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第9話

 僕は高校の教室にいた。


 そこには全ての人間からいないものと扱われている朔也の姿があった。それでも朔也は背筋を伸ばして、前を向いて座っている。


 朔也が教室を出て、屋上に向かっている。僕は朔也のあとをついていった。朔也はひょいっとフェンスを乗り越えた。そこには何も遮るものがなかった。 



 駄目だ。



 僕は声を出そうとするが、声が出なかった。


 朔也が振り返って僕を見た。その表情はわからない。僕の足は動かない。



 ふと、朔也が笑ったような気がした。


 そして、空に向かって、飛んだ。




 僕は目を開けた。


 今見たものを忘れたくなくて、急いでペンを走らせた。白い紙が白じゃなくなっていく。



 僕が漫画を描く意味が、今わかった。



 描いては消し、描いては消し、手も顔もインクだらけになりながら、僕は一心に描き続けた。




 気がつくと朝だった。


 僕は紙の束を抱え、家を飛び出した。


 鈴木さんにこれを渡さないと。


 僕は自転車の前かごに紙の束を乗せ、鈴木さんの家まで走った。


 しかし、いざ鈴木さんの家の前まで来ると、朝早いのでさすがに寝ているかもと、先程までの勢いがするするすると萎んでいった。



 こういうとこだ。僕のダメなところ。



 僕は携帯を取り出し、勝手に登録していた鈴木さんの番号を押そうとした。



「なにしてるんですか?」



 背後から鈴木さんの声が聞こえ、僕は飛び上がらんばかりに驚いた。振り返ると、鈴木さんがいた。 


 僕は急いで、自転車の前かごから紙の束を取り出し、鈴木さんに差し出した。


 鈴木さんが僕が描いた漫画を見た。



「これ、何なんですか!」



 鈴木さんが怒ったように、一枚の絵を僕に突き返してきた。白い紙に描かれてあるのは、空に向かって飛ぶ朔也の姿だ。



「どうしてこんな絵――」


「待って。これは希望なんだ」



 僕は伝わってくれと願いながら言った。



「希望?」


「昨日、君はお兄さんが絶望して自殺したって僕に言ったよね」


「言ったけど」


「僕は違うと思うんだ。君のお兄さんは飛び降りたんじゃなくて、飛ぼうとしたんだ。死のうとしたんじゃなくて、生きようとしたんだ」



 僕の言葉を訊いて、鈴木さんが確認するように、もう一度漫画を見た。



 空を飛んでいる朔也の背中には羽が生えていた。


 朔也は幸せそうに笑っている。



「だからその時の顔は、絶対に笑ってなきゃいけないんだ」



 僕は何を言っているんだ。支離滅裂だ。



 鈴木さんが下を向いた。鼻をすする音が聞こえ、僕は鈴木さんが泣いていることに気づいた。



「勝手な事ばっか言ってるよね。ごめん」



 僕は素直に謝った。鈴木さんは泣きながら、首を横に振った。


 僕は、鞄の中からもう一枚漫画を出して、鈴木さんに渡した。



「僕は君の痛みを受け止めたい・・・・・・です」



 鈴木さんが泣きながら漫画を見た。


 白い紙に描かれた大きな文字と絵。



「当たられ屋マモル」の文字の隣に、僕がボクシングのグローブで殴られている顔が描いてある。



 鈴木さんが僕の描いた絵をじっと見つめている。


 絵の中のマモルの顔は、歪みながらも笑っている。


 鈴木さんが泣きながら、笑った。



「私のパンチは痛いですよ」



 そう言った瞬間、鈴木さんが僕の頬をグーで殴った。


 痛かったけど、僕は顔を歪ませながら笑ってみせた。



 ――まるで漫画みたいだ。



 僕は空を見上げて呟いた。



「痛い」




                   つづく

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