第35話 さよならシン 10
「確かに僕は亜紀枝様が呆れるくらいの、立花で言うところの「おいた」をたくさんしていた時がありましたよ。
今ちゃんと説明すれば、桃乃ちゃんが耳を塞ぎたくなるようなことばかりです。
でも貴女とこれからの人生を一緒に生きて行きたいと思っているのは事実です。
結婚するんであれば隠し事はない方がいいに決まってますから、貴女が大人になる前には話しをするつもりでいました。本当に結婚するかどうかはその時に決めてもらってもいいと思っていましたし。
ただ、貴女の成長を待つという理由で先延ばしにすることが本当に正しいことなのかは常に迷っていましたけどね。」
忍様は最後の一言で悲しげに微笑んだ。
「だから何もしなかったんですか?・・・」
「・・・あの旅行の時?だって貴女は立花独特の価値を持って育てられているから、実際に入学したのは中学からでも、貴女の家族は立花の卒業生ばかりじゃないですか?自然と価値観が身についていておかしくないでしょ?」
確かに・・・同級生の中には立花の教育方針に驚いていた子が何人かいたけど、私はすんなり受け入れられた。
「僕の欲望だけで貴女と一線を越えても貴女には罪悪感しか残らない。その上僕の価値観に無理に合わせることになる。そんなことはさせてはいけないって考えてましたよ。」
「・・・・」
再び沈黙が訪れる。
多分、いや確実に忍様の言っていることは正しい。今何を聞かされても結婚をするしないの判断は私には出来そうもないから。
でも何かが納得できない。
私が忍様から聞かされたいのはそんな事なんかじゃない。
私が今知りたいのはそんなことじゃないのに・・・
そう思いながら両手をギュッと握りしめていた。
「し・・・」
のどが震えて上手く声が出せない。
でも聞きたい。
伝えたい・・・・
忍様を見つめる自分の視線に力を込めた。
「し、忍様!私のこと、す、好きですか?私は忍様のことが大好きです!!」
いきなり叫ぶように言ったので、忍様はとっても驚いた表情になった。一瞬体がピクっと揺れて眼鏡がずれたようだった。そして指でそれを直しながら、
「好きですよ。さっきも言った通り、僕は津和蕗桃乃が大好きですよ。」
ニッコリとあの麗しい頬笑みで忍様が「好き」って言ってくれた。今度はちゃんと信じられた。でも顔に火がついたみたいに熱くなって、心臓も急にドキドキし出して、頭がぽーっとなってきた。
いやいや、ここで終わりにしてはいけない。
「だったら、好きなら、好きってことをちゃんと教えて下さい。大人になった時じゃなくて今の私に・・・」
私は忍様をしっかりと見つめて言った。
忍様が力のこもった私の手をほぐすように両手で包みこみながらしっかりと見つめてくれた。
「いいですよ。ちゃんとお教えします。」
忍様の優しい声が私の耳に響いた。
私は心の中でシンに語りかけた。
「忍様について行きます―――――――」