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第56話 紫の苑 1

「さぁ桃乃遠慮しなくていいんだよ。何がいい?服か?車か?ブランドのバッグか?」


迫りくるような勢いで祝さんが私に「欲しいものはないか?」と問いかけてくる。


「いえ、そんな、」


頂く理由がないのでさっきからずっと断り続けているのだけど、祝さんはまるで熱病に浮かされているかのように一向に聞く耳を持ってくれない。


「何言ってるの、桃乃が手紙を届けてくれたから今こうして紫と一緒にいられるんだから。」


「でも亜紀枝様の方もその・・・」


高月先生との結婚を認めて下さったじゃないですか。

そう言いたいけど、肝心祝さんがキッチンに立つ高月先生をうっとりと見つめていて、幸せすぎて上の空で私の言うことなんて全く聞いてくれない。


はぁ・・・




今、私がいるのは先日高月先生を忍さんが送り届けた由香里様所有の菖蒲のお庭のお家。

祝さんが高校生の頃から鍵を預かってお花の手入れや家の修理を少しずつしていたらしい。

修理・・・

そう由香里様から祝さんが頼まれたのは修理だとさきほど聞いたはず、なのに元の状態が私には分からないけどこの家の内装は全て紫色を基調としたお部屋になっているのです。


どう考えても「高月先生ラブ」の祝さんが「ゆかり」という名にちなんで紫色にした気がしてならない。

けれども流石に絵をたしなまれていた祝さん、紫色の室内なんて聞けば驚く人が多いだろうけど、今いるこの家の中の、色づかいはとっても上品。

家の柱は木材のそのもの色を残し、壁紙や障子など融通の効く箇所は一つと残さず紫色を施している。

場所によっては薄いものを、障子なんかは菖蒲の花の絵が隅に描かれていたりと、一番驚いたのは玄関に飾ってあった祝さんが書いたという書画。

金箔が散りばめられた本当に薄い紫の半紙に「愛一途」と堂々と書かれていて、それがまた見事なくらい達筆だったりするから色々な意味で驚いてしまった。


「アッキーはいいの。面倒くさい条件色々出して来てたんだから。でも桃乃は違うでしょ。ある意味無償でしてくれたんだから。やっぱりきちんとお礼がしたい。」


私に何かお礼を、その一点をどうしても祝さんは譲ってくれない。

そもそも「高月先生の手料理」を食べに来ないかと言われてきたので、お昼をご馳走になるだけで十分お礼の意味をなしているはずなのに、しかも提案されるのがバッグとか服とかって、どんな言い方をすれば差し障りなくお断りできるのだろうかと途方に暮れてしまう。



「で、桃乃。バッグがいい?それとも洋服?あっ多香月で着物を作るってのはどお?蒼苑そうえん先生に頼んでみようか?」


高月蒼苑先生って高月先生のお父さんでいずれは人間国宝になるんじゃないかって言われている方じゃないですか。

その方が絵を付けた着物たとえ小さな花一輪の絵だとしても、恐れ多くて着れません。


「祝、もうそれくらいにしてあげなさい。」


台所での作業が一段落したらしい高月先生がやっと私と祝さんのところにいらしてくれて助け船を出して下さった。


「紫は分かってないんだよ。日本に帰ってきて、んにゃその前から紫と連絡が取れなくなって俺がどれだけ心を痛めたか。」


「だからそのことはこの前からずっと謝っているじゃない。それを津和蕗さんまで巻き込んで。」


そうなんです。

祝さんは私には想像できないくらい、高月先生と連絡が取れなくなったことに焦りや憤りや不安を抱えていらしたようで・・・

でもそのお礼が過分なような気がします。


「えっとぉ。じゃあ祝さん、今回私は祝さんが困っているときにお助け出来たわけですよね。だったらもし私が困ったりしたら助けてくれますか?お礼をそういう風にしてくれますか?」


「えっ・・・」

どこか不満げな祝さん。

それを察知した高月先生が


「祝!そうよ。もし津和蕗さんが何か助けが必要なことが起きたら一緒に助けてあげましょう。立花に在学中は私は教師の立場になるから上手く助けられないこともあるかもしれないから。ね、そうしてあげて。」


高月先生が柔らかな笑みで祝さんを見つめてお願いしてくれた。


「・・・わ、分かった。」


やはり納得はして下さらなかったけど、最愛の高月先生のからの提案じゃあ否定するわけにいかないようで、祝さんのお礼は「いずれ恩返し」という感じで収まった。


「で、今は困っていることないの?」


・・・そう来たか。


「大丈夫ですよ。」


高月先生には及ばないもののニッコリ笑顔でお答えする。


「・・・忍のこととかは?」


「えっ?」


「ねぇ、桃乃は本当に忍でいいの?アイツ桃乃が思ってるほどお行儀よくないよ。」


「祝!」


祝さんが言いたいことは分かっている。

きっと「帝王」のことだ。

高月先生は私には聞かせたくないようで祝さんの発言を遮った。


「えっとぉ。『律療大の帝王』とかのこと、ですよね?」


「桃乃、知ってたの?津和蕗家の人はみんな知っているの?それよりそのことって誰から聞いたの?アッキーがしゃべったの?」


「家族は、多分知らないです。私はちょこっと小耳に挟んだというか、たまたま聞いちゃって、だから亜紀枝様も私が知っているかどうかは・・・」


「そうなんだ。ほんとあんときは大変だったんだよ。アッキーは寝込むし、どうしてそんなことしたんだってうちの親父とかが問い詰めても忍は『相続から外してくれ』っていう以外はしゃべんないし。ね、紫。」


同意を求められた高月先生は答えようがなかったのか少し困ったような表情になった。

高月先生が何も言わないけど気にするそぶりがない上に祝さんは止まらない。


「いかにも『御曹司の鏡』って感じのヤツが、だよ。誰かれ構わずホテルに行っちゃってたんだよ。」


「祝、あまりはっきりとした言い方は・・・津和蕗さんはまだ未成年なんだから」


「でもさ、中途半端な情報よりはっきりとした事実を知った方がいいよ。そもそも桃乃と忍はお見合いなんだし。忍の素行で隠し事があるのってのはこのまま話しが進むんなら、やっぱり後々桃乃が困ることになるし。」


「あっ、でも忍さんは私が大人になったらちゃんと説明するって」


「「えっ!?」」


祝さんと高月先生がの声が被った。


「忍、説明するって言ったの?」


「はい。」


「それって、あんだけのことしでかしたのに『理由』があったってこと?」


茫然としながらも祝さんが私に問いかけてきた。


「よく分かりませんけど、多分私が忍さんと結婚してもいいかどうかを決めるために話して下さるってことで、言いわけがあるという意味ではないと思います。」


「うん・・・」


祝さんは考え込むように黙ってしまった。

高月先生も私の方をじっと見ていて、何もおっしゃってはくれない。

短いような長いような沈黙が続いた。

何か言った方がいいのか迷った時だった。


「・・・紫、お昼にしようか。」


祝さんは誰にも目を合わせずにそれだけ告げた。



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