第5話
なんだこれは。
僕は自分の部屋を見つめながら呆然と立ち尽くしていた。
机の上の僕の描きかけの漫画がぐしゃぐしゃになっていた。インクで落書きされ、紙が破れてボロボロになっていた。
僕は怒りを抑えきれず、部屋を飛び出した。誰がやったか、僕にはわかっている。僕が居間に飛び込むと、姉がテレビを見て笑っているのが目に入った。その周りを、子供達が顔や手にインクをつけて、走りまわっていた。
「なんで勝手に部屋に入るんだよっ」
僕は怒りにまかせて大声で叫んだ。
「入ってないけど」
「子供たちが」
「何それ」
「漫画が・・・・・・漫画が・・・・・・」
姉が、子供達の手や腕についたインクをチラっと見てから言った。
「そんな大事な物を出しっぱなしにしてる、あんたが悪い」
「なっ」
「子供のした事なんだから、普通大目に見るよね。あんた心狭いよ」
何を言われているのかわからなかった。
「それにさ、この間あたしが泣いてたの気づいてたよね。普通心配しない?傷心の姉を気遣う優しさもあんたにはないんだよね」
この人には僕の気持ちなど、この先一生わからないんだろうなと思った。
「・・・・・・もういいよ」
「よくない」
加害者が被害者に対して言う言葉じゃない。
「だいたい、才能もないのに漫画なんか描いてるマモルが悪いんじゃない」
才能がないという言葉だけは聞きたくなかった。
僕は笑おうとするが笑えなかった。これ以上一言も聞きたくなくて、僕は部屋を飛び出した。
行く当てもない僕は、ただただ歩き続けた。
田圃から蛙の鳴き声がする。伏せていた顔をふと上げて前を見ると、道の真ん中に白い大型犬が座って、こちらを睨みつけていた。
僕は立ち止まり、犬と目を合わさないように気をつけながら、じりじりと後ずさりを始めた。
犬が立ち上がり、じりじりと僕に近づいてくる。
ヤバい。
僕はくるっと方向転換をし、今来た道の方へ走り出した。振り向かなくても犬が追いかけてきているのがわかる。犬の鼻息が僕の背中に降りかかってきた。
僕は必死で犬から逃げながら、叫んだ。
「こんな当たられ人生、もう嫌だ」
なんとか犬から逃げることが出来た僕は、自分の部屋のベッドに倒れ込んだ。汗だくなのでシャワーを浴びたかったが、もうそんな余力は一切残っていない。心臓が暴れている。こんなに走ったのはいつ以来なんだろう。
疲れた。
僕は目を瞑った。そんな僕の脳裏に、客に怒鳴られたり、車に当たられたり、姉に当たられた嫌な記憶が蘇ってきた。
急いで記憶を頭から追いやり眠ろうとした時、鈴木さんが僕を見る時の冷たい目を思い出してしまった。
どうしてあんな目で見られないといけないんだと、僕は腹が立ってきた。余計に眠れなくなり、僕はベッドから起き上がった。そして子供たちによってぐしゃぐしゃにされた漫画をゴミ袋に入れ、片付け始めた。
――夢なんか見るから、こんな目に合うんだ。
僕の夢でパンパンになったゴミ袋を手に持ち外に出た。
家の裏にあるドラム缶の中にゴミ袋を投げ入れ、火をつけて燃やした。僕は燃えていく漫画をじっと見つめ、心に誓った。
――これからは、当たられる前に当たってやる。
ドラム缶の中で、僕の夢が怒りに変わり、ごうごうと燃えさかっていた。
つづく