4.助けた相手に依頼(おど)されました
「なんとか……巻けました、かね」
人目を避けて、なるべく地上すれすれを駆ける形で。しかも郊外を大回りして家に到着。完璧だ。
ドアの軋む音といっしょに、古びた"飛脚便"の看板がカラカラと揺れた。
フードの女性を先に通し、慌てて灯りをつける。
光の柱の中でほこりが舞い、狭い部屋がほんの少しだけあったかく見えた。
「ここは……」
「わ、私の自宅……兼、事務所でしゅ!」
声が裏返る。落ち着け、私。
いや、だって。エレノア以外の人を家に上げるなんて初めてで……そもそも普段は「事務所」なんて偉そうなこと言わないから、なんだか妙な感じだ。
「えっと、そこの箱、椅子代わりになります! あ、熱いお茶……は今ないので常温の水なら……!」
彼女はフードに手を添えたまま、周りを一巡だけ見てから静かに腰を下ろした。
「"飛脚便"、とは?」
「え、えっと」
私は胸の前で手を組む。
「“飛脚”って言うのが私のスキルで……道がなくても空に"星の路"を編んで、そこを走るんです。それで、どこでもなんでも届けるお仕事を……最近、始めました!」
自分で言ってて顔が熱くなる。
偉そなこと言ってるけど、実は依頼なんてほとんど来たことがない。たま~に、助けた人の手伝いで、ついでに配達を任される程度のその場仕事。
彼女は黙って私を見ていた。フードの奥の瞳はまだ冷たいけれど、逃げる気配はない。
やがて、ゆっくりとフードを外す。
金色の髪がさらりと肩に落ち、薄い光を弾いた。
――やっぱり、綺麗。
思わず目を逸らしてしまう。
「なので……人を傷つけたり、襲ったりはしません!」
その瞳が――ふっと、柔らかくなる。
わずかに口元がほころんで、微笑んだ。
……え、なに、今の。ちょっと仲良くなれた……?
張り詰めていた空気が、かすかにほどけた――その刹那。
「っ!? な、なに――うわっ!?」
襟首を掴まれた感触と同時に、視界がひっくり返った。
床が背中をぶん殴るみたいに迎え撃ち、頭の後ろに鈍い衝撃が走る。
「うぶっ!? い、いった……!」
彼女はそのまま、容赦なく私を押し倒した。
馬乗りになり、ぐいっと腕を首に回して――締め上げる。
「ぐ、ぐるじ……っ、うぅ、苦しい……です……!」
喉が塞がれて、空気が逃げる。視界の端がチカチカと白んでいった。
床のきしみと、私の荒い呼吸音だけがやけに鮮明に響く。
ヒュ、と空気を裂く音。
気づけば、彼女の細剣が喉元にぴたりと添えられていた。
冷たい刃先が皮膚をなぞり、全身の毛穴がぞわりと逆立つ。
「よくわからないけど――“飛べる”ってことだけは分かったわ」
低く、静かに。それでいて威圧感を持つ声。
金の髪が逆光を受けて揺れ、影になった瞳が真っ直ぐこちらを射抜いている。
「私があなたに『依頼』する。――私を故郷に、届けろ」
喉を締め上げる腕と、首に突きつけられた刃。
完全に、逃げ場なんてなかった。
「う……げほっ……ぐ、ぐるじ……です……!」
た、助けたばっかりなのに! なんで、私がこんな目にっ!?
「ゲホッ……と、とどけろって……」
ピタ、ピタ、と剣先が首筋をなぞる。
背筋に冷たい汗が伝い落ちる。絶対、わざとやってるコレ……!
「“なんでも届ける”って、言ったでしょう」
「い、言いましたけど!? 荷物の話であって、人とか、はっ……!」
すっと顔が近づく。
視線が射抜くみたいに突き刺さって、息が詰まった。
「し、しかもですね……実は今日、別の仕事があって! 飛脚とは別の下請け仕事で……まさかこんなことになるなんて思ってなかったので……えへへ……」
「黙れ」
一言一言が、心臓を叩くように響いた。
瞳は一切、揺れていない。
……まじか、この人、本気だ。
なんで――私、こんなことになってるの……!?
ただの“運び屋”だったはずなのに。
でも、今は――
「……は、はい。わかりました。や、やります……!」
喉の奥から、勝手に声が出た。
彼女が、ふっと息を吐いた。わずかに緊張が解けた気がしたのは、気のせいじゃないはずだ。
「決まりね」
……これはなんだか――とんでもないことになってきそうだ。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます!
『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思った方はブックマーク登録や、↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して頂けると今後の執筆の励みになります。




