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晴れ色リターナー  作者: るる
第1章:恢復者
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第2話:ウィーク・ケージ

 幽日(かすが)姉妹と運命的な出会いをし、魔法少女としての力を手に入れてから一日経ち、私はアラームが鳴るよりも早く起き、食卓に向かった。

 やはり両親の姿はどこにも無く、朝食の皿にはフードカバーが掛けられている。


「……」


 今日は夜にお祖母ちゃんの通夜が行われる予定になっている。本来であれば家族が亡くなったということで休むのが普通なのだろう。だが何も聞かなくても分かる。お父さんはきっとそれでも神埜(かみの)家の体裁のために学校に行けと言ってくるはずだ。

 今までの私であれば、ただ黙って言うことを聞くだけだった。しかし今日は自分の意思で学校に向かう。お姉ちゃんを殺した犯人を突き止めるには、まずは情報収集が必要になってくる。そのためには関係無さそうなクラスメイトにも話を聞くべきだと思ったのだ。もしかするとクラスメイトの兄や姉にお姉ちゃんの知り合いが居るかもしれないのだから。


「行ってきます」


 決意を胸に抱きながら家を出た私は、足早に学校へと向かった。少しでも多くの情報を手に入れるためには、ほんの数秒すら無駄にしたくなかったのだ。

 学校に着き教室に入ると、クラスメイト達がこちらを見てざわついていた。どうやら私が気を失ったという出来事が広まっていたらしい。

 まだ(つぐ)さんが来ていないことを確認した私は、誰から聞いてみようかと思案しながら視線を動かす。

 この中で兄弟がいるという話をしていたのは誰だっただろうか。もしその兄弟がお姉ちゃんと同じ学校に通っていたのであれば、多少なりとも事件のことは聞いているはずだ。いくら報道を規制したところで、完全に噂を断ち切ることなど出来るとは思えない。

 そう考えながら考えを巡らせていると、突然前の方の席から近づいてきたクラスメイトに声を掛けられた。


「あの、神埜さん」

「え?」

「あ、おはよう。昨日、大丈夫だった……?」


 そう話しかけてきたのは出席番号1番の泡来(あわき) (かなえ)さんだった。このクラスの中で学級委員を任されている子であり、責任感が強くて勉強も得意という印象がある。一年生の頃にも同じクラスだった記憶があり、その頃から優等生という印象があった。学級委員ということもあって心配してくれているのだろう。

 泡来さんは綺麗に切り揃えている前髪を指で少し弄る。


「はい。ごめんなさい。色々あって」

「そ、そうなんだ。病気とかじゃないよね……?」

「そうですね。大丈夫ですよ」


 泡来さんはそれを聞いてホッとした表情を見せると、後ろ手に隠すような持ち方をしていたノートを数冊取り出すと、私の机の上にそっと置いた。


「こ、これ。神埜さんが早退しちゃった後の授業のやつ。良かったら貰って……?」

「あ、すみません。わざわざそんな……」

「う、ううん。私がしたくてした事だから。……じゃっ」


 泡来さんは少し慌てた様子で自分の席へと戻っていった。

 個人的には少し休んだくらいでそこまで授業に付いていけなくなる事はないが、それでも泡来さんの優しさを無碍にすることはしたくなかった。

 それからしばらくすると丞さんが登校し、全員揃ったところでホームルームが始まった。


「——よし、全員居るな」

「いやぁごめんねセンセー。昨日ちょっとトイレ行っててさぁ」

「どうだかな……。ちゃんと授業に出ろよ。内申点でおまけしてやれないぞ」

「へへへ、そりゃもちろん分かってますとも」


 今日はマルクトが出現しなかったようで、丞さんは授業中に居なくなることはなく、問題無く昼休みになった。すると丞さんはすぐに席から立つと、弁当箱とノートを持ってこちらへ近づいてきた。

 既に持ち主が教室外に出ている椅子を掴み、私の席の横に置くとそこにドカッと座る。


「こんちゃーカンナちゃん。お昼一緒いい?」

「大丈夫ですよ。それで、昨日の事なんですけど……」


 私がそこまで言ったところで、丞さんはスッと手で制止し、小声で答えた。


「ここで話すつもり?」

「……すみません」


 丞さんは持ってきていたノートを机の上へと置く。


「これは?」

「カンナちゃん、昨日途中で帰っちゃったっしょ? これ休んじゃった分のノートね」


 開いて見てみると、中にはマルクトや魔法少女に関する情報が記載されていた。それによると、人の感情を安定化させて元に戻すという意味から、私達魔法少女のことを彼女達は『恢復者(リターナー)』と呼んでいるらしい。他にリターナーとして活動している者がいるのかどうかは不明らしいが、今のところは出会ったことが無いそうだ。

 他のページを見てみるとマルクトの出現時期をまとめた表も載っていた。それによるとこれまではマルクトは年に3回出るくらいで、そんなに頻繁には出現しないらしい。しかし何故かここ最近になって出現ペースが加速しているようで、丞さん達はそこに誰かの思惑が絡んでいるのではないかと考えているという。

