第5話 夏の夜の贈り物 2
男の子、ううん、跡取りが生まれるってはっきりと認識してからの周囲の変貌は凄かった。
まず萩乃様は親戚中に連絡してその喜びを顕わにしていた。
それに菊乃様が「もしかしたら男が生まれないんじゃなくて、昔は医療が発達してなかったから病気や何かで成人できなかったりしたんだろうね」なんて言い出して、ママの体調管理は厳重になっちゃったわ。
さらにパパの株がものすごく上がったの。別に今までの扱いが酷かったわけじゃなくて、歴代の婿養子の中でも「特別」な存在になっちゃっていうか。親戚からは「パパの親戚で年周りの合う人はいないか」とか問い合わせまで来ちゃったんだから。
そんなお祭り騒ぎの中、私といえばなんだか電車かバスにでも乗り遅れた旅行者のような気分だった。
「次の電車はいつだ?」みたいな感じで毎日を過ごしていた。
その上、「立花は特に受験しなくてもいい」なんて言っていた萩乃様達が急に私に立花を勧めてきた。
もうこっちはえ――っって感じになった。だって、立花を勧めているノリがどう見ても「縁故」を意識していて、「女の人生はいい旦那様にめぐり逢ってこそ」なんて言い出した。
私の方はどんな進路を選択することになってもいいようにって頑張ってきたのに、どうにもその努力をあっさり切り捨てられた気分になった。
志望校が曖昧なまま夏休みに入った。お腹の赤ちゃんはもういつ生まれてきてもいいっていう時期になっていて、季節的な暑さもあってか大きなお腹で「ふ―ふー」いいながらママは毎週バスに乗って検診に通っていた。
結局私は一度も一緒に病院へは行ってはいなかった。平日は学校だったし、夏休みに入ってからは学校のプールと塾の夏期講習とでスケジュールが合わなかったのと、付き添って萩乃様が逐一細かくお話してくれていたからね。
その日も午前中に学校でプール、お弁当を持参していたから家には帰らずそのまま塾の夏期講習に行った。
でもね、夕方家に帰ったら誰もいなかった。
パパは会社、赤ちゃんが生まれたらしばらく休むことにしているから最近は毎日帰りが遅いって分かっていたけど、居るはずの萩乃様とママが待っても帰ってこない。
その時はママに陣痛が始まって萩乃様が病院に付き添っているのかなと漠然と思った。そうなると菊乃様が長野からこっち来るはずだからと、私はまず菊乃様に連絡してみた。でも繋がらなかった。
萩乃様やパパの携帯にも連絡したけど、こっちは「お客様のおかけになった電話は現在~」ってアナウンスが流れちゃった。
そのうち誰かから連絡が来るだろうと思いながら、その夜は家にあるものを適当に食べて一人で寝た。
でも翌日朝起きても誰もいなかったし、帰ってきた形跡もなかった。
私はこのとき重大なことに気がついた!
ママが出産する病院の名前、連絡先をちゃんと知らされないってことに。
午前中は誰かから連絡が来ないかと家の中で待っていた。もちろん私の方からも何回かは電話してみたけど、結局誰とも連絡がつかなかった。
こうなってくると家でぼーっとしているのももったいないし、だったらママの病院を探しに行ってみようって思っちゃった。
朝誰もいなかった段階でプールも夏期講習もサボっちゃってたから、もしかしたら外にいれば何か思いつくかも知れないしって。
外に出たら物凄い暑さだったからコンビニで水分買って、行き当りばったりにバスに乗って、アナウンスを聞いていた。ほら時々「○○病院は次の停留所です」みたいなアナウンスもあるからそれがヒントになるんじゃないかなって。
でもその時乗ったバスではそういうアナウンスは聞けなかった。
終点で降りて、さてどうするか迷っていたら遠くの方で水しぶきが上がるのが見えた。どうやら今いる場所から信号を挟んだ反対側の緑地公園に噴水があるみたいだった。
私は夢中でその噴水に向かって駆け出していた。