14.迷いからさめる:復
拝啓。
人間として当たり前のことが自然にできるということは、人間ができているという証だ。買いかぶるつもりなどない。本当に君はよくできた、優しい子だよ。本心から、そう思っているのさ。
そう言ってくれるとうれしいよ。しかし奇遇だね。私も、君のことを思い浮かべながらこの手紙を書いているときが、一番楽しく、充実しているといつも感じている。
そうか、それはよかった。引っ込み思案で人見知りが激しいと言っていたけれど、その性格もかなり改善することができてきたようだね。
私のおかげだと君は言ってくれたが、君自身が性格を改善しようと努力したことが功を奏しただけのことだよ。私は別段何もしていない。すっかり自堕落と化した生活の中で、君に向けた手紙を細々と書き綴っていた……ただ、それだけのことだ。
それにしても、ある一定の条件をそろえた特定のオジサンのみに魅力を感じる、ねぇ……。それには私も柊教授も入っているとのことだが、具体的にはどういうようなものなんだい?
複雑な乙女心とやらの構造を、ぜひともこのオジサンに教えてはくれないだろうか。少し――いや、かなり興味がある。
私の気持ちをわかってくれてうれしいよ。さすがに十五歳前後の女の子をそういう目では見られないからね。無垢な子供のことを性的な方向で見てしまう人間も、世の中にはそれなりにいるらしいのだがな……私にはどうも、そういう人間の気持ちは理解できそうにない。
というか、また私を可愛いと言ったね、君……。私にはどうやら、君のそういった気持ちも理解できそうにないよ。
いくら仕事があるからといって、屈託のない子供のことを邪険にしたりはしないよ。私だって、それほど鬼ではないつもりだ。
子どもを育ててみた経験はまだないが、溺愛はするだろうね。君の言うようにその子が幸せになれるかどうかは、分からないけれど……大切な存在の幸せを守るために、できる限りのことはしていきたいと思っている。
この地球上における、ソウルメイトの確率……か。考えてみたこともなかったな。何せソウルメイトという存在自体があやふやで不確かなものだから、統計データを出すことができない。
だが、この地球上にいる人間――現在七十億人を突破し、現在もゆるゆると増加しているということだが――の中で、生まれ変わるたびに何度も出会っている魂の数は、きっとごく少数なのだろうね。それこそ何億分の一とか、何十億分の一とか……それぐらい少ない(むしろゼロに近い?)確率なのだろう、とは漠然と思っている。
世の中には生年月日などの数字によって出されるソウルナンバーと呼ばれる数字の数により、自らのソウルメイトを探すことができる……などというお遊び診断もあるようだが、それで見つかるソウルメイトなどたくさんいるだろう。そんなもの、信じてみようとは思えない。
もしそうでない方法で、自らのソウルメイトがもし見つかるというのなら……それこそ運命の出会いだ。少しぐらいは信じてみてもいい、と思えるかもしれない。だってそれは、本当に奇跡の出会いということなのだから。
君の言うように、もし私たちがみんなソウルメイトだというなら、ぜひとも会ってみたいものだよ。君も確か成人していると言っていたし、いずれはお酒なども……ふむ、いい考えだ。近いうちに実現できるといいね。
柊教授と無駄話をすることができるほどに、打ち解けたのだね。それは非常にいい傾向だ。私のことも話題に出してくれているのかい? 彼に私のことをどんどん知ってもらえている上に、会ってみたいとも言ってくれるとは……いやはや、感無量だよ。
雪の結晶は本当に良い出来だった。次は、どんな研究をしてくれるのかね……気になって仕方がない。もし彼が他にも何か作っているようであれば、君から私に一報くれると嬉しいな。
彼女が、私のそういった態度に耐えうるような気丈な人間でなかったことは、うすうす感じていた。例えるならば彼女は、風前の灯のように儚い女性だったから。
だからこそ、私は彼女に惹かれたのだが……結局、この手では彼女を幸せにしてやることができなかった。
そこまでわかっていながらどうして私は、別れるまで彼女の寂しさに気付いてやることができなかったのだろう。寂しい、と訴える彼女に、この手をさしのべてやらなかったのだろう。
……いや、わかっているんだ。本当は。
結婚してから、私は彼女をちゃんと見ていなかった。仕事にかこつけて、私は彼女をちゃんと見ようとしていなかった。
その思惑通り、私は彼女が書き置いた手紙でようやくその存在に気が付いた。そこで気付いても、今更遅すぎたのだけれど……。
――誰も、悪くはない。
確かに私は以前、恋に悩む君にそうアドバイスをしたね。
その言葉を今、そっくりそのまま返されることになるとは思ってもみなかった。君からの手紙を読んで、思わず笑ってしまったよ。
愛情がうまくかみ合わなかっただけ、か。君もなかなか、うまいことを言うようになったじゃないか。私一人では、そんな発想は一生かかっても出てこなかったろうに。やはり、君の言葉はとても新鮮に思うよ。
風前の灯のように儚かった女を、私は責めることができなかった。『君がもっと、私に踏み込んできてくれれば……』なんて、言おうにも言えなかった。言おうとすら、思えなかった。
だから代わりとして、必要以上に自分を責め立てることで、私は現実から目を背けていたのかもしれないね。
彼女は今、どんなふうに思っていることだろう。
私のことを、まだ恨んでいるだろうか? それとも私のことなど忘れて、他の誰かと幸せに暮らしているだろうか?
