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8

 出発の朝、王宮の馬車門には、五台の馬車と数十人の騎士たちが整列していた。


 最前列には、白と金の装飾を施した堂々たる馬車。その前に立つのは、四頭のたくましい馬たち。その手綱を取る御者も、どこか緊張した面持ちだ。


 その隣、立派な意匠の馬車がもう一台。しかし扉は閉ざされ、中は空のようだった。


「……あれには誰も乗らないのかな?」


 最後尾の馬車の脇で荷物を確認していた美咲が、小さくつぶやいた。


 すると、隣にいた若い文官が苦笑混じりに囁く。


「貴族の馬車ってやつさ。四頭立ては身分の高い人間しか使えない。あの前の馬車、たぶん“予備”じゃない?」


「予備って?」


「公式の視察なら、随行の貴族や、貴賓客が乗る用さ。……今回は、偉い御仁を迎えに行くって噂もあるからそのための馬車かもしれないがね」


「へぇ……」


 美咲は先頭を見やる。そこには、王子レオンと筆頭魔術師のザハルが既に乗り込んでいるはずだ。


 静かな緊張感の中、御者が鞭を鳴らした。


「出発するぞ!」


 馬車が順に動き出す。四頭の馬が引く先頭の馬車がゆっくり進み、それに続いて立派な空の馬車、文官や物資を積んだ三台が後を追う。


 美咲が乗る最後尾の馬車は、というと──


「……これ、馬車っていうか、荷台だよね……」


 粗末な幌がかかっただけの荷車には、保存食の樽や鍋、薬箱がぎっしり詰まっている。その端に空いたスペースが、美咲たち雑用係の居場所だった。


 風が吹き抜けるたび、砂埃と干し肉のにおいが鼻をつく。


 幌の外を馬で並走している騎士たちの会話が耳に届く。


「ったく、文官なんか連れて何になるんだ。荷物ひとつ持てないくせに」


「馬にも乗れねぇ足手まといが、俺たちと一緒に動くとか……やってらんねぇ」


 聞こえてるのかいないのか、文官たちはうつむいて黙っている。美咲もその一人だった。


 ──まあ、いつものことか。


 とはいえ、道中は思ったよりスムーズだった。


 一日目は、小さな宿場町の宿屋に全員で泊まった。普段の王子の視察なら領主の館に泊まるのが通例らしいが、今回はそれを避けているようだ。


 二日目の夜。町の宿場に再び泊まった日──


「……ちょっと、お嬢ちゃん可愛いじゃないの。こっち来なよ」


 屋台で夕飯をたべた帰り道、宿に戻ろうと一人であるいている美咲に酒臭い声が飛んできた。道の先から、酔っぱらったおじさんがニヤニヤとこちらを見ている。


 腰に付けたポーチが震える。中に入っているセリオスをなだめるように、ポーチを抑えながら男を無視して通り過ぎようとしたが


「お嬢ちゃんのことだよ~」


 酒ビンを持ちながらフラフラとこちらに向かってくる。


『切るか?』


 セリオスが相変わらず物騒なことを言ってくるが、答えている暇はない。


「私、もう宿に帰るので」


「この町の子じゃないのか、それなら尚更、一杯飲もうや!」


 気持ち悪い目を輝かせたおじさんに、腕を掴まれかけたその瞬間──


「その手を離せ」


 冷たい声がした。


 すっと音もなく、美咲と男の間に立ちはだかったのは、灰色のマントを羽織った若い騎士だった。

 背が高く、鍛えられた体つき。腰にぶら下がる剣。


「……んだお前……騎士、かよ……ちぇっ」


 酔っぱらいは舌打ちを残して、ふらふらと去っていった。


「……ありがとうございました」


 深々と頭を下げると、彼は無言で首をふった。

 茶色の髪の毛と切れ長の目、今回の視察団の一員の騎士だった。


「礼はいい。帰れ。ここは騎士の見回りが少ない路地だ」


「はい。そうします」


 自主的に見回りをしていたのか、そういう役目なのか。

 なんにしろ助かった。


 この二日で騎士へのフラストレーションは溜まっていたが、今回は助けてもらったので素直に返事をしして一歩踏み出すと、騎士から訝しむ声がかかった。


「おい」


「はい?」


 まだ何かあったかと、足を止めて振り返る。


「お前、俺たち一行のメンバーだろう。宿はそっちじゃないぞ」


「えっ……!」


 どうやら、彼も美咲の顔を覚えていたらしい。慌てて周囲を見渡したが、正しい道がわからない。


「……迷いました」


「見れば分かる」


 呆れたように溜息を吐くと、騎士は美咲に背を向けた。


「ついてこい。宿まで案内する」


 小走りで彼の後を追いながら、美咲はふと尋ねた。


「私のこと知ってるんですね」


 彼は眉を上げながらこちらを見た。


「当たり前だ。今回の俺たちの任務は、あの方やあんたたちの護衛だ。護衛するものの顔や名前は覚えるだろう」


 あの方、とは王子のことだろう。そういえば、さきほども”俺たち一行”と言っていた。

 防犯上、誰が聞いているかわからない場所では王子の名前を出さないようにしているのかもしれない。


「……あの、名前、教えてもらっても?」


「カイル・ヴェルトナーだ」


「ヴェルトナーさん……ありがとうございます」


「困ってるやつを助けるのは騎士として当然のことだ」


 少しだけ、ぶっきらぼうに言って歩みを早めるカイルの背を、美咲はそっと見つめた。


 ──騎士にも、いい人がいるんだな。


 美咲は今回の旅の中で、少しだけ心が温まった気がしたのだった。



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