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平和になった世界で、一番暑い日のアイスクリーム

作者: 紅茶

 39度のうだるような炎天下。

夢を求めて走り出すなんて、青臭いことをする年齢ではない。

自分の誕生日があやふやになるなんて日が来るとは夢にも思わなかったけれど、季節の廻りを数えれば、今年で自分が24歳になることぐらいならわかる。


5年目だ。

僕が、この異世界に転移して、5年が過ぎた。

その間にさまざまなことがあった。

 転移させられた目的は、この世界を救うこと。

 かつてこの世界には、個人的な感情でこの世界を滅ぼそうと考えている奴がいた。

 そいつをどうにかすることが、僕らの使命だった。

 どうして僕なのかとか、どうやって倒したのかとかは、今更語る必要もないだろう。

 誰でもよかったのかもしれないし、あるいは誰でもできたことなのかもしれない。

 しかしそんなこと、どうでもいいことなのだ。


 問題にすべきは、そうやって世界を救ったとしても、僕らの人生はその先も続くということだ。

 そしてそうした平和な世界で、僕らは生き方を探さねばならない。

 例えば僕らには、戦う力があった。

 しかし平和な世界では、それはむしろ脅威になりうる。

 例えば僕らには、この世界を統治する権限が与えられた。

 しかし戦うことしか知らなかった僕が、その役目を全うできるはずもない。


 だから僕らは選択を迫られたのだ。


 平和な世界で、首輪を繋がれ生きながらえるか、あるいは人里から、権力から離れ、世間に無沈着であるとアピールしながら、ひっそりと生きるか。

 僕は後者を選んだ。

 幸いにして、それを阻害するものはいなかった。

 僕は与えられた力を失ってしまったことも理由にあるのだろう、かつての仲間が、僕に追手が来ないよう、何かしらの手を回してくれたのかもしれない。そのおかげで僕は、人里離れた山奥で、静かに穏やかに暮らすことができている。



 この世界にも、僕がいた世界と同じように季節があるなんてのは、考えてみればおかしな話ではないか。

 季節の有無は、その星が傾いているかどうかだ。

 例えば地球の地軸は23.4度の傾きがある。

 その傾きが公転時における恒星の位置変化をもたらし、地表面に寒暖差を生じさせるのだ。

 故に傾きを持たない惑星には季節がない。

 太陽系でいえば、水星は傾きがほぼ0度だから季節がない。

 まぁあの星は太陽に近すぎるから、季節関係なく太陽に面し部分は灼熱だけれど。


 そうした傾きの原因は、現在でも判明していない。

 有力な説では、巨大な隕石が衝突し、その衝撃で傾いてしまったと言われている。

 これが概ね定説とされているし、他の説はほとんど聞かないから、恐らく正しいのだと思う。

 とすれば季節があるこの異世界も、原始の地球と同様に、『ジャイアントインパクト』を経験したのであろうか──


 全てが異なるこの異世界で、僕の暮らしていた星と同じ歴史が、科学分野において垣間見ることができるのだけれど、その知識が僕に、何か建設的な結果をもたらすことはない。


 ただ僕が思うことと言えば、四季を感じられるというのは風情があっていいことだと思う反面、真夏日は早く寒くなれと願い、真冬日はさっさと暖かくなれと呪いたくなる。

 そんな程度に、季節というものを有難くも煩わしく感じているばかりであった。



「にしても、くそ暑いな」



 温度計を見ると、今日はなんと記録的な真夏日だ。

 39度なんて日は、僕の世界では一度として経験したことがないかもしれない。


 ちなみに温度計は市販のものだ。


 異世界なんていうと、どうしても古代中世のファンタジーを思い浮かべるが、幸いにして僕が送られた異世界は近代的だった。冷蔵庫もあれば自動車だって存在するのだ。


 そういえば僕の国の場合、気温が高くなっているのは温暖化のせいといわれていた。


 産業革命を契機に、150年で平均気温が1~2度くらい上がったと聞いたことがある。


 この世界にも、そうした歴史が存在するから、もしかしたら温暖化が進んでいるのかも知れない。

 ま、何だっていいけど。


 少し歩くだけでシャツが背中にへばりつく。

 このままでは熱中症になってしまうだろう。

 そんな危機的状況を打破すべく、僕は今、台所に立っている。


 

 同居人から「甘いものが食べたい」というご要望を頂いたのだが、残念ながらフルーツ類は食べつくしてしまったし(買い物に行かないと)、水に砂糖を溶かすなんてのは味気なさすぎる。なによりくそ不味い


