11."輝き方"は、まだわからないけれど
瓦礫と灰に沈んだ王国の中央。
かつて王権の象徴だった祭壇だけが、奇跡のように形を保っていた。
崩れた石柱の間に、宝剣を納めるための白い台座がぽつりと残っている。
リシェルさんは無言で歩いた。
「……これを返して、本当に終わり」
抱えた宝剣は、血煙と炎を洗い流したかのように静かに輝いている。
それを見つめるリシェルさんの瞳は、懐かしさとも後悔ともつかない色を宿しているような気がして。
「ここに……せめてこの宝剣だけでも返して。そうしたら……全部終わり。私の人生も、王女としての責務も」
小さく呟いて、剣をそっと台座に置く。
金属音が、ひとつ。
――たった、それだけ。
それきり、何も起きない。
特に何か光を発するわけでも、何かに共鳴するわけでもなくただ静かに帰るべき場所に戻るだけ。
ああ……と私は思った。
これが、リシェルさんの"帰りたい"の意味だったんだ。
わざわざ危険な地に戻った理由も。
竜を見て震えた瞬間も。
村人の死を見て無反応だったあの時も。
全部、ここに繋がっていた。
「ふぅ……終わったわね」
肩の力を抜き、ひとつ息を吐いた――その直後。
胸ぐらを掴まれ、地面に叩きつけられた。
「え、えぇっ!? リ、リシェルさんっ!?」
リシェルさんの顔が、涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「どうしてくれるのよ!」
「えっ……ええぇ!?」
「せっかく……終わろうと思ってたのに。全部どうでもよかったのに……!」
声が震えて、嗚咽に変わる。
「この剣を返せば……私の役目は終わるって、そう思ってたのに……!」
「人も国も、全部……失って……!」
その声は、怒りではなかった。
壊れかけた自分を必死に支える、そんな絞り出すような声だった。
「もう……死のうと思ってたのに……!」
涙がぽろぽろとこぼれ、私の頬にまで落ちた。
その一滴一滴が、あまりにも熱かった。
「なのに、あなたのせいで……! あなたのせいで……生きたいと、思ってしまった……!」
その瞬間、私は悟った。
リシェルさんは――ずっと、葛藤していたんだ。
王女としての責務をここで終わらせたら、自分の生も終われる。
そうやって、自分に言い聞かせてここまで来た。
けれど、本当の本当は――
(誰か、生きていて)
(国がまだ、どこかで息をしていて)
(私の帰る場所が……残っていて)
そんな小さな、“生きる理由”を。
「生きるなんて、怖いのよ……! 何も守れなかったのに……!」
「でも、あなたが笑って……逃げて……それでも諦めなくて……! 私、もう……戻れなくなっちゃったじゃない!」
震えた瞳が、揺れる金色の中でまっすぐ私を捉えていた。
「あなたになんて、会わなければよかった……! 会わなければ……こんな気持ち……!」
その声音は、怒りでも恨みでもない。
どうしようもないほどの“生きたい”という衝動が、そのまま言葉になったものだった。
“帰りたい”という言葉の意味。
それはきっと、“もう一度、生き直したい”という祈りだったのだ。
「……ごめん、なさい……もう、平気なふり……できない……」
そう呟くと、リシェルさんはふっと力を失い――
そのまま、私の胸に倒れ込むように泣き崩れた。
肩を震わせ、堰を切ったように涙を零しながら。
なんだか私が言うのもおかしいけれど、まるで凄く幼い少女のような。
私は、ただ静かにその背を支え続けた。
雲の切れ間から、金色の光が差していた。
夕陽が、王都の残骸を黄金に染めていく。
……静かだった。
風も止み、世界がようやく息を取り戻したようだった。
――そのとき。
遠くの路地から、微かなざわめきが聞こえた。
最初は、瓦礫が崩れる音かと思った。
けれど、それは確かに――人の声だった。
「誰か……いるの……?」
そう言って、私とリシェルさんは同時に顔を上げた。
広場の外――崩れた街路の向こうから、ゆっくりと人々が現れる。
どこかの地下に隠れていたのか、それとも廃屋の影に潜んでいたのか。
傷だらけの衣服に、すすけた顔。
それでも、その瞳は確かに“生きていた”。
「王女様……!」
「生きて……おられたのですね……!」
数人の民が、震える声でそう叫んだ。
彼らは恐る恐る近づき、やがて一人、また一人と膝をつく。
リシェルさんは、息を呑んだ。
立ち尽くしたまま、声を出せずにいた。
「……みんな……そんな……生きて……!」
その言葉は、涙に溶けて風に消えた。
けれど、たしかにその場にいた誰もの胸に届いた。
誰もが生きていたわけじゃない。
でも、誰もいないわけでもなかった。
それだけで、もう充分だった。
リシェルさんはゆっくりと膝を折り、
民たちの手を一人ずつ取っていく。
「ありがとう。……生きてくれて、ありがとう」
その笑顔は、王女としてではなく――
ただ、ひとりの人間としてのものだった。
灰に包まれた王都の真ん中で、
かすかに、確かな“生の音”が響いた。
♢ ♢
そうして、夜が明けた。
崩壊した王都の残骸を、淡い朝靄が包んでいる。
風はもう、焦げた匂いを運ばない。ただ、冷たく澄んでいた。
竜の影も、瘴気も、もうどこにもなかった。
代わりにあったのは――静けさと、かすかな命の音。
広場では、生き残った人々が焚き火を囲んでいた。
リシェルさんはその中心で、王女ではなく一人の人間として民たちの声に耳を傾けていた。
その横顔が、昨日よりもずっと強く見えた。
