出せなかった手紙、この気持ち、先生に届け
あけましておめでとうございます!
1月2日は皆さまは何を観ますか?
拝啓、先生
こんなに早く学校をお辞めになることを知りませんでした。
先生が初めて高校二年に入った時に陸上競技部に来てくれましたね。
他のやつが先生を褒めていた時にむっとして『もっと可愛い先生が来てほしかった』って言ったこと、謝りたいです。
『そう……』と消え入りそうな先生の声にずっと後悔していました。
だって僕は……先生に一目惚れだったんです。
実はあれから自主的に朝練を始めたんです。
夏頃、やっとついてきたふくらはぎの筋肉褒めてくれましたよね。
すっごく嬉しかったんです。
三年の最後に支部大会に出て県大会が決まった瞬間、僕は先生を探しました。
先生の嬉しそうな顔は僕にとって一番忘れられなかったんです。
それで、記録も伸びず県大会の決勝にも残れなかったことはかなり悔しかったです。
夏前に部活を引退して、先生と会える日がぐっと減っちゃったけど卒業まであと半年あるから……余裕に思ってたんです。
それなのに……なんで先生、学校辞めちゃうんですか?
僕は先生のことが好きなんです。
生徒なのに先生と恋愛したらいけませんか?
先生ともっと一緒にいたい───
───
パキン。
短い音。
シャーペンの芯が折れた。
今原大地は腹の底にしっかりと落とし込んだ気持ちを実感する。
一段飛ばしで家の階段を下りた。
勢いよく開けたドアからは風が起こる。
前髪と服が靡く。
夏の熱気。
眩しい光とともに空の青さに飛び込んだ。
玄関脇に置いてある自転車に颯爽と跨る。
行き先は駅。
自転車通学の大地にとって最寄り駅は先生と会える最後の場所。
「間に合え……」
風が前髪を押し上げる。
少し夏の青々と茂る草と土の香りが鼻を刺激する。
頬に風を感じ匂いが流れていく。
煩く耳に纏わりつく蝉の濁声。
振り切るようにペダルを押す。
スピードを落とした自転車。
筋肉が痛い。
坂道で足が悲鳴を上げる。
夏の容赦ない日照り。
暑い外気に水の中かと錯覚する。
行く手を阻む熱波に肺がキリリと痛む。
それでもペダルを押す、押す、押す──。
「間に合え……間に合え……」
呪文のように唱える大地の息は、とうに上がっていた。
* * *
アスファルトに自転車のタイヤが悲鳴を上げる。
大地は駅に着いた。
自分の息づかいが絶え間なく聞こえる。
周りを見渡して先生の姿を探す。
駅前のバスロータリーにはいない。
改札にもいない。
もしかして……
高台にある駅のホームを見た。
黒いロング、大きな眼鏡……先生の特徴─。
「先生ー!」
普段なら恥ずかしくてこんなこと絶対できなかった。
でもこれが最後になるなら……。
「今原くん」
先生の小さい声が自分の耳になんとか届く。
「先生、卒業したら会ってくれませんか?」
「でも連絡先も知らないわ」
「それならちょっと待ってて!」
大地は駆け出した。
すると部活の時のような先生の響く声。
「今原くん、ごめん。新幹線に間に合わなくなっちゃう!」
その直後に滑り込んでくる電車で先生の姿が見えなくなった。
先生が乗り込む上り電車。
大地は改札を抜けて一段飛ばしで階段を駆け上がる。
* * *
電車はホームにいた。
だが、目の前の電車のドアは開かない。
先生がドア側に移動してきた。
「先生、好きです!」
無駄だと分かっていた。
先生の口元は微笑んでいた。
なのに……
(なんでそんな悲しそうなんだろう……)
涙で滲む瞳はこちらを向いていた。
ドア越しの先生の口は微かに動いた。
う れ し い ……
それを見た大地の全身は火がついたように熱くなった。
動き出した電車に負け犬の遠吠えのように言葉をかける。
「いつか先生に見つけてもらえるように、俺、頑張るから!」
投げかけた言葉は届いたのだろうか。
電車は小さくなって姿を消した。
* * *
数年後のお正月の次の日──。
「さぁ、やって参りました。本日最終区間の5区です。
今年入学した東山大学の今原大地選手。練習では好調なタイムを出しているようです。