何かないだろうかと適当に戸棚を漁ってみると、砂糖とハチミツがあった。

冷蔵庫を探れば、卵とバター、それにミルクも見つかった。

ふむ、これだけあれば、良いものが出来そうだ。


僕はそれらをとりだして流し台に置く。

卵白と黄身を分けるのが苦手だが、それが終わればあとは混ぜるだけ。

ボウルに牛乳とより分けた卵白、砂糖を突っ込み、かき混ぜる。

あとは火にかけて、頃合いをみてかき混ぜて、冷やして固めれば完成だ。


冷やす方法には少し難儀する。

いくら冷蔵庫や冷凍庫があるとはいえ、僕の暮らしていた世界にあるような、冷凍庫のようには冷やされない。


 しかし僕らは異世界人、この世界が日進月歩で獲得した科学的技術の便利さを、機械的な道具によって享受するのに対し、我々は異世界人もまた、別の努力によって日々の利便性を追求しているのである。

 異世界には異世界の『方法』というものが存在するのである。



「おーい! エル! ちょっと料理してんだけど手伝ってくれないか?」



 エルとは僕の同居人の名前だ。


 彼女も、この世界からすると所謂の異世界人で、しかし僕とは違うタイプの人間だ。



「やだ面倒忙しい」



 返事のみ。

 姿は見せない。

 しかし今、アイスクリームを作ろう思うのならば、エルの『魔法』の力は何よりの必須条件。「ちょっとだけでいいから」と声を掛けると、奥の方からぬっと頭だけ出してこちらを睨んできた。



「ちょっと、声入るから黙ってて」



 つり上がった目はからは少し冷徹さを感じるけれど、困った時にはいつも助けてくれる優しさを持つ彼女は、残念ながら今日はその類稀なる優しさを見せつけてくれるつもりはないらしい。

 シルクのように滑らかな銀髪が、彼女の動きに合わさて流れるように動く。とんがった耳からも分かる通り、彼女の人間の『タイプ』は、僕とは異なる。



「全く、またやってるのか」



 僕が諦めて肩を竦めると、彼女は僕の気持ちを理解してくれたようで、何も言わずに頭を引っ込めた。



「ごめんね〜! ちょっとお兄ちゃんに呼ばれちゃった! ううん! 大丈夫だよ〜ありがとう!」



 漏れ聞こえる声からも推測が立つ通り、彼女のもっぱらの趣味は、最近流行りの『配信』である。ここらへんの話を、僕はとんと疎くて、一度夜中までずっと喋っている彼女に対して、一般的な常識からの文句を伝えたのだが、どうにも最近はこの行為が金になるらしい。

 通帳を見せられて驚いたが、ああやって当たり障りのないことを話すだけで月に10万程度の稼ぎになるのだという。

 いやはやなんとも、不思議な世界ではないか。仕方ない。できることをしよう。


 僕は炎天下の中、買い出しに行くことにした。

 出かけることをエルに伝えるべきか。

 いや、またうるさいと怒られるのがオチだ。

 僕はできるだけ音を立てずに、ゆっくりと家を出た。





 買い物というか、出かけるのは嫌いじゃないが、それは環境的要因が整っている場合に限る。

 今日のような日は家で日がな一日エアコンの効いた部屋でダラダラと過ごすに限る。

 何が悲しゅうて山道を延々と30分下り、近隣の村にある唯一のスーパーを目指さねばならんのだ。

 ちなみに車はない。

 理由は簡単で、異世界人の僕では字が読めずにテストに受からなかったのだ。

 普通、異世界ボーナスとかで字や言葉も問題なく話せるようになるんじゃないかと、文句を言いたくなったのだけれど、それが一体何処の世界の普通なのかと自分自信に突っ込みを入れてしまう程度には、僕の頭は熱にやられてしまっているらしい。


 せめて自転車とか使えたらいいんだけど、山道を下るにはよいが、登るとなると万倍疲れる。

 優しいエルが手伝ってくれる時は、魔法で運んでくれるから楽なんだけど、残念ながら今日は優しくなかったので、頑張るしかない。


 スーパーに着くと、流石に村唯一の商業施設ということもあって、賑わっている。

 このスーパーにはゲーセン(クレーンゲーム2台と四人同時にできるクレーンでおかしい掴み取るゲームが1台。あれなんて名前なの?)があり、村の若者(小学生)もよく溜まり場としている。


