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晴れ色リターナー  作者: るる
第1章:恢復者
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第5話:正義と悪意

 昼休み後の午後の授業を終えた私は、丞さんからの誘いを受けて中庭にあるベンチへと出向いた。泡来さんは6限目には授業に復帰していたということもあり、彼女にも声を掛けて同行してもらった。

 既にベンチに腰掛けていた真心さんと合流すると、私と泡来さんが座り、丞さんと真心さんは立ったまま会話を始めた。


「あの、えっと……つ、詰められるの私……?」

「だからもう怒ってないってば。聞きたい事があるだけ」

「神埜さん、貴方から話してもらえるかしら」

「はい」


 私はあの事件の情報を集めるべく、泡来さんに事件の詳細を伝えることにした。当時の私はまだ3歳だった上に目の前で誘拐されるところ目撃した当事者だった。今までその視点でしか考えていなかったため、部外者の情報を元に視点を変えれば、何か違うものが見えてくるかもしれないと考えていた。

 覚えている限りの詳細を聞いた泡来さんは、少し沈黙して考えると口を開いた。


「……多分、私が小学生の時に聞いた話に出てきた子と同じ名前だと思う。リコさんだよね?」

「はい。神埜 リコ……10歳年上のお姉ちゃんです」

「あのね、私も噂でしか聞いてないんだけど……」


 泡来さんによると、彼女の居た小学校では有名な怪談があったのだという。数年前に生徒の一人が誘拐されて殺されてしまい、その霊が今でも校舎内を彷徨(さまよ)っているというものだ。あくまで噂であるため、実際にお姉ちゃんが霊魂となってまだ残っているのかは分からないらしいが、間違いなくその生徒の名前はリコだったそうだ。

 しかし彼女が聞いた事があるのはそこまでであり、お姉ちゃんが発見されることになった場所や傷の状態など、そういった詳細な情報は今日初めて聞いたようだ。


「あの時はただの噂だと思ってたけど、まさか神埜さんの……」

「少しいいかしら。お姉さんの死因は分かっているの?」

「絞殺……とだけ聞いてます。背中の傷は後から付けられたものだと」

「本で読んだのだけど、遺体を過剰に傷つける理由として考えられるのは怨恨か、あるいは初めての殺人だった場合の様よ」

「あたしも聞いたことあるね。殺せたか不安で過剰に傷つけちゃうって」

「ちょ、ちょっと! あなた達、神埜さんの気持ちとか考えないんですか!?」

「ありがとう泡来さん。大丈夫ですから」


 怨恨の線は個人的には考えられない。お姉ちゃんは誰に対しても平等に優しく、成績も優秀な人だった。恨みを買うような言動は一切無かったはずである。これは家族だから贔屓目に見ているわけではない。本当に非の打ち所がない人だったのだ。

 可能性としてあり得るのは身代金目的の誘拐だ。神埜財閥は相当なお金を持っており、グループ企業にも多額のお金が動いている。それを狙って誘拐したというのは考えられる。だが、私が認識している限りでは、脅迫電話のようなものは無かったように思う。


「怨恨は、無いと思ってます。そんな恨みを買う人じゃありませんでしたから」

「カンナちゃんからはそう見えてても、分かんないもんだよ? 逆恨みって線もあるしさ」

「そうね。その手の事件は人間史の中でも前例は多いわ」


 確かに逆恨みという線は無意識に除外してしまっていた。考えてみればお姉ちゃんは今まで色んな賞を取っていた。賞を取って評価されるということは逆に言えば、誰かから評価の機会を奪ったということにもなる。そこの線で調べれば何か新しい情報は出てこないだろうか。


「……ありがとうございます、泡来さん。色々調べてみます」

「あ、待って神埜さん!」

「?」

「私も、一緒に調べるよ」

「え?」

「だってこんな話聞いて放っておけないよ。ただの噂だと思ってたけど、本当にあった事件なんて思ってなかった。見過ごせないよ」


 もう二度といじめを見過ごす事はしないという覚悟を背負っている泡来さんにとって、この事件も聞いてしまった以上黙ったままではいられないのだろう。私としても一人で調べ続けるよりも、誰かに協力してもらった方がより多くの情報が集められるためありがたい気持ちはある。ただ調べてもらうだけなのであれば、お願いしてもいいのかもしれない。

