれば、君の恋も決して無駄じゃなかった。だから、彼に出会わなければよかったなんて、馬鹿なことは考えないことだよ。
運命は人を翻弄するばかりでも、苦しめるばかりでもない。我慢しただけ人は成長するし、受け止めるだけ人は大人になれる。失恋という哀しい運命に耐えた君のもとにも、きっと大きな幸福が舞い降りてくることだろうさ。
この私が、保証しようではないか。
君がくれた忠告を、素直に受け止めよう。正直酒がないと仕事などやっていられないようなときもあるが、重要なことをやっているときにはどうにも思考が鈍ってならないからね。それで失敗したら、どう言い訳することも不可能だ。最悪、仕事を失うことになりかねない。
酒が入ると素直で可愛い、か。もうこれ以上否定してもキリがなさそうだから、君の目にはそう見えているのだろうと思って、少し癪だが受け入れようと思うよ。
それに……少しでも君の楽しみに貢献できれば、どう言われようがそれでいいとすら思い始めている。私はもう、末期なのだろうか。
八月に入り、世間はすっかり夏休みだ。もうすでに夏バテだよ。私ももう、年なのだね。
君はまだ若いのだから、この夏も遊ぶがいい。大学生活は長いようで短いからね。今のうちに、思いっきり楽しんでおくことだ。これは、人生の先輩から君へのささやかなアドバイスだよ。
もちろん課題があるなら、それも仕上げなければならないけれどね。
敬具。
八月一日 夏に負けそうなイオリ
夏でも頑張る若人・ミユキ様
夏は嫌いです…どれだけ頑張っても癒されないので。
どちらかというと、寒い方がまだいいです。暖かいお部屋でぬくぬくしながら温かいものを食べて過ごすもよし、コタツでぬくぬくしながら冷たいアイスを頬張るもよし。ミカンもおいしいですよね。
あ、そういえば先日はバレンタインでしたね(2013年2月15日現在)。
恋する乙女の皆様は、意中の男性にチョコレートをあげられましたか?男性諸君は、チョコレートを一つでも貰えましたか?
私は…可愛い女の子3人からチョコレートやクッキーを頂きましたよ。美味しかった~♪(※凛は一応女の子です)
…え、食べ物の話ばっかりじゃねぇかって?
いいじゃないですか。私もまだまだ食べ盛りで花盛りの19歳ですよ。もうあと3か月ほどで終わりますけど。←
ではでは。
昨年のバレンタインにガトーショコラに挑戦しようとして大失敗を犯した、女子力という言葉とは一切無縁な凛でした。




