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第54話 命懸けの試練 4

「亜紀枝様も耄碌もうろくしてきたか?」

用意された別室へと向かう3人を見送りながら祝さんのお父さんはどことなく勝ち誇った表情でおっしゃった。


「どうして?」

忍さんの疑問に私も同感で祝さんのお父さんの方を見てしまった。

ほんと、どうしてかしら?


「祝いの花って、こういう会場に贈るものじゃないか?」

確かに、受付のところにたくさんの祝花が飾ってあった。

タイミングとしてはあそこに飾ってもらうために贈るのが一番いいはずだわ。


「僕には亜紀枝様のお考えが計りかねますので。」


「何か意味があるとでも言いたいのか?」


「それが正解かどうかも・・・」


忍さんははっきりとは結論付けなかったけど、亜紀枝様のおっしゃる「お祝いの花」って花そのものを指しているわけではないってことかしら?


「まぁいい。ところで祝を見なかったか。」


えっ?

「あのう、私さきほどビュッフェコーナーで御見かけしましたけど・・・」


「いないんですか?」


さっきとは違う、声音に鋭さを込めて忍さんは聞き返した。


「いや、そんなはずは、お前が気にすることじゃない。」


祝さんのお父さんの方も忍さんの変化に気がつかれ、忍さんに聞くべきことじゃなかったと判断したようで、その場を立ち去ってしまった。

忍さんを見ると祝さんのお父さんの背中をじっと見つめている。

私はどうしていいのか、忍さんになにか声をかけた方がいいのか迷ってしまった。

そうだ、手紙のことを忍さんにお話ししよう、そう思ったら忍さんが私の視線に気がついて、こっちを見て「心配ないですよ。」と言いたげに笑って下さった。

私も微笑み返したら

「桃乃ちゃん。次はデザートにして帰る準備をしましょう。」

パーティー退出宣言をされてしまった。


えぇ~っ。

デザートだってたくさんの種類が用意されていたのでここは時間をかけてと思っていたのに。

かなり恥ずかしい気持ちもあったが、私は意を決して一番大きなお皿に乗りきれるだけのデザートを乗せてきた。


席に戻った私を見るなり忍さんは声を殺して笑っている。

だってこうでもしないと潔く帰ることが出来ないじゃないですか、と視線だけで訴えると忍さんは私の気持ちを理解して下さったようで、

「ゆっくり味わって下さいね。」

とおっしゃった。


だったらすぐに帰るって言わないで欲しいなぁとも思ったけど、意外と時間は早く過ぎたようで、時計を見たら忍さんがママ達に約束した時間が迫っていることが分かった。


パーティー自体はまだまだ続いているようで今到着したばかりのように周囲の方に挨拶されている方もいらした。

けれど、私達が会場を出るまでに祝さんが戻ってきた様子はなかった。

会場を出る最後の瞬間忍さんが厳しい表情で会場を振り返った。

会場にいる人たちで忍さんに好意的な人があまりにも少ないことにびっくりした。

腫れものの扱いで遠くから見ているような人が多かった。

食事を取りに行けばさっきの人達のように噂をしている人は他にもいた。

さっき慶悟くんが助言してくれたように私が忍さんの脚を引っ張らないように聴こえない振りをし続けた。





駐車場へ向かうためにロビーを通りかかった時だった。

「高月先生」

頼りなさげな表情でロビーに立つ高月先生がいた。

忍さんと目を合わせて、先生に声をかけようと先生のそばまで歩み寄った。


「津和蕗さん、忍くん。」


「祝が待っているんじゃないの?」


「・・・・」

忍さんの問いかけに高月先生は黙ったまま目を伏せた。

祝さんがパーティの会場から姿を消したのは高月先生と何か約束をしてからだと忍さんは思っているようだった。

私もそう思った。

あの手紙に今日のことが書いてあったんだ。

でも肝心の祝さんがいない。

探しに行きませんか?と声をかけようとした時だった。




「見―つけた!」

背後で底抜けに明るい祝さんの声がした。

祝さんには私も忍さんも全く見えていないようで、足早に高月先生の前に現れた。

そこからはまるでスローモーションで景色が流れているようだった。

高月先生と祝さんは向かい合って立っていて、二人は見つめ合っている。

祝さんの表情はさっきお会いした時は全く違う喜びに溢れていて、高月先生を見つめる瞳は甘くて優しい。

なのに高月先生の瞳は今にも泣きだしそうで、そう学校で見たあの悲しげな表情だ。

でも祝さんはそんな高月先生の悲しげな様子に言葉をかけることなく、そのまま高月先生の肩に両手を置いて



口づけをした。


瞬間忍さんが私の両目を塞ごうと手を伸ばしたけど私は二人の姿に見入ったまま忍さんの両手を視界の隅で捕まえた。


口づけは続く、少しずつ角度変えて祝さんは高月先生の方に置いてあった手を先生の背中と後頭部を支えるように移動させてより深く、長く。

その光景は恥ずかしいというよりは切なくて苦しくて、シンのキスシーンを見た時は自分が消えてしまいたいって、この場にいたくないって思ったけど、今は二人にどこにも行かないでって二人で一緒にいてってそう叫びたくなる悲しさだった。

無意識だったと思う、視界を遮らないようと掴んでいた忍さんの両手をさらにギュッと力を込めて握っていたのは。




「来てくれたんだね。」

私たちは目もくれず高月先生を見つめたまま祝さんは嬉しそうに告げた。

なのに先生は視線を外してしまった。

「津和蕗さんに『命をかけて』なんて伝言させるから・・・」


「おいで・・・紫に似合うドレスを用意したんだ。」

高月先生の言葉には一向に耳を貸さない祝さんは先生の手を取って先生をエレベータへと連れて行こうとした。

けれど先生はそれを拒んだ。

「紫?」

「行けないよ。祝はちゃんと周防院の跡取りとしてそれにふさわしい女性と一緒になって」

絞り出すような高月先生の言葉に、瞬時に祝さんの表情は凍りついた。


「ふさわしいって何?俺はずっと紫がいいって言ってきたでしょ?」


「もうそういうの止めようよ。ちゃんと自覚を持ってよ。祝がこれから周防院でどんな人間にならなきゃいけないかって」


まるで毒でも飲んできたかのような高月先生の苦しげな声から出た言葉はまるで矢のように祝さんを貫いているようだった。

それくらい祝さんの表情は絶望でいっぱいで辛そうだった。


「・・・・分かった・・・」


高月先生も祝さんも忍さんも私も動くことをしなかった。

この辛い沈黙はいつ終わるのだろうと思ったそのとき、祝さんが着ていた上着を静かに脱いで、次の瞬間視界が遮られた。

何っ?

気がつくと祝さんの脱いだ上着が私達の目の前に投げられていたのだ。

そのとき高月先生が「祝っ、腕!」って叫んだ。


「祝!待てよ!」


忍さんが叫んだ。でも祝様は大きな自動扉の向こうへと駆け込んでしまった。

夜の暗闇の中に祝は消え去ってしまった。


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