第7話
翌日から、僕は元の僕に戻った。
一日だけの抵抗だったけど、それでいいと思えた。だけど戻れたのは僕だけで、周りの僕を見る目が一日で変わってしまった。
誰も僕に話しかけなくなった。当たられなくなった代わりに、無視されるようになった。
僕は途方にくれながら、淡々と商品を補充するしか術がなかった。
一日誰とも話さず仕事の時間は終わった。自転車を漕ぐ元気が出ず、僕は自転車を押して歩いた。
目の前にいつもの白い大型犬がいたが、僕と目が合うと、一目散に逃げていってしまった。
犬にまで無視されてる。僕は笑おうとしたが、顔がこわばって笑えなかった。
――僕は今までどうやって笑っていたんだろう。
全てがわからなくなってしまった。
僕の中から夢が消え、笑顔も消えてしまった。
今の僕は、何も描かれていない白い紙のようだった。
何も浮かばなくなったのに、毎晩僕は、机の上の白い紙をじっと睨みつけるように見ている。
今日も何も浮かばなかった。
僕は苛立ち、机の上の道具を乱暴に払いのけた。何もなくなった机に顔をうずめて泣いた。そしてそのまま眠りに落ちていった。
カーテン越しに朝日が部屋に射し込んできて、目が覚めた。僕は時計を見た。十時。
「やばい。遅刻だ」
僕は、慌てて立ち上がった。ズボンを履こうと立ったまま右足を入れ、次に左足を入れようとした時、僕の全ての動きが止まった。そのまま崩れるように座り込んでしまった。ズボンを右足だけ履いた状態で。
「・・・・・・なんだか疲れちゃったな」
僕はもう一歩も動けなくなった。
カーテン越しに夕陽が射し込んできた。僕は、ズボンを右足だけ履いた状態で、ぼんやりと座っていた。どのくらいの時間、このままでいたのだろうか。
その時、ドアをノックする音が聞こえた。僕はぼんやりとドアの方を見た。もう一度ノックをする音が聞こえた。それでも僕は立ち上がることが出来なかった。すると、勢いよくドアが開き、鈴木さんが部屋に入ってきた。
「えっ?」
鈴木さんが僕を見て、
「なんですか、その格好」
と怪訝そうに言った。
「あ、これは」
僕は慌ててズボンを履いた。
「別に変な事をしてたわけじゃなくて」
「わかってます」
いつもと変わらず、淡々とした鈴木さんの口調に、僕はなんだか安心した。
夕陽の中、僕は鈴木さんを送る為に田圃道を歩いていた。
鈴木さんが笑いを堪えた口調で、僕に言った。
「店長が無断欠勤したら駄目じゃないですか」
「すみません」
「だいたいねー、急にキャラ替えなんかするから、駄目なんですよ。店長は当たられキャラなんだから。今更、当たりキャラになろうとする事が無謀なんです」
「当たられキャラ・・・・・・」
「そうですよ。当たられキャラです」
僕は思わず笑ってしまった。
「何ヘラヘラ笑ってるんですか」
「無視されるより、当たられる方がマシだなって思って」
「あたしのは当たってるんじゃなくて、怒ってるんです」
僕は鈴木さんの言葉がなんだか嬉しかった。それでつい打ち明けてしまった。
「僕は、生まれてから今まで、ずっと他人から当たられてきたんだ。ずっとずっと・・・・・・」
あれは僕が十四歳の頃だった。いつも中学校の裏に連れて行かれ、お金をせびられ、殴られ蹴られ続けた。
最初は些細な事がきっかけだった。クラスのリーダーに冗談ぽくからかわれた時、やめろよと返した口調が生意気だったという理由で、苛められ始めた。僕も冗談のつもりだったという言い訳は、誰の耳にも届かず、誰も助けてはくれなかった。
そのとき僕は絶望した。
「中学で苛められたから、高校は誰も僕を知らない所を選んで受験した。そこでキャラ変したんだ」
「何キャラを選んだんですか」
「ヘラヘラキャラ」
「何ですか、それ」
「とにかく笑うんだ。何を言われても、何をされても笑うんだ。そしたら友達が増えて、苛められなくなったんだ」
鈴木さんは何も言わなくなった。
「だから僕はこの先の人生、このキャラで生きていこうって決めたんだ。本当の自分なんて見せなくても生きていけるんだって」
黙り続けている鈴木さんが気になり「あ、えっと」と言うと、
「薄っぺらい人生を選んだって事ですね」
日本刀でバッサリと斬られた。
つい甘えてしまった自分を呪った。嫌われてしまったのかもしれない。
次の瞬間、鈴木さんが僕の手を取り走り出した。
つづく