第50話 眠りから覚める書簡 4
お参りを済ませた後、再び本堂へ戻った。
通された和風の応接間で玉露の冷茶を頂いた。
「美味しい・・・」芳しい香りの中に甘味を含んだ豊かな味のお茶は、夏の暑さは幾分和らいだとはいえのど越しよく体に染みこんだ。
「桃乃さん。これが祖父が亜紀枝様よりお預かりした封書にございます。」
本来の目的である亜紀枝様が昔こちらお預けになったという手紙を絹代様から手渡された。
「はい、ありがとうございます。」
受け取った手紙をみてびっくりした。
一番の心配事項だった宛名がなんと萩乃様だった。
力強く形の整った文字で「津和蕗萩乃様」と書かれた封筒の裏には「周防院早馬」と書かれていた。
何て読むんだろう。「そうま」?
一体誰だろう・・・
かつては白だったであろう封筒が黄ばんでいることからこの手紙が古いものだと知らされた。
どうしてか胸に堪らなくなるような気持が込み上げてきた。
早く、早く萩乃様にこの手紙をお届しよう。
そんな気持ちでいっぱいになった。
「お邪魔しました。」
昇ってきた階段の近くまで絹代様が見送って下さった。
「いいえ、またいらして下さいね。朱雀様もきっとお会いしたがると思いますよ。」
「・・・はい」
朱雀様ってどんな人なんだろうと思いながら返事をしてしまった。
忍さんはご存じのかたかしら?
階段を降り切ったところで忍さんにメールを送った。
《手紙の宛名は萩乃様でした。このまま家に持ち帰って萩乃様に渡します。桃乃》
「桃ちゃーん!お帰り♪」
「夏くんただいま。」
夏くんへのお土産は家の最寄駅の駅ビルに入っているショップのシュークリームにしてしまった。
もちろん家族全員の分を買いましたよ、お小遣いで。
渋沢さんに連絡する前に萩乃様の部屋に手紙を持って行った。
手渡された手紙の差出人の名前をじっと萩乃様は見つめていた。
「はやまさま・・・」
『はやま』って読むんだ。
それから萩乃様は静かに私の方へ顔を向けて「ありがとう」とおっしゃった。
「桃ちゃんシュークリーム食べたい。」
一緒についてきた夏くんが待ちきれないとばかりに騒ぎ出した。
「あと1ヶ所電話をしなくてはいけないからママ達と先に食べててくれるかな。」
「桃ちゃん、早くね。」
萩乃様は私と夏くんのやり取りの間に手紙の封を開け、中の手紙を読み始めていた。
私はリビングから渋沢さんに電話をかけた。
夏くんは隣りのダイニングでママとパパとシュークリームを食べ始めた。
電話は発信音が聴こえるとすぐに通話に切り替わった。
「はい、渋沢です。」
「こんにちは、津和蕗桃乃です。今お話してもよろしいですか?」
「大丈夫ですよ。何かありましたか?」
「いいえ、取りに伺った手紙が私の家族宛てだったので、先ほど渡したところです。」
「そうでしたか。お疲れさまでした。」
「それで、交通費で預かったお金を遣わせてもらったんですが、やはり余っていて、お返ししたいのですが・・・」
「それならアルバイト代ということで受け取って頂いても構いませんよ。」
「でも、アルバイトは校則で禁止されてますから」
どの道受け取るわけには行かないから、お返しするタイミングを確認したい。
電話の向こうで頑なに受け取ろうとしない私の言葉にクスリと笑いながら渋沢さんが答えて下さった。
「分かりました。後日受け取りに伺います。日付はまた改めて連絡させていただきます。」
「分かりました。それまでお預かりしています。」
「桃ちゃーん、おでんわおしまいならいっしょにたべよう!」
受話器を置いたところでつかさず夏くんが声をかけてきた。
夏くんとパパは既に半分以上食べ終わっていた。
席に着くとママが紅茶を淹れてくれた。
「夏くん、美味しいね。」
一口食べたところで夏くんに話しかけた。
夏くんとパパに今日出掛けたときの話しを聞いていたら、萩乃様がダイニングに現れた。
「はぎさまぁ、桃ちゃんが買ってきたシュークリーム、いっしょにたべようよ。」
夏くんの呼びかけに萩乃様も席に着いた。
ママが萩乃様の紅茶を用意するためにキッチンへ行った。
「萩乃様、差出人の早馬様ってどなたですか?」
「早馬様はねぇ、亜紀枝様のお兄様で、そりゃあ素敵なお方だったんですけどね。大病で20歳のときにお亡くなりになったんですよ。」
萩乃様への手紙には余命僅かの頃、病院で書かれたものだったらしい。
あの力漲る文字からは到底想像できなかった。
「萩乃様は早馬様のことがお好きだったんですか?」
「桃乃っ」
はしたないと言いたげなママだったけど、萩乃様はそんなことはお構いなしに答えて下さった。
「早馬様にお会いした子はみんなあの方を好きになっていたのよ。お優しくて、お心は強くて、誠実で・・・」
うっとりと昔を思い返しているような萩乃様。
なんだか質問を間違えてしまったような気になってきた。
「お顔は忍さんに似ていなくもないかね。」
「へぇ~」
忍さんに似の早馬様かぁ。いや違う、この場合、忍さんが早馬様に似ているのよね。
「萩乃様、その、手紙には何て書いてあったのですか?」
萩乃様は手紙に書かれていることを思い出すかのように視線を私たちから外して
「・・・ずっと、私も子供もその子供も、見守っているからって、だから自分が死んでしまったことを嘆かずに明るく元気に暮らして欲しい・・・そんなことよ。」
分かっていないであろう夏くんまで黙って萩乃様の話しを聞いていた。
「本当にねぇ。見守って下さっていたと思うのよ。桃乃がね、6年生の時塾に通っていたじゃない。夜遅いからバス停まで迎えに行くと通りの向こうに早馬様の姿と見たことがあってね。」
「えっ!?」
萩乃様の発言に私もママもパパも目を見開いた。
「私も年で幻覚が見えるようになったのかと思っていたけど、早馬様が桃乃を心配して下さっていたからなのねぇ。」
「萩乃、さま、それ、って?」
萩乃様は私の噛みまくった問いかけは耳入らずうっとりしている。
今の萩乃様の発言は幽霊を見たってことかしら?
いや、何十年も前にお亡くなりなった方を幽霊と呼ぶのかしら?
消化不良になりそうなティータイムになったけど、萩乃様ご自身はとても嬉しそうで、だからそれで良しとすることにしました。
部屋のドアの前で携帯の着信音が聞こえて慌てて部屋に入り携帯を手にするとディスプレイには忍さんのお名前。
「忍さん!」
私の慌てっぷりが何かツボにハマったらしくクスクスと笑う声が聞こえる。
「そんなに慌ててどうしたんですか?」
「もしかして何度もかけてくれましたか?今まで下でシュークリームを食べていたんで」
萩乃様の早馬様トークの間に何度も連絡をしてくれていたらと思うと一方的にメールを送っておいてチェックを怠ったことが申し訳なかった。
でも忍さんの方もお忙しかったらしく
「いえ、僕も今メールを見たとろだったんです。お遣いお疲れさまでした。」
「いいえ、案外あっけなくて」
色んな意味でホッとしたことを正直に告げた。
「それと、来週の祝のパーティーの件ですが」
「はい」
「桃乃ちゃんを連れて行くに当たって条件が2つあります。」