絶対防壁と超越者
「第四セクター、完全に沈黙!
第一から第三防衛ライン、すべて突破されました!」
ノイズが激しく混じる通信帯域から、
絶望に染まりきったオペレーターの悲痛な叫びが響き渡る。
だが、その声すらも最後まで聞き取ることはできなかった。
大地そのものを根底から揺るがすような連続した轟音。
それが通信を物理的にかき消し、
私の視界は、瞬く間に濃密な土煙と粉塵によって完全に奪われた。
「くそっ……! 迎撃班は何をしている!
シールドの出力を最大まで引き上げろ!
一歩も退くことは許されないぞ!」
私は咽喉を焼き切らんばかりに怒鳴りながら、
深く掘り下げられた塹壕の陰へと身を沈めた。
空を仰ぎ見れば、世界はすでに不吉な赤黒い色に染まり始めている。
分厚く立ち込める硝煙と絶望の向こう側で、
太陽がまるで我々の文明の終わりを告げるかのように、
静かに、しかし確実に沈みかけていた。
かつて難攻不落を誇り、我々の誇りでもあった前哨基地は、
今や見る影もなく破壊され尽くしている。
大地は無残にえぐり取られ、
我々が血の滲むような努力と途方もない時間をかけて
幾重にも張り巡らせた絶対防壁は、
次々とただの瓦礫の山へと変わっていく。
我々が構築したこの要塞は、精緻な計算に基づき、
この星の地殻組成そのものを組み替えて作り上げた
芸術的な防衛陣地だった。
敵の侵攻ルートを限定するための複雑な迷路状の塹壕。
幾何学的な美しさすら備えた尖塔。
そしてあらゆる物理的衝撃を吸収・分散させるために
多層構造化された堅牢な外壁。
それらすべてが、圧倒的な暴力の前に
ただの紙屑のように蹂躙されていく。
「隊長、もう……限界です……っ!」
隣に伏せていた副官のハルが、
泥と煤にまみれた顔を苦痛に歪めて叫んだ。
彼の右脚部の駆動系は、
先ほどの局地的な爆発に巻き込まれて完全に破壊されているようだった。
装甲の深刻な亀裂からは、
生命を維持するための冷却液のようなものがとめどなく流れ出している。
システムが発する危険を知らせるアラートの赤い光が、
彼の蒼白な表情に濃い死の影を落としていた。
「弱音を吐くな、ハル!
我々がここを抜かれれば、背後に安置されている『コア』が破壊されるんだぞ!
それだけは絶対に阻止しなければならない!」
「わ、わかっています!
でも、敵の数が……敵の戦力が、我々の想定を遥かに超えています!
これほどの規模の侵攻なんて、事前のデータにはありませんでした!」
ハルの絶望も無理はなかった。
土煙の向こう側、揺らぐ視界の先から、
もうもうと立ち込める粉塵を切り裂くようにして
無数の巨大な影が押し寄せてくるのが見える。
我々の規格を遥かに凌駕する、暴力的なまでの体躯を持った巨人兵たち。
統一された黒ずんだ装甲を纏い、
感情の機微を一切感じさせない、
ただ破壊のみを目的とした冷酷無比な動き。
彼らには一切の慈悲がなく、言語や通信による意思疎通すら不可能だった。
ただ我々の陣地を踏み荒らし、
この拠点を文字通り地図上から消し去るためだけに投入された、
悪魔のような軍団。
一歩、また一歩と、
大質量が大地を踏み砕く死の足音が、
確実なリズムを刻んで我々の喉元へと迫ってくる。
「……諦めるな。
我々精鋭部隊が、この星に残された最後の希望なんだ。
我々が倒れれば、すべてが終わる」
私は手元の高出力エネルギー・ライフルのグリップを、
指の関節が白く変色するほど強く握り直した。
エネルギー残量は、もう片手で数えるほどしかない。
次の襲撃を凌げるかどうかも怪しい状態だ。
だが、我々の背後、
この要塞の最深部に鎮座する命の源――青く輝く『コア』を、
奴らの汚らわしい手に渡すわけにはいかなかった。
『コア』。
それは我々の生存の証であり、文明の到達点であり、
未来を照らす唯一の希望の光だった。
我々はこの惑星の地下深くから抽出した特殊な高純度粒子を厳選し、
結合を促す触媒溶剤を用いて、
途方もない時間をかけて分子レベルで定着させた。
不純物を極限まで取り除き、幾千、幾万ものサイクルを費やして
圧縮と融合を繰り返したのだ。
さらに、表面が鏡面のように周囲の光を反射するようになるまで、
我々は自らの手をすり減らし、魂を削ってそれを磨き上げ続けた。
そうして完成した結晶体は、もはや単なる物質を超え、
恒星のごとき神秘的な輝きを放つようになっていた。
この『コア』を守り抜くことこそが、我々に与えられた絶対の使命なのだ。
「右翼から、敵の別働隊が大きく回り込んできます!
