第3話 お見合いはティータイムに 3
「まぁまぁ、本当に桃乃でよろしいんですか」
えっ、何が?
桃のシフォンはあと一口、でも萩乃様の発言がどういう流れからなのか分からず、最後の一口食べないで顔を見上げた。
「僕としては桃乃さんは申し分ないお嬢さんだと思っています。」コーヒーカップを片手に持って忍様が悠然とした態度で萩乃様に答えている。
「良かったわね~桃乃、こんな素敵な方がお前をお嫁に迎えていいとおっしゃってくれて」
はい???思わず目を見開いて忍様を見た。忍様は何も言わず私に微笑み返してきたので、つられて微笑んでしまったが、かなり引きつってしまった。
この場のオピニオンリーダーであろう亜紀枝様も満足げに笑みを浮かべていて、この縁談に「待ったをかける」雰囲気ではなさそうだった。
なんでこんな展開になっているだろうと茫然としていたら、
「頂き物の歌舞伎のチケットを持っているのよ。萩乃さん良かったらこれからどおかしら?」
お見合いでよく聞く「後は若い二人で・・・・」みたいなのをかなりさりげなく持ち出した亜紀枝様。萩乃様もその空気をしっかり読んで。
「よろしいんですか?是非ご一緒させて下さいませ」と答えていた。萩乃様は日本舞踊を長くやっているから歌舞伎とかも大好きだし、これは断らない流れだわ。
亜紀枝様と萩乃様の話題は今日の演目に変わり、私と忍様の存在を忘れ始めていた。
私は萩乃様達が歌舞伎座に行くタイミングで、一人で帰ろうと考えていたら、忍様はとんでもない申し出をしてきた。
「では、桃乃さんは僕がお送りします。ちょうど車で来ているので」
「えっ、けっこう、です。」
「あらいいじゃないの。車の趣味はあまり宜しくないけど、忍さんは運転はお上手よ。」
お断りしようとしたら、亜紀枝様が忍様の後押しをした。それに忍様も譲らなかった。
「確かに、あまりいい車ではないんですが、安全運転は保証しますよ。それに「これからのこと」もお話したいですし」とにっこり。
萩乃様は「なんてお優しい」と感激している。
「これからのこと」って、目の前が暗くなるような感じがして口も動かなくなっていた。
「でもね、忍さん。」
亜紀枝様は優雅な微笑みを忍様の方に向けて、でも瞳はから鋭い光を放って言った。
「おいたはだめよ」
出たー!立花用語の「おいた」
これって、異性関係のことを指していて、「縁故」の子が特にそうなんだけど、婚約者にもなっていない男性と色々経験しちゃうと「おいたが過ぎる」ってなって、まぁ上手く婚約とかになれば「おいたが過ぎたけど・・・」って言われ方に変わるけど、逆に「おいたが過ぎて、ご縁がなくなる」ってケースもある。けど、これはかなり少数。立花がそういう学校だって分かって入っているはずだからね。
でも、生徒が「おいた」しているって確固たる情報を入手してくる立花の教師って凄いわ。かなり怖いけど。
「もちろんです」
亜紀枝様の鋭い視線にも怯まずに、忍様は優雅に微笑んで答えた。
忍様は何を考えて私との縁談を進めようとしているんだろう?
亜紀枝様と萩乃様はタクシーで歌舞伎座へ行くと言うので、ティールームを出たところで別れた。
「正式なご返事はまた改めて」
このまま縁談を進めるから、縁起のいい日を選んで連絡をしたい。そういう含みのある亜紀枝様の発言だった。
一介の女子高生が縁談を断るにはどうしたらいいのだろうか?肝心要の萩乃様の方が乗り気で途方に暮れる。萩乃様の意見にはママもパパも逆らわないしなぁ。
忍様に連れいて行かれたホテルの地下の駐車場、「これです」と言われて見た車は
真っ赤!左ハンドル!出来たら乗りたくない!
って、いかにもお金持ちのお坊ちゃんが持ってそうな、個人的には乗りたくないってタイプだった。
お嬢様学校に通っているけど、萩乃様や菊乃様はいかにも「お嬢様育ち」って感じだし、ママもどっちに分類するかっていえば「お嬢様」だ。だから私も「お嬢様」の部類に入るのかもしれないけど、生活している空間は至って一般家庭だ。家政婦さんがいるわけでもなく、ママや萩乃様が家事をやっている。菊乃様も一緒には住んでいないけど、やはり自分のことは自分でなさっている。「周防院」と並ぶほどではない。
だからこの縁談は当事者が顔を合わせたところで破談になる!そう思っていたのに、何故?進展しそうな雲行きになってる?
忍様が私でもいいと判断した理由は何?
理解できないことが多すぎる。
忍様は丁寧なハンドルさばきで車を発進させた。車中で忍様から話しかけてくることはなかった。結構運転に集中するタイプなのかしら?もしかして余裕なかったりする?
不用意に声をかけたらマズイかなと思い、私の方も黙っていた。
流れる外の景色を背景に運転する忍様の横顔を見ていると、今となっては思い出したくはない、でも心の中にしまっておきたい人を思い出してしまった。