13
数日後、山道を越え、ついに目的地であるエルシュ村に到着した。
王子レオンと騎士達は、形式ばかりの歓迎を受けたのち、すぐに山奥の聖域へ向かった。
報告の通り、聖剣の封印はすでに解けていた。柱に刺さっていた聖剣は無くなっている。
ザハルが魔力の残滓を調べる。ザハルは魔術を駆使する「魔術師」ではなく、研究を主とする「魔導士」である。現場をみて、残滓からどのような魔術が使われたのか推測することができるのだ。
「解呪や攻撃魔術が使われた形跡はありませんね。やはり、聖剣が目覚めて封印が解けたと考える方が自然です」
聖域には2つの封印があった。 前勇者が死んだ際に、聖剣セリオスが「正統な持ち主」が現れるまで自身にかけた眠りの封印と、セリオスが刺さった柱とその祭壇が荒らされないようにと王家が、祭壇に施した封印だ。
王家が施した封印はその血を継ぐものしか解呪できない強固なものであるが、侵入を防ぐ目的で作られており、内側からなら簡単に開けられるのだ。
しかし、内側に誰もいない以上、破られることはない完璧な封印のはずだった。
勇者はまず王宮へ登城し、王家がその素質を認めた場合のみ、この聖域へ立ち入ることが許されるのだ。
「かなり薄くはありますが、ここで広範囲の召喚魔法が使われた形跡がありますね。」
ザハルの報告にレオンは眉をひそめる。
「魔術ではなく、魔法か?」
魔術とは理論を構築し、術を用いて"魔"を操るものである。
魔法とは、理論が解明されておらず、魔法陣も使用しない"魔"の技であり、多くは魔物や精霊などが使うものを指す。
「術の痕跡はありません。そもそも、召喚魔法はまだ理論が解明されておらず、魔術に落とし込めていない魔法です。現状、人間が使うことは無理です」
「ということは、だ」
「精霊や魔物の仕業という可能性も否定はできませんが、一番可能性が高いのは……」
「聖剣セリオスが、己で持ち主を呼び寄せたということか」
「はい。選ばれた勇者は、聖剣を抜き内側から扉をひらき出て行ったと考えられます」
ザハルの言葉にレオンは思案する。
「セリオスが勇者を呼んだということは、勇者には移動手段がなかったはずだ」
聖域の異変は、数カ月に一度、封印が正しく作動しているか確認する見廻りで発覚した。
それまで近隣の村から何も報告がなかったため、秘密裏に聖剣が持ち出された可能性を疑っていたのだが、もし裏で糸を引くものがなく、勇者がいきなり聖剣に召喚されたとしたのなら、勇者は近隣の村に立ち寄るのではないか。
王子は一行を引き連れ、村へ戻る。村の中心部にある小さな屋敷へと向かい、この地の領主と対面した。
領主の名はセオドル・アグラス。
ギリギリ爵位を持つ貴族とはいえ、辺境の地においては、貴族位など何の役にも立たない。村人からは村長と呼ばれているような男であった。だが、目の奥には揺るぎない誇りが宿っている。
屋敷の応接間に通されると、セオドルは王子に対して礼儀を尽くしつつも、どこかよそよそしさを崩さなかった。
「して、王子殿がこの地にお越しになったのは、封印の確認と……それから?」
「勇者について、情報を求めたい。少し前にこの村に“剣を携えし者”が現れたという話を聞いた。事実か?」
「……ええ、確かに。
半年前、村の境で発見されました。
手には、あの封印の山より持ち出されたと思しき聖剣を携えておりました」
セオドルは茶をすするように口を閉ざした。
王子は姿勢を正す。
「その者は今どこに?」
「——王都へ送り出しました。
領主としての責を果たすために。
王宮は、聖剣を持つ者を受け入れると、かつてそう布告しておりました。
それに則り私はその者を、恩人をお届けいたしました。しかし、王宮は勇者と認めなかったと聞いております」
「そんな話しは、私の元には上がってきていない!」
セオドルの目が細められた
「聖域の封印を担当しているものに書簡も送りました。その後、どう処理されたのかは、私の存じ上げるところではございません」
王宮内の権力闘争のため、情報の奪い合いがあるのは常のことだ。
「……本当に聖剣を持つ者だったのか?」
「ええ。間違いありません。
我が家の苦悩を断ち切ってくれました。
その力は、まさしく伝説に聞く聖剣そのもの。
しかし、あの者が“勇者”でないと判断したのは王宮でございます。
我ら村の者には、それ以上申し上げることはございません」
言葉は丁寧だが、完全に拒絶の構えだった。
しかも、不敬とも取れる態度。
だが、それも無理はなかった。
この地は王都の威光の及びづらい辺境にあり、自給自足で成り立つ強さを持っていた。
事実、村に軍が駐留しているわけでもなく、領主の統治に王家の監督はほとんど入っていない。
ザハルが王子の隣で低くささやく。
「王子、領主の話しを信じるなら、聖剣セリオスに選ばれた勇者は既に誕生しております。しかし……」
レオンも沈黙する。
事情があって、王宮に頭城できていないほうがマシだった。
しかし、領主の言葉を信じるなら、勇者は王宮に参上し、すでに何かしらの権力争いに巻き込まれているのだろう。
セリオスが目覚めた以上、この地には再び厄災がおとずれる。
だというのに、王都の貴族どもは
王宮内での権力闘争にしか興味がない。
大方、勇者も権力闘争に巻き込まれたのだろう。
どこかの貴族が、勇者を匿っているならまだ良い。
勇者の安否が心配だった。
「アグラス子爵は、勇者が現在どこにいるのか把握しているのか?」
「もちろんです」
その言葉に、レオンは安堵の息を吐く。
最悪の結末は避けられそうだった。
続くアグラスの言葉を待つが、彼は何も発しない。
目で、続きを促す。
勇者を早急に保護する必要があるのだ。
しかし
「その者は、王宮から勇者でないと断じられました。となれば、ただのイチ庶民でございます。であれば
、放っておいていただきたい。」
領主の強い言葉に、気圧される。
「いや、しかしセリオスに選ばれたということは
その者は間違いなく世界を救う勇者である。 当時、何か手違いがあったことは認めよう。しかし、国としては勇者を保護する義務がある」
レオンは、倍以上年の離れている領主に、王宮の務めを教える。
「勇者が王族より力を持たないよう、王族の認定がないと"勇者"でないと決めたのは王族です。そのために、聖域入るには王族の許可がいるし、国の管理外で勇者になった場合は早急に王宮に上がるよう、決められている。また、勇者がイチ貴族を頼りにしようとしないようにと、貴族が勇者を保護した場合でも、貴族とともに王宮にあがることも禁じている。私は何度も書簡をだしました。今度の勇者は落人である。道中の一人旅は危険である故、私共が手助けすることを例外的に許してくれるか、迎えをよこしてくれと。しかし、王宮の答えは"否"でした。あの者は見知らぬ世界で1人王宮にあがったのですぞ。これ以上振り回さないでいただきたい。」
レオンは唖然とする。
ミレティアを所有するレオンは
セリオスに関する一切の決定権がある。
あると思っていた……。
いや、それ以上に
今世の勇者が、異世界からの落人とは……
いま、どこにいるかもわからない勇者のことを思い、レオンは憂いた。