12
星がまたたく空の下、一行は野営地を整え、火を囲んでいた。
本来なら今夜は宿に泊まる予定だった。けれど王子の命で、「進めるところまで進む」となり、結局また野宿になった。
風が冷たい。
ミサキは馬車の脇に腰かけて、膝を抱えるようにして座っていた。
焚き火の周囲に転がる木の実に気がついた。
くるみのような、茶色い硬い殻を持つ実。よくよくみると、あちこちに落ちている。
(これ、王宮でも見たことある……胡桃じゃなくて、たしか、"ルネの実"って言ってたっけ)
外殻は硬いが、中の実は水分をふんだんに含んでおり、ライチのようにぷりぷりとしていて、栄養価も高い。 一昔前は、万能薬として市井に出回っていた程だと言っていた。
周囲を見れば、何人かの騎士たちが、その実を拾って剣の塚で割っていた。
「中身を潰すなよ」
「やっべ、ぐちゃった」
そんなやり取りが聞こえる。どうやら加減が難しいようだ。
美咲は、懐からセリオスを取り出した。
ハサミの根本には、ナッツクラッカーの溝がある。
ルネの実をひとつ挟んで——ぎゅ、と力を込めた。
パキンッ。小気味よい音とともに、綺麗に殻が割れた。
「……できた」
その様子を観ていたカイルが、目を見張った。
「うお、器用だな」
「そのハサミ……すごいな。魔具か?誰の銘だ?」
「初めて見たぞ、そんな造り……」
騎士たちがぞろぞろと集まってきて、ミサキの手元を取り囲んだ。
きれいに割れたルネの実をひとつ渡してやると、皆が子どものように無邪気な顔で喜んだ。
「おいおい、こんなに便利なら俺もハサミほしいぞ」
「俺なんて、三個潰したぞ」
「それ、お前が不器用なだけだろ」
焚き火の周りはいつになくにぎやかだった。
*****
朝から、街道の先に魔物が現れた。
突如として現れた影を、騎士たちは見事な連携であっという間に退治した。
(よかった……)
美咲は馬車の中から、そっと胸をなでおろしていた。
だが、その安心は、すぐに砕かれる。
「ミサキ殿、ちょっと失礼!」
倒れた魔物を、騎士たちがごろごろと転がして持ってきたのだ。
複数の硬質な殻に覆われてはいるが、羽根のついたまぎれもない"鳥"だった。大きさは人の胴ほどもある。濁った眼球を直視してしまう。
「これ、さばけますか?」
「えっ!?……え、あの、え?」
「あ、生きたままの方がいいですか?」
まだ生きてるのもいますが……
悪びれずに言う騎士に、美咲は全力で首を振った。
「だめ!やめて、それはムリ!」
騎士たちは"少しぐらい硬くてもミサキのところに持っていけば、美味しく調理してくれる”と思っているらしい。
(ちがう、ちがうんだ……)
日本にいた頃に、魚やイカを捌くのは得意だった。異世界に来てからも、元の姿が分からない解体されている魔物なら、あくまで「食材」として扱えた。
でも、さすがにこれは……。
「この前のだって、さばけたじゃないですか」
「それは、もう倒されてたし、よくわからない形で、生物に見えなかったからで……」
——鳥類とか、動物とかは無理です。本当に。
ガタガタとゆれる馬車の中で、「これならば」と騎士たちが川で大量に捕まえてきた甲殻類の魔物——“シュリクラブ”を、美咲は手際よく捌いていた。
シュリクラブは、ザリガニとカニの中間のような姿で、肉は白くて柔らかいが、殻が異様に硬い。
(これなら、大丈夫……)
セリオスで殻をサクサクと切り開き、内臓を取り除いて下処理をする。
騎士たちが、昼休憩を利用してわざわざ川に行き、捕まえて来たのだ。丁寧に作業する。
夜、夜営地で、串に刺して炙れば、すぐに香ばしい匂いが立ちのぼる。
「いただきますっ!」
騎士も文官も、目を輝かせながら串を頬張った。
野営とは思えぬご馳走に、周囲は笑顔に包まれていた。
*****
その頃、先頭の馬車——
王子レオンと、魔術師ザハルは話し合っていた。
「魔物の肉を捌ける文官がいると聞いたが……その者は魔具を使っているそうだな」
「はい。剣ではなく、刃物。ハサミのような道具だと」
「……剣ではない、か。だが、切れ味は尋常でないと聞いたが」
「国の登録には見当たりません。登録するまでもない、軽い魔具かもしれませんね」
「その製作者はいずれ……国に名を知られる魔具師になるかもしれんな」
彼は知る由もない。
そのハサミこそが、王家が探している《断罪の聖剣》セリオスであり、今まさに、その“魔具のハサミ”として、串焼きを量産していることを。