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迷子の森

作者: 小夏

ハイヒールの音をこつこつと響かせ、重い荷物を担ぎながら私はため息をついた。

ヒールなんぞをはいたから足が痛くてしょうがない。


新幹線を使って数時間。


寂れていて、都心でもない私の故郷にたどり着いた。

しかし、着いたというのにあてにしていた迎えは来ず、かといって私の金銭面の問題で、大荷物にも関わらずタクシーを呼ぶことも出来なかったのだ。


重い荷物に辟易していたが、それでも久しぶりに帰ってきた故郷の風景にそれもいいかと思ってしまう。

何より久々に帰ってきた故郷を見て私は郷愁の念に駈られていたのだ。

綺麗な空気を肺いっぱいに吸い込むとほんのり甘く、懐かしいあの日々に戻った気がした。


懐かしい故郷にきょろきょろと視線を彷徨わせる。あそこの店が潰れた、道が新しくなっているなど、どうでもいいようなことに気づけることがうれしくなった。

ふと、遠くに紅い鳥居と連なる山々が見えた、その瞬間に嫌な記憶を思い出して思わず顔を歪めた。





昔、私が小さい頃はこの静かな町で、神隠しが有名になっていた時期だった。

少しマイナーなテレビ局が取材に来たりと、おかげで観光客も来なくなっていて当時もそうとう寂れた雰囲気の町だった。


だからだろう、大人たちは子供の動向に気を付けた。

山には近づくなときつく言われたのだ。


神社近くで遊ぶとふらふらと山に消える子供が出たのだ。

一緒に遊んでいた子供も帰る直前になって気づき、大人に知らせて大騒ぎになる。

神隠しは大抵山近くの神社で起こり、半日ほどして何の記憶のない子供が山中で見つかった。

最初のうちは悪戯で片付いたが、みなが皆その間の記憶がないと言い出した。

叱っていた大人たちも人数が増えるたびにおかしいと気づき始めた。


そんなときに私も神隠しにあった。



みな最初のうちは直に山中で見つかるだろうと高をくくっていたが、その予想に反して私は10日見つからなかった。

だが、私は十日たって自力で家に帰ってきたらしい。


メディアも最初のうちは騒ぎ立てた。

何しろ10日見つからなかった子供が、十日前の綺麗な格好のままやつれている様子もなく見つかったのだ。もちろん誘拐の線も警察が調べたが、例によって私も何も覚えていないので、大した捜査もせずに打ち切られた。


不思議なことに、私を境にして神隠しは終わり、みなこの話題に飽きて忘れていってしまったのだ。

その事件で私が唯一覚えていた記憶と共に。


私が唯一覚えているのは奇妙な記憶だった。

森の中の綺麗な池の傍で、誰か同じ年頃の子供たちと遊んでいたと証言したそうだ。


森には池は無いし、もちろん当時は子供が森に近づきもしなかった時期だ。

どう考えてもおかしい。


それを理由に世間では忘れられた事件の当事者の私は、町では異質な物扱いされた。

私は高校から町をでたが、両親は決して故郷を捨てて一緒に来てくれることは無かった。

時間が全てを解決してくれるとそう言って、近所の白い目に耐えてくれた。



その当時一人だけ私の話を覚えていて、そして信じてくれている人がいた。

その人は、もう80を過ぎるくらいの年だったが、ぴんと伸ばした背筋がどこか気品を漂わせているのだ。

刻まれたしわすら、気にならないほどに綺麗な‘おばあちゃん‘だったのだと思う。


近所の、豪邸とも呼べるそれに住んでいたその人は、意外と迷信深かったのだろう。

いつものように、ひょっこり庭の垣根から顔を見せた彼女に泣きつくと、優しく頭を撫でながら言ったのだ。

『それはねぇ、きっと・・・沼の主に気に入られたのよ』


うふふと笑う彼女の表情はどこか懐かしそうな顔をしていた。

不思議そうな顔をした私に笑いかけると、彼女はいきなり私の手をつかみ垣根の向こうに引っ張った。


『おいでなさいな、主に連れて行かれたら大変よ?』


びっくりして固まる私の手を引き、赤い鳥居に導く彼女。

引っ張り込まれた先の彼女の庭には小さな社があった。


『ほら、此処のお狐さんが沼の主から貴方を守ってくれるわ』


小さなそれは私の目には玩具のようにも見えたが、彼女が真剣に手を合わせてるのを見て私もそれに習った。だが、もう一度沼の主に連れて行ってもらったらあの光景が見れるのかと思うと、別に守ってくれないくてもいい気がした。