 

「神埜さん、お願い。私……神埜さんの役に立ちたいの」

「いいんですか?」

「もちろんだよ! 私、絶対役に立ってみせるからね」


 泡来さんはそう言うと真っ直ぐな瞳をこちらに向けた。この人が私に向けているのは恋慕だ。この協力にも下心はあるのかもしれない。しかし、それだけではないと本能的に分かる。彼女の中には間違いなく、かつて見過ごしてしまったような悪意をもう見過ごさないという正義の心もある。今彼女が抱いているものは、その気高い精神のはずだ。

 

「カンナちゃん、その話、一応あたしらの方でも調べてみていい?」

「は、はい。そうしていただけると嬉しいですけど、いいんですか?」

「まあここまで聞いちゃったらねぇ。犯人そのまんまってのも気持ち的に嫌だし」

「そうね。生活をしていく上で危険因子は減らさなくてはいけないわ。健全な精神を保つ上で必要な事じゃないかしら」

「でさ、その第一歩として泡来さんに聞きたい事あんだよね」


 そう言うと丞さんはスマホを出すと何か弄り出した。


「泡来さん、あたしが昔事件を起こしたって話してたじゃん?」

「だ、だからごめんなさいって……」

「いや怒ってるんじゃなくって。どこで聞いたのか知りたくてさ」

「どこでって……」


 よく考えてみれば少しおかしい点だった。話しぶりから察するに、丞さんと泡来さんは違う小学校の出身である。それだというのに丞さんの事件のことを知っているということは、どこかからその情報を聞いたということになる。


「丞の事件は学校が隠蔽した。人の口を完全に封じることは出来ないけれど、箝口令(かんこうれい)は出ていた」

「そ。それに、この学校にはあそこの出身の子も居るけど、自分で喋るわけないんだよね」 


 彼女達の過去は詳しく知らないが、今通っているこの高校は少なくとも周辺の学校出身者が多い。もちろん他県から来ている生徒も一部居るかもしれないが、それでも総数は少ないはずである。彼女達姉妹はその一部ということだろう。


「ね、泡来さん。どこで聞いたの? 怒ってるとかじゃなくて、気になっちゃうんだよ」

「それは……」

「言えないこと?」

「……これが届いたんだ」


 泡来さんは何か後ろめたい事があるような表情でスマホを操作し、その画面をこちらに向けた。

 画面上にはメールアプリが開かれており、受信トレイ内のメールの一つに星マークが付けられていた。つまり彼女にとってそのメールは大事なものということだ。


「何これ、メール?」

「数日前、急にこのメールが届いたの。これに幽日さんの昔の事が、書いてあって……」

「差出人、誰?」

「いや、それがね……」


 どうやら泡来さんによると、この差出人に覚えが無いらしい。それどころかこのメールアドレスに返信をしてみたものの、『Mailer-Daemon』という表記が出てしまったそうだ。つまり何者かが仮のアドレスを作って泡来さんにメールを送り、そのアドレスは既に削除されてしまっているということだ。

 丞さんは一言断ってからスマホを受け取ると、メールの内容を確認し始めた。


「『2年3組の幽日 丞は11歳の時に傷害事件を起こしている』……」

「何か添付してあるわね。これは?」

「画像データです。始末書をコピーしたものみたいでした」

「……確認した。どうもマジっぽいね」


 差出人のメールに添付されていた始末書のデータは、丞さんにも見覚えがあるものだったらしい。しかし彼女曰く、真心さんが言っていたように箝口令が敷かれており、事件は学校によって隠蔽されたはずなのだという。この始末書は学校関係者にとっては絶対に漏れては困るもので、彼らが自分からこれを赤の他人に教えるはずがないとのことだった。

 