後者なら嬉しいな。とはいっても確かめる勇気などないから、こうして願うことしかできないのだけれど。
――忘れてしまえ、過去のことなんて。愛情をうまくかみ合わせることができなかった、この馬鹿な男と過ごした日々のことなんて。
――そうして君は、君の幸せを掴んでくれ。
もし次に彼女と会うことができたならば、私は彼女にそう言ってやりたいと思っているよ。
ついに、二人が君に与えていた『間違った優しさ』を断ち切ることができたのだね。おめでとう。まるで自分のことのように嬉しく思う。
逐一詳しいことを手紙に書き綴ってくれたおかげで、まるで自分がその場にいるかのような緊迫感と、後には安堵を覚えたよ。今更だが、君は文章を書くのが本当に上手だね。
しかしこれを機に、君の心にまだ残っているであろう彼への思いをも完全に断ち切り、二人と今まで通りの――いや、今まで以上の新しい友人関係を築けていけることを、祈らずにはいられない。
特に彼との関係を、前よりもいいものにしていけるといいね。
君ならきっと、できるはずだよ。二人が一緒にいるところを久しぶりに見たというのに、嫉妬ではなく清々しさを感じることができたというのだから。それはもう、彼への思いが少しずつ薄れ始めているしるしだ。
ところで、少し話はずれるかもしれないが……男女間の友情はありえないと言う人間もいるようだけれど、私はそうは思っていないよ。恋愛関係があってこその友情だとも、思っていない。
友情と恋愛感情は、どちらも必然によって生まれるものだと私は思う。二人の男女、もしくは同性同士が出会って、彼らが最終的に築く関係というのは、自然と決められているのではないだろうか。
だから……異性同士であろうと必ずしも恋愛感情が生まれるとは限らないし、同性同士であっても恋に落ちてしまう可能性だってある。
そこに愛が、生まれるならば生まれる。生まれないならば、それはもう絶対に成り立たない。そういうのは、自然と決められていることなのかもしれない……そう、私は思っている。
つまり何が言いたいかというとだね……君は彼と、ちゃんと友情を築いていくことができるだろうと言いたいんだ。何故ならそれもこれも、全て必然的に起こりうることだったから。
君が恋に落ちる相手は、彼ではなかった。彼が恋に落ちる相手は君でなく、彼女だった。最初から君と彼は、恋愛関係ではなく友情関係を築く運命だった。
これも……そうだね。これも、結局は運命ということになるのかな。
今の君には、ずいぶん酷な話なのかもしれないけれど。
私は酒が入っても、実のところはそんなに変わらないと言われるんだ。酒臭くさえならなければ、そのままでも仕事ができるのではないかというくらい。
だが……酒が入った私は、君の言うようにそれだけ素直かね? 自分ではよくわからないのだが。
可愛いと言われるのはまだ少ししゃくだが、これからは気分で酒を入れたり入れなかったりしながら、のんびりと手紙を書いていこうと思う。
もしも君に余裕があるならば、その時の私が酒を入れているか入れていないか、ぜひとも当ててみてくれたまえよ。
敬具。
七月二十日 本日は素面モード・イオリ
大人の階段を上るミユキ様
これ以上間が開くのも何でしたので、とりあえず更新。これで完成しているストックは全て切れましたorz
ちなみに15話目(次回)は現在絶賛書きかけ中状態です(^q^)
近頃思ったのは、ミユキからの手紙の方が分量が多いんじゃね?っていうことですね。出来ればトントンにしていきたいのですが、どうしてもそうなってしまう…何故だ。
まぁ、イオリは筆不精ということにしといてやってくださいwww(←何だと)