そもそも気に入られると、何故守ってもらわないといけないのか。

大変なことになると言われてもいまいちピンとこないのだ。


『沼の主はあんなに綺麗なのに、危ないの?』

『そうね・・・それを考えるにはまだ貴女は幼いわ』


大きくなったらまた考えればいいのよと、笑う。私はふーん?と頷き考えるのをやめた。


『あら、お狐さんが笑ったわ、これでもう大丈夫』

『そうなの?』


彼女はお狐さんに礼をした。それからしばらくコテージでお話を続けていたのだが、暗くなってきたためまた垣根を超えて家に帰ったのだ。

帰り際になにか大切なことを教えられたような気がするのだが、こればっかりは思い出せない。







あの頃は特にあのおばあちゃんの家に入り浸っていた。



「狐、きつねかぁ」



思えばあの人はきっと、また私が本当に神隠しにでもあうと思ったのかもしれない。

七歳までは神のうち。神に気に入られると連れて行かれるとでも思ったとか、そんなことだろう。

優しく、神秘的などこかそんな考えの持ち主だったから。


思い出に浸る私の目には自然にあの頃に関係のある、赤色を見つけていた。

思わず、キャリーバックを手放してそこにしゃがむ。


こんな所に在ったかと疑問に思うほど、小さなお稲荷さんだった。

勢いよく手を二回打ち付けて一礼する。


「ありがとうございました」


その時、小さな狐の顔がニィと笑った気がした。


「あっ」


思わず声を上げてしまった。



きっと疲れてるのだろうここ最近忙しかったのだから、と自分を落ち着かせる。

急いで立ち上がり、キャリーバックを引っつかんで駆け足でお稲荷さんの社を去った。

どきどきとと、久しぶりにわけのわからない動悸がして、全身の体温が上がる。




わけのわからない頭の中にはただ一つ、あのおばあちゃんのあの時の声が響いていた。


『笑っているときは、機嫌がいいときなのあなたはきっと、ここのお狐さんに気に入られてるのよ

でもねぇ、あんまり気に入られては駄目よ、今度は此処のお狐さんにつれてかれてしまうからね?』





その時、背筋が凍るほどの視線を感じた。

それを合図のように反射的に体が動いていた。ころげ落ちるようにして坂を下り、角を曲がる。

とにかく夢中で走っていた。


此処まで来ればもう家は近い、息を整えるために止まった。そうしてふと、目の端に映る赤に気づいて横を向く。

朱塗りの大きな鳥居が立っていた。


またどきりと大きく心臓が動いた。息を整えるために止まったのに、逆に余計に乱れる。

どうして気づかなかったのか、先程逃げるように稲荷の社から走って来たのに、いつの間にか町で一番大きな稲荷神社まで来ていたのだ。


恐怖か、怖いもの見たさなのか、私はそこから動きもせずに鳥居の中を凝視していた。


茹だるような熱帯夜。

蝉の一声も、鳥の鳴き声も聞こえない。

そんな夜に、私の心臓の音だけが大きく聞こえる気がした。


「どうして逃げてるの?」


神社だけに集中している私に、それは後ろから聞こえた。

凛とした鈴を転がすような美しい声だが、正直泣きそうだ、怖すぎて。

集中しているときに後ろから、しかも恐らく男にストーカーのようなことを言われて鳥肌が立った。


「逃げてはいませんよ」


そういって、勢いよく振り返る。ストーカー男なら警察へ、親切で声をかけてくれたのなら穏便に、正直に言うと人がいてくれてよかったとそう思いながら。

しかし、私は振り返った瞬間に度肝を抜かれた。


男だった。

長いこげ茶の髪を無造作にたらし、こてんと首をかしげている。無駄に顔がいいからむさ苦しくはない。

問題なのは、その人形のように整った顔でも、夜でもぼんやりと白く輝く血の気のない色でもなく、格好と頭にのっているものだ。

思わず凝視して、数秒男と見つめあう。


「こ、コスプレですか?」


結局勇気を振り絞って言えたのはそれだけだった。

相手のほうは、こてんと首をかしげたまま目を細めて笑っている。

その顔に、ひぃと若干引きながらじりじりと後退した。


男の格好はどう見てもコスプレだった。

平安絵巻から飛び出てきたかのような格好。あるいはテレビでや映画で見る陰陽師。

極め付けには頭の耳の少し上あたりに猫のような耳が生えてる。


狩衣に猫耳なんて、田舎育ちの私にはどう突っ込んでいいのか分らないハードな格好だ。

どうしよう思いっきり不審者だ。