私は少し離れた階段の上で、それを見つめていた。
荷物はすでにまとめてある。
飛脚にとって、朝日は出発の合図だ。
「行くのね」
振り返ると、リシェルさんが立っていた。
朝の光に照らされて、淡い金の髪がゆらりと揺れる。
「はい。届けたいものが、まだたくさんありますから」
リシェルさんはふっと微笑んで、懐から何かを取り出した。
光を受けて、……あの時の宝剣がきらりと煌めいた。
「これ、私からの報酬」
「ほ、宝剣……!? いやいや、ちょ、ちょっと待ってください! これ国の象徴ですよね!? もらったら私、なんというか国家反逆罪じゃ――!」
「いいのよ。これは“感謝”と“覚悟”の証。私はこの国を再建する。もう、過去には囚われない」
その目は、昨日とは別人みたいに強かった。
「そのための決別と……あなたへの友情の証。ぜひ、あなたに持っていてほしい」
「で、でも! やっぱり、受け取れませんよ……」
「そう……? 売れば五百万ゴールドくらいにはなると思ったのだけれど」
「頂戴します!!!!」
気づけば、私は本能的にその剣をぎゅっと抱きしめていた。
リシェルさんが吹き出していた。
「で、でも……う、売りませんよ!? 大事な思い出の品ですから。そこまで言うなら仕方なく、もらってあげます!」
彼女は口元に手を当てながら笑っていた。
その笑顔が、まぶしくて胸が熱くなる。
それから、ふっと真面目な顔になって言った。
「あなたのスキルは、ただ空を飛ぶだけじゃないわ。——人の心に、希望を運べる力よ」
その言葉は、夜明けの光みたいにまっすぐで。
ずっと氷のようだった彼女の声が、今だけはあたたかかった。
「あなたがいてくれたから、生き延びられたの。……カナタ」
あ、名前。やっと呼んでくれた。
そう言って、リシェルさんは眩しいほどに微笑んだ。
「ありがとう。小さな飛脚さん」
初めて面と向かって微笑みかけてくれたかも。なんだか照れてしまう。
「……本当に、最初はどうなることかと思ったけど。自信なさそうにしているくせに、変なところで度胸があるし……」
「もしかして、褒めてくれてますか?」
「……うん。褒めてる」
「えへへ……」
その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「リシェルさんは、これからどうするんですか?」
「再建するわ。国も、心も。あの瓦礫の下から、もう一度」
その瞳には、昨日までの絶望がなかった。
代わりにあったのは、燃えるような希望の光。
静寂が、私たちのあいだを包む。
朝靄が揺れて、遠くで鐘の音が響いた。
その決意に、私は小さく頷いた。
「それじゃあ、そろそろ行きますね」
背を向けようとした瞬間――手を掴まれた。
指先が、震えていた。
「あ、あの……?」
「……」
彼女が顔を上げると、泣きそうな顔で笑っていた。
「行かないで、って言いたいけれど。そんな子じゃないって、私が一番知ってるから」
彼女は、笑った。
泣きながら、笑った。
それが、あまりにも綺麗で――胸が痛くなった。
「……えへへ」
言葉が出なかった。
ただ、笑ってうなずいた。
「また、どこかで会えますよ」
「ええ。今度は――立派な国で、胸を張って迎えるわ。その時は、きっと……もう少し素直になってみせる」
その言葉に、私は少しだけ吹き出した。
「え、今でも十分デレてますけど?」
「うるさい!」
心なしか、ツッコミがいつもより優しい気がした。
そうして、私は空を蹴った。
朝靄の中、足元に星の道が広がる。
「カナタ! ……元気でね。本当に、ありがとう」
振り返ると、リシェルさんが瓦礫の丘に立っていた。
崩れた街壁の残骸の上で、小さく手を掲げながら――笑って、泣いていた。
「希望を届ける……かぁ」
風に紛れて、その声は静かに消えていく。
視線の先には崩れたヴァレオラ。
瓦礫の灰色はまだ消えていない。
けれど朝陽に照らされた街影は、金の粒に飲まれるように輝いていた。
焼け落ちた塔の影すら、光を受けて宝石みたいにきらめく。
頷いて、空を見上げた。
朝焼けの空に、空路が一筋の星の光を編んでいく。
「――ずっと、こんな私じゃ何も変えられないって思ってたけど」
星の道を踏みしめ、私はまた空へ飛び立つ。
その先に、どんな空が待っているのかは分からない。
けれど、きっと――この空のどこかで、誰かが待っている。
「……私も、少しは輝いてたかな? ねぇ、母さん」
風がやさしく背を押した気がした。
朝日が完全に昇り、新しい一日が始まる。
……あ。
そういえば、帰ったらアルバイトの報告どうしよう。
三日も音信不通とか、確実にバックレ扱いだよね!?
「……親方に怒られるぅぅぅぅ!!」
完
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
カナタの人間輸送トラブル、書いていて自分でも「これはひどい」と笑いながらキーボード叩いてました。短い作品でしたが、楽しんでいただけていたら嬉しいです!
飛脚スキルがこんな風に暴走していく話は自分でも気に入ってるので、
もし反応をたくさんいただけたら続きを考えてみたいと思っています。
ブックマーク、レビュー、感想をいただけるとめちゃくちゃ励みになります!
(正直、反応があると次回作のモチベーションが爆上がりします)
次はまた別の異世界スキル暴走コメディも考え中です。
引き続き応援していただけたら幸いです!ありがとうございました!




