第3話:盲目的崇拝
大鎌を構えて臨戦態勢に入っていると、突如として金属が擦れる音がしたかと思うと鳥型のマルクトがフェンスの向こうから飛び出してきた。もしも飛び降り防止用のこのフェンスが無ければ、そのまま飛び上がってすぐに私達の方に突っ込むことが出来ただろう。
その大きさは昨日の人形型のそれとは違い、やや小さいもののそれでもそれなりの大きさはある。こんなものが窓枠を無理矢理通り抜けてと考えると、あの金属音も納得である。
「カンナちゃん注意ね。昨日と違って、こいつはカンナちゃんが呼んだのじゃないから」
「ええ、分かってます」
昨日と違い、このマルクトがどんな攻撃をしてくるのかがまるで思い浮かばない。丞さんの言うように、自分のマルクトだからこそあそこまで理解出来たのだろう。泡来さんが何を考えているのかを予測しなければ、このマルクトの撃破は難しいということだろうか。
鳥型のマルクトは空中で少しだけ静止すると、勢いよくこちら目掛けて突っ込んできた。丞さんはすぐさま空中に勢いよく落下するような勢いで飛び上がったが、私は大鎌を防御するように前へと突き出した。
マルクトの下部に付いているケージの扉が開いており、そこにつっかえさせるように押し当てて踏ん張る。
「カンナちゃん何やってんの!?」
上空を飛ぶ丞さんの言葉を聞きながら考える。
何故このマルクトはケージをぶら下げているのだろうか。間違いなくここに囚われれば良くない事になるし、そのためにこちらに向かって突っ込んできた。だがあまりに直線的で単純な動きであり、何故か私の方だけを狙ったように動いていた。泡来さんはあんなに丞さんに怒っていたのに、何故そちらは狙わなかったのだろうか。
昨日より小型とはいえマルクトの方が大きいこともあり、少しずつ押されている。このままだと後方にあるフェンスに叩きつけられ、下手をすれば突き破って落下する事になる。
「ちょっとマジでカンナちゃん!」
丞さんがボウガンから矢を放つ。しかしそれらが着弾し、悲鳴を上げているにもかかわらず、マルクトは一切そちらには顔を向けもせず、ひたすらに私の方に真っ直ぐに動き続けている。その様子は、負傷することもお構いなしといったように私には見えた。
「狙いは私だけ……?」
このマルクトを倒す方法を考えていると、後方からフェンスを踏みつける音が一瞬聞こえた。その直後、マルクトの上を飛び越えるようにして真心さんが飛んでいき、羽衣をマルクトの背中から生えている人型の首部分に引っかけた。真心さんはそのままマルクトが飛び出してきたフェンス側の方へと落下していく。
マルクトは真心さんの落下エネルギーに引っ張られるようにして引き摺られていき、フェンスにもたれかかったような状態になった。人型の首部分に巻き付いた羽衣のせいで首が絞められており、更には真心さんが下でぶら下がっている影響もあって身動きが取れない形になっていた。
丞さんが私の隣に着地する。
「さっすがまこ姉、ナイス判断。危なかったねカンナちゃん。昨日の今日で体動かなかったのは分かるけど、あのまんまじゃヤバかったよ?」
「……丞さん、気づきましたか?」
「何が?」
「あのマルクト、全然丞さんの方に反応してないんです。しっかり攻撃を食らっててダメージもあるみたいなのに、私の方にしか意識が向いていないみたいな……」
丞さんは少し沈黙した後、愛想笑いのような表情を見せる。
「ん、ま、そうね。うん。ああいう動きするだろうなって思ってた」
「え?」
「……にぶちんだなぁ」
マルクトが苦しそうな叫びを上げる。
「泡来さんは最初からあたし目当てじゃないんだよ。キミの方を意識してるワケね」
「私を……?」
「泡来さんが声掛けてきたの、ただの親切心だけとはあたしは思えないな。それ以上のものだと思うね」
「それ以上……」
「……あーマジかこりゃ。カンナちゃん悪いけど、これあたしの口からはさすがに言えないや。戦いながら自分で考えて」
「でも……」
「大丈夫だよ。正直こんくらいなら戦った経験何回もある強さだから」
丞さんは私が泡来さんの真意を掴めず困惑している間も、マルクトに向けてボウガンの矢を連射し続けた。フェンスに磔にされたように動けない体に次々と矢が当たり、羽衣が首に食い込んだ状態でどんどん人型部分の体がそれていく。
