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第59話 伝道師の教え



「そう・・・津和蕗さんはまだ志望の学部が定まっていないのね。」


ここ私の教室。

二つの机を向かい合わせに置いて担任の先生と向かって話をしている。

担任の先生が今言葉にしたことを私の資料に書きこんでいく。

私は心の中で「はぁ」とため息をつく。

2学期の中間試験も終わって、答案返却と学年での順位が発表された流れでの進路相談兼、個人面談。

進路が決まっている人達は具体的なこと話しているのだろうけど、私に至っては毎回こんな感じだ。


「図書室に進路関係の本もあるから参考に見てみたらどうかしら?そろそろ、学部だけでもはっきりしないと大学は願書出すまで迷ってもいいかもしれないけどね。学部がはっきりしてないと受験勉強にもはずみがつかないわよ。」


担任の先生は進学クラスを長く受け持っているだけあって、その言葉に重みがある。


「わかりました。今から行ってみます。」


時間が空けばまた期末が始まってしまうし、忍さんとの約束もある。

やはりそろそろ自分が進むべき方向性をはっきりさせていきたい。


「ありがとうございました。」


廊下に出たところで室内にいる先生に向かって一礼をしてから、ドアを閉めた。

ちょうど次の番の三枝さんがいた。


「お疲れ様。」


私の進路がはっきりしていないことを知っている三枝さんには先生とのやり取りがどんなだったか見当がつくのだろう。


「図書室行ってくる。」


軽く眉間にしわをよせながらすれ違いざまにそう告げた。

特に返事はなく「失礼します。三枝です。」と言って、三枝さんは教室へ入っていった。








図書室には人はあまりいなかった。

まぁ試験明けなので当たり前のような気もする。

進路関係の本は通常の本棚とは別の本棚に「進路コーナー」と表示された少し背の低い本棚に置かれている。

縁故組みも全員が卒業して花嫁修業のため全く大学に進学しないというわけではないので、むしろ後を継ぐべき業界に準じた大学や専門学校に進む人もいる。

実務に携わるわけではないが、やはり家業のことを勉強しておいた方がいいと考える人は多いようだ。

その分色々な業界への進み方の本などは充実している。


「はぁぁ・・・」


弁護士、教師、アナウンサー・・・・思いつく職業の本を手にとって見るがどれもピンとはこない。

出るのはため息ばかりだ。


「いつも元気な津和蕗さんでもため息なんかつくのね。」


クスリと静な笑い声が聴こえた。

声の方を見ると高月先生が立っていた。


「まぁ、さっき個人面談だったんですけど、まだ進路がはっきりしてなくて。」


「そうなの。」


高月先生は答えながら手にしていた資料を本棚に戻していた。


「・・・あのう。参考に聞いてもいいですか?」


「何かしら?」


「高月先生はどうして先生になろうと思ったのですか?」


「私?・・・んー古典が好きだったから、じゃあ津和蕗さんの聞きたいことの答えじゃないわね。」


そういうと高月先生はそばにあった椅子を私に勧めその隣りの椅子に腰掛けた。


「絵付け師の娘に生まれて、着ものに関わる文化に興味を持った。だから古典の授業は良く聞いたし、本も読んだ。そのおかげか古典の成績は良かった。そして大学は国文に進み、古典を専攻した。」


うん、凄く分かりやすいし、すごく高月先生らしいと思う。


「でも大学院に進んで研究家になりたいっていう情熱はなかったのよね。」


「そうなんですか?」


「うん、ああいう研究をしている文献を読むんで理解するのは楽しかったけど、新しい発見をとかは思わなかったなぁ。」


ちょっとびっくりした。

高月先生ってもっと真剣にのめり込むタイプに思っていた。

あのお料理とかで。


「今の津和蕗さんみたいに悩んだのはその頃かな。就職か大学院かはたまた別の道かって・・・でも祝はまだ高校生だったし、忍くんはご両親ともめてたせいで祝の将来もどうなるかはっきりしなかったし・・・」


ふと高月先生が黙ってしまった。

その瞳は遠くを見ていて切なそうだった。


「それに一度は社会の荒波にもまれてみたいなぁって、でもよくよく考えたら古典文学が好きで知識があるって言う以外はなんにもないことが分かったの。」


「えぇ~っ。そんなことないですよ。高月先生はっ!」


「まぁまぁいいから聞いて。ないのよ。なんにも。古典が好きなら古典の先生になればって最初に言われた時はそれは心の底から教師を志望している人に失礼だと思ったわ。だってそうでしょ?教師って専門の知識があればいいだけじゃないじゃない?」


「確かに」


今日の進路相談だって、専門科目知識だけじゃ話しは進まない。

納得した表情で頷くと高月先生笑って頷いてくれた。


「でもね。これから離れる仕事が思いつかなかったの。だからまずは教師の免許を取ろうってその過程で自分のことを考えようって。」


何かをしないと始まらない。

高月先生はそう言った。


高月先生は教職のための単位を取る過程で教育実習に行った。

もちろん我が校立花ですよ。


「古典、古文て教科って好きな子はすごく好きだけど、嫌い子は本当に嫌いなのよね。他の学校へ実習に行ったゼミの子も同じこと言って、それで結論が出たの。伝道師になろうって。」


「はい?」


「ごめん。話し跳んじゃったわね。」


高月先生がお茶目に笑った。

貴重な笑顔です。


「私は古典文学と呼ばれる作品が好きなの。源氏も平家も和歌集も何もかも。だから古典文学と面白く楽しく付き合う方法を伝授したり、そのいにしえの奥深さとかを伝える、古文が嫌いと言っていた子達が一人でも減るような伝道師になろうって。」


熱い。

忍さん、高月先生が熱いです。


「教師としての資質はこの際横に置いたの。それより予備校でもアルバイトの家庭教師でもなんでもいいから古典を不得手とする学生を減らすことをしようって、だから卒業して最初は予備校で塾講師していたのよ。で、立花に教師の空きが出るって聞いて採用試験を受けたの。まぁ塾講師でも良かったんだけど、ちょうど祝がアメリカに行く時で、そのときはもう祝とは会うつもりもなかったし、家を出るためにもアルバイトじゃない方がいいなって思って、だから立花じゃなくても良かったんだけどね。」



詳しくは話してはくれなかったけど、祝さんとのこととか色々ある中で、自分で立って生きる術を身につけることを選んだと思った。


ねぇ忍さん、私も自分の足でしっかりと立って、しっかりと歩いて行きたいです。



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