第29話 さよならシン 4
遊園地やその周辺のホテルなんかの施設利用者のための駐車場をすぐに見つけることができたので、忍様そこに車を停めて遊園地へ連れて行ってくれた。
夏休みということもあり多くの人で賑わっていた。
時間帯が午後ということもあるのか少しずつライトアップされている風景の中に恋人同士らしい男女二人連れが多く眼に入った。
私達も恋人同士に見えるのだろうか?
そう考えると胸が痛んだ。
目当ての乗り物にはいくらか長めの列もあったが思ったよりは進みが早かった。
待っている間私は一言も発しなかったし、そのことについて忍様は何も聞いてはこなかった。
ほどなくして私達が乗る順番がやってきて、私の隣りに忍様が座った。
「怖くない?」
忍様が静かに聞いてきたとき、私は黙ったまま首を横に振った。
スタッフのアナウンスが聞こえた後、大きな機械音鳴り出し私達が座っているものが静かに上昇し始め足元の地面がなくなった。
何故か私の視界はぼやけていて全くはっきりしない。足が踏ん張れない以外は高いところへ来ていると実感するものが私にはなかった。
不意を突いたかのように私達の乗り物が急降下し始めた。
私のこめかみに何か水滴が触れた。それは瞳からあふれ出ている涙だってすぐに分かった。
飛び込んでみたかった。
あの10メートルもある飛び込みこみ台から。慈しみ深いと思っていた頃の忍様の胸の中に。
そのどちらもが決して手に入るものではないということを私は理解しなくてはいけない。
泣いてなんかいられない。
足が地面に着く手前で乗り物は減速し、静かに地面に着地した。
安全のためのバーが外され私は乗り物を降りた。
後ろを振り返ることなく真っ直ぐ柵の外に出た時、強く腕を掴まれて後ろを向かされた。
ぼんやりとした視界にいるのは忍様。
「泣くほど怖かったの?」
私は首を横に振ったけど、涙は止まらずポロポロと零れていく。
悲しかった。
自分が亜紀枝様の目くらましのために選ばれていたことが、それを知ってしまったことが。
忍様に会いに行こうとしなければ何も知らず幸せな婚約者になれたのに、今だって「乗り物が怖かった」と言って涙をぬぐいながらニッコリし続ければ、遠からず私は可愛い婚約者になれるのに。
誰はばかりなく「周防院忍の婚約者」と名乗ることが出来るのに。
それが出来ない。
かといって忍様を問い詰めることも出来ない。
何も出来ない。
忍様が私を抱きしめてきた。
背中に回った手は優しく、温かだった。この温かさが真実ならばいいのにと思うとまた涙が溢れてきた。
忍様なんて大嫌い。
萩乃様も菊乃様もパパもママも・・・
シンだって・・・
でもそんな忍様に抱きしめられている私が一番嫌いだと思った。