第10話:くすぶる誇り
宝生さんの店で食事を終えた私達は各々家へと帰り、翌日にまた謎のメールの送信者を捜索することになった。
丞さんの話では、学校関係者が疑わしいとのことだったが、実際には誰なのかはまだ不明である。一体どんな方法で丞さんの過去の事件を探り、マルクトの出現条件を特定したのだろうか。もしマルクトについて知っているのが本当だとしたら、その人物は自分達と同じような魔法少女なのではないだろうか。
学校で再び丞さんや泡来さんと顔を合わせた私は、昼休憩にそのことを彼女に伝えると丞さんもまた同じように考えているようだった。
しかし今まで活動してきた中で、自分達以外にリターナーを見たことが無いらしく、実際に他のリターナーが実在しているのかどうかは未知数のようだ。
「どうにかして特定しないとだね。考えすぎだとしても、誰かがあの情報をどっかから手に入れてるのは事実ってハナシだし」
「心当たりなどは……」
「残念ながら無し。泡来さんも無い系だよね?」
「うん。私もさっぱりで……」
仮に泡来さんの知り合いだったとしても、わざわざ正直に本当の名前で伝えてはこないだろう。仮のアドレスを作って送ってきたということは、その犯人にも正体が割れては困る事情があるということだ。
そんな話し合いをしていると、教室の外からこちらを呼ぶ声が聞こえてきた。その声は昨日初めて聞いたそれと同じものだった。
「神埜、居るか?」
「あ、宝生さん」
「お~ミコちゃん~。学校で声掛けてくるとか珍しーじゃん」
「丞はええ。ウチが用あるんは神埜だけや」
宝生さんは年上としては小柄な体ではあるものの、怖いもの知らずといった様子でズカズカと教室へと入って来た。
私を名指しで上級生が入って来たということもあり、教室内ではひそひそと話し始めるクラスメイトは居たが、宝生さんはそんな彼女達には一瞥すらもしなかった。
「どったのミコちゃん。お金なら昨日払ったっしょ」
「せやから丞はちゃう言うてるやろ。神埜、時間ええか?」
「は、はい。どうされました?」
宝生さんはよく見ると布に包まれた箱のようなものを持っており、それを私の机の上に置いて包みを取った。
包まれていたのはタッパーであり、その中には昨日食べたものに似た小さいオムライスが入っていた。
「これは……昨日の?」
「キミに聞き忘れとった事があってん」
「何ですか?」
「味の感想や。聞いとらんかったやろ」
どうやら宝生さんは店を継ぐために、味を磨く研究をしているそうだ。しかしまだ父親からは認めてもらっていないらしく、自分に足りないとされている最後のピースが何なのかを探し求めているのだという。
そんな事情を抱えている彼女は、よく利用客に味がどうだったかを聞いているのだ。
「えっと、美味しかったです」
「そら昨日の話やろ。ウチは今の、リアルなんが知りたいねん」
「ミコちゃーん、カンナちゃんは嘘つくタイプじゃないよ?」
宝生さんは鼻をスンスンと鳴らす。
「せやろな。せやから聞かなアカンねん」
「頑固だなぁ。まこ姉の時もそうじゃなかった?」
「真心はウソがつけへん。そういう性格や。神埜もそうかもしれんが、微妙にちゃうねん」
私には宝生さんの細かいこだわりは分からないが、それでもその意志が相当なものであることは分かる。きっと彼女にとっては料理は絶対に手を抜けないものであり、自分が納得できなければ意味が無いものでもあるのだろう。
「まだ休み終わるまで時間あるやろ? 神埜」
「はい。私は大丈夫ですよ」
「ほんなら食うて、聞かせてくれるか?」
「分かりました。いただきます」
宝生さんが用意してくれていたスプーンを手に取り、タッパーの中のオムライスを一口食べる。
何か変わっているのだろうかと考えていたのだが、昨日食べたものと同じような味だった。レストランで食べる上で全く問題ない味であり、これでまだ父親から認められていないというのが不思議だった。
「どうや」
「美味しいです。昨日と同じで美味しいです」
「……そうか」
宝生さんは少し不満そうな声色で答えると、鼻をスンスンと鳴らしながらタッパーの蓋を閉めた。
「なにミコちゃん、ご不満な感じ?」
「……丞、真心は今日、予定は?」
「ちょいちょい、質問は無視?」
「アイツにも用事が出来たんや。で、どうやねん」
「特に予定ないと思うよ。まこ姉、友達とか多分いないし」
「でも、幽日先輩ってかなりモテるみたいだし、遊びに誘われたりとかしてるんじゃないの?」
泡来さんによると、真心さんは校内で最もモテるのだという。その神秘的で人間離れした雰囲気もあってか、同性からも強い好意を向けられることがしょっちゅうだそうだ。
丞さんもその認識であり、家には今までに貰ったプレゼントなどがいくつも置かれているらしい。
「ほんっと……まこ姉付き合いもしないのにプレゼントは断んないからなぁ……」
「そ、そんなになんですか?」
