第7話:恒久的破滅願望
全身の様々な箇所にカードをまとった私は、神埜財閥本社ビルに向かっているマルクト目掛けて飛び立つ。丞さんや真心さんでは攻撃が無効化されることは確認済みのため、二人に頼ってもあの相手には有効打は与えられないと感じての行動だった。
まずはこのマルクトの性質を掴むために攻撃は仕掛けず、ただ近寄って通過するだけにした。するとカードをまとっていない部分は先程同様の焼けるような痛みを感じたものの、逆にまとっている部分にはダメージが無かった。それどころか能力が解除されることもなく、カードは私の体に引っ付いたままだった。
「やっぱり……私だけ……」
丞さんの矢は当たる前に光で出来ているような姿をしている。それが当たる前に消されたということは、そのエネルギーを腐食させられて消滅したということだろう。一方で真心さんは恐らく肉体を解れさせるのが能力だ。そのため腐敗の力をがっつり受けてしまったように見える。
しかし最初に攻撃を仕掛けようとした時、私が持っていた大鎌は形を保ったままだった。そして今まとっているカードからも力は失われていない。理由は分からないが私の引っ付ける能力だけは影響を受けないようだ。
「か、カンナちゃん!」
地上に降りた私の元に丞さんと真心さんが駆け寄ってくる。
「どういうつもりなの、攻撃するって感じでもなさげだったけど……」
「確かめたい事があったんです。そして、今一つだけ確定しました」
「なに?」
「私の能力で引っ付けたものには影響が出ないということです」
体に引っ付いているカードを一枚取り、その下にある皮膚を見せる。そこは他の箇所と違い、あの火傷のような炎症を起こしていなかった。能力だけでなく、それによって覆われているものは保護されるようだ。
「それ……」
「丞さんの矢は消されて、真心さんも近づけなかった。でも、私なら多少の無理が出来るみたいです」
「なるほど。神埜さんとあのマルクトは相性がいいようね。貴方の父親が発現者だったかしら」
もしかするとお父さんと血縁関係にある事が何か関係しているのだろうか。あるいはカードをまとっていればダメージを軽減出来ることも含めて、私の能力はそういうものだとでもいうのか。
「関係してるかは分かりませんが、多分あれは私にしか倒せません。お二人はサポートをお願いしてもいいですか?」
「あたしはOK。ただ、あたしの能力は重力の向きを自由に出来るだけ。マルクトには基本効かない、離脱の手伝いくらいしか出来ないよ?」
「大丈夫です。お願いします」
少し話している間に街に近づいていたマルクト目掛けて再び飛び立ち、至近距離まで近寄った瞬間に全身にまとっていたカードを右腕に再構築し、巨大な腕のようにしてその体へ殴りかかった。
どうやら私の考えは間違っていなかったらしく、その体に拳を打ち込むことに成功し、マルクトを殴り飛ばすことが出来た。そのおかげで進行を少し止めることは出来たが、その代わりに全身に炎症が発生してしまっていた。カードによる防御を解除した瞬間、腐敗の影響を受けてしまったのだ。
全身の痛みにより追撃は諦め、一度地上へと着地して膝をつく。そこへ丞さんと真心さんが重力操作によって飛んできた。
「カンナちゃんせめて何するか言ってからやってよ!」
「神埜さん、検査するわ。動かないで」
そう言うと真心さんは自身の右手で私の口元を覆った。すると彼女の右手はの指先が塵のようにバラバラになっていき、やがて第一関節から先が消失してしまった。
「な、何が……」
「ごめん言ってなかった。まこ姉はね、自分の体を細胞レベルで分解して再構築出来る能力なワケ」
丞さんによると真心さんが体を糸のように解れさせているのも、実際はそのまま解れているのではなく部分的に再構築して糸のようにしているだけらしい。本来は体を様々な形や性質に変えられるそうなのだが、一度に変質させられるのは一種類だけということだった。つまり糸のようにしている時は今のように塵状に出来ないし、その逆もまた然りということだ。
「今のカンナちゃんの傷、見た感じまだ軽傷だけどがっつり食らった感じっしょ? だから体の中も調べといた方がいいと思う」
「……肺が少し炎症を起こしているけれど、許容範囲ね。時間経過で治るレベル」
私の鼻から何かが外に出るようなくすぐったい感覚がした後、真心さんの指が元通りに戻る。
あの一瞬全身に食らっただけでこれだけの負傷をしてしまった。もしあれ以上長くあのマルクトの周囲に留まれば、更に炎症は酷くなっていくだろう。人間と植物では違うかもしれないが、周辺の植物がその影響を受けた時間を考えると時間的余裕は無いと考えた方がいい。
「すみません、ありがとうございます」
「どう動きゃいい?」
「……丞さん、私のカードにも重力の操作は効くんですか?」
「やろうと思えばね。言うて大雑把な動きしかさせられないケド」
「いえ、出来るなら十分です」
今のこの負傷であのマルクトの特徴が新たに見えてきた。この特徴を上手く突けば倒せるかもしれない。
