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晴れ色リターナー  作者: るる
第3章:愛の香り
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第9話:洋食ホウショウ

 お祖母ちゃんのお葬式を終えた私は、翌日にはいつも通り学校へと足を運んだ。教室に着くとすぐに泡来さんがこちらに駆け寄り、遅れて丞さんも傍に来た。


「神埜さん、おはよう!」

「泡来さん、丞さん。おはようございます」

「おっはーカンナちゃん。今日さ、放課後空いてる?」

「ええ。何かあったんですか?」


 丞によると、この前私が帰った後に泡来さんに色々説明したらしい。しかしあの謎のメールも含めて、今後どうするのかはまだ決めていないため、放課後に集まって話し合いをしたいそうだ。


「こっからちょっと歩いたとこにさ、洋食屋さんがあるんだけど知ってる?」

「いえ、あまりそういうのは詳しく……」


 この学校から少し歩いた所に、家族で経営をしているという洋食屋があるのだという。その店は平日は昼時や夕方から夜にしか開いていないらしく、放課後の時間帯は休憩時間になっているようだ。丞さんや真心さんはそこの人と知り合いらしく、休憩時間中でも店を利用出来るそうだ。


「私も行ったことあるお店なんだ。その時間は初めてだけど……」

「そこの子は事情は知らないけど、お店自体は使っていいって言われるんだよね」

「大丈夫なんですか? 聞かれたらまずいんじゃ……」

「平気平気。ま、あたしのこと信じてちょ」


 事情を知らないその人にどうやって隠しながら話すのか疑問はあったが、ひとまずは彼女達のことを信じるしかなかった。

 そうして放課後になって自由に動けるようになった私は、泡来さんや幽日姉妹と共に(くだん)の洋食屋に向かうことにした。


「あの、話し合いをするという話ですけど、そこの人が怪しいという線は無いんですよね?」

「どういう意味?」

「泡来さんに送られたメール、その人がやった可能性は……」

「ないない、ありえないよ。あの子はこっち来てから知り合ったし、そもそも大阪の方出身みたいでさ、あたしらの出身とは全然違うんだよね」


 丞さん曰く、その店の子は私達と同じ学校に通っている子だが、出身は大阪の方であり、中学生になる頃にこちらに引っ越してきたのだという。幽日姉妹は更に別の所の出身のため、その子は丞さんの過去の事件について知っているのはありえないそうだ。


「そもそも同じ学校の人なのかな? 誰かがこっそり手に入れて、とかは?」

「それをする理由がよく分かんないんだよね。例えば当時の事を知ってて、正義感に燃える誰かがやるんだとしてもさ、何で泡来さんにってハナシよ」

「非効率的ね。マスコミに売るのが最も効果的じゃないかしら」

「確かにそうですね。泡来さん以外にやってるなら分かりますけど……」

「ま、他には送ってないとは言い切れないけどさ。でもそれならますます、泡来さんが選ばれた理由が分かんないワケさ」


 泡来さんもそれを言われて疑問に感じたようで、自身の家族構成などについて語った。彼女の家系は特に変わった所は無く、普通の会社務めの父親と主婦の母親という家族構成なのだそうだ。もちろん祖父母にも警察やマスコミ関係の人はおらず、あの情報をリークさせるメリットが見当たらなかった。

 送信主の行動の謎を考えながら歩いていると、やがて目的地である洋食屋に辿り着いた。『洋食ホウショウ』と書かれた看板を掲げており、『準備中』の立て札が扉に下げられていた。


「ここ、ここ」

「初めて来ました。こんなお店があったんですね」

「あたしらはしょっちゅう来てんの」

「入るわよ。長話をしていると目立つ」


 鍵は掛かっていないようで、真心さんによって扉が開かれる。中はテーブル席がいくつか並んでおり、カウンターの向こうの厨房にはエプロンを着けた少女が居る。私は見た覚えがなかったが、彼女も同じ学校に通っているのだという。

 少女はどことなく猫を思わせる雰囲気を持っており、こちらに顔を向けると厨房から出てきた。


「なんや、一見(いちげん)さんおるとか珍しいな」

「やっほ、ミコちゃん。泡来さんは知ってるよね? こっちはカンナちゃん。新しいお友達」

「ミコちゃんはやめぇ言うとるやろ」


 ミコちゃんと呼ばれた少女はこちらに顔を向けると、スンスンと鼻を鳴らす。


「……キミ、丞と同い年なん?」

「一応同じクラスです」

「ほう。ウチは宝生(ほうしょう) 美心(メイシィン)。ここで父ちゃんと店やっとる」


 宝生さんは私より一つ年上で、真心さんと同じ学年らしい。店の手伝いがあるということもあって、普段から学校が終わればすぐに家に帰っているそうだ。それもあって、学校の中でも彼女と交流がある人は少ないようだ。