全くよく分からなかったものの、ひとまずはこの怪物を倒さねばならないと攻撃に移ろうとした瞬間、マルクトはいきなり大きく羽ばたいて空中へと飛び立った。その首には羽衣が巻き付いたままであり、それに引っ張られて真心さんも空中に投げ出されている。しかしその人影は彼女一人分だけには見えなかった。
「うお何だ何だ何だ!?」
「丞さん、あそこ!」
「……うそでしょ」
よく見ると真心さんの体にしがみつくようにして、泡来さんが引っ付いている。何故彼女がそんな事になっているのかは分からなかったが、考えられるのはぶら下がっていた真心さんに教室の窓越しから組み付くという方法だった。
マルクトは自身を呼び出した泡来さんすらもお構いなしに空を飛んでおり、いつ振り落とされてもおかしくない状態だった。それにもかかわらず、泡来さんはそれを意に介している様子が無さそうな言動をしていた。
「神埜さんは、私が守るっ……!」
「まずいよ……この止まった時間の中で動ける人間は、あたしら魔法少女とマルクト呼んだ人だけなんだよ」
「つまり……?」
「もしあのまま落っこちて死んじゃったら、泡来さんはホントに死ぬ……」
どうやら無機物などは破壊されてもマルクト撃破後に戻るらしいのだが、生物はそれが適用されないらしい。戦闘中に怪我をすれば、そのまま怪我として残ることになるし、死んでしまえば本当に命を落とすことになるそうだ。
せめて泡来さんを安全な場所に移そうと考えた私は、大鎌を形成しているカード同士の結合を解き、空中に向けていくつか投げた。そしてそのカードの一つと私の手が引っ付くように能力を発動することで、自分の体をカードの方まで勢いよく飛行させた。それを何度か繰り返すことでようやくマルクトに追いつき、その背中に引っ付く能力を使うことで体を固定する。
「真心さん!」
「丁度いいわ。貴方から交渉してもらえるかしら。すぐに離れるように」
「い、いやすぐ離れるのは逆に危ないんですけど……」
真心さんにしがみついている泡来さんに声を掛ける。
「泡来さん! 泡来さん!」
「大丈夫だから神埜さん! あなたをいじめる人なんて、私が絶対に!」
「な、何か勘違いしてるんです! 落ち着いてください!」
何とか冷静になってもらおうと声を掛け続けるものの、泡来さんは真心さんの方を憎々しそうな表情で睨んでおり、時折こちらに顔を向けたかと思っても目元に涙をにじませた苦しそうな表情をしている。
「神埜さん、通常マルクトを出現させた人物は感情を制御出来ない状態になっていることが多いわ。説得は無駄と考えて」
「じゃあ、倒すしかないということですか?」
「ええ。貴方みたいにマルクトが出てても感情がコントロール出来るのは特例だから」
どうやら泡来さんを落ち着かせてマルクトを消すということは出来ないらしい。閾値を超えた感情を感知し、こちらの世界にやって来て想いなどを依代にするという性質により、その感情や想いで固定されることが一般的だという。つまり固定させているマルクトを倒さなければ、対話をする事すら不可能なのだ。
「分かりました。真心さん、泡来さんをお願いしていいですか?」
「構わないわ。このまま離脱する」
そう言うと真心さんは羽衣をマルクトの首から解くことで自由落下を開始し、すぐさま自身の左腕を糸のように解れさせて泡来さんを体に巻き付けると、反対の手で羽衣をフェンスへと伸ばし、引っ張ることで無事に屋上へと着地した。
それを見届けた私はマルクトの背中に乗った状態で、屋上の床に置いてきたカード達に目を向ける。先程までは大鎌を構成していたカードであり、その内のいくつかはここまで来るのに使っている。つまり下には大量に、手元には少量あるということだ。
「まずはこれで……」
手元にあるカードに触れた後、背中を這って移動し鳥部分の頭部に手を触れた。そこで能力を発動することで、カードが鳥の頭部にピタリと貼りつき目らしき箇所を覆い隠した。
マルクトがどうやってこちらを識別しているのかを確かめるための行動だった。目で見ているのか、あるいは気配のようなものを探知しているのか。それが分かれば私が考えている手法が通じるか否かがはっきりする。
一枚だけ残しておいたカードを下に向かって投げ、そこに引っ付く力を使うことで自分の体を移動させ、屋上へと着地する。
「カンナちゃん、どうする? あたしのボウガンなら、あいつ倒せるよ」
「いえ、それだと危ないと思うんです」
「どうしてさ? 追尾とかも出来るんだよ?」
「だからです」
