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「ミサキ!ちょうどよかった」
文官の仕事終わりに、声を掛けてきたのは厨房の見習いシェフのコティだった。
「何か切るものはないか、何でも切るから」といきなり声をかけた美咲をいぶかしみながらもジャガイモや、人参、ネギなどを分けてくれるありがたい存在だ。
美咲が田舎の領地出身だという話を信じ、美咲の知識の無さを笑いもせず、色々と教えてくれる良き友でもあった。
キッチンバサミという概念がなかったこの世界でも、ミサキのいた地方では使っていたという話を信じ、ハサミで処理しやすそうな食材を融通してくれたりするのだ。
「今日はさ、エビが大量に入ってさ。どうよ?」
バケツを3つぶら下げながら、コティが笑いかけてくる。
「硬いの?助かる!」
美咲は喜びながら駆け寄った。
最近、野菜の下処理が多くてセリオスからの文句がうるさかったのだ。セリオスがわくわくしている気持ちが伝わってくる。
『小僧、でかしたぞ!どのぐらいの強度だ?』
「ミサキっておもしろいよな。こんな金にならない仕事、嬉しそうにやってさ」
「ストレス発散だよね」
美咲の……ではなく、セリオスのだが。
嘘は言っていない。
バケツに入っていたのはロブスターに似た大きなエビだった。すでに茹で上がっている。
『なんだ。もう死んでいるではないか。生きたままのものをよこせ』
食べるためとはいえ、生きたままのエビを持ってこられても美咲は困るだけである。ぎゃんぎゃんと文句をいうセリオスをなだめるように、シャキシャキとハサミを開閉する。
「このエビの殻をむいて、身だけ取り出すんだ。頭は分けて、そっちのバケツに入れて」
コティの指示通りにエビの殻にハサミを入れて殻を剥いていく。相変わらず、豆腐を切っているのかと思うぐらい感触を感じない。
その様子をコティが関心したように見ている。
「やっぱりミサキのハサミはすげえな。このエビ、かなり硬いんだぜ。包丁だと切りにくいし、力任せに殻を砕くと、粉々になるし……こいつをうまく向けるようになってこそ、一人前の料理人っていわれるぐらいさ」
そう言ってコティはペンチのような形の器具で起用にエビの殻にヒビをいれ、身を取り出している。
「そのハサミ、俺が使ってもなんも切れなかったし。やっぱり、魔具じゃないかな。知ってるか?優秀な刀鍛冶が打った刃は、魔具になって、持ち主を選ぶんだ。ここの料理長が持ってる包丁も魔具って噂でさ、やっぱり料理長ともなると、包丁にも選ばれるんだ。俺もいつかそういう料理人になりたいものだね」
そういう話をしながら、二人はバケツ3つ分のエビの殻を剥き終えたのだ。
今回はセリオスも大満足だった。
あの後、様子を見に来た料理人がエビの殻の断面を見て、セリオスの切れ味を盛大にほめたのだ。
良い道具だ。
それを使う美咲の腕も一流だ。
どうだ、料理人を目指してみないか。
ミサキならエビの殻剥き界の天下を取れるとーー
エビの殻剥き界ってなんやねん と美咲は思ったが、セリオスにとってはすごく嬉しい褒め言葉のようだった。
料理人にセリオスの声が届かないのは承知の上で、全ての賛辞に返答をし、悦に浸っていた。
普段はうるさいセリオスであるが、その声は美咲にしか聞こえない。返事をできるのも美咲だけなのだ。
日頃から、生きてる魔物を切りたい、とか血しぶきが……とか断罪が……とかうるさいセリオスであるが、エビの殻を剥いて褒められて喜んでいる彼は可愛かった。
その可愛い姿も美咲にしか感じることはできないのだ。
美咲以外の人間にはセリオスは物言わず、何も感じないただのハサミに見えているようだった。
そう思うと、日中の声にもう少し丁寧に返事を返してあげてもいいのかなと思うのだった。
その夜、ハサミの手入れの方法で延々と小言を言われ、先ほどの思いをあっさり翻すのであるが……
毎日がそんな感じの繰り返しである。