 宝生さんは椅子に座るように手で促す。


「ほんで? 今日も何か食いに来たんやろ? 座り」

「悪いねミコちゃん~。あんがとね」

「ホンマしつこいで、その呼び方。……決まったら呼んでな」


 椅子へと座った私達は、メニューを見ながら話し合いを始めた。

 丞さんの考えでは、あのメールの送り主の正体が事件の関係者とは限らないのだという。事件の詳細を知らなくても、戒厳令が敷かれていたとしても、人の口を完全に塞ぐことは出来ない。どこかから漏れた情報を送信者が手に入れ、それを元に泡来さんに送った可能性もあるというのだ。


「で、でもそれって誰が?」

「そこは分かんない。でも誰かが漏らさなきゃあの情報は漏れないってハナシよ」

「学校関係者はあの情報を隠したがっていたわ。漏れれば自分の立場が危うくなるもの」

「だけどそこで問題になってくるのが、何で泡来さんを選んだのかってこと。事件を明るみにしたいだけなら、ネットにばら撒くなりもっと方法はあんのにさ」


 丞さんによると、夜にネットで色々と調べてみたそうなのだが、彼女がかつて起こした事件に関する情報はどこにも載っていなかったらしい。SNSも掲示板も、そんな話題はどこにも存在していなかったのだ。

 彼女の言う通り、本当に正義感でやった事なのだとすれば、一人の学生に過ぎない泡来さんに情報を送るのは奇妙な気がする。仮のアドレスを用意するだけの発想はあるのに、ネットに流す発想が無いとは考えにくい。送信者にはただ情報を漏らす以外の別の目的があるのではないだろうか。


「やっぱさ、あたしはあの送信者……マルクトを呼び出すのが目的で泡来さんに送ったんじゃないかって思ってる」

「えっと、怪物なんだよね? 昨日授業中に居なくなったのもそれが理由なんでしょ?」

「そ。マルクトは人間の想いと願いを依代にする。そのためには強い想いが必要になるんだよ」

「泡来さん、貴方の正義感のようにね」


 もしそうなのだとすると、新たな疑問が湧いてくる。情報を手に入れる手段はともかくとして、泡来さんをどうやって知ったのかということだ。恐らく送信者は無暗に情報をばら撒くような真似はしていない。ピンポイントに泡来さんを狙っている。それならば、彼女の性格などを知っていなければいけないはずである。


「丞さん、あのメールの人、もしかしたら泡来さんを知ってる人なのでは……」

「あたしもそう思ってる。泡来さんを知ってて、なおかつあたしと泡来さんが同じクラスだって知ってないと、あの情報をこの子だけに送る意味が無いしね」

「学校関係者、と考えるのが妥当ではないかしら」


 それを聞いてゾッとした。お姉ちゃんを殺した人物と同じとは限らないが、意図的にマルクトを呼び出そうと行動している人間が、自分の通っている学校に居るかもしれないのだ。生徒か教師かも分からないが、今でも何食わぬ顔で平気で生活をしているのかもしれない。私達に、それを見破る術は無い。


「何や、何をコソコソ話しとるん」

「うぉっとぉ!? なんだミコちゃんかぁ!」

「なんだとはなんや。ダベるんは結構やけど、はよ何か頼めや」

「あーそういやそうだった。えっと、適当にでいい?」

「……ほんならオムライスでええか全員?」


 宝生さんは注文票に何やら書くと、厨房へと戻っていった。

 これ以上ここで話すと彼女にバレるかもしれないと考え、一旦話題を変えることにした。


「あの、宝生さんとはいつからなんですか?」

「中学ん時かな。家族で来たのが最初だったかも」

「あ、私はもっと前から使ってたんだ。この時間に入ったこと無かったけど……」

「なんかよく分かんないんだけど、ミコちゃんに気に入られちゃってさ~」


 どうやらこの時間帯に店に入っていいと言われているのは、この二人だけらしい。一見すると不愛想に見える宝生さんが、何故この姉妹だけ特別扱いしているのかは不明だったが、二人の様子を見るに彼女達すらもその理由は知らないようである。


 その後、宝生さんの目を誤魔化すためにしばらく世間話をしていると、やがてお盆に乗った人数分のオムライスを宝生さんが運んできてくれた。

 テレビで時折見るような半熟だったりデミグラスソースがかかっているようなオムライスではなく、昔お祖母ちゃんが作ってくれたことがある王道なオムライスだった。


「出来たで」

「おっほ~! サンキューミコちゃん!」

「その呼び方やめぇて。食うたら帰る時に金置いといてな」

「もちもち、分かってるって」

「宝生さん」

「なんや真心」

「ありがとう」

「……おう」


 真心さんからお礼を言われた宝生さんはプイッと顔を背け、鼻をスンスンと鳴らしながら厨房へと帰って行った。鼻をすすっている感じではなく、何か匂いを嗅いでいるような音だった。


「ささ、食べようよ」

「神埜さんお水大丈夫? 欲しくなったらいつでも、ほんといつでも言ってね?」

「は、はい。ありがとうございます」


 私達は一旦暗くなりそうな話し合いはやめて、宝生さんが作った料理に舌鼓を打つことにした。

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