第58話 紫の苑 3
ご無沙汰です。
「あの~、忍さんてちいさ時はどんなお子さんだったんですか?」
二人なら私が知る前の忍さんをよく知っているだろうし、本人がいないところで質問するのは失礼かと思ったけど、祝さんや高月先生の視点の忍さん像を見てみたかった。
「桃乃も知っての通り、真面目なお坊ちゃま。」
「おぼ・・・」
そういう祝さんだって「お坊ちゃま」だと思うんですけど・・・
「真面目も真面目、大真面目。桃乃を制服でパーティーに出席させちゃうのなんてなんとも思ってないよ。なんせ北条高校の頃の近隣女子高生たちがつけたあだ名が『鋼の君』だったんだからね。」
「はぁ。」
それは「誰もこちらを向けることが出来ないほど固い」という意味だと教えてくれた。
ちなみに祝さんは「妖しの君」と言われていたとか、「妖し」ってそれもどうかと思うわ。
「だからぁ。何度も言うけどあの「夜の帝王事件」は忍本人が目の前で認めるまでは、寝耳に水というかびっくりとかドッキリとかやらせかなんかとしか思えなかったんだよね。」
信じられなかったという祝さんの隣りで高月先生も信じられなかった分衝撃が大きかったと言っていた。
「実際に真面目な忍が医者になりたいなんて言い出して家出しちゃった時の方がびっくりしたね俺は。
まぁ医者になりたいってのは中学上がる前から言ってたんだけど、司叔父さん、忍の親父さんね、あの人が忍は周防院の跡取りだからって全く取り合わなくて、高2辺りから大学の学部をどうするかって話しになるともめてたみたいだよ。で、ある日突然家に帰って来なかった。3日間位帰らなくてでも学校には来てたから俺も学校で会ってたしね。最終的には忍のお母さんの思織ちゃんが折れてゆかりん所有のアパートに住むことになったんだけど、それまで1ヶ月くらいはどこにいるのかわかなくて、最初の晩は誘拐とかって話しも出たんだよね。
大学時代もそのアパートで過ごしててさぁ。それがさぁくっくっ、すっごいアパートでもう俺『壊れ荘』とか名前つけちゃったよ。そんなプチ家出息子もまだ後継ぎだったからその『壊れ荘』にものすごいセキュリティシステムつけちゃって―――――――――――――――――――――――。」
ものすごい勢いで忍さんのことを語っていた祝さんがいきなり固まった。
「祝さん?」
「祝?」
私と高月先生が声をかけても何かを思い出したのか眉間にしわを寄せたまま黙っている。
「・・・・・ねぇ紫。今周防院の跡取りってやっぱ俺?」
「そうじゃない?」
えぇ、確か忍さんも跡取りが祝さんにバトンタッチになったようにおっしゃってました。
「・・・・どこだぁーーーー!!!」
まるで発作か何かでも起きたかのようにいきなり立ち上がった祝さんが動揺しながら叫んだ。
「祝!」
「タイミングよ過ぎるって思ったんだよ。やっぱ、カメラか?どこだ?忍んときはどこにつけてた?あんとき紫はどこから来た?」
あの時って???
祝さんを落ち着かせたくて高月先生が肩を支えている。
「玄関か?―――――」
そう言って祝さんがものすごい勢いで玄関がある方を見た。
思わず私もつられて同じ方向へ顔を向けると、私も知っているニッコリと紳士的な笑顔をして男の人が立っていた。
「祝様、お時間です。」
静かに一礼をした後の顔をよく見るとやっぱり渋沢さんだった。
「渋沢さんご無沙汰してます。」
「桃乃様もお元気そうで。」
「すみませんわざわざ、今祝に支度させますから。」
どうやら渋沢さんは祝さんのお迎えに来たみただった。
高月先生が慌てて祝さんに着替えるように促している。
「渋沢さんて今は祝さんのところでお仕事なんですか?」
「いいえ私の上司は亜紀枝様です。今日は周防院関係の方々との夕食会があるんですが、祝様は時々時間にルーズになられますので、特に紫様がいらっしゃるときは・・・柏木様よりこちらの合い鍵を預かったので、時々抜き打ちで参上しているんです。」
へぇ~。
高月先生がいる時は支度がゆっくりなんだぁ。
まぁ好きな人と一緒の時間は時間の流れが分からなくなるのかな?