「まこ姉、どうする?」

「……丞に任せるわ。あなたの考えは当たってた訳だから」

「ありがと」

「あの、どうしたの……?」

「泡来さん、それとカンナちゃん。聞いて欲しいことがあるんだ」


 そう言うと、なんと丞さんはリターナーやマルクトについての情報を話し始めた。その中には最近のマルクトの出現率が上がっており、その傾向から何者かが裏で糸を引いているのではないかと考えているというものも含まれていた。

 それだけでなく、その何者かがマルクトを呼び出すことで人間の精神を乗っ取ることで、何かを引き起こそうとしているのではないかとも語った。これに関しては主に私に向けて語っているらしく、二人の視線は私に向いていた。

 泡来さんはあまりにも現実離れした情報の多さに目を回している。


「ちょちょちょ、どういうこと!? よく分かってないまま進めないで!?」

「……マルクトに操られた人が事件を起こすかもしれない。そういうことですね?」

「ええ。まだ憑依まで行った事例は無いけれど、ありえない話ではないと思ってる」

「この差出人、あたしは怪しいと思ってる。泡来さんが今日みたいな事をすると見越して、わざとこの情報を流したんじゃないかってさ」

「貴方の昨日の事例にも関わっているかもしれないわ」


 そういえば私は何故マルクトを呼ぶ事になってしまったのかは話していなかった。二人も気を利かせて聞いてこなかった上、私としてもお祖母ちゃんのことを話したくなかった。自分の口で話してしまうと、お祖母ちゃんの死が確定してしまう気がして話す気が起きなかったのだ。もちろん、言わなかったとしても何も変わらないのは分かっているが。

 とはいえこのまま誤解を受けたままだと良くないと考え、最低限の勘違いだけは解くことにした。


「あ、いえ。私のそれは無関係なので……」

「そうなの? もし良かったら教えてくれたりは——」

「ま、待って幽日さん! よく分からないけど、神埜さん倒れたんだよ!? 聞いちゃいけないって分かるでしょ!?」

「そうなのカンナちゃん?」

「そう、ですね。今は……話したくないです」


 丞さんはそんな私の反応を見て何か悟ったようで、「ごめん」と小さく謝った。


「大丈夫、神埜さん……?」

「は、はい。ありがとうございます泡来さん」

「い、いやいやそんなぁ……か、神埜さんの役に立てるだけで……」


 泡来さんから受け取っていたスマホを彼女へと返すと、丞さんは再度口を開いた。


「さてと……とりあえず聞きたい事とかは聞けた系かな」

「そうね。少しは進展したと言うべきかしら」

「時間取らせてごめんね二人共。カンナちゃん、そろそろ時間大丈夫?」


 スマホを見て時計を確認すると、そろそろ帰らなければいけない時間だった。

 お祖母ちゃんの通夜で、その顔を見れるのも今日とお葬式の日だけだろう。今まで迷惑ばかりかけてしまったが、そんな私の事もお祖母ちゃんは大切にしてくれた。私のエゴだとは分かっているが、そんな優しいお祖母ちゃんと少しでも長く一緒に居たいと思ってしまう。


「……そうですね。そろそろ帰らないと」

「りょーかい。気をつけて帰んなねー」

「今夜は冷えると聞いたわ。体調にも気をつけて」

「泡来さんには詳しく説明しとくんで、こっちの事は気にしないでね」

「そ、それだよ! さっきの話、本当にどういうことなの!? あ、神埜さん気をつけて帰ってね! 何かあったらすぐに言ってくれれば、私、助けに行くから!」

「あ、ありがとうございます」


 泡来さんからの強い圧を受けつつ、私はベンチから立ち上がり帰路へとついた。

 たまにおかしなテンションになってしまう様に見えるが、少なくとも泡来さんは悪い人ではないように思う。あの過去も今背負っている覚悟も本物のはずだ。私は恋をしたこともそんな余裕も今までに無かったため分からないが、恋をすれば人はああなってしまうのかもしれない。

 私もいつか、誰かに夢中になれる日が来るのだろうか。そもそも、彼女からの好意を分かった上で誰かを好きになることなどいいのだろうか。

 考えても答えが出ない頭の中を振り払い、私はお祖母ちゃんとの時間を過ごすために行き慣れたあの民家へと足を運んだ。

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