第52話 命懸けの試練 2
「あの~、慶様ってどなたなんですか?」
ビュッフェコーナーから持ってきたお料理を食べ始めたけれど、目の前の忍さんはさっきから憂いを帯びていて、それもかっこいーとか思ってしまうけど、やはり先ほどの叔父様とのやり取りが原因なのかな。
何か話題をと思ったけど、これはというテーマが思い浮かばず、結局さきほど話題を引きずるような質問をしてしまい、私のバカとか心の中で思っていたら、ずっと黙っていた忍様の声がした。
「祝の弟なんです。『慶悟』と言って今高1で、僕と祝が通っていた北条高校にいます。」
北条高校!
私立の男子校で知らない人はいない有名校じゃないですか。
北条高校は小等部と中等部が併設されていて、小中は一環教育だけど、高校に入学するためには中等部の生徒は全員例外なく一般受験生として受験して合格しないと進学できないシステムだったはず。
立花の縁故クラスが北条の小等部、中等部に、進学クラスが高校に相当すると私は理解していた。
「その慶悟様がいずれは祝さんの・・・」
んんんん、なんだかこの言い回しとってもヘンだわ。
だって祝さんの弟さんに「様」なんて、って思っていたら忍さんも同じように思ったらしくクスクスと笑いだして
「桃乃ちゃん、慶にまで「様」はいらないですよ。」
話しの内容はともかくやっと忍さんが笑ってくれてちょっとホッとしてしまった。
「慶悟さんが祝さんのお手伝いをすることになるということですか?」
改めて忍さんに伺うと忍さんは途切れ途切れにお答え下さった。
「その、なんていうか叔父は自分の事業を祝に継がせるために色々とやってきたのですが、祝自身が絵に興味を持ってしまい、その上才能があったようで・・・で、叔父は次男の慶に後を継がせようと、しかも祝のように別の道に興味がいかないようにと、かなり早い時期から経済や経営なんかの英才教育を、幼児教育や経済学や経営学のプロを呼びよせて作った特別カリキュラムみたいなものを慶に受けさせたんです。なので今の段階でも祝よりも慶の方が経営手腕があると叔父は踏んでいるんです。ただ、まだ未成年ですし、思春期というか精神的にも難しい時期なので無理強いはできないので、なので現時点では叔父の理想みたいなものでしょうが」
いずれは祝さんの足りない部分を充分に補える優秀な補佐になることは間違いないらしいと忍さんはおっしゃった。
細かい事情はよくは分からなかったけど、祝さんは本当は絵の道に進む予定でいて、忍さんがお医者様を目指すために周防院家の後継ぎから外れたことで、祝さんが周防院家の後継ぎになり、慶悟さんはその補佐になる予定らしいことは分かった。
忍さんは今は何もおっしゃらなかったけど、祝さんは紫さん、いいえ、高月先生と結婚できるからこそ後を継ぐと決めたんだと思われる。
そう、「紫さん」は間違いなく高月先生を指している。
だって「紫色のお姫様」だし、高月先生のご実家が和服の「多香月」だから叔父様がおしゃっていた「きもの屋の娘」ということからも間違いない。
なのに今日、この場が祝さんのお見合いも兼ねているなんて、祝さんはそれで納得していないはずだ。
だから私があの手紙を預かって、そういえばあの手紙には何が書かれていたんだろう。
ずいぶん枚数があったように思えたけど・・・
ぼんやりしていたら忍さんの呼ぶ声がした。
「桃乃ちゃん。」
「はいっ」
「お皿が空のようですが何か頼みましょうか?」
「あっ、いえ自分で行ってきます。忍さんこそ何かお持ちしましょうか?」
良く見れば忍さんは本当にコーヒーしか飲まれていない。
「大丈夫ですよ。」
私ってばガツガツし過ぎているかしら?
でもビュッフェコーナーの美味しそうなたくさんお料理を見ると気分も盛り上がってしまって、あれもこれも食べたくなってしまう。
しかもどのお料理も少しずつ楽しめるように小さな器に綺麗に盛り付けられていたり、時にはスプーンに乗せられていたり「これなら食べられそう」って食欲を刺激する演出も素晴らしいんです。
そんなお料理を選んでお皿に乗せていると私の背後で男性達の会話が聞こえてきた。
「来てるらしいぜ。周防院の元後継ぎ。」
「良く顔出せたなぁ。」
一瞬背中に悪寒が走った。
明らかに忍さんのことだ。
しかも悪意を感じる。
忍さんは今立派なお医者様を目指して頑張っているのに、なんて酷いことを言う人達なんだろう。
そう思って怒った顔で振り返ると会話をしている男性達も私に背を向けていたので、私の怒った顔を見られることはなかった。
「やっぱ跡取りに未練あるのかな。」
「でも今さら、だろ?」
しかも会話は続いている。
「ちょっ・・・」
そんな言い方酷いんじゃないんですかって言おうとしたら腕を掴まれた。
とっさにお皿に乗ったお料理が落ちないようにバランスを取って腕を引く人物を見たら、見知らぬ男性が立っていた。
柔らかそうな癖っ毛は祝さんみたいで、でももっと、なんていうか祝さんより冷たいような、冷静さをどこまでも貫き通してそうなそんな印象の男の人だった。
「やめとけよ。」
男の人は静かに言った。
失礼な会話をしていた男性達もいつの間にかどこかへ行ってしまったようで、飲み物かお料理を取りにでも行ったのでしょう。
もう私の視界には入っては来なかった。
「どうしてですか?あんなこと、忍さんに失礼です。」
収まらない怒りを私は初対面の男に人にぶつけていた。
「別に、さっきの奴らなんかが忍くんの上を行くことは絶対にないんだから、アンタが騒げば忍くんの格を下げるだけで、騒いだ分損するぞ。」
やっぱり男の人は表情を崩すことなく淡々と語っていた。
「そ、そう、なんですか?」
「そうだよ。これから今みたいなことを耳にすることがあっても勝手に言わせておけ。」
・・・そんなことできるかしら私に?
「ところで、あなたどなたですか?」
「俺?俺は鷹野宮の周防院慶悟。祝の弟。」