渋沢さんのお話をほのぼのと聞いていたら、渋沢さんに困ったような笑顔を向けられてしまった。
「渋ちゃん・・・ゆかりんから鍵預かっているのは聞いているから黙って入ってもいいけどさぁ。ひとつ教えて、ねぇやっぱこの家に監視カメラついてるの?」
これだけは教えってくれって感じで祝さんは渋沢さんに詰め寄った。
と言っても言葉だけ、体は高月先生にひっぱられてこの部屋を出るところだった。
祝さんの質問の意図はよく分からないけど、防犯カメラと聞いて高月先生も祝さんに引き寄せる力が弱まって二人が並んで渋沢さんを見た。
「当然です。防犯対策は万全です。」
「そのカメラどこ?」
「お教えできません。」
「なんでだよ~」
「カメラの死角を利用してズルするかもしれないからでしょ?」
祝さんの考えなんてお見通しと言わんばかりに高月先生が答えた。
「とにかく祝様、お約束の時間がありますので、支度をお願いします。」
「あっ桃乃はゆっくりしてって、なんなら隣りの部屋にある俺の絵見てってよ。」
そう言い残すと祝さんは高月先生に連れられて行ってしまった。
部屋の隅に静かに立っている渋沢さん。
何か話しかけた方がいいのかなと思うけど、話題も見つからず黙っていると渋沢さんの方から声をかけて来てくれた。
「良かったらご案内しましょうか?」
「いいですか?」
黙ったままこの部屋に二人でいるよりもいいかなと思った。
それに祝さんの絵にも興味があったから他にもあるならもっと見たいし。
私は部屋を出て行こうとする渋沢さんの後に続いた。
「すっご~い。」
基礎は昔の日本家屋だから部屋に入る扉は当然引き戸。
その引き戸を渋沢さんが開けてくれた。
中も僅かに見える床は畳。部屋中にたくさんのキャンパスが立てて並べられている。
だから後ろにある絵は見えないけど、前にある絵はどれもすごかった。
色んな意味で・・・
祝さんの絵が凄い理由その1。
「上手い。」
画風が固定されているようではないらしく。
またキャンバス以外にも壁にはがきサイズのイラストのようなものも飾ってあって、色の塗り方も手法が様々で、きちんと展示されたら一人の作品だと思う人は少ないんじゃないかな?
祝さんの絵が凄い理由その2。
「モデルが全て高月先生」
この場合のすごいは人によっては引き気味な感じでの発言になるかもしれない。
だって部屋中にあるたくさんのキャンバスにいるのは全て(視界に入る限り)高月紫オンリー。
そしてその後ろに控えているキャンバスのモデルも十中八九高月先生と容易に推察できる。
大きなキャンバスに描かれているちょっと昔の日本画風の高月先生は振りそで姿で今よりも少し幼い感じがするから、もしかして「成人式」って思った。
それから正面奥のカーテン、それにも描くか!!!って言いたくなるけど、やっぱりそれも高月先生の横顔のドアップ。
祝さんにはものすごい絵の才能があってものすごく努力をしたんじゃないかなって思った。
夏くんもバイオリンが上手って聞かされた人が「天才なんじゃない!」とかいう言い方をする人もいるけど、あの子も毎日毎日練習しているもの。
バイオリンか絵かっていう違いだけで、並大抵ではない努力をしてきたんじゃないかって、この部屋は努力の結晶なんじゃないかなって思った。
まぁ高月先生への想いの部屋とも捉えらるけどね。
「この絵の凄いところはですね。ここにある絵のほとんどが祝様の記憶によって描かれているんですよ。」
なんですって!?
驚きのあまり渋沢さんを凝視してしてまった。
私が疑っていると理解した渋沢さんは肯定の意味を込めて静かに頷いた。
「亜紀枝様のご命令で留学してい間に描かれたものばかりなんです。それ以前の作品は鷹野宮のご実家に保管してありますので」
胸が苦しくなった。
アメリカに行くことが決まって、それと同時に高月先生から連絡が来なくなって、会えなくて会えないまま渡米して、その日々はどれだけの孤独だったのだろう。
私には分からない。
分からないけど、想い続けて叶って実って良かったって気持ちに行きついた。
「なんだかもったいない気もします。」
「そうですね。」
画家として世に出ていたらどうなっていたんだろうと好奇心かの言葉だった。
高校生の私が大人の渋沢さんに言うセリフではないけど、絵の道へ進まなかったことがもったいないなぁって素直に感じて素直に口にしてしまった。
「しまった」ってすぐに思ったけどその瞬間に、渋沢さんもすんなりと答えてくれて少しホッとした。
それにきっと祝さんは「紫がそばにいてくれるならどっちでもいいよ。」って言いそうで、その表情を想像したら祝さんは今が一番幸せなんだなぁって気がついた。