 僕の年齢的にはまだそちら寄りなので、スーパーに来たときにはまず、誰かいないかと顔を出すことにしている。


 今日も今日とて、3人の子どもがクレーンゲームに張り付いていた。景品は子どもたちなら誰もが欲しがるあのゲーム機。

 正面と左右からクレーンゲームを囲むように監視し、「まだまだ」と指示を飛ばしていた。

 僕の存在には気がついていないらしい。



「あーーだめか!」

「よっし次俺な!」



 選手交代。

 ボジションを入れ替えようとした時に、1人が俺の存在に気がついた。



「あ、ぴあすん」



 ぴあすんは俺のあだ名。

 エルが彼らに僕を紹介するとき、ピアスをつけているからとそういう風に紹介したら、定着してしまった。



「エルちゃんは?」


 

 彼らはもともと、エルと仲良くしていた。

 だから僕は、どちらかといえばエルの付属品で、オマケみたいなものだ。



「家にいるよ。毎日暇そうだしたまには遊びに来なよ」


「えーエルちゃんち山ん中だから行くのだるいんだよなー、エルちゃんたちが来てよ」



 小学生ってのは、率直にものを言う。

 まあ、彼らの言い分は最もなんだけど。



「取れそう?」

「全然むり。エルちゃんじゃないと」



 クレーンはスイッチの箱を掴むが、掴むというよりはフェザータッチで触ると表現した方が正しいか、全く箱を動かせず1ゲームが終わった。

 どうしてエルが重宝されているかと言えば、インチキである。

 クレーンの動きに合わせて魔法を使い、僅か数百円で何台ものゲーム機を手にしてしまった(まぁそのせいでこの鬼畜設定になったみたいだけど)。そのせいもあって、エルは近隣の小学生たちの英雄ならぬ勝利の女神なのである。


 せっかくなので僕も一回だけやってみた。

 別に期待もされていないし、僕だって取れる気がしていない。

 結果は言わずもがな。

 周りのみんなもわかってましたと言わんばかりの表情。



「はぁ、このあとどうする?」

「カズんちいかね? みんなでスマブラやろ」

「ぴあすんも行く?」



 僕は買い物があるからと言って、彼らと別れた。

 数日分の食材と、数種類のアイスクリームを籠につめ、会計を済ませる。

 スーパーの出口に向かいながら、帰宅の道中に対して胸を膨らませ、ため息を着くと、自動ドアのところに仁王立ちする、見知った顔があった。

 口にはアイスの棒(ガリガリ君)が咥えられていて、じゃあなんで俺は買い物に来たんだと文句を言いたくなった。

 お前の為にアイスを買いに来たんだけど。



「エル……何してんの?」



 問いかけに対して、エルは「ん」と右手を差し出す。

 意味を測りかねた僕は、とりあえず中身の入った買い物袋を差し出した。



「違うって、帰るから手出してよ」



 あ、迎えに来てくれたのか。

 出かけることは伝えなかったはずだけど。

 僕は彼女の手を握り返すと、ふわりと浮かぶような感覚がして、次の瞬間には家についていた。



「はぁ久しぶりに魔法使った〜やっぱり定期的に使わないとなまりそうだね」

「わざわざ迎えに来てくれ、ありがとう」

「ん? こんな暑い中歩いて帰ったら、せっかく買ったものが腐るでしょ」



 などと捻くれたことを言うが、僕は誰よりも知っている。

 エルはこういうやつなんだ。



「あ、さっきマサとケンゴとシュンに会ったよ。エルに会いたがってたから、たまには遊んでくれば?」

「やだよアイツら、スマブラで私ばっか狙うもん」



 口では否定するけれど、多分明日あたりに遊びに行くのだろう。

 優しいやつだから、僕に付き合ってこんなところで暮らしている。



「てか何買ってきたの? 夕飯なに?」

「ハーゲンダッツ、夕飯はトンカツにしようかな」

「やった! 楽しみ!」



 そう叫ぶと、エルは僕から買い物袋を奪って、冷蔵庫に走る。

 買った品物をしまってくれるのだ。



「ふう」



 なんだかな。

 こういうのを、何ていうのだろうか。

 僕らは世界を救った。

 異世界から呼ばれて、この世界を滅ぼそうてしていたものを打倒した。

 その業績を知るものは、ごくわずか。

 世間的には、軍も出張らずに、各国首脳が話し合って紛争を解決したことになっている。

 力を失い、争いから離れ、山奥で静かに暮らす僕らは、一時期は言いよう虚無感に襲われて、人生の意味を見失ったこともある。

 しかしこうして、何でもない日常を送れることが、そしてそれに慣れてしまうことが、いつからだろうか、危機感もなく、自然に感じてしまうようになった。


 楽しそうにしているエルを眺めていると、僕は思う。


 アイスクリームは、やっぱり夏が一番美味しい。


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