第49話 眠りから覚める書簡 3
翌日の土曜日は夏の暑さより秋の気配を感じる爽やかさだった。
朝食の時に亜紀枝様に頼まれた「お遣い」に行くと話しをしたら、萩乃様からは「しっかりやるんですよ。」と激励されたけど、ママからは「どうしても桃乃じゃないとダメなの?」って言われてしまった。
「先日お会いしたときに『私にできることはお手伝いします』って言ってしまったから、それに困ったことがあったら忍さんか渋沢さんに連絡していいことにもなっているから大丈夫だよ。」
「なんだか周防院家にいいように振り回されている感じね。」
私の言葉にママがため息を交えて呟いた。
「何を言っているんだい。再逢寺といえば周防院家の菩提寺、桃乃がどこへ行っても恥ずかしくないだけの行儀作法を身につけいると認めてもらえている証ですよ。」
ママのぼやきに萩乃様はご立腹のようだった。
ママと萩乃様の態度に温度差を感じつつ出掛ける支度を始めた。
朝食の前までは一番問題になりそうだった夏くんは今日はパパと遊びに行くってことで頭がいっぱいらしくて、特に引き止められることはなく、とりあえずお土産を買ってきて欲しいとだけせがまれた。
行き先は我が家から歩いて15分ほどの最寄駅から乗換1回で行ける場所だった。
ただ距離があるので時間はかかるけど、その分早めに出発したから手紙の届け先のことを考えなければ帰宅時間はそんなに遅くなるとは思えない。
のんびり電車に揺られている間は読みかけの本を読んで過ごした。
そうして着いた駅は海の見える高台の町だった。
再逢寺以外にもお寺が多くあるようで古式ゆかしい雰囲気の漂う町並みが少し大人になったような気分になった。
太陽の光を浴びてキラキラと輝く海を横に見ながら一本道の国道を進むと渋沢さんから渡された地図が再逢寺を示す場所へと近づいて行った。
!!!!
驚くことに再逢寺の手間に見つけてしまったのは、かつてはシンからそして先日、祝様から渡されたメモ用紙の信用金庫の看板だったのです。
海からの風が一瞬私の体をかすめた時、まるでシンがすぐそばから私を見ているのではないかという錯覚に陥りました。
通り沿いには来客用の駐車スペースがあり、その奥の信用金庫の建物に目をやるといるはずのないシンの後ろ姿が見えてきた。
胸がギュッと苦しくなって、駅前の小さな花屋さんで買った小さな花束をぐっと握りしめていました。
もう一度海を見つめて、私は走って信用金庫の前を通り過ぎ再逢寺へと向かいました。
本堂は今歩いた道より更に高台にあるため、階段を昇って行く私はその途中で男の人とすれ違いました。その男の人はびっくりするくらい綺麗な方でした。
忍さんが男性の色香めいたものを花の香りのように醸し出しているとしたら、今すれ違ったその方はその方は太陽の光のように色香を放射していると言った感じです。
階段のある道は高く伸びた木々に囲まれていて色濃い葉の隙間から日光がシャワーのように降りている幻想的な雰囲気で、すれ違った男性がその雰囲気に合う様な合わないような、すれ違ったその一瞬不思議な気分になってしまいました。
階段を上り切ってたどり着いた本堂の脇の出入り口で声をかけると、住職の奥様、絹代様が出ていらした。
「亜紀枝様より連絡を頂いています。お暑い中ようこそいらっしゃいました。」
ママよりもう少し年上の感じの絹代さんが中へ招いて下った。
「あのう、その前に周防院家のお墓にお参りすることって出来ますか?」
絹代さんは一瞬驚いたような顔をしてそれからにっこり微笑んで
「今ご案内致します。」とおっしゃって下さった。
広っ!
やはり名だたる名家のお墓はただものではなかったわ。
お花も仏花ではない豪華なお花が供えられていて、私が持ってきた花を飾ってもらってもいいものかと躊躇われた。
「先ほど朱雀様がいらしていたので」
花を見つめていた私に絹代様が、花が新しいわけを教えて下さった。
「朱雀様?」
朱雀とはどこかで聞いたような・・・
「亜紀枝様のお母様のご実家の後継ぎの方ですわ。本名は南雲省吾さんとおっしゃるんですけど、南雲家のご先祖様に『朱雀宮』と名乗られていた方がいて、その名残で南雲家の方『朱雀様』と再逢寺の者は呼んでいるんです。」
なんだかややこしい感じもするけれど、周防院家の『本家』が『朱雀』と呼ばれている理由がなんとなく分かった気がする。
「省吾さんは今は海外にお住まいなんですが年に数回日本に帰っていらしてて、その時はいつも再逢寺に祀ってあるご自身のご実家のお墓と周防院家のお墓にお参りして下さっているんですよ。」
「そうなんですか。」特に興味が湧かなかったこともあって、なんとも言いようのない返事をしてしまった。
絹代様はそんな私の態度に気分を害したというわけでもなく私が手にしていた花束に気がついた。
「良かったら別の花器をお持ちしましょうか?朱雀様のお花と混ぜて飾って下さっても構いませんが、こちらのお墓は広さも十分にありますから花器を増やしても問題ありませんよ。」
少し迷って別の花器を貸していただくことにしました。
絹代様と一緒に水場へ行って花器に花を生けてもう一度お墓へ戻りお線香をあげました。
2010.12.26誤字訂正致しました。