「私もちょっと見たことあるけど、まさにアイドルって感じだったよ神埜さん」
「アイドル……」
「あっでもアレだよ!? 私にとっては神埜さんが! 一番だから!」
「う、うん」
真心さんは何故付き合ったりはしないのにプレゼントは貰っているのだろうか。私の勝手な憶測だが、彼女にはあまり我欲があるようには見えない。更に合理的な言動をするタイプにも見えるため、自分だけが利益を得るような行動をするようには思えないのだ。
「てわけで、一応まこ姉には予定ないと思うよ。誰かから誘われてたら知んないケド」
「分かったわ。ウチの方で聞く」
「てかさミコちゃん、あたし達も放課後用事あるから、まこ姉にも手短にね」
「アイツ次第やな」
宝生さんはこちらに礼を言うと、タッパーを回収して教室から立ち去って行った。
その後、何事もなく午後の授業を終えると、丞さんは真心さんが居るという教室へと一人で向かった。私と泡来さんは教室に残り、二人で戻ってくるまで待っていて欲しいと言われてしまった。
丞さんは宝生さんの様子がおかしいと感じていたらしく、付き合いの長い自分達だけで話した方がいいだろうと考えたようだった。
「泡来さん、宝生さんは前からあんな感じに聞いたりしてたんですか?」
「どうだろう……今までお店に行った時は言われたこと無かったよ。でも、さっき聞いた感じだと……」
「聞いてる相手と聞いてない相手……。単純に味の感想を聞けてない人にだけ聞いてるんでしょうか?」
しかしそうだとすると、丞さんは宝生さんのどこに違和感を覚えたのだろうか。私達では感じ取れないもので、なおかつわざわざ向かったということは、普通ではないのは間違いない。
その理由について二人で考えていると、廊下から走る音が聞こえてきた。その足音の正体は丞さんであり、すぐに付いて来て欲しいとのことだった。
「あ、あの……何かあったんですか?」
「ミコちゃん、ヤバいかもしれない」
足早に歩く丞さんの後に続きながら事情を聞く。
丞さんによると、宝生さんは真心さんに会いに行って予想外の行動を取ったのだという。なんと彼女は真心さんに料理勝負を挑み、どちらがより美味しい料理を作れるか競いたいと言い出したのだそうだ。
現在、宝生さんは料理研究会の部室である家庭科室を無理矢理借りており、そこに他の生徒達を集めて審査をさせるつもりらしい。
「真心さんは?」
「もう家庭科室向かってる」
「行くのはいいけど、具体的にどうするの?」
「……あたし達も参加して、ミコちゃんを勝たせてあげるんだよ。まこ姉ああ見えて料理上手い方だから、今のままだと……」
真心さんは本気で告白される事もあるほど人気のある人らしい。そんな彼女の料理が食べられるとなれば、それ目的で来る生徒も当然出てくる。そうなれば、知り合いが少ない宝生さんの評価は相対的に低くなってしまうかもしれない。この勝負に純粋な料理の評価は起こりえない。
「多分だけどミコちゃんは、自分の実力を認めてもらいたがってる。何で急になのかは分かんないケド、もし負けたらマルクト呼んじゃうかも……」
「でも、それでどうにかなるものなの? 参加人数分からないけど、三人だけじゃ足りないんじゃ……」
「そこは平気。偏らないように5人ってハナシになってる。それにミコちゃんは、その内三人をあたし達で指定してる」
丞さんの予想によると、真心さんに味方するであろう私達を実力で黙らせようとしているのかもしれないらしい。つまり身内贔屓することを想定しており、そこを技術で上回ろうとしている。
実際にどう考えているかは不明だが、少なくとも丞さんはそうではないかと思っているようだ。
「二人共、ミコちゃんを勝たせてあげる。そこだけは絶対押さえてね」
「わ、分かりました」
「なんか嘘ついて褒めるの、気が引けるなぁ……」
示し合わせを終えた私達は、やがて家庭科室へと辿り着いた。
中に入ってみると、既に宝生さんが準備をしており、真心さんはエプロンを着けた状態でいまいち今の状況を理解していない様子だった。
「早かったやないか」
「連れてきたよミコちゃん。残りの二人はどうすんの?」
「ウチの方で適当に声掛けといたわ。真心が来るっちゅうたら二つ返事で答えよった」
「丞。よく分からないのだけれど、何故宝生さんはこんな事を?」
「簡単な話や。真心との勝負に勝てばウチの方が上って証明される。そしたら、父ちゃんもウチを認めんわけにはいかんはずや」
「と、ミコちゃんは申してます」
どうやら宝生さんにとっては、父親から一人前として認めてもらうことを重視しているようだ。そのために人気者である真心さんを自分の実力だけで倒し、その人気を料理の技術だけで上回れるだけの力があるということを示したいのだろう。
そうして話していると、宝生さんが声を掛けたのだという生徒二人が家庭科室へと現れ、ついに彼女が宣言した料理勝負が開かれることになった。




