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最終話

「僕に当たってもいいよ、姉さんの痛みが少しでも楽になるんだったら、僕が受け止めるよ」



 家に戻った僕は姉にこう伝えた。


 姉が驚いたように、僕を見ている。




 僕はまた自転車を漕ぎ、今度はコンビニに向かった。


 いつものようにレジで接客をしていると、入口の前で入ろうか入るまいかとうろうろしている菊枝さんの姿を見つけた。


 僕は取り置きしておいた苺大福を、菊江さんに向かって見せた。菊枝さんが嬉しそうに店内に入ってきた。嬉々として苺大福を手に取った菊枝さんだったけど、いつものようにつるんとすべり、苺大福の上に落ちていった。


 カウンターの上には、ぺちゃんこになった苺大福が置かれている。中から苺がはみ出していた。


 しゅんとしょげている菊江さんに、僕は袋一杯の苺大福を渡してあげた。もちろん「今日だけですよ」という言葉は忘れずに伝えたけれども。


 木崎くんが驚いたように僕を見ていた。


 僕はレジに苺大福のお金を入れた。



 人に優しくすると、胸の辺りが温かくなる。


 人に優しくするということは、自分に優しくするってことなんだと、僕は理解した。



 

 菊枝さんが嬉しそうに出て行ったあと、僕はコンビニの裏にゴミを出しに行った。裏に行くと、木崎くんが煙草を吸いながら立っていた。


 木崎くんは僕を見て、小さく頭を下げた。


 僕は煙草は吸わないけど、木崎くんの隣に立った。木崎くんが何か言いたげに見えたから。



「色々とすみませんでしたっ。俺、鈴木さんに振られちゃって、店長に当たってました」


「そうだったんだ」


「いつも笑ってるから当たりやすくて」


「やっぱ、当たられキャラか」


「俺店長の事、あんまり好きじゃなかったです」


「ハッキリ言うね」


「でも、今は少しいいなって思ってます」


「あ、ありがとう」


「あ、でも少しですよ」



 照れくさそうに笑ったあと、木崎くんは店に戻っていった。


 また僕の胸の辺りがじんわりと温かくなった。




 仕事が終わり、僕は鈴木さんと一緒に帰った。二人で並んで、田圃道を歩いた。



「また薄っぺらい人生を選んだんですか」



 鈴木さんが僕を見て、冗談ぽく言った。



「違うよ。この前君のお兄さんと会って、僕は自分が恥ずかしくなったんだ」



 僕は鈴木さんには、本当の気持ちが話せる。



「だから僕は当たられ屋になることを選んだんだ。自分の意志でね」


「当たられ屋」


「薄っぺらい人生はもうやめる」



 鈴木さんが微笑んだような気がした。



「僕は今まで、自分を守る為に笑ってきたけど、これからは人を守る為に笑おうって決めたんだ」



 鈴木さんが、何も言わず僕の手を握った。



「当たられない人生はたぶん楽だろうけど、僕はちゃんと人とぶつかりあいたい」


「痛いですよ。その人生」



 鈴木さんの手に力が入った。結構痛い。



「痛みは生きてる証だから」



 今の僕は本気でそう思っている。




 鈴木さんを家まで送ってから、自宅に帰った。家に戻ると、僕に向かって姉の子供たちが走ってきた。 



 しまった。今日は廃棄のパンを持ってない。



 一瞬焦ったけど、子供たちは僕から何も奪っていかなかった。そして、一枚の画用紙を渡された。


 なんだろうと思っているところに姉がきて言った。



「旦那のとこ、行ってくる」


「うん」


「ありがとね」



 僕は嬉しくなって笑った。



「その絵、あんたの顔だって」


「ありがとう」




 姉は子供たちを連れて、自分の家に帰っていった。姉夫婦が上手くいきますようにと、僕は心の底から祈った。


 子供たちにもらった絵を見た。


 ラッキョに目がついているような絵だった。



「次は、ラッキョ星人の漫画でも描いてみるか」



 僕は楽しくなって、ひとりで笑った。




 翌日、仕事帰りの夕方、僕はいつものように自転車を漕いでいた。すると目の前に、例の白い大型犬がいた。僕を見て警戒している犬に、隠し持っていたジャーキーをあげた。犬がしっぽを振っていたので、和解成立と思った瞬間、犬が唸り声をあげて追いかけてきた。


 僕は犬から逃げ回りながら、楽しくなってきた。


 もう走れないと思うぐらい、犬と追いかけっこをしたあと、僕は道に大の字に寝そべった。


 犬が僕の顔をぺろぺろと舐めてくれた。



 和解成立。




「マモルさーん」



 鈴木さんが僕に向かって全速力で走ってきた。



「お兄ちゃんが、目を覚ましたって。今、母から電話があって」


「ほんとに」


「うん」


「やったー!」



 僕たちは手を合わせ、喜び合った。



「今から病院行くの」


「うん」


「一緒に行ってくれる?」


「もちろん」


「一番にお兄ちゃんに紹介したいから。あたしの大事な人ですって」 



 鈴木さんが恥ずかしそうに言った。最後の方はあまりの小声で聞き取りにくかったけど、僕は聞き逃さなかった。


 自転車を漕ぐ僕の背中に、鈴木さんの手の温かさが伝わってくる。 



 僕の人生は、当たられ続けて二十七年だ。



 前は絶望的に嫌だったけど、今は当たるより当たられる人間で良かったって、心の底から思えるようになった。誰でも当たられキャラになれるわけじゃない。


 当たられるには器がいるんだ。そう、人の心の痛みを受け止められる大きな器が。


 

 僕と鈴木さんを乗せた自転車が、田圃道を真っ直ぐ進んでいく。



 僕は大声で叫んだ。



「当たられ屋マモル、頑張りまーす!」



 僕は、自転車のペダルを力強く踏み込んだ。



 僕たちは夕陽に向かって走り続けた。




                   おわり

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