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午前九時。文官棟の記録室は朝からざわついていた。
「なあミサキ、ここの計算、どう考えてもおかしいよな?」
「うん、数字が一桁ずれてる。ほら、ここの“桁のくり上げ”間違えてるよ」
美咲は文書の束をめくりながら、さらっと訂正を加えた。
「その表、全部見直さないとダメだよ。ここのほかにも、パッと見ただけで3個所間違えてるところがある。多分他にもあるよ。」
「やっぱりか~。助かる! にしても、ほんと、計算が速いよな……」
「そうかなぁ。まあ、計算だけは小さいころから得意だったかも」
文官棟の中でも、美咲は“数字特化型”として有名だった。
税制、軍備、建材費の積算など、国の予算に関わる業務の根幹部分で美咲の正確な計算力は重宝されている。
(単純計算だけだし、難しいってほどでもないんだよね……)
小学生の頃に「電卓があるじゃん……」と悪態をつきながらも通っていたそろばん教室のおかげだ。
その時、彼女のスカートのポケットがそっと震えた。
『……退屈だ』
(はいはい、今は我慢タイム)
ポケットの中からくぐもった声がする。セリオスだった。
文官としての業務中、美咲は彼をポケットに入れている。セリオスが、美咲のそばから離れたがらないからだ。
ずっと一人で封印されていたらしいから、さみしいのかな。
しんみりと考えていると、当のセリオスの声が聞こえる。
『この国の帳簿とやらを、我が断ち切ってやってもよいのだが』
(物騒……)
ちなみに、これはミサキのことを思ってのことではない。
単純に何かを切りたいだけである。
かといって、紙を切ろうとすると、それはそれで怒るのだが……
今は文房具扱いされるよりも、退屈が勝ったのだろう。
最近は、厨房での手伝いに慣れてきて、魔物以外を切るのにも抵抗が無くなってきたのかもしれない。
溜息と共に、美咲は帳簿を閉じた。
(仕事が終わったら、今日も厨房に行こうね)
布越しに、歓喜の振動が伝わってきた。