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街を巡る手紙  作者:
10/29

09.尊敬と信頼:往

 拝啓。

 思い上がらないでください……と言いたいところですが、もしかしたらあなたの言う通りなのでしょうか。姿が見えなかったり、あなたが話しやすいような独特の雰囲気を持っていたりすることもあって、私は最初からあなたに心を開いていたのかもしれません。信頼していたのかもしれません。

 全部、私の独りよがりな思いなのかもしれないけれど。

 四十代ぐらいの男性を可愛いと思うようになったのは、確かにその友人の影響かもしれません。ですが、自分にも共感する部分がなければ、影響を受けたりはしませんよ。私の中にも案外、いわゆる『オジサン萌え』の性質が眠っていたのかもしれません。

 あなたこそ、私のような人間を可愛いと思うだなんて……案外、若い子がお好きなんじゃないですか。しかも一筋縄ではいかないような、今時の女子とはかけ離れたタイプの若い女の子が。

 論点とはずれるかもしれませんが、あなたは子どもができたら引くほど溺愛しそうですね。まぁ、想像でしかありませんけれど。


 私も、この手紙を書いているとたまに自分が何を力説しているのかわからなくなることがあります。

 不毛な言い合いだと、分かってはいるはずなのですが。

 どうして、こんなに私たちは似通ったところがあるのでしょうか。柊教授に聞いて、研究してもらおうかしら……と、本気で思っている今日この頃です。


 やっぱり、柊教授と同じことをおっしゃる。

 あなたにも柊教授と同じ性質がありますよ。案外、生き別れた双子のご兄弟とかなんじゃないですか。

 ちなみに柊教授は、現在雪の結晶(よくテレビなどで見かける、綺麗な形をしたアレのことです)を目に見える大きさに再現させようと躍起になっているようです。完成したら特別に諸君にも見せてやろう、とやたら張り切っておいででした。

 連日研究室にこもりっきりだそうですよ。ご苦労様なことです。


 どうやら私は知らないうちに、あなたの触れられたくないところに触れてしまっていたようですね。申し訳ないことをしました。

 ですが……私が言うのもなんですが、恋愛感情ほどあやふやなものはこの世にないんじゃないかと思います。その大きさも小ささも、形も、感じ方も、人によって少しずつ違っているんじゃないでしょうか。

 燃え上がるほどの思いもあれば、さざ波のように静かで穏やかな思いもある。異性に対するものもあれば、同性に対するものもある。時にはその思いが強すぎて、憎しみに変わったりもする。

 だから……あなたが奥様だった人に抱いていた思いも、確かに恋愛感情だったんですよ。

 だってあなたは、一度は彼女とご結婚される決意をしたのだから。

 確かな思いがなければ、結婚なんてできないでしょう?

 政略結婚だったら、もちろん話は別ですが。


 仕事を優先しすぎて家族を顧みず、最終的に全てを失うケースは少なくありません。私の親戚にも、そういう人がいましたから。

 あなたは、もっと奥様やお子様(が、いたのかどうかは定かではありませんが)をいたわってあげるべきだったのではないですか。

 ……ごめんなさい。なんだか偉そうなことばかり書いてしまいましたね。忘れてください。


 あの子がもし、自分のことしか考えない自己中心的な子だったならば……そう思ったことが、何度あったでしょう。いい子だったからこそ、信頼していた子だったからこそ、私は苦しかったのだと思います。

 だからこそ私は……彼をあの子から、奪うことなんてできなかった。

 思えば私の周りの人たちも、恋をすることで私の知らない性格になってしまったように思います。やはり恋は、人を変えてしまうんですね。

 私とあの子の関係ならば、心配していただかなくて結構ですよ。前と同じように、いい友人同士でいますから。

 割り切れない思いは、まだ少しありますが……彼女を恨んだって、仕方ありませんもの。

 あの子も口には出しませんが、そう思っていると思います。だってあの子は、優しいから。人を恨むなんて芸当は、絶対にできない子だから。

 そう、信じているから。


 確かに、残酷なほど彼は優しすぎました。

 だけど、友人としてでも、彼が私を見てくれていたこと……それだけでも、私は十分すぎるほどに嬉しかったんです。

 できれば、女として見てほしかったけれど。

 男の人から見れば、彼はそういう風に見えるのかもしれませんね。批判されても仕方ないと思います。

 それなのに彼は、男子生徒からも人気が高いんです。ああいう人になりたいと、あこがれや羨望に満ちた目を向けられているようです。

 彼も、不思議な人ですよ。本当に。

 私は、彼への思いを完全に消すことができるでしょうか。正直言って、まだ彼とあの子が一緒にいるところを、まともに見ることができないんです。

 二人もそれをわかっているのか、私の前では互いの話をしませんし、二人で並ぶこともしません。

 それが彼らなりの気遣いだと、分かっていても……二人の優しさに、心を引き裂かれずにはいられないのが現状です。

 まだまだこの思いを風化するには、時間がかかるかもしれません。それまで、お付き合い願えますか。


 ということは、手紙はいつもほろ酔いの状態で書いていらっしゃるということですか。少しお酒が入った方が筆は進むと私の父も言っていましたが、どうやらその通りみたいですね。

 お酒のつまみとして、この手紙はどうかと思いますが……長い夜のお付き合いとして、少しは役割を果たしているようで安心しました。

 心配してくれる人がいないというのなら、私がその分心配して差し上げますから。だから、間違ってもお独りなんて思わないでくださいね。


 私は、あなたの本音が聞けた気がして嬉しかったですよ。お酒の勢いででも、私に心を開いてくれているのかなって。

 手紙を通して、少しずつでも距離が縮まっていればいいな、と心から思います。


 では。そろそろあなたのご忠告に従って、勉強をしてきますね。課題のレポートが、実はまだ済んでいないので。

 かしこ。


 六月九日 勉学に励む学生・ミユキ

 お仕事に励む社会人・イオリ様

だんだん…一話の分量が多くなってきました。近頃は一話書くだけで指がだるくてだるくて死にそうになりますorz

そして相変わらず終着点が見つからない罠。誰か助けて←


今回の題名はゼラニウムの花言葉。

ゼラニウムはフクロソウ科テンジクアオイ属の多年草で、世界で最も多く栽培される鉢花の一つです。

一般にゼラニウムといわれている花は四季咲きで、花色のバリエーションも豊富。日本で栽培されているテンジクアオイ属の花は、ほとんどがこのゼラニウムだとのことです。

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