果たして今年の山の神になれるのでしょうか」
襷の端をしっかりとスボンに入れて走る大地。
あれから自主練を増やし、大学も駅伝強豪校に絞った。
やっと掴んだチャンス。
何度も辞めたいと身体が叫んだ半年間。
厳しい修練に耐え、今日、ようやくこの山を登る。
ペースをはみ出さないように、配分をチェックする。
山道に入って身体は軋み始めた。
二日間に分けて行われる大学対抗駅伝の一日目最終区は山登り。
湾曲した山道を愚直に登る精神力と根気が試される区間。
大地は後半のペースを乱しやすい。
いつも飛ばしすぎてしまう前半でペースが揺らぐ。
最後の最後でバテてタイムを落とすのだ。
練習で一度だけ飛ばしすぎた前半から後半まで綺麗に繋がった。
そのタイムなら区間新記録を達成出来る。
だが、後半のペースは落ちていた。
薄曇りの空に気持ちが陰る。
(このままでは順位を落としてしまう)
耳に懐かしい声が聞こえる。
「今原大地、頑張れー!」
高校の部活で何度もかけられた言葉。
試合でも大地の背中を押し続けてくれた応援。
一秒間。
黒髪ロング、大きな眼鏡。
先生と見つめ合う。
拳を先生へ向けること、一瞬。
気持ちは二歩も三歩も先へと進む。
ペースは上がり始めた。
身体は熱くなり始めた。
真冬の冷気を吹き飛ばす。
先程まで疲労困憊だったはずの身体に力が入る。
大地は何度も先生の言葉を脳裏に刻む。
街頭の応援と共に足が一歩、一歩、アスファルトを蹴る。
大地は頬を綻ばせる。
区間新記録。
濃厚になる希望に誰もが期待に顔を輝かせる。
先導する白バイが脇へとはけた。
目の前には白いゴールテープ。
「──こんなことがあるのでしょうか!
東山大学一年の折原大地!
二分も上回る区間新記録です!」
実況者の声は熱気を帯びる。
肩を上下させて監督と仲間たちに迎え入れられた。
仲間たちとの勝利の瞬間を噛み締めると、記者たちにマイクを向けられた。
「今原選手、区間新記録おめでとうございます! 今、どんなお気持ちですか?」
「嬉しいです。監督と仲間と二人三脚で頑張ってきて襷が一番に繋がったことがとても嬉しいです。
誰よりも早くこの山を登ったことはここにいる皆のおかげです。
それからもう一人、俺を支えてくれた大切な人にお礼を言いたいです」
「それはどなたですか?」
大地は相好を崩すと「今から会いにいってきます」と言い残して、また走り出した。
* * *
大地は“今原大地”と書かれた団扇を持った女性に声をかける。
「先生、いや、白石 美沙さん」
ゆっくりと顔がこちらを向いた。
驚き、動揺、涙ぐむ姿。
少し下を向いていた美沙はそっと顔を上げて、いつもの笑顔。
「今原大地くん。ようやく見つけました」
大地は笑みを浮かべた後、真剣な顔になった。
「俺、初めて会ったときから一目惚れしてました。俺と付き合ってくれませんか?」
「……本当に私でいいのかな……ほら、年上だし」
そう小さな声の美沙は自信なさげに目を伏せる。
「白石美沙さん、好きです……どうですか?」
心臓は坂を登るクライマックスのように速くなる。
真っすぐな言葉に美沙の頬は紅く染まった。
「……はい、私も好きです!」
美沙の淀みない声に心の底から安堵する大地。
安心からか笑いが漏れる。
「ははっ、すみません。緊張してて」
「ふふっ、私も」
大地は腕で口元を隠した。
少し眉頭を上げて目が滲む。
「本当に良かった」
大地はそっと想いとともに手を差し出す。
先程まで走ってきた熱い身体。
大地を沿道で待ち続けて冷たくなった指先。
ひんやりとした美沙の手を温かい大地の手がしっかりと受け止める。
冬の光はやわらかく、大地の心の奥で春が芽吹くようだった。
──拝啓、白石 美沙様
あの日出せなかった手紙、今、ようやく届けられました。
出せなかった手紙、この気持ち、先生に届け(完)
お読みいただきありがとうございました!
今年もどうぞよろしくお願いいたします!
誤字脱字がありましたら、ぜひご連絡ください。
[追記]
今年はちょうど区間新記録が出ましたので、記録を合わせました(^^)