高速機動部隊です!」
オペレーターの悲鳴に近い報告が響く。
「迎撃しろ! なんとしても前線を押し上げさせるな!
残存エネルギーのすべてを火力に回せ!」
ズガァァァァァァァァン!!!
私が指示を出した直後、
ひときわ巨大な爆発音が我々の陣地を根底から揺るがした。
強烈な衝撃波が全身を容赦なく打ち据え、
私はたまらず大地に這いつくばった。
呼吸が止まり、内臓がひっくり返るような絶大な質量攻撃。
視界が明滅し、一瞬、意識がブラックアウトしかける。
「ぐっ……!? 被害状況を報告しろ!
なんだ、今の規格外の攻撃は!?」
「だ、駄目です!
中央の絶対防壁が……跡形もなく消し飛びました!
防衛線、完全に崩壊!」
オペレーターの声は、もはや泣き叫んでいるように聞こえた。
私は顔を上げ、信じられない光景を目の当たりにした。
我々が死に物狂いで構築し、
どんな重火器の攻撃にも耐えうるよう
幾層にも特殊コーティングを施したはずの、高さ2メートルにも及ぶ巨大な防壁。
それが、中央から完全に粉砕され、大穴が開いていたのだ。
そして、その信じがたい威力の砲撃によってできた巨大なすり鉢状のクレーターの中心には、
敵が上空から放ったと思われる、
幾何学的な模様が刻まれた巨大な球体状の質量兵器が、
無残な姿で突き刺さっていた。
「……なんて威力だ。悪魔の兵器か……
こんなものを投下されれば、どんな防壁も意味をなさない」
私は絶句した。
圧倒的な質量を持つその球体兵器は、着弾と同時に我々の防衛線を紙のように引き裂いたのだ。
防壁の崩壊により生じた巨大な亀裂から、
敵の巨人兵たちが怒涛の勢いで陣地へと雪崩れ込んでくる。
もはや、戦術も陣形も一切の意味をなさない。
圧倒的な戦力差による、一方的な蹂躙と虐殺が始まった。
「隊長……俺たち、ここで死ぬんですね」
ハルが、力なく笑った。
その目には、すでに抗う光は完全に失われている。
彼の駆動系はとうに限界を超えており、立ち上がることすら不可能な状態だ。
「……ハル。お前だけでもここから離脱しろ。俺が殿を務める。
お前は生き延びて、この戦いの記録を後世に残すんだ」
「駄目です! 隊長を置いて自分だけ逃げるなんて……
そんなこと、できるわけがありません! 俺も、最後まで一緒に戦います!」
「いいから行け! これは上官としての絶対の命令だ!
お前だけでも生き残る確率を上げろ!」
私はハルを力任せに突き飛ばすと、
腰に帯びていた最後の武器――近接戦闘用の高周波ブレードを鞘から引き抜いた。
エネルギー切れ寸前の刀身が、鈍い、しかし研ぎ澄まされた殺意の光を放つ。
もう、後退する場所はない。
背後には我々の命そのものである『コア』がある。
生き残るための戦いではない。
いかにして敵の進軍を数秒でも遅らせ、
彼らに一矢報いて誇り高く散るかという、死を前提とした戦いだ。
「来い、化け物ども!
俺の命に代えても、ここだけは守り抜いてみせる!
一歩たりとも近づかせるものか!」
私は全身のエネルギーを振り絞って立ち上がり、
迫り来る無数の巨人兵たちに向かって死の突撃を敢行しようと、
肺が張り裂けるほど大きく息を吸い込んだ。
その瞬間だった。
突如として、戦場の上空が完全な闇に覆われた。
沈みかけていた赤い太陽の光が物理的に遮断され、
周囲が一瞬にして氷のような冷たさと、耳鳴りがするほどの静寂に包まれる。
圧倒的な質量と次元の違う力を持った『何か』が、天から降臨したのだ。
それは、我々にとっても、
そして怒涛の進軍を続けていた敵兵たちにとっても、完全に想定外の事態だった。
つい先程まで暴虐の限りを尽くし、雄叫びを上げていた敵兵たちの動きが、
まるで空間そのものの時間が停止したかのように一斉にピタリと止まる。
見上げるほどに巨大な存在。
その圧倒的な威圧感の前に、敵も味方も関係なく、
この場にいるすべての兵士たちの抗戦意欲が根こそぎ奪い去られていくのがわかった。
手にした武器が、まるでただの玩具のように感じられるほどの絶対的な力の差。
我々のテクノロジーを遥かに凌駕し、
敵の巨人兵たちすらもひれ伏すしかない、神にも等しい存在。
その『超越者』は、夕日を背に巨大な影を落として立ちはだかり、
大気を震わせるような、
しかし絶対に逆らうことのできない絶対的な権力を持った声で、
戦場のすべてを完全に制圧した。
「コウタ、もう五時になるんだから、早く砂場から出て帰るわよ!」




