5
石造りの会議室には、低い魔力の波が満ちていた。朝の光が、ステンドグラスから差し込む。
王国の第二王子レオン・アルフォンス・アストリアは、静かに立っていた。
その隣には、王国魔導院の筆頭魔導士であるザハル・ミレリウス。ローブの裾からのぞく杖の先が、微かに光を帯びている。
「聖剣セリオスの行方はまだわからないのか?」
レオンの声は低く、研ぎ澄まされた剣のようだった。
「はい。結界石がすべて沈黙し、聖域の扉も“自然に”開かれたままです」
ザハルはゆっくり頷いた。
「封印が破られた形跡はなく、力の乱れもありません。まるで、剣そのものが意志を持って、出て行ったような……」
「剣の意志?」
「伝承によれば、あれは“意志ある聖剣”──選ばれし者にのみ応える、と。
そして、剣が抜かれたならば勇者は、王宮に来なければならない」
ザハルの目が細まった。
「それが、“誓約”です。王家と聖剣との間に結ばれた、古の契約。勇者は、王宮に姿を見せねばならない」
「……だが、今のところ来ていない。ならば──」
「はい。“勇者ではない者”が抜いたか、“聖剣そのものが消滅”したか。あるいは、何か第三の異常事態が……」
レオンの手が、腰の剣──ミレティアの柄にそっと触れる。
先日から、この剣が何かを訴えるように震えていた。
まるで、“封印の異変”に対し、清めの剣が反応しているかのように。
「ならば、行くしかないな。セリオスの封印地へ」
「ですが、殿下──あそこは険しい山中。先遣隊を――」
「俺自身の目で見なければ意味がない」
レオンの声は決然としていた。
「これは王家の問題だ。そしてミレティアに選ばれた俺の使命だ。セリオスが抜かれたというなら、俺には確かめる義務がある」
ザハルは一瞬ためらったが、やがてうなずいた。
「……わかりました。では、私も同行いたします。聖域は魔術的に不安定です。念のため、封印再設置の準備もしておきましょう」
「手間をかけるな、ザハル」
「いえ。むしろ、私も見たいのです。伝説が再び始まろうとしているのかどうか」
レオンの碧色の瞳に、静かな決意の色が宿った。
セリオスが勇者を選んだというのなら、誓約に従い勇者は必ず王宮に現れるはずだ。
それがなされないということは—―そこにあるのは、誓約の破棄か、想定外の“何か”だ。
セリオスはどこかで目覚めているのか。
何者かの手に抱かれ、罪を”切っている”のか。
その答えを、確かめに行くのだ。
レオンは清剣ミレティアの柄を強く握りしめた。
――手遅れになる前に
それがレオンの使命なのだから。