あのマルクトは空中を飛びながら私目掛けて突っ込んでくる。この部分に例外が無あった場合、下手に追尾する矢を放つとこちらにもそれが当たる可能性が出てくる。昨日のマルクトのように巨体で動きが鈍いのであれば問題無いが、今回のそれは昨日よりは小さくて機動力も高い。しかも私や泡来さんも入れて四人も居る状態である。泡来さんに当たる可能性が0ではない以上、そのやり方は危険過ぎるのだ。
それを簡単に説明すると、丞さんも理解してくれたようでボウガンを手元から消した。
「カンナちゃん、その感じだと何か思いついてんだね?」
「はい。アレは今、目が見えていません。そこを狙います」
「言っておくけれど、マルクトに目があるからといって見た目そのままの機能とは限らないわよ」
「ま、音とか気配で見分けてるってのはあるあるだよね」
「今からそれを確かめます」
マルクトはさっき体に張り付いた時、上空をぐるぐると旋回するように飛行していた。鳥部分の首を曲げれば背中の私が見えたはずであり、ましたや張り付かれているのだから触感もあったはずである。
しかし何故かマルクトは背中の私に気づけずに、攻撃するでもなく旋回し続けていた。つまりあのマルクトは目で見ているわけでもなければ、触覚も無いということだ。
私はこちらに向かってマルクトが向きを変えて向かってくる中、床に散らばっているカードに能力を使い、小さなボール状にして空中に放り投げた。するとマルクトはそれに誘引されるように角度を変え、ケージの中へとボールを閉じ込めて頭上を通り過ぎた。
「あれ? 何でカンナちゃんじゃないの?」
「いえ、アレは間違いなく私と皆さんを区別してます。だけど細かい区別は出来てない」
恐らくあのマルクトは体や武器などから出ている、各々のエネルギーのようなものを探知しているのだろう。だからボール状に結合させたカードに反応してしまったのだ。その区別が完璧ではない部分に弱点がある。
私はケージに囚われたカードに結合を解除し、再度能力を使うことで手元へと引き寄せた。するとマルクトは再び進路をこちらへと変更した。
「真心さん丞さん、泡来さんと安全な場所に!」
「よ、よく分かんないけど分かった!」
このマルクトは私のカードであっても、平らな物体には反応が出来ないのだろう。もしカード自体にも反応するのであれば、先程屋上の床に散らばった大量のカードに反応していなければおかしい。しかしボール状にした途端に反応したということは、平たければカードにも反応が出来ないのだ。
屋内へ丞さん達が入るのを見送り、こちらに迫ってくるマルクトへと目を向け、カードを結合させていく。私がするべきことは、ただそれだけで良かった。
私の考えていた通り、マルクトはそれに気づけなかった。私が空中に平らになるように配置した結合済みのカードの集まりに突っ込み、ギロチンのように背中の人型部の首は刎ねられた。それによってマルクトは、私に接触する頃には塵のようになって通り抜けていき消滅した。
衣装やカードも勝手に消滅していく中、屋内への扉から真心さんが姿を現した。
「倒したのね」
「はい。あの、泡来さんは?」
「丞が見てるわ」
どうやらマルクトが消滅すると、呼び出す原因になった人物は一時的に意識を失うらしい。少しすれば暴走時の記憶は抜け落ち、何事も無かったかのように日常に戻れるそうだ。
「大丈夫なんですか? 気絶って……」
「一種の生理反応よ。暑いと汗をかく。それと同じようなもの」
「記憶が消えるというのは?」
「少しずつ薄れていくのよ。目覚めて5分も経てば完全に消えるわ」
もしこれに関する記憶が完全に消えた場合、泡来さんの丞さんに対する感情はどうなるのだろうか。何も変わらないままなのであれば、また今回のような事が起こってしまうのではないだろうか。そうなった場合は堂々巡りになってしまう気がしてならない。
「……分かりました。泡来さん、下ですか?」
「今、丞が保健室に連れて行ってるわ。行けば会えると思うけれど」
「ありがとうございます。行ってみます」
「それがいいと思うわ。丞も後で貴方を呼ぶように言っていたから」
恐らく泡来さんが私に向けた感情に関する話なのだろう。今でも謎彼女があそこまで怒ったのかがよく分かっていない。真面目な彼女の性格を考えると、親切心以外に理由は無いように思う。
泡来さんが私に向けた行動の意味を知り、マルクトの再発を防ぐために、私は真心さんと共に昼休憩中に保健室で話を聞くことにした。