泣きそうになりながらじりじりと後退していくとカツンと、ヒールが階段に当たり、背中が紅い鳥居に当たった。


思わず、詰んだーと心の中で叫んだ。

その様子を、おとなしく見ていた男はこてんと傾けていた首を元に戻した。


「こすぷれが何かよく分らないけど、お前此処に居ると危ないよ?」

「危ないのは重々承知です!」

「そう?その割には逃げてないとか言ってたけど」


貴方が不審者の自覚があったのですねと感動した。

だが、コスプレも分らずにこの格好をしてるなんて有り得ないだろ。予想の解答の遥か上を行く上級者むけの答えに混乱する。


だが、わざわざ危ないと忠告してくるあたり実はこれは単なる罰ゲームか何かなのかもしれないとも思ったが、すぐにその考えを打ち消した。


油断したら後ろからブッサリ刺されるかもしれない。



「なら、すぐに鳥居の中に入って夜が明けるまで出てきちゃいけないよ」


至極真面目そうに男はそういった。

ぽかりと口が開いてしまった。何する気だこいつ。


「はぁ?あの不振人物なら警察に通報させてもらいます!酔っ払いならやっぱり警察に連絡します」


さぁ、どっちですかと言って、ポケットから携帯を取り出そうとしたときその手をぐいっとつかまれた。


「やっぱり分ってないよお前。そういうのに頼ろうとしても無駄、聞こえないの?」


とっさに上げようとした声が、男の手で塞がれる。

もうパニックだった。男は軽々と私を持ち上げて石段を五段ほど上がった。


これ以上好きにさせてたまるかと、男の腕を引っかいてむちゃくちゃに暴れる。

イケメンだからって何しても許されると思うなよ、階段から落ちろと思いっきり力を入れたときそれは見えた。



ズル、ペタン

ズル、ペチャン

ずる、ぺた



濡れた物がちょうど這いずるような音が聞こえ、街頭に照らされたそれはパニックの私の頭を完全に思考停止にさせた。

どう表現しても仕切れないようなものが二本足で歩いていた。


口に手を当てられ喋れないのでゆっくりと顔を上げて男を見る。

目であれはナンですかと聞いた。


「嗚呼、本当に分ってなかったんだ。アレずっとお前の跡付いてきてたよ」


その一言にまた悲鳴を上げそうになって口を強く抑えられた。


「喋っちゃ駄目、見つかる」


私は超高速で頷いた。

喋る=見つかる=死亡、という方程式が頭の中にすでに出来上がっていた。

もう本物とかコスプレとか特殊メイクとか関係ない。

こわい、あんなのが後ろから付いてきてたのという恐怖でいっぱいだ。


神社の境内に下ろされて、やっと口を利いてよしとのお達しがでた。


「アレはなんですかぁ」


なんかもう見つかるかもしれないとか思ってかなりの小声だ。

今はみっともないけど、声が震えるのも気にしない。

すると男が興味なさげに此方を振り向いた。


「なにって、沼の眷属だけど、もっというなら蛙」


ああ、だからびしょ濡れだったんですねとは笑えない。

当然だろうという風に言われて、どうしようと思った。


このヒトにとってはもしかしたらあれが当然なのか・・・


「いや、なんであとつけてきたとか・・・そんなほらーな」

「覚えてないんだ?あれはお前をたんに迎えに来たんだよ」

「迎え!?」


頼んでませんと叫んでいた。


「なんだ、やっぱり逃げてたのか」

「もちろんです、当たり前です。あんなホラーな知り合い居ません!」

「そう?じゃあ朝まで此処にいなよ、あいつらには一言僕が言っといてあげる」


それじゃと言ってとことこと本堂に足を進める男。

それに思わず縋りついていた。


「待ってください何処行く気ですか!」

「普通に家に帰るんだけど?」

「嫌です、駄目です一人にしないでください!」


そのまま縋りつく手に力を入れていく。絶対に離すものか。


「わかった朝までだよ、それ以上は無理」


本堂の外廊下を陣取り、怖さを紛らわすための一人おしゃべり大会を開催した。


「朝までここに居れば安全なんですよね」

「そうだよ、今日は安全だよ。さっきからそう言ってる」

「えっとー・・・」

「なに?」


今日は安全の一言に喜んでいいのか、悲しむべきなのか。

私の明日の安全は保障してもらえないらしい。

そう聞かれてもとっさに話題が思い浮かばない。

二人とも無言になる。

普通に聞こえる虫の声に安心した。そうして改めて相手を見る。

暇なのか目を閉じている。