 簡単にノートに目を通し、弁当を食べ始めている丞さんに話しかける。


「……ありがとうございます。助かりました」

「返すのはいつでもいいかんねー。結構昨日の授業内容多かったしさ」


 そう丞さんが喋り終えた直後、勢いよく誰かが立ち上がる音が響く。思わず見てみると朝にノートを渡してくれた泡来さんが、神妙な顔をしたままこちらに足早に近寄って来た。

 私も丞さんも泡来さんの見た事もない表情を見て困惑していると、彼女は目の前で止まり落ち着かない様子で丞さんへと話しかけた。


「あのっ……幽日さん」

「んぅ? あたし?」

「今の……授業のノート?」

「あーうん。ほら、昨日カンナちゃん途中で帰っちゃったじゃん? だから——」

「どういう風の吹き回しなの……?」

「え?」


 泡来さんはイライラした様子で二の腕を掴むように腕を組み、瞳は忙しなく揺れている。


「幽日さん、いつも授業サボってるよね? しょっちゅう……」

「ま、まあそうだね」

「そんなあなたのノートとか、間違えだらけでむしろ神埜さん困らせちゃうよね……?」

「あー……ははは、痛いとこ突かれちったぁ」

「あ、あの、泡来さん。私は大丈夫ですから」

「大丈夫じゃないよ。だってこんな人のせいで、神埜さん困っちゃうかもしれないんだよ!?」


 泡来さんは丞さんが嫌いなのか、次々とその理由を話し始めた。丞さんは宿題を忘れてくることが多く、一年生の頃から素行に問題があったらしい。小学校の時には傷害事件を起こしたという噂もあり、今はムードメーカーのような顔をしているが、その本質は不良だと言うのだ。

 丞さんはその話を口角を上げたまま聞いており、時折バツが悪そうに視線を逸らしたりしていた。特に傷害事件の噂を話している時には、完全に視線が下を向いており、その動きからは後ろめたさを感じさせた。


「こんな人と関わったら、神埜さんの内申下がっちゃう!」

「あ、泡来さん落ち着いてください。何か事情があるのかもしれませんし……」

「事情なんて無いよ! だって真面目な人なんだったら、もっと普段から申し訳なさそうにするはずだもん!」

「丞さん、大丈夫ですか?」


 そう私が幽日さんを呼んだところで、空気が一瞬で張り詰めたのを感じた。それは丞さんも同じだったらしく、泡来さんへと顔を上げる。

 泡来さんは呆然とした表情でこちらに顔を向けていた。


「今、なんて……」

「え、何がですか……?」

「幽日さん……あ、あなた神埜さんと、お友達だったの……?」

「……いやぁそういうワケじゃないですケド」

「なら何で神埜さんがあなたを名前で呼んでるのっ!?」


 泡来さんがこんな風に声を張り上げるのを聞いたのは初めてだった。挨拶の時にはハキハキと声を出す人ではあったが、怒鳴るような言い方をすることは無かった気がする。

 私と同じように考える人も多かったのか、教室に居る生徒達は全員こちらに顔を向けていた。普段真面目な泡来さんがこんな怒鳴り方をするのは、ここに居る全員にとっても初めてだったということだろう。


「……そっか。分かった、そういうことなんだ」

「?」

「幽日さん、あなた神埜さんを無理矢理脅して近づいたんだ」

「はい~?」

「だってそうでしょ。神埜さんみたいな優しくて真面目な人が、あなたなんかと親しい訳ないもん」

「随分と失礼なこと言うじゃん……」

「あのっ……泡来さん、何か誤解して……」

「神埜さんのお(うち)お金持ちだから、取り入ろうとしてるんでしょ」

「ちょい待ち。マジで何でそうなんのってハナシなんですケド。一回落ち着いて話さん?」


 泡来さんは異様な威圧感を放っており、丞さんの言葉に聞く耳を持つようには思えなかった。更には彼女の背後からは黒い(もや)のようなものが上がり始めており、それが少しずつ集まって何かの形を作っている。

 先程丞さんから渡されたノートの中に、マルクトが出現する時の様子を描いたものがあったのだが、目の前で起きている現象がまさにそれだった。

 思わず椅子から立ち上がる。


「丞さん、これっ……!」

「そ。まさにだよ」


 泡来さんは胸を押さえて苦しそうな声を漏らしながら、丞さんを睨む。


「どうして、あなたなんかが……っ!」

「こりゃ反省だね。あたしマジでそういう目で見られてるワケだ」


 黒い靄は空中でついに完全な形を成すと、その姿を明確なものにした。

 そこには足の代わりに巨大な鉄製のケージをぶら下げた巨鳥の姿があった。よく見てみると背中からは人間の上半身が生えており、その腕は拘束具のような物で固定されていた。更に顔には目隠しのようなものがされており、口は叫んでいるように開いていた。それが泡来さんのマルクトだった。

 巨鳥の鳥部分の顔がゆっくりとこちらに顔を向けると、それに連動するようにケージの扉が開いた。周囲の時間は既に停止しているようで、それを認識出来たのは私と丞さんだけだった。

 泡来さんが叫ぶ。

 

「神埜さんを……盗らないでっ……!!」


 丞さんは即座に変身すると、私にも準備をするように訴えた。

 言われるがままに変身すると、丞さんの体は見えない力に引っ張られるように動き出し、私を捕まえて近くにあった窓から外へと飛び出した。その後、急激に軌道を変えて上方向へと飛んだ私達は屋上へと着地する。


「昨日の今日でかぁ。やっぱ普通じゃないなぁ」

「あの、さっきのが泡来さんのマルクトって事ですよね?」

「そ。どうも泡来さんはあたしとキミが話してるの気に食わないっぽいね」

「どうして……」

「ま、あたしが不良っぽく見えるのはしゃーなしだからね。後はまあ……カンナちゃんが自分で気づかなきゃかな」

「私……?」


 教室の方から大きな鳴き声が聞こえる。


「来るよ。まこ姉も気づいてるだろうし、まずはあいつ倒そう」

「は、はい!」


 私はカードを昨日のように大鎌の形へと合体させ、マルクトが飛び出してくるのを丞さんと共に待ち構えた。

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