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 目を覚ましたら、そこは白銀の空間だった。

 

「なにこれ。ここどこ?」

 

 壁も床も天井も、すべてが光でできたような空間。雲の上みたいにフワフワしていて、足元の感覚すらよくわからない。

 制服姿の高校二年生日向美咲(ひなたみさき)は、状況をまったく理解できずに首をかしげた。

 

「汝、名を名乗ることを許そう」


「……えっ。なに、誰? アナウンス? どこから?」

 

重々しい声が、どこからともなく響いた。やたら低音でイケボ気味。でも残響エフェクトかかりすぎで聞き取りづらい。

 

「汝、選ばれし者。封じられし我が力を目覚めさせし、新しき主……」


「なんじ?いや間違えてますって。駅前のパン屋寄るだけだったんですけど」

 

 どう見ても異世界召喚ムーブ。というか話し方も単語チョイスも完全に中二病で、内容が全然入ってこない。


 そっか。ここは夢の中か。

 

「我が名は――セリオス。罪を裁き、悪を断つ、正義のやいばなり」

 

「はいはい、セリオスさん。で、なんです?刃?あなた刃物なんですか?」

 

 突如、銀色の剣が宙に現れた。

 西洋ファンタジーのゲームの勇者が持っていそうな、やたら装飾が凝ったやつ。


 刀身から黒い炎みたいなのがゆらゆら出ていて、厨二ポイント高め。

 

「……汝に問う。我を振るう覚悟はあるか」

 

「我をって、剣を持てってこと?あなたがセリオス?えっ、戦うの? まさか魔王を倒して世界を救う的なアレ?」


 思ったより好戦的な夢をみている自分にびっくりする。


 目の前の自称正義の刃は、黒い炎を纏いながら、剣の姿で話しかけてきた。

 

「その通り。世界を救うのだ」


「……無理無理無理無理。私、体育2なんですけど」

 

 いくら夢でも、戦うなんて嫌だ。


 セリオスは少し沈黙したのち、こう言った。


「体育2とはどういうことか。ふむ。だが今の我の姿はお主が振るうには、少し大きすぎるか。――よかろう。汝が“最も切れる刃”を思い描け」

 

「刃物?そんな急に言われても何も思い浮かばないよ」


「なんでもよい。我のような両手剣では攻め一択となる。前の勇者は、その体格を生かし、大剣でもって悪をバッタバッタとなぎ倒した。攻めは最大の防御なり。しかし、片手剣というのも悪くない。何大丈夫だ。お主がレイピアを想像したとて、我の切れ味なら、どんな悪でも屠ってみせよう」


「レイピアってなに、、、全然わからない。でも切れ味が良いものを想像すればいいってことよね。えーっと……じゃあ、キッチンばさみとか?」

 

 その瞬間、剣にヒビが走った。

 

「……は?」

 

 鈍い音を立てて、セリオスの刀身がガラガラと砕けていく。

 そして次の瞬間――。

 

 光の中から、現れたのは握りやすそうなキッチンばさみだった。


 思わず空中に浮かんでいるソレに手を伸ばす。

 どこからどうみてもキッチンバサミだ。


 台所でよく見るやつ。

 お母さんが肉とか野菜とか切るのに使うやつ。


 なんなら私は、お菓子の袋の封を開けるときにも使っちゃったりする。

 ビニールを切ると切れ味が落ちるからお母さんには辞めてって言われてるけど、私はキッチンバサミの性能を信じている。


 包丁みたいに手をケガする危険もないし

 砥石で定期的に研がなくても切れ味を失わないし

 何しろまな板を使わなくてもよい分、洗い物も減る。

 手間暇もかからない、万能アイテム。

 

「のおおおおおおおぉぉぉぉ!」

 

 手の中から、ものすごい怒声が響いた。

 思わず耳をふさぐ。ハサミを持った手も耳に近づけてしまったので、余計にうるさくなって、慌てて右手を遠くへ伸ばす。


「貴様、よりによって我を……は、ハサミだとォ!?よりによって、なぜそんな……しかも調理器具ッ!?」

 

「だって、一番よく切れるもの思い描けって言ったじゃん。肉とか野菜とかなんでも切れる。万能だよ? まな板もいらないから、時短時もなるし。分解もできるから洗いやすいし、他にも機能があって……」

 

「万能感の問題ではなあああああい!!!」

 

 光の空間が揺れた。

 

「我は数多の罪人を断ち、血の川を作りし裁きの剣セリオスぞ!なぜ!なぜッ!!ハサミにされねばならんのだッ!!」


「いやでも、女子高生にとってよく切れるもの思い浮かべろって言われたら、包丁かキッチンバサミだってば」


 某日本刀の主になるゲームや、大きいモンスターを倒すようなゲームをやっている人達なら、また違うのだろうが、私はどちらもやったことがない。


 彫刻刀もカッターも使うの苦手だし、裁ちバサミもよく切れる気もするが、咄嗟に思いついたのがキッチンバサミだったのだ。


「ていうかさ、今更だけどハサミなのに喋るんだね」


 喋るハサミを表裏とひっくり返してみるが、口やスピーカーのような部分は見当たらない。


 一体どこから声が出ているのか?


 シャキシャキと、ハサミを開閉してみる。

 うん、手になじむ。

 

「我は剣だ!!」

 

 美咲はそっと目をそらした。

 そうだった。

 多分このハサミは美咲の想像に合わせてこの形になったのだ。

 そしてそれを不満に思っている。

 

「まぁまぁ……今はパンでも切って落ち着こう?」


 残念ながら、手元にある食材がパンしかないのだ。


 あれ?学校帰りにパン屋に寄ったのは夢?現実?


 その間も手元のハサミはわめき続ける。


「貴様、我を何の道具と心得ておる!!」

 

 こうして、異世界にて伝説の聖剣は、ハサミとして再誕した――。


 この選択が、後に世界の運命を変えるとは、誰も想像していなかった


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