猫耳はぴくりと動き一応音を拾っているようだった。


ぴくんぴくんと動いてるのが面白くて思わず手を伸ばしていた。


「うわぁ」


耳は温かくまぎれもなく本物のようだ。

手の中で僅かに動いている。


男は意外にも何も言わないが不安になってきた。


「えっとおこらないんですか?」


男がけだるげに目を開く。


「ヒトの子は随分とこれが珍しいらしい、よくあることだね」

「そうでしたか、すいませんそれにしても立派な猫耳ですね」



あまりにも不本意そうに言うので、よくあるんだーとは口にはださなかった。

成人男性に猫耳がついているのも気にしないで褒めるくらいには落ち着いた。

だが相手の方は違うらしく、私の言葉を聴くとくわっと目を見開いた。


「お前自分が何拝んでるのかも分んないの?馬鹿なの?普通に考えて僕は猫じゃないだろ」


えっ、と驚いて男の耳をガン見した。

言われて見ると猫とは少し違う気がする。大きな耳の毛は砂漠色だ。

そこまで考えて納得した。何を拝んでいるのかという言葉どおり、この目の前にいる人は神様なのだ。

今いる神社は稲荷神社、必然的に狐の神様ということになるだろう。

だが目の前にいる人には狐独特の尻尾がない。

耳だけついているから分らないのだ。中途半端に化けるから警戒もしたし、もうちょっと普通の人に化けるか、完全に狐の姿なら警戒して暴れたりしなかったのに。


「耳だけだから分りにくいんですよ。知らないと思うんですが、今巷では猫耳のほうが需要も供給もあってですね・・・」

「猫と一緒にしないでよ。僕は天孤なんだからね」

「えっとすいませんでした、ところで天孤さんというのですか私、丹堂志乃といいます。よろしくお願いしますね」

「・・・別にそれが名前ってわけじゃないんだけど、まぁいいや志乃、あの蛙に話があるから本殿でおとなしくしててね。一応一人にはしないから」

「はい!出来れば一生迎えに来なくていいと伝えていください!」


意気揚々と手を振って送り出せば、天孤さんは微妙な顔をした。


「言ってもいいけどそれ逆に怒ると思うよ」

「えっ」


怒るのかと驚いている隙に天孤さんはさっさと行ってしまった。

拙いと思ったが、今後付きまとわれないためにもここは神様にガツンと言ってもらおうと思い直した。


暇だなと、何となく本殿を出て階段に座って足をぶらぶらする。

そういえば、社務所には神主さんとかいないのだろうかと、顔を上げてみると気づかなかったが明かりがついていた。


ついでに言うと社務所の近くに立っている神主さんに会釈された。

いるのに気づかなかったことに衝撃を受けながら会釈を返すと、微笑みながら此方に向かって歩いてきた。


白髪が目立つ神主さんはどうやら私が町にいた時と変わってないらしい。

柔和な顔のお爺さんだ。

湯気のたったお茶を目の前に差し出される。

一応一人にはしないというのは神主さんのことかと納得した。


「ありがとうございます」

「いやいや、それにしても懐かしいね、8年ぶりくらいかな」

「はいお久しぶりです。この説はお世話になっています」


ふふふと神主さんが笑う。

神主さんも同じように私の隣に腰掛けようとしてふと気づいたような顔になった。


「そういえば、晩御飯は食べたかい?おなかへってない?」


晩御飯は食べていない。

おなかも減っていたが、厚かましくてそれは言えない。

と思ったが、意外に空気が読めない腹の音が響きわたった。


「スイマセン、実はものすごくお腹へってるんです」

「なにかつまめるものでも持ってこよう」


笑いながら社務所に再び行ったかと思うと、かりんとう片手に戻ってきてくれた。

お礼を言って、遠慮なく食べていると鳥居の向こうに天孤の姿が見えた。


神主さんは笑って手招きしている。

どうやらこの神社の神様は、割とよく姿を見せるらしい。

神主さんとも仲がいいのか、かりんとうを手渡されておとなしく食べている。

憮然とした顔の天孤とにこにこ笑顔の神主と、かりんとうを頬張る自分。

なかなかカオスな空間だ。


「で?蛙さんはどうしたんですか」

「まぁ、今日のところは追い返した」


今日のところはというのが気になる所だ。




































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