第57話 紫の苑 2
あ~っ。
高月先生の手料理はなんて美味しいんだろう。
私を招待するにあたって高月先生が用意してくれたメニューのうちの一つは、一見和食、鶏肉と根菜を中心にした煮物って感じだったけど、食べてみてびっくり。
味付けはエスニック風味でした。
それから魚介のサラダ、ローストビーフ、これもソースを数種類用意してくれてどれも美味しいし、なんていうか国際色が豊か?ソースを替えるだけで違う国の料理を食べているような気がしてしまった。
「先生すごいっ!絶対いい奥さんになりますよ。」
多香月のお嬢様でお嬢様学校の先生って肩書きからしたらお料理が上手ってイメージはあまりわかない。
それに高月先生みたいな女性はお料理が上手でも「和食」「洋食」って得意なジャンルがはっきり決まっいてそうって思っていたけど、実際の高月先生はそうじゃない。
和食や洋食って拘りなく美味しいものを作り出せる実力がある感じだ。
そんな気持ちを込めて力説したたら眉間にしわを寄せた祝さんが声をかけてきた。
「桃乃。」
「はひ?」
ローストビーフ、ワサビマヨネーズ風味ソースバージョンを口に入れたところだったから、キチンと返事が出来なかった。
「そこはさぁ。『祝さんの奥さん』って限定してもらわないと~。」
祝さんがどう思ってそういったのかはよく考えずに口の中に広がるほんのり鼻を刺激するわさびと、絶対手作りでしょっていう濃いめのマヨネーズソースを肉の歯ごたえと一緒に満喫しながら頷いた。
祝さんの隣りでは頭痛いって表情の高月先生がいたけど、とにかく目の前にある美味しいものに集中しようと決意した。
エスニック風味煮物を小皿に取り分けていると部屋の電話が鳴った。
電話機に一番近くに座っていた高月先生が立ち上がって受話器を取った。
「もしもし・・・・・・あっ先日は大変失礼いたしました。高月蒼苑の娘の紫です。・・・・・・はい、おります。少々お待ち下さい。」
通話口を手で押さえて高月先生は祝さんの方を振り向いた。
「祝。柏木の由香里様から。」
「えっ?なんだろう・・・・出ないと、ダメ?」
なんで「いる」と言われたにも関わらず、電話に出なという選択肢があると思うんだろう。
祝さんでリアクションの一つ一つが普通ではない気がする。
そんな祝さんのリアクションに慣れている高月先生から強い口調で「ダメ」と言われてから、どうしか私を見る祝さん。
私も「出ないとダメでしょ」という気持ちを込めた視線を送った。
祝さんは「ちぇっ」と言いたそうな表情で席を立ち高月先生がいる電話機の方へ行った。
「もっしも~し。祝でぇーす。」
高月先生が完璧に頭痛を起こして頭をテーブルに突っ伏した。
私もそれはちょっと社会人としてどうなんですかって思った。
先日「副社長」に就任したはずだと思うんですが・・・・
「だってさぁ今紫の美味しいご飯食べてたんだよ。・・・・・そうそう桃乃も来てるよ。いいでしょう♪」
え~。
なんとなく今のイキオイで私の名前を出して欲しくはないんですが・・・
「・・・・・・・・・・・・M区の不動産?・・・何それ?・・・・俺に出来るの?・・・・ねぇそれ慶悟じゃダメ?・・・・あっそう。・・・・うんじゃあ話してみる。」
受話器を元の場所に置くと祝さんは黙ったまま厳しい表情で床に視線を落とした。
「仕事?」
心配そうに高月先生が問いかけている。
う~ん、らぶらぶな感じを醸し出しているわ。
もしかして私お邪魔??
「んー仕事になるのかなぁ。俺にはよく分からない・・・だから慶悟に振っちゃおうかと思って。」
「だから」のあとからはハートマーク5個くらいあったんじゃないかな。
とっても明るい言い方に変わっていた。
受話器を切った後の鬱々とした雰囲気が全くなく楽しそうな表情に変わった祝さんは電話をかけ始めた。
ところが一向に繋がる様子がない。
留守電にすらならない。
どこにかけているんだろう?
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・出ろっ!お兄様からの電話だぞ。」
祝さんの念が通じたのだろうか、祝さんの言葉の後に電話がつながったようだ。
「もしもし慶悟ぉ~。お兄ちゃんだよぉ。あのねお願いがあるのぉ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・違う違う。ユカリンがねぇ、M区にある、ある人のお屋敷を管理することにしたんだって、でね、ほったらかしにするのもなんだから何か使い道がないかなって言われちゃって。・・・・・・建物と庭はそのままにして欲しいらしい。・・・・・それは要相談じゃない。そこまで話してないし。・・・・・・・・・えっ紫?」
そうして祝さんはとても難しい表情をして高月先生を見た。
そうして見つめたまま電話の相手に答えていた。
「二人っきりはダメ。」
祝さんの言葉につられて、電話の向こうの慶悟くんとどんな話をしているのかは分からないけど高月先生を見てしまった。
目が合う高月先生も訳が分からないという表情だった。
「う~ん。・・・・分かった。じゃぁ俺がここにいる時ね。ユカリンには直に連絡して。お・ね・が・い。」
最後はご機嫌で電話を終えたけど、どう聞いても祝さんの発言だけではお仕事の内容とは感じられな電話だった。
「慶くんにおんぶにだっこでいいの?」
席にもどってくる祝さんに高月先生がさらに心配そうに声をかける。
「だってあいつの方がこういうの上手そうじゃん。まぁ手はちゃんと貸すけどさぁ。あっそれと慶が紫に聞きたいことがあるっていうから今度ここで会ってやって。なんか俺には聞かせたくないから『二人っきりで会わせろ』って危ないじゃないか。」
「どうして危ないのよ。」
「だって俺が日本に帰って来てから見る慶はなんだかイライラしてて、欲求不満?じゃないのって何度も思ったぞ。そんな男と紫を二人っきりになんかできません。」
「祝っ!」
私がいるから祝さんの発言にもっとソフトさを求めている高月先生だけど、あまり気を遣われても申し訳ないと思い少し口を挟んでみた。
「慶悟くんも高月先生がお好きなんですか?」
「それはないと思うんだけどね~。アイツは自分の願望は隠さないからさ。まぁ大っぴらに言って回るってわけじゃないけど。それに人でもものでも欲しいものが出来れば手に入れられるように行動するタイプだし。もし仮に紫が好きで会いたいって思っているなら直接会いに行くんじゃない。こんな風に俺を通すってことは本当に聞きたいことがあるんでしょ。」
「じゃぁ二人っきりでもいいじゃない。」
「ダメ。」
なんだかなぁ。
祝さんは慶悟くんをダシにしてじゃれたいだけのような気がする。