お嬢様はストーカー
真っ暗な世界を薄く照らす携帯画面には、短い文章が表示されていた。
「好きです」
僕は初めての春の到来に喜ぶべきなのだろうけれど、素直に喜べない。いや、既に喜んでいるのだけれど、果たして喜んでいいのだろうか、と現在進行系で戸惑っている。
理由は明白だ。このメールの送り主を僕は知らないからだ。
天宮愛という名前を僕は聞いたことがない。高校での毎年行われるクラス替えで三年間同じクラスになったことがないので、同じ学校の生徒だと言われても顔も名前もまったく一致させることができない。だからもしかしたら手の凝んだ悪戯かもしれないという疑念を振り払うことができないでいた。
そもそも僕のようにあまり目立たないやつに『好きです』なんてメールを送って喜ぶのは、クラスの人気者でいじめっ子だと相場は決まっているんだ。僕自身がいじめられっ子の立場にあるわけじゃあないが、世間の話を聞く限りじゃ、そう思っても仕方ないだろう。どうせ明日、クラスで一部のやつらがニヤニヤしながら僕のことを出迎えてくれるんだろう。
そうだろう。
そうに決まってるんだ。
「あ、あの!」
結局あの後、眠ったはいいが一時間おき位のペースで目を覚ましてしまって、逆に疲れてしまった。
今日の朝のクラス風景はいつもどおりで拍子抜けした。てっきりああだと思っていたので、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたのは僕だった。
「あ、あの! あの!」
それにしても昨日のメールはなんだったのだろうか。考えていても見当がつかないのだけれど、気になってしかたない。――突然左手を掴まれ、そして後ろへ引っ張られた。
やばい、まさか――
「なんで無視するんです!? もしかして……昨日のメール、見てくれてないんですか?」
幽霊でも妖怪でも不良でもなかった。綺麗な黒髪をしている、清純という言葉が似合う女の子だった。どこかで見たことがある気がする。どこかで、どこか、どこだったか。
メールは読んだよ。もしかして君が天宮愛さん?
「そうです! 私が三年四組出席番号一番の天宮愛です!」
そういって自慢げに胸を張った目の前の女の子は三年四組出席番号一番で、天宮愛という名前らしい。確かに、胸が大きい。
君が僕にメールをくれたの?
「はい! でも、返信もないし、さっきもずっと無視されるしでてっきり嫌われてしまったのかと……」
まさか、あまり知らない人を嫌うほど僕は酷い人間じゃないよ。
「え……覚えてないんです?」
え、っと、どこかで遭ったことがあるのかな?
言葉選びはとても難しいな。どこかの先住民族の仲間になるもの悪くない。
「あれは二年ほど前のことです――」
二年ほど前。
彼女は親の仕事の都合でこの小波町へ引っ越してきたそうだ。この町の右も左も分からないくせに、一人でぶらぶらとしていたら案の定、道に迷ってしまい、親からは生憎なことに携帯電話を持たせてもらってはおらず、迎えの連絡を爺や(多分執事のことだろう)にすることも出来ず、途方にくれていたところ、不良さんたちに絡まれてしまったらしい。必死に抵抗したが、無理やりどこかへ連れて行かれそうになったところに見計らったような(あくまで『ような』だ。僕は見計らっちゃいない)絶妙なタイミングで僕が登場。颯爽と不良さんたちを蹴散らして助けてくれたのだとか。
そんなことがあっただろうか。そんなことが、あ。
あった。確かにあれは不良さんだったな。同じクラスの松本とか言ったっけか。あとはその取り巻きが二人くらい。だから今も僕を見ると彼らはどこかに逃げてしまうのか。何か悪いことをしたのか不安に思っていたのだけれど、盛大に悪いことをしてしまったいたのか。
「あの時の姿、今も脳裏に焼き付いています……」
思い出したよ。あのときの子だったんだね。髪の毛を短くしたから分からなかったよ。
「あの後、私も身を守る術を習得しようと空手を始めたんです! だから思い切ってショートカットにしてみました」
にっこり笑う。可愛い。
「それで、その、答えは、いつ教えてもらえます?」
今でも構わないよ。むしろ今がいいかな。
僕は君のことをよく知らないし、君も僕をよく知らないでしょう? だからこれから君のことを知っていこうと思う。君も僕のことを知っていってほしい。よろしくね。
「あ、あ、あ、ありがとうございます! 私頑張ります! もしもし爺や、私です。国立さんの家にある盗聴器カメラ全て撤収しなさい! もう必要ありません。ええ、付き合うことが出来ました!」
なるほど、知らないのは僕だけか。
またしてもふと書いてみました。