あの腐敗の力は生物非生物関係なく影響を与える。例えそれがリターナーによって生み出された魔法のような力でも同様である。丞さんが放つ魔法の矢も当たる前に消滅させられてしまう。正確には腐敗ではないのかもしれないが、それに類する能力と言える。
しかしそんな接近することすら危険な能力にも、何故か一つだけ弱点があった。私のカードだけは腐敗の影響を受けず、あのマルクトに接触させることも可能なのだ。
「丞、神埜さん。対象が再始動を始めたわ」
お姉ちゃんの顔をした死神のようなマルクトは、私に吹き飛ばされた場所から浮かび上がり、こちらには目もくれることなく本社ビルへと動き出した。やはり私達には興味が無く、お父さんに憑依することも目的ではないのだろう。
「丞さん、今からカード同士を引っ付けます。それを指示通りに動かしてもらえますか?」
「ん、オッケ。どうすりゃいいの?」
「今から、言います」
バラバラに散らばっていたカード全てに能力を発動させ、マルクトの進路の先にカードの壁を作り出す。
大鎌を作っていた時もそうだったが、カード同士は引っ付いている間は硬質化しており多少の事では崩れない。私の集中力が切れるか解除しない限りは接合し続ける。それはあのマルクトの腐敗の力でも例外ではない。
「あの壁をぶつけるように動かしてください。その後、空に持ち上げて欲しいんです」
「無茶言うねぇ」
「難しいですか……?」
「へへへ、もち可能だよ」
空中に配置された壁は突然真横に急速に動き出し、マルクトに衝突すると少しずつ曲線を描くように軌道を変え、最終的には上空に落下し始めた。マルクトは攻撃の意思を持たず落下エネルギーへの抵抗も出来ないようで、あっという間に上空へと持ち上げられていく。抵抗しないこの敵だからこそ通用する戦法かもしれない。
「で、次は?」
「マルクトって宇宙でも死んだりはしないんでしょうか?」
「興味深いけれど謎ね。試せる戦いが無かったし」
「分かりました。では、そのまま下に落下させてください」
「おっけぇ」
数秒後、いつの間にか見えなくなっていたマルクトとカードの壁は、凄まじい勢いで地面目掛けて落下してきた。少し離れた地面にそのまま叩きつけられ、マルクトはどす黒いガスのようなものを撒き散らしながら消滅し始める。手に持っていた大鎌はついに武器として振るわれることはなかった。
散りゆくマルクトに近寄り、その顔を見つめる。
「カンナちゃんヤバイって! まだ影響あるかも!」
丞さんは心配して声を上げたが、もう既に能力は失われているのか腐敗は起こらなかった。
マルクトの顔は間違いなくあの日亡くなったお姉ちゃんのものだった。しかしやはり無表情のままで、私が近寄っても視線を動かす事すらしなかった。その顔はただただ虚空を見つめている。
「あなたは……お姉ちゃんじゃない」
しかし何故お姉ちゃんの顔になったのだろうか。お父さんのマルクトだとしたら、こんな顔が出るとは思えない。家族の事よりも家系の事を大事にしているあの人が、お姉ちゃんのことを想っている姿など想像も出来ない。だが——。
「あの人は……」
完全に消滅していくマルクトを見送り、衣装が喪服に戻ったところで丞さん達の所へ歩いて行く。彼女達は授業の途中に変身して来たということもあり、制服姿になっていた。
「神埜さん、怪我は?」
「まだ少し肌が痛いですけど、大丈夫です」
「えっと、そんじゃあたしら帰るわカンナちゃん。やらないといけない事、あるんしょ?」
丞さんはここが葬儀場だということを察してくれたようで、真面目な顔をしてそう告げた。
「……そうですね。すみません、来てもらって」
「いいっていいって。いつもの事だし」
「……親族が亡くなられたということね。この前のそれもそういう事かしら」
丞さんが真心さんの脇腹を小突く。
「ばか! 何で今それ言うかな……! ほんとマジでさぁっ……」
「……ごめんなさい神埜さん。よく分からないけれど、良くない事をしてしまったようだわ」
「まこ姉さぁ……」
「あ、いえ大丈夫です」
「ホントごめんねカンナちゃん! マジでごめん! 後でまこ姉にはきつぅ~く言っとくから!」
そう言いながら真心さんの手を引いて離れていった。
「丞、今気づいたのだけれど、上履きのままだわ。問題になるかも」
「あたし今、別のことで怒ってる最中なんですケド!?」
遠くから聞こえる二人の会話を背にしながら、葬儀場へと足を運ぶ。
私は、何か勘違いをしているとでも言うのだろうか。マルクトは人の想いや願いを依代にして姿を成す。恐らくそれは絶対に変わらない特徴であり、あの二人でも例外は無かったはずだ。
泡来さんのマルクトは私だけを狙い、あの籠の中に閉じ込めようとする性質があった。今回のマルクトは誰にも目もくれず、全てを腐敗させながら神埜財閥の本社ビルだけを目指そうとしていた。私のマルクトは親に操られる人形のようだった。
「お父さんと、話さないと……」
施設の扉を開けた私は、既に動き出している時間の中で会場へと向かって